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妊婦および臍帯の血中マンガン濃度と生まれた子どもの神経発達との関連について:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)

 エコチル調査千葉ユニットセンター・千葉大学予防医学センター 山本緑助教らの研究チームは、国立研究開発法人国立環境研究所(以下「国立環境研究所」という。)と共同で、エコチル調査の約63,800組の親子の血液と質問票による調査データを用いて、妊婦の血中マンガン濃度および臍帯血中マンガン濃度と生まれた子どもの3歳までの神経発達との関連について解析を行いました。その結果、血中マンガン濃度が高いことと、粗大運動(腕や足など大きな筋肉をつかう動き)の神経発達スコアがわずかに低くなることとの関連が示されました。この結果から、妊娠中の血中マンガン濃度が高くなる環境では、子どもの神経発達がやや遅れる可能性が示されました。今後さらに3歳以降の発達や子どもの血中マンガン濃度などについて、調査を続けていくことが必要です。
 本研究の成果は、令和4年2月3日付でElsevierから刊行される環境保健分野の学術誌”Environment International”に掲載されました。





発表のポイント

1. 本研究では、妊婦の血中マンガン濃度および臍帯血中マンガン濃度と、生まれた子どもの3歳までの神経発達との関連について解析を行った。
2. 大規模コホート調査であるエコチル調査の親子のデータから、妊婦の血中マンガン濃度は約63,800組、臍帯血中マンガン濃度は約3,800組のデータを分析した。
3. 妊婦の血中マンガン濃度が高いことと、生まれた子どもの6か月〜3歳の粗大運動領域(腕や足など大きな筋肉をつかう動き)の神経発達の点数がわずかに低いこととの関連が示された。
4. 臍帯血でも、血中マンガン濃度が高いことと、生まれた子どもの粗大運動領域の神経発達の点数が低いこととの関連が、一部の年齢において示された。

研究の背景

 子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関連を明らかにしています。
 エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
 マンガンは人に必須な微量金属です。多くの食品に含まれ、体内の酵素の働きや骨の形成に関わっており、子どもの成長にも必要な栄養素です。一方、空気中のマンガン濃度が高い職場等でマンガンを体内に多く取り込んだ場合に神経毒性を示すことが知られています。海外の疫学調査では、妊娠中に体内に取り込んだマンガンの量が多いと、生まれた子どもの神経発達が遅れる可能性が示されていますが、研究によって結果が異なっています。また、妊婦や臍帯の血中マンガン濃度と生まれた子どもの発達との関連を調べた研究は少なく、はっきりしたことはわかっていません。

研究内容と成果


 本研究では、妊娠中に体内に取り込んだマンガンと生まれた子どもの発達との関連を調べるため、エコチル調査の約63,800組の母子のデータを使用して、妊婦および臍帯の血中マンガン濃度と生まれた子どもの生後6か月〜3歳での神経発達との関連について解析を行いました。神経発達は、日本語版のASQ-3という質問票を用いて評価しました。ASQ-3は「コミュニケーション(言葉の理解や話すこと)」「粗大運動(腕や足など大きな筋肉を使う動き)」「微細運動(手指の細かい動き)」「問題解決(手順を考えて行動するなど)」「個人と社会(他人とのやり取りに関する行動など)」という5つの領域について、保護者の回答をもとに子どもの発達を評価する指標で、米国では教育・保育施設、病院や診療所など幅広く利用されています。日本語版ASQ-3は、エコチル調査のパイロット調査の結果をまとめ、日本における基準値を設定したものです。基準値は年齢と領域により異なり、生後6か月〜3歳では、60点満点中4.53点〜39.26点以下が発達の遅れが疑われるラインとなっています。
1)妊婦の血中金属濃度と生まれた子どもの神経発達との関連
 粗大運動領域では、6か月、1歳、2歳、2歳6か月、3歳において、妊娠中の血中マンガン濃度が高いことと、発達の点数がわずかに低いこととの関連が示されました(参考図)。ただし、点数の低下の度合いはそれほど大きいものではありませんでした。子どもの性別を分けて調べても、男女の違いは見られませんでした。
 発達の遅れ(一定の点数以下)の頻度についても、同じ年齢(6か月、1歳、2歳、2歳6か月、3歳)において、妊娠中の血中マンガン濃度が高いことと、粗大運動領域の発達の遅れの頻度が高いこととの関連が示されました。これらの結果から、血中マンガン濃度が高いと発達の遅れが起こりやすい可能性が示されました。
 粗大運動以外の領域(コミュニケーション、微細運動、問題解決、個人と社会)でも、一部の年齢で血中マンガン濃度が高いことと、発達の点数が低いこととの関連が示されました。
2)臍帯血中マンガン濃度と生まれた子どもの神経発達との関連
 粗大運動領域では、一部の年齢(1歳、2歳、2歳6か月)で、臍帯血中マンガン濃度が高いことと、発達の点数がわずかに低いこととの関連が示されました。この結果から、胎盤を通じて胎児に移行したマンガンの濃度が高い場合、子どもの発達に影響する可能性があることが示されました。粗大運動以外の領域では、血中マンガン濃度と発達の点数との関連は示されませんでした。
[画像: https://prtimes.jp/i/15177/584/resize/d15177-584-a2596c37ef9ec9c02ccd-0.png ]




考察と今後の展開

 本研究では、日本国内の妊婦約63,800人について血中マンガン濃度の測定を行いましたが、血中マンガン濃度は3.9–44.0 ng/g(5.8–36.9 µg/L)で、過去の論文で報告された濃度(6–151 μg/L)と比較して、特に高い値ではありませんでした。国内でも海外でも、血中マンガン濃度の基準値は定められていません。
 血中マンガン濃度が高値となることがどのような原因により生じたのかは、本研究ではわかりません。マンガンは土壌や水の中に存在しているため、あらゆる食品に含まれます。一般環境の大気や粉じんなどに含まれるマンガンを吸い込むことによっても体内に吸収されます。消化管にはマンガンの吸収を調節する仕組みがあるため、マンガンを多く含む飲食物をたくさん摂取したからと言って、血中マンガン濃度が高くなるとは限りません。本研究では、妊婦や臍帯の血中マンガン濃度が高いことと、生まれた子どもの粗大運動領域の神経発達が遅れることとの関連が示されましたが、マンガンは胎児の成長のために必要な栄養素でもあります。妊娠中の食事でマンガンの摂取を控えることなく、適度にマンガンを摂取するような食事習慣が推奨されます。なお、通常の食生活では、マンガンの不足は起こらないと考えられています。
 本研究の限界として、ほとんどの家庭では妊娠中と子どもが生まれた後の生活環境は同じと想定されるため、妊娠中の血中マンガン濃度が高い環境では、生まれた子どもは成長する過程でもマンガンを多く体内に取り込んでいる可能性があり、妊娠中の母体由来のマンガンと生まれた後のマンガンのどちらが子どもの発達に関連しているのかを本研究で明確にすることはできなかった点、等が挙げられます。今後この点を明らかにするため、子どもの血液を分析するなど、さらなる研究が必要です。
 エコチル調査では、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因を明らかにするため、さまざまな環境要因、生活習慣、遺伝的要因等について調査を続けています。今後の調査で、子どもの発達や健康に影響を与える化学物質等の環境要因がさらに明らかになることが期待されます。

発表論文

題名(英語):Longitudinal Analyses of Maternal and Cord Blood Manganese Levels and Neurodevelopment in Children up to 3 Years of Age: the Japan Environment and Children’s Study (JECS)
著者名(英語):Midori Yamamoto1, Akifumi Eguchi1, Kenichi Sakurai1, Shoji F Nakayama2, Makiko Sekiyama2, Chisato Mori1,3, Michihiro Kamijima4, and the Japan Environment and Children’s Study Group5
1山本緑、江口哲史、櫻井健一、森千里:千葉大学予防医学センター
2中山祥嗣、関山牧子:国立環境研究所
3森千里:千葉大学大学院医学研究院環境生命医学
4上島通浩:名古屋市立大学大学院医学研究科環境労働衛生学
5 JECSグループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
掲載誌:Environment International
DOI:10.1016/j.envint.2022.107126
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。
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