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ユニークな機能性構造脂質の微生物生産プロセスの開発【産技助成Vol.27】

独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
京都大学大学院農学研究科


人間の体内で生理活性物質(注1)へと変換されることから、近年注目を集め、サプリメントとしての販売や粉ミルク等にも添加されているアラキドン酸(注2)や医薬品健康食品等への応用が期待されるジホモ-γ-リノレン酸、ミード酸などの有用脂肪酸
これら有用脂肪酸をつくるカビ(注3)の遺伝子操作系を構築し、生産性向上を達成

(注1) 生体の特定の生理的調節機能に作用する性質で、この物質を疾病治療に応用したものが医薬品である。
(注2)からだ全体に存在し、特に細胞膜中のリン脂質を構成する大切な必須脂肪酸のひとつ。人間の記憶や学習などとの関わりが明らかになりつつある成分であり、体内に取り込んだ植物油などに含まれているある種の脂肪酸から合成できるが加齢とともにその合成能力は低下するため、老化予防の健康食品として販売されている。
(注3)Mortierella alpina 1S-4株のこと。



【新規発表事項】 
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、京都大学大学院農学研究科の准教授、櫻谷英治氏はサプリメントや、健康食品、医薬品等への添加や応用が期待されている有用脂肪酸の微生物生産プロセスを開発しました。
この技術は、これまで動物の体内で作られた有用脂肪酸を活用していたものに対し、有用脂肪酸を作るカビにより工業生産するものです。
アラキドン酸を生産するカビ「油脂蓄積糸状菌Mortierella alpina 1S-4(野生株)」から変異処理(ある種の化学薬品で菌体を処理し、遺伝子の改変を行うこと)によって生み出された実用的有用変異株をさらに遺伝子操作し、アラキドン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、ミード酸など特定の多価不飽和脂肪酸(PUFA:polyunsaturated fatty acid)の効率的生産プロセスを開発し、安定供給をめざします。
アラキドン酸は母乳に含まれており、粉ミルクに添加したり老化予防の健康食品に応用しています。アラキドン酸以外にこのカビがつくるジホモ-γ-リノレン酸、ミード酸、8,11,14,17-エイコサテトラエン酸などは、医薬品、食品、健康食品への応用が待たれています。
また、このカビは脂肪酸だけでなくさまざまな脂質を蓄積する能力が高く、遺伝子操作による脂質生産の箱(宿主)として利用が期待されています。


1.研究成果概要
摂取する油脂あるいはその構成脂肪酸の量や種類が、コレステロール血症、動脈硬化、がん、アレルギーなどの生活習慣病の発症に大きくかかわっていることが明らかとなり、近年、油脂と健康をめぐる関心が高まっています。特にPUFAは多岐にわたる生理機能を有し、上記の生活習慣病と密接に関係しているため、現代人に必須の機能性素材として注目されています。アラキドン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、ミード酸などのPUFAは性状・機能とも、従来の植物や動物から得ることのできないユニークなものであり、これまでに糸状菌Mortierella alpina 1S-4から誘導した変異株がこれらを蓄積することを見出しているものの、その生産性は十分とはいえません。
本研究では、特定のPUFAを生産する変異株を用い、遺伝子操作(PUFA生合成にかかわる酵素遺伝子の過剰発現と遺伝子破壊)と育種技術を駆使して、安価な原料からde novo合成(注4)によるPUFAやPUFAと結合したトリアシルグリセロール等の有用脂質等、機能性構造脂質の効率的生産プロセス開発をめざしました。アラキドン酸、ジホモ-γ-リノレン酸、ミード酸、n-4/n-7系PUFAをターゲットとし、4種類の有用変異株の形質転換系を構築。また並行して、有用遺伝子素材を探索し、担子菌Coprinus cinereusから高活性な△12不飽和酵素(注5)をコードする遺伝子を、M.alpina 1S-4から脂肪酸鎖長延長酵素遺伝子をそれぞれクローニングすることにより、酵素の機能や基質特異性を解明しました。これら脂肪酸生産向上の成果として、M.alpina 1S-4を使った遺伝子組換えにより、n-3系PUFA 二つの脂肪酸の生産性向上を実現しました。具体的には、エイコサペンタエン酸(EPA)の生産量を3倍、エイコサテトラエン酸(ETA)を6倍増加させることに成功しています。

(注4)グルコースなどの単純な栄養素から、その生物がもつ生合成経路によって化合物がつくられること。
(注5)オレイン酸をリノール酸へ変換する酵素のこと。具体的には、オレイン酸のカルボキシル基から数えて12と13番目の炭素原子間に二重結合を導入する反応を起こす酵素。


2.競合技術への強み
ドコサヘキサエン酸(DHAのこと。C22H32O2)などのn-3系PUFA(注7)は魚類から安価で大量に得られ、食品などへ工業的に利用されています。一方でアラキドン酸やジホモ-γ-リノレン酸などのn-6系PUFA、ミード酸のようなn-9系PUFAは、実用的供給源がなく、応用が遅れているのが現状です。また、この他にもn-4系PUFAは甲殻類に、n-7系PUFAは哺乳動物に微量ながら存在が確認されている希少脂肪酸ですが、生理学的機能はまったく解明されていません。
このような状況のもと、油脂蓄積性糸状菌Mortierella alpina 1S-4とその誘導変異株がこれらn-6/n-9/n-4/n-7系PUFAを蓄積することを世界に先駆けて見出しました。
PUFAのなかでもアラキドン酸は用途開発が進んでいますが、ジホモ-γ-リノレン酸、ミード酸、n-4/n-7系PUFAの生産も可能とする本研究成果は世界で唯一であり、きわめてオリジナリティが高いものであるとともに、これらのPUFAの実用的供給源として期待されています。
さらに近年では、野生株M.alpina 1S-4の形質転換系の開発にも成功しました。これにより野生株で有用脂肪酸合成に関わる酵素遺伝子の発現制御が可能となり、アラキドン酸などの有用脂肪酸の生産性を遺伝子組み換えにより、より向上させる研究が可能になりました。

(注7)我々のからだにはn-6のアラキドン酸だけでなく、n-3のドコサヘキサエン酸も必要で、両方のバランスが重要です。現在、市販されているアラビタ(健康食品)には当該株由来のアラキドン酸と魚油由来のドコサヘキサエン酸が等量ずつ配合されています。


3.今後の展望
ジホモ-γ-リノレン酸のアトピー性皮膚炎への効能が報告されるなど、アラキドン酸以外のPUFAの機能が最近になっていくつか明らかになっています。医薬・健康食品としてのさらなるニーズに応えるため、いくつかの有効な遺伝子の過剰発現や遺伝子転写抑制を組み合わせて、PUFAをより安価で大量に供給できるよう連携企業と共同して研究を進めていく計画です。同時に、セルフクローニングによる安全性の確認も行っていきます。
作られた脂質の菌体外生産やプロモーター(注8)の改良なども今後の研究課題です。また、微生物とは言え、糸状菌は高等な部類に属するため、脂質代謝の制御メカニズム等も詳しくわかっていませんので、ベーシックな機構の解明にも力を注いでいきたいと考えています。
本技術は、脂質蓄積能の高い糸状菌の遺伝子操作によって有用脂肪酸の生産性向上を目指したものです。今後、脂肪酸だけでなく、様々な中性脂質や極性脂質の生産にも応用したいと考えています。本糸状菌の形質転換系を利用した脂質生産に興味がある企業・研究機関はご連絡ください。

(注8)mRNA合成の開始に関与するDNA上の特定領域の短い塩基配列。

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