プラスチックの劣化状態を非破壊分析するシステムを開発
[23/03/01]
提供元:PRTIMES
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結晶の厚みと結晶中の高分子らせんの数を同時計測
・2種の光を組み合わせることでプラスチックの結晶構造を精密に分析
・劣化による結晶の厚みの増加をX線で、高分子鎖のらせん形状の変化を近赤外光で検出
・プラスチック製品の劣化機構を解明する新しいツールとして製品の長寿命化や循環型社会の実現に貢献
[画像1: https://prtimes.jp/i/113674/11/resize/d113674-11-dac1efa1397530fb8258-0.jpg ]
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)機能化学研究部門 新澤英之 研究グループ長、古賀舞都 主任研究員、萩原英昭 研究グループ長、都甲梓 研究員は、プラスチック製品のX線散乱と近赤外光の吸収を同時に計測し、劣化状態を診断する技術を開発しました。開発した計測装置は透過性が非常に高いX線と近赤外光を用いるため、フィルム状など計測用に試料を加工せずに、試料をあるがままの形状で計測することが可能です。このような計測方法は、劣化による破壊や変形を生じた箇所を形状や厚みの制限を受けずに測定でき、かつ、全く同じ箇所にあるプラスチックの多角的な情報が得られるため、プラスチックの劣化を分析するうえで有用なツールとなります。このため、開発された計測装置は、使用され劣化したプラスチック部品の品質評価や、ひいては劣化しにくいプラスチックの設計指針を得ることによりプラスチックの長寿命化へ貢献することが期待できます。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
循環型社会の実現には、プラスチック製品の劣化を防ぎ、徹底して再生利用することが不可欠です。プラスチックの製品や再生品の長寿命化は、製造や焼却処理時の二酸化炭素の排出の抑制にも直結します。プラスチックは光、熱、水などによって劣化します。劣化を抑制し長寿命化するためには、まず劣化の仕組みを詳細に解明する必要があります。しかし、プラスチックの劣化はプラスチックを構成する高分子の鎖の構造や、さらには高分子の鎖が折り畳まれてできる結晶と呼ばれる構造の変化が複合的に関与するため、劣化現象の解明には、劣化部位を複数の分析装置で計測する複合的な分析方法が求められてきました。
研究の経緯
産総研は、これまで「材料診断プラットフォーム」という体制を構築し、各種の先端分析技術を用いて、プラスチックの品質の評価や劣化の進行の診断といった、企業からの要望に応えてきました。最近では、光によるプラスチックの劣化診断技術の開発を進めており(2020年7月20日 産総研プレス発表[1])、今回、この技術を拡張し、X線散乱と近赤外吸収を組み合わせて劣化機構を解明し、また同時計測を世界に先駆けて開発しました。
[1] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200720/pr20200720.html
研究の内容
今回開発された技術は、測定対象となるプラスチック内の同一箇所に対してX線と近赤外光を照射し、それらが試料を透過する際に、X線がどのように散乱するのかと、どの波長の近赤外光が吸収されるのかを同時に測定します。2種の手法により同一部位の測定を行うことで、より精度の高いデータの収得が可能になります。図1に開発した装置の概要を示します。
[画像2: https://prtimes.jp/i/113674/11/resize/d113674-11-5e5cbf9ffc6b53748a66-1.jpg ]
X線散乱からは、プラスチックの結晶構造の大きさが分かります。一方、近赤外光の吸収からは、結晶を構成する高分子の鎖の長さが分かります。2つの計測データを組み合わせることで、高分子の鎖の構造変化が集まって、結晶構造の変化へとつながっていく様子を計測でき、最終的にプラスチック製品の強度や耐久性へ影響を及ぼす仕組みを詳細に解き明かすことが可能になります。
この計測技術をプラスチック製品の主要成分の1つであるポリプロピレンの構造解析に適用しました。ポリプロピレンは「らせん」状に巻かれた高分子鎖が規則的に集まって結晶を作るという性質を持った高分子の一種です。図2に示すように、劣化して脆くなったポリプロピレンのX線散乱のデータからは、ポリプロピレンの結晶の厚みが劣化によって長くなっている、即ち結晶構造の量が増加していることが示されました。一方、近赤外光の吸収データからは、劣化に伴って、結晶部において高分子鎖が形成する「らせん」の数が増えていることが示されました。2つの測定データを合わせると、ポリプロピレンは劣化によって結晶構造内部の高分子鎖がより多くの「らせん」を形成することで結晶の厚みが増えること、これに伴い、柔軟で機械的な変形に強い非晶構造が減ってしまうために脆く壊れやすくなるという仕組みが解明されました。このような仕組みが分かると、今度は結晶構造の変化を抑制するような対策をとることでより長寿命なプラスチック製品を設計できるようにもなります。
[画像3: https://prtimes.jp/i/113674/11/resize/d113674-11-aa278754198b233907e8-2.jpg ]
このような分析技術はポリプロピレンだけでなく、ポリエチレン、ナイロンといった生産量の多い他のプラスチックにも適用可能であり、新しい劣化診断技術として有望です。
今後の予定
今後は、開発した分析技術を普及させるため、企業と積極的に連携していきたいと思います。また、「材料診断プラットフォーム」では、この技術を含めた各種の診断技術を統合し、様々な化学分析によって材料の状態を診断し、適切な処置を提案する「材料の総合病院」として、企業からの診断依頼に幅広く対応します。
用語解説
X線散乱
X線は、波長が0.001 nm〜10 nm程度の電磁波であり、物質を透過しやすい性質を持つ。物質中にナノサイズの構造が周期的に存在すると照射されたX線はナノ構造の大きさに応じて散乱するため、高分子の結晶の大きさを測定できる。
近赤外光
波長が800 nm〜2500 nmの電磁波。物質を透過しやすく、数ミリメートル程度の薄い試料には光を透過させて計測し、一方、数十ミリメートル程度の厚い試料では反射した光を計測することが可能なため、さまざまな厚さや形状のプラスチック試料について、近赤外光の吸収スペクトルが測定できる。
材料診断プラットフォーム
産総研 機能化学研究部門のプラスチック材料の診断拠点。プラスチック(高分子)の構造を分析する最先端の分析装置を取りそろえ、企業の抱える各種の技術課題に対して、最適な「ソリューション」を提供する。
参考URL: https://unit.aist.go.jp/ischem/ja/images/AIST_diagnosis_platform.pdf
・2種の光を組み合わせることでプラスチックの結晶構造を精密に分析
・劣化による結晶の厚みの増加をX線で、高分子鎖のらせん形状の変化を近赤外光で検出
・プラスチック製品の劣化機構を解明する新しいツールとして製品の長寿命化や循環型社会の実現に貢献
[画像1: https://prtimes.jp/i/113674/11/resize/d113674-11-dac1efa1397530fb8258-0.jpg ]
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)機能化学研究部門 新澤英之 研究グループ長、古賀舞都 主任研究員、萩原英昭 研究グループ長、都甲梓 研究員は、プラスチック製品のX線散乱と近赤外光の吸収を同時に計測し、劣化状態を診断する技術を開発しました。開発した計測装置は透過性が非常に高いX線と近赤外光を用いるため、フィルム状など計測用に試料を加工せずに、試料をあるがままの形状で計測することが可能です。このような計測方法は、劣化による破壊や変形を生じた箇所を形状や厚みの制限を受けずに測定でき、かつ、全く同じ箇所にあるプラスチックの多角的な情報が得られるため、プラスチックの劣化を分析するうえで有用なツールとなります。このため、開発された計測装置は、使用され劣化したプラスチック部品の品質評価や、ひいては劣化しにくいプラスチックの設計指針を得ることによりプラスチックの長寿命化へ貢献することが期待できます。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
循環型社会の実現には、プラスチック製品の劣化を防ぎ、徹底して再生利用することが不可欠です。プラスチックの製品や再生品の長寿命化は、製造や焼却処理時の二酸化炭素の排出の抑制にも直結します。プラスチックは光、熱、水などによって劣化します。劣化を抑制し長寿命化するためには、まず劣化の仕組みを詳細に解明する必要があります。しかし、プラスチックの劣化はプラスチックを構成する高分子の鎖の構造や、さらには高分子の鎖が折り畳まれてできる結晶と呼ばれる構造の変化が複合的に関与するため、劣化現象の解明には、劣化部位を複数の分析装置で計測する複合的な分析方法が求められてきました。
研究の経緯
産総研は、これまで「材料診断プラットフォーム」という体制を構築し、各種の先端分析技術を用いて、プラスチックの品質の評価や劣化の進行の診断といった、企業からの要望に応えてきました。最近では、光によるプラスチックの劣化診断技術の開発を進めており(2020年7月20日 産総研プレス発表[1])、今回、この技術を拡張し、X線散乱と近赤外吸収を組み合わせて劣化機構を解明し、また同時計測を世界に先駆けて開発しました。
[1] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200720/pr20200720.html
研究の内容
今回開発された技術は、測定対象となるプラスチック内の同一箇所に対してX線と近赤外光を照射し、それらが試料を透過する際に、X線がどのように散乱するのかと、どの波長の近赤外光が吸収されるのかを同時に測定します。2種の手法により同一部位の測定を行うことで、より精度の高いデータの収得が可能になります。図1に開発した装置の概要を示します。
[画像2: https://prtimes.jp/i/113674/11/resize/d113674-11-5e5cbf9ffc6b53748a66-1.jpg ]
X線散乱からは、プラスチックの結晶構造の大きさが分かります。一方、近赤外光の吸収からは、結晶を構成する高分子の鎖の長さが分かります。2つの計測データを組み合わせることで、高分子の鎖の構造変化が集まって、結晶構造の変化へとつながっていく様子を計測でき、最終的にプラスチック製品の強度や耐久性へ影響を及ぼす仕組みを詳細に解き明かすことが可能になります。
この計測技術をプラスチック製品の主要成分の1つであるポリプロピレンの構造解析に適用しました。ポリプロピレンは「らせん」状に巻かれた高分子鎖が規則的に集まって結晶を作るという性質を持った高分子の一種です。図2に示すように、劣化して脆くなったポリプロピレンのX線散乱のデータからは、ポリプロピレンの結晶の厚みが劣化によって長くなっている、即ち結晶構造の量が増加していることが示されました。一方、近赤外光の吸収データからは、劣化に伴って、結晶部において高分子鎖が形成する「らせん」の数が増えていることが示されました。2つの測定データを合わせると、ポリプロピレンは劣化によって結晶構造内部の高分子鎖がより多くの「らせん」を形成することで結晶の厚みが増えること、これに伴い、柔軟で機械的な変形に強い非晶構造が減ってしまうために脆く壊れやすくなるという仕組みが解明されました。このような仕組みが分かると、今度は結晶構造の変化を抑制するような対策をとることでより長寿命なプラスチック製品を設計できるようにもなります。
[画像3: https://prtimes.jp/i/113674/11/resize/d113674-11-aa278754198b233907e8-2.jpg ]
このような分析技術はポリプロピレンだけでなく、ポリエチレン、ナイロンといった生産量の多い他のプラスチックにも適用可能であり、新しい劣化診断技術として有望です。
今後の予定
今後は、開発した分析技術を普及させるため、企業と積極的に連携していきたいと思います。また、「材料診断プラットフォーム」では、この技術を含めた各種の診断技術を統合し、様々な化学分析によって材料の状態を診断し、適切な処置を提案する「材料の総合病院」として、企業からの診断依頼に幅広く対応します。
用語解説
X線散乱
X線は、波長が0.001 nm〜10 nm程度の電磁波であり、物質を透過しやすい性質を持つ。物質中にナノサイズの構造が周期的に存在すると照射されたX線はナノ構造の大きさに応じて散乱するため、高分子の結晶の大きさを測定できる。
近赤外光
波長が800 nm〜2500 nmの電磁波。物質を透過しやすく、数ミリメートル程度の薄い試料には光を透過させて計測し、一方、数十ミリメートル程度の厚い試料では反射した光を計測することが可能なため、さまざまな厚さや形状のプラスチック試料について、近赤外光の吸収スペクトルが測定できる。
材料診断プラットフォーム
産総研 機能化学研究部門のプラスチック材料の診断拠点。プラスチック(高分子)の構造を分析する最先端の分析装置を取りそろえ、企業の抱える各種の技術課題に対して、最適な「ソリューション」を提供する。
参考URL: https://unit.aist.go.jp/ischem/ja/images/AIST_diagnosis_platform.pdf