東洋美術学校『あしたのジョー』ラストシーンの保存状態調査の結果を公開|保存修復科(4年制)の研究結果まとめ
[20/08/21]
提供元:PRTIMES
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日本のマンガ原画を後世に遺すプロジェクト
学校法人専門学校 東洋美術学校(東京都新宿区、学校長:中込三郎)は、保存修復科(4年制)において、文化庁「2019年度 メディア芸術連携促進事業」の連携共同事業「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」の一環として、日本で最も著名な漫画作品の一つである『あしたのジョー』<原作:高森朝雄/画:ちばてつや>のラストシーン原画の健康状態を可視化するため「漫画原画の保存状態調査」を実施しました。
日本には5,000万点の漫画原画があると言われており、大量資料を長期的に保存していくためには、個々の原画が積極的な修復処置を必要としているかどうかの所見よりも前に、目に見えない健康状態(劣化の進行度)を数値化し、相互に比較可能なシステムを構築しておく必要があります。
なぜなら、どこに、どの程度の問題を抱えた資料が、どのくらい存在しているのかを知ることができれば、必要な処置や設備、人員、期間、費用などを見積り、計画的な予防保存対策を実行することが可能となるからです。この手法は漫画原画などのマス・コレクションを永続的に保存していくために必要不可欠なアプローチと考えられます。
◆「漫画原画の保存状態調査」とは?
「漫画原画の保存状態調査」とは、原画の「目に見えない健康状態」を可視化する為に行う調査です。例えば、原画の内部で起こっている酸化や酸性化といった劣化現象が、紙の色の変化などによって視覚化されれば、これを人が察知することも可能となります。しかし多くの場合には、分子レベルの劣化現象を目視や触診といった人の五感を頼りに判断することは難しく、内部で起こっている劣化現象を人がいち早く察知することはできません。
このような観点から、本校は保存状態を診断するための「聴診器」となる検査技術を開発し、原画用紙の非破壊強度予測(※1)や劣化度評価(※2)を行っており、過去には漫画家・アーティストとして活躍されている花村えい子先生のマンガ原画632点の調査を実施しました。
◆『あしたのジョー』の原画の健康状態を可視化して見えてきた課題
[画像1: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-663585-3.jpg ]
上記2つの画像を見比べて下さい。左の通常光照射による画像では一見して何か保存上の問題があるようには見えません。しかし右の画像(斜光線画像)のように作品に斜めから光を照射し撮影をすると、表面の波打ち状態や何本かの大きな折れやテープ跡、多数の小さなしわが視認されます。このような劣化現象やその原因について考えてみましょう。
[画像2: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-414913-5.jpg ]
まず、裏面に取り付けられたボード紙による本紙(原画)への影響が考えられます。ボード紙は、原画が描かれた原稿用紙よりも酸性度が高く(pHが低く)原画への酸性物質の移動が心配です。また粘着テープを用いて原画周縁部が固定されているので、その後の環境の温湿度変化によって紙の繊維が膨張や収縮を繰り返し、自由に動くことができる中央部の浮き上がりが目立つようになったと考えられます。
もし仮に、水張りなどの手法を用いて原画本紙である原稿用紙がボード紙に固定されていたならば、環境の温湿度変化に対しても比較的安定して用紙全体に張力が働いたと思われます。これが一つの要因となり、画面には細かなしわが多数発生し、特に四隅には波紋の様な形のしわが形成されています。これはキャンバス画などでも良く見られる現象で、画面内の張力の不均衡(四隅の張力が高い)を示すサインです。
[画像3: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-986605-4.jpg ]
次に、しわは折れの発生を引き起こす要因ともなり、折れは破れに発展する可能性があります。またこのような支持体の変形は、描画用にその上に載っているインクやカラーやトーンといった素材の支持体への定着性にも影響を与えます。長い時間経過の中で、湿度変化に対する「これらの素材と紙の性質の違い」が劣化現象を引き起こします。もしインクの剥がれなどが起これば、作品にとって最も重要なイメージの損傷に繋がります。
この様に手描きの漫画原画を保存していくことの出発点は、支持体としての原稿用紙がもつ機能を担保していくことに他ならず、作品にとっての劣化要因を可能な限り軽減する「予防保存対策」が必要となります。
※1:非破壊強度予測とは、破壊試験の結果と非破壊試験の結果から予測モデルを作り、そのモデルに当てはめることで非破壊試験の結果から破壊試験の結果を予測する方法です。
※2:劣化度評価とは、素材の劣化現象と関係のある幾つかの非破壊強度予測の結果を利用し、コレクションの中の平均値や健全な素材がもつ値と比較することで、劣化程度を相対的に示す方法です。
◆まとめ
この度、文化庁「2019年度 メディア芸術 連携促進事業」の連携共同事業「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」プロジェクトの一貫として、『あしたのジョー』ラストシーンの調査をする機会を得ることが出来ました。本研究はまだまだ発展の途上であり、今後も多くのサンプルやデータ取得の上、継続して取り組んでいく必要があります。
最後に、この度、日本の漫画史において最も重要な原画の1枚とも言える『あしたのジョー』ラストシーンの調査を行う機会を与えて下さった、ちばてつや先生ならびに関係者の皆様に感謝いたします。本校は、今後も漫画原画の保全の為に更に技術の改善を図り、実践的な検査法を確立できるよう研究を進めて参ります。
ちばてつや先生プロフィール
漫画家。『あしたのジョー』、『あした天気になあれ』、『のたり松太郎』、『みそっかす』など。 公益社団法人日本漫画家協会・会長。
ちばてつやHP http://chibapro.co.jp/
公益社団法人日本漫画家協会HP https://www.nihonmangakakyokai.or.jp/
学校法人専門学校 東洋美術学校について
[画像4: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-647015-0.jpg ]
イラスト、デザイン、3DCG、マンガ、そして絵画から保存修復までアート&デザインの分野で様々な学科・コースを設置する。
公式サイト https://www.to-bi.ac.jp/
公式Twitter https://twitter.com/toyobijyutsu
Facebookページ https://www.facebook.com/tobischool/
YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCXTs52N2Km1wX1IaOdwYL4A
『あしたのジョー』(C)高森朝雄・ちばてつや/講談社
学校法人専門学校 東洋美術学校(東京都新宿区、学校長:中込三郎)は、保存修復科(4年制)において、文化庁「2019年度 メディア芸術連携促進事業」の連携共同事業「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」の一環として、日本で最も著名な漫画作品の一つである『あしたのジョー』<原作:高森朝雄/画:ちばてつや>のラストシーン原画の健康状態を可視化するため「漫画原画の保存状態調査」を実施しました。
日本には5,000万点の漫画原画があると言われており、大量資料を長期的に保存していくためには、個々の原画が積極的な修復処置を必要としているかどうかの所見よりも前に、目に見えない健康状態(劣化の進行度)を数値化し、相互に比較可能なシステムを構築しておく必要があります。
なぜなら、どこに、どの程度の問題を抱えた資料が、どのくらい存在しているのかを知ることができれば、必要な処置や設備、人員、期間、費用などを見積り、計画的な予防保存対策を実行することが可能となるからです。この手法は漫画原画などのマス・コレクションを永続的に保存していくために必要不可欠なアプローチと考えられます。
◆「漫画原画の保存状態調査」とは?
「漫画原画の保存状態調査」とは、原画の「目に見えない健康状態」を可視化する為に行う調査です。例えば、原画の内部で起こっている酸化や酸性化といった劣化現象が、紙の色の変化などによって視覚化されれば、これを人が察知することも可能となります。しかし多くの場合には、分子レベルの劣化現象を目視や触診といった人の五感を頼りに判断することは難しく、内部で起こっている劣化現象を人がいち早く察知することはできません。
このような観点から、本校は保存状態を診断するための「聴診器」となる検査技術を開発し、原画用紙の非破壊強度予測(※1)や劣化度評価(※2)を行っており、過去には漫画家・アーティストとして活躍されている花村えい子先生のマンガ原画632点の調査を実施しました。
◆『あしたのジョー』の原画の健康状態を可視化して見えてきた課題
[画像1: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-663585-3.jpg ]
上記2つの画像を見比べて下さい。左の通常光照射による画像では一見して何か保存上の問題があるようには見えません。しかし右の画像(斜光線画像)のように作品に斜めから光を照射し撮影をすると、表面の波打ち状態や何本かの大きな折れやテープ跡、多数の小さなしわが視認されます。このような劣化現象やその原因について考えてみましょう。
[画像2: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-414913-5.jpg ]
まず、裏面に取り付けられたボード紙による本紙(原画)への影響が考えられます。ボード紙は、原画が描かれた原稿用紙よりも酸性度が高く(pHが低く)原画への酸性物質の移動が心配です。また粘着テープを用いて原画周縁部が固定されているので、その後の環境の温湿度変化によって紙の繊維が膨張や収縮を繰り返し、自由に動くことができる中央部の浮き上がりが目立つようになったと考えられます。
もし仮に、水張りなどの手法を用いて原画本紙である原稿用紙がボード紙に固定されていたならば、環境の温湿度変化に対しても比較的安定して用紙全体に張力が働いたと思われます。これが一つの要因となり、画面には細かなしわが多数発生し、特に四隅には波紋の様な形のしわが形成されています。これはキャンバス画などでも良く見られる現象で、画面内の張力の不均衡(四隅の張力が高い)を示すサインです。
[画像3: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-986605-4.jpg ]
次に、しわは折れの発生を引き起こす要因ともなり、折れは破れに発展する可能性があります。またこのような支持体の変形は、描画用にその上に載っているインクやカラーやトーンといった素材の支持体への定着性にも影響を与えます。長い時間経過の中で、湿度変化に対する「これらの素材と紙の性質の違い」が劣化現象を引き起こします。もしインクの剥がれなどが起これば、作品にとって最も重要なイメージの損傷に繋がります。
この様に手描きの漫画原画を保存していくことの出発点は、支持体としての原稿用紙がもつ機能を担保していくことに他ならず、作品にとっての劣化要因を可能な限り軽減する「予防保存対策」が必要となります。
※1:非破壊強度予測とは、破壊試験の結果と非破壊試験の結果から予測モデルを作り、そのモデルに当てはめることで非破壊試験の結果から破壊試験の結果を予測する方法です。
※2:劣化度評価とは、素材の劣化現象と関係のある幾つかの非破壊強度予測の結果を利用し、コレクションの中の平均値や健全な素材がもつ値と比較することで、劣化程度を相対的に示す方法です。
◆まとめ
この度、文化庁「2019年度 メディア芸術 連携促進事業」の連携共同事業「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」プロジェクトの一貫として、『あしたのジョー』ラストシーンの調査をする機会を得ることが出来ました。本研究はまだまだ発展の途上であり、今後も多くのサンプルやデータ取得の上、継続して取り組んでいく必要があります。
最後に、この度、日本の漫画史において最も重要な原画の1枚とも言える『あしたのジョー』ラストシーンの調査を行う機会を与えて下さった、ちばてつや先生ならびに関係者の皆様に感謝いたします。本校は、今後も漫画原画の保全の為に更に技術の改善を図り、実践的な検査法を確立できるよう研究を進めて参ります。
ちばてつや先生プロフィール
漫画家。『あしたのジョー』、『あした天気になあれ』、『のたり松太郎』、『みそっかす』など。 公益社団法人日本漫画家協会・会長。
ちばてつやHP http://chibapro.co.jp/
公益社団法人日本漫画家協会HP https://www.nihonmangakakyokai.or.jp/
学校法人専門学校 東洋美術学校について
[画像4: https://prtimes.jp/i/8841/13/resize/d8841-13-647015-0.jpg ]
イラスト、デザイン、3DCG、マンガ、そして絵画から保存修復までアート&デザインの分野で様々な学科・コースを設置する。
公式サイト https://www.to-bi.ac.jp/
公式Twitter https://twitter.com/toyobijyutsu
Facebookページ https://www.facebook.com/tobischool/
YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCXTs52N2Km1wX1IaOdwYL4A
『あしたのジョー』(C)高森朝雄・ちばてつや/講談社