植物間コミュニケーションによって、植物が将来起こり得る被害から身を守る仕組みを解明
[23/02/28]
提供元:PRTIMES
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―香り物質を、身を守る配糖体に変換する酵素遺伝子を発見―
静岡大学 グリーン科学技術研究所/農学部 大西利幸教授、京都大学 生態学研究センター 高林純示名誉教授、筑波大学 生命環境系 杉本貢一助教、サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社 小埜栄一郎主任研究員、山口大学大学院 創成科学研究科 (農学系学域) 松井健二教授らの研究グループは、サントリー生命科学財団、名古屋工業大学、国際医療福祉大学と共同で、植物の防御力を強化する配糖体の生成メカニズムを解明することに成功しました。
[画像1: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-9ea0a034f7d763248d9b-0.jpg ]
昆虫に食べられた植物は香り物質を発散します。被害を受けた植物から発散された香り物質は、危険を知らせる「警戒情報」として近くの健全な植物に取り込まれます。この香り物質 (警戒情報) を取り込んだ健全な植物は、前もって防御を開始します (植物間コミュニケーション)。この受容から防御にいたる機構の一つに、健全な植物が取り込んだ香り物質を配糖体に変換することがトマト株でわかっています。しかし、健全なトマト株が、「どのように」香り物質を配糖体に変換しているかは分かっていませんでした。私たちは、植物間コミュニケーションによって植物が身を守る仕組みを解明するために、香り物質を配糖体に変換する酵素の探索に取り組みました。
本研究成果は、2023年2月8日に国際雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。
【研究のポイント】
・植物間コミュニケーションによって、植物が将来起こり得る被害から身を守る仕組みの一つを分子レベルで明らかにしました。
・植物の身を守る配糖体を香り物質から生み出す酵素 (配糖化酵素: UGT91R1) を発見しました。
【研究概要】
昆虫に食べられた植物は香り物質を発散します。被害を受けた植物から発散された香り物質は、危険を知らせる「警戒情報」として近くの健全な植物に取り込まれます。この香り物質 (警戒情報) を取り込んだ健全な植物は前もって防御を開始します (植物間コミュニケーション)※1。この受容から防御にいたる機構の一つに、健全な植物が取り込んだ香り物質を配糖体※2に変換することがトマト株でわかっています。しかし、健全なトマト株が、「どのように」香り物質を配糖体に変換しているかは分かっていませんでした。私たちは、植物間コミュニケーションによって植物が身を守る仕組みを解明するために、香り物質を配糖体に変換する酵素の探索に取り組みました。その結果、身を守る配糖体を香り物質から生み出す酵素 (配糖化酵素※3: UGT91R1) を発見しました (図1)。このことは、動物の「鼻」に相当する器官がないにもかかわらず、トマト株は香り物質を通じて外部情報を受け取り、配糖化酵素の働きで植物自身の防御力を強化することを意味しています。
今回の研究成果は、配糖体を生み出す配糖化酵素やその遺伝子の発現や強さを調べることで、植物の防御力を素早く評価し、食害ストレスに強い農作物の開発を加速することが期待できます。また防御に有効な香り物質を農作物に人工的に与えることで害虫に強い形質を与えることが期待されます。香り物質を活用して害虫に抵抗性のある農作物栽培が可能となれば、安全安心な農業生産につながります。
[画像2: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-38bd511a3bf8d5ef0b35-1.jpg ]
図1. ハスモンヨトウ※4に食害されたトマト株から青葉アルコール※5が発散します。発散された青葉アルコールを受容した健全なトマト株は、葉内で青葉アルコールを青葉アルコール単糖配糖体※6に変換した後、防御物質である青葉アルコール二糖配糖体※7に変換します。青葉アルコール二糖配糖体を生み出す配糖化酵素 (UGT91R1) を同定しました。
【研究背景】
ハスモンヨトウ (Spodoptera litura) の幼虫は、様々な作物の葉や果実を食べるため、農業における主要な害虫であり、栽培種トマト (Solanum lycopersicum: ソラナム リコペルシカム) ※8にも大きな被害を与えています。ハスモンヨトウの幼虫に食害されたトマト株 (被害を受けたトマト株) は、様々な香り物質を大気中に放出します。その成分の一つである (Z)-3-ヘキセノール(以下、青葉アルコール) を、まだ食害を受けていないトマト株 (健全なトマト株) が取り込むと、2つの糖 (二糖) が結合した (Z)-3-ヘキセニル β-ビシアノシド (以下、青葉アルコール二糖配糖体) を貯蔵します。青葉アルコール二糖配糖体は、ハスモンヨトウの幼虫の成長を抑制し、また卵から孵化したての幼虫の生存率を低下させる防御物質です。一方、青葉アルコールに1つの糖が結合した (Z)-3-ヘキセニル β-D-グルコピラノシド (以下,青葉アルコール単糖配糖体) はハスモンヨトウに対する防御効果はありません。つまり、健全なトマト株は将来被害を受ける可能性のあるハスモンヨトウの幼虫から自分を守るため、青葉アルコールを取り込み、青葉アルコール二糖配糖体に変換して、貯蔵することで前もって防御力を強めています。この仕組みは、香り物質を介した植物間コミュニケーション (plant–plant communication) の一つです。しかし、健全なトマト株が「どのようにして」青葉アルコールから青葉アルコール二糖配糖体へと変換しているかは分かっていませんでした。そこで私たちは,植物間コミュニケーションによって植物が身を守る仕組みを解明するために、香り物質である青葉アルコールを防御物質である青葉アルコール二糖配糖体に変換する酵素 (配糖化酵素) の探索に取り組みました。
【研究の成果】
私たちが主に食用しているトマト栽培種S. lycopersicumとトマト野生種17種が香り物質から青葉アルコール二糖配糖体を作るかを調査しました。その結果、トマト栽培種と多くのトマト野生種が青葉アルコール二糖配糖体を作ることがわかりました。しかし、青葉アルコール二糖配糖体をほとんど作らないトマト野生種 (Solanum pennellii: ソラナム ペネリ)※9があることがわかりました (図2a)。そこで、私たちは青葉アルコール二糖配糖体を作るトマト栽培種S. lycopersicumと作らないトマト野生種S. pennelliiの遺伝子を比較することで、青葉アルコール二糖配糖体を生む出す酵素遺伝子を同定できると考えました。トマト栽培種S. lycopersicumの遺伝的背景を持ち、染色体の一部のみがトマト野生種S. pennelliiに置換された染色体断片置換系統 (introgression lines: IL)※10が開発されており、有用遺伝子の探索や同定などに使用されています。私たちは、トマト栽培種S. lycopersicumとトマト野生種S. pennelliiの染色体断片置換系統のうち、44系統を用いて青葉アルコール二糖配糖体を測定しました。その結果、トマト栽培種S. lycopersicumの11番目の染色体の一部が、トマト野生種S. pennelliiの染色体の一部と置換したIL11-1およびIL11-2において、青葉アルコール二糖配糖体が減っていました (図2b)。
[画像3: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-c7095d0479fdf41b1814-2.jpg ]
図2. トマト株における青葉アルコール二糖配糖体の内生量
a) トマト栽培種とトマト野生種の青葉アルコール二糖配糖体内生量
b)染色体断片置換系統の青葉アルコール二糖配糖体内生量
このことから、トマト栽培種S. lycopersicumとトマト野生種S. pennelliiの染色体が置換された遺伝子領域に、青葉アルコール二糖配糖体を生み出す配糖化酵素遺伝子があると予想して、IL11-1とIL11-2の染色体が置換した遺伝子領域を調べたところ、290遺伝子が存在しており、そのなかに配糖化酵素の一つであるウリジン二リン酸依存性糖転移酵素 (UGT)※11をコードする5つUGT遺伝子 (UGT91A6, A7, R1, R2, R3) を見出しました (図3a)。トマト栽培種S. lycopersicumは、青葉アルコール二糖配糖体を葉に貯めます(図3b)。また、これら5つのUGT遺伝子のうち、葉で最も発現量が高かったのはUGT91R1でした (図3c)。そこで、UGT91R1が青葉アルコール二糖配糖体を生み出す酵素かどうかを調査しました。大腸菌発現系※12を用いてUGT91R1組換え酵素を調製して、UGT91R1組換え酵素が青葉アルコール二糖配糖体を生み出すかどうかを調べたところ、UGT91R1は青葉アルコール単糖配糖体に糖を結合させて、青葉アルコール二糖配糖体に変換する配糖化酵素であることを明らかにしました (図3d)。
[画像4: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-a27e40506daa6b433a94-3.jpg ]
図3. UGT91R1の探索と機能解析
a) IL11-1株とIL11-2株の染色体置換領域に存在するUGT91R1遺伝子
b) トマト各組織における青葉アルコール二糖配糖体内生量
c) トマト各組織におけるUGT91遺伝子の遺伝子発現量
d) UGT91R1組換え酵素は青葉アルコール単糖配糖体を青葉アルコール二糖配糖体に変換する。
UGT91R1がトマト株で働いているかを調べるために、ゲノム編集技術を用いてUGT91R1遺伝子を欠失させた遺伝子欠損変異株 (UGT91R1-ノックアウト株) と、UGT91R1遺伝子を過剰に発現させた過剰発現株 (UGT91R1-過剰発現株) を作製しました。これらUGT91R1-ノックアウト株とUGT91R1-過剰発現株に含まれる青葉アルコール二糖配糖体を測定しました。その結果、UGT91R1-ノックアウト株では青葉アルコール二糖配糖体の内生量が25%に低下し、UGT91R1-過剰発現株では青葉アルコール二糖配糖体の内生量が3倍に増加しました (図4a, 4b)。さらに青葉アルコール二糖配糖体の内生量が減少している染色体断片置換系統IL11-1株を用いてハスモンヨトウ幼虫の食害試験行った結果、食害に対する抵抗性は低下しました (図4c)。以上の結果から、トマト株においてUGT91R1が青葉アルコール二糖配糖体を生み出す酵素として働いていることを明らかにしました。以上より、健全なトマト株は、トマト被害株から発散された青葉アルコールを取り込み、配糖化酵素UGT91R1によって防御物質である青葉アルコール二糖配糖体を生み出して、予め防御力を強化しておくことで将来起こり得る病害虫の被害から身を守ることを明らかにしました。
[画像5: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-f6f485a7f94e3b709551-4.jpg ]
図4. トマト植物体におけるUGT91R1の評価試験
a) UGT91R1-ノックアウト株における青葉アルコール二糖配糖体
b) UGT91R1-過剰発現株における青葉アルコール二糖配糖体内生量
c) IL11-1株を食害したときのハスモンヨトウ幼虫の体重
【今後の展望と波及効果】
香り物質は、植物間コミュニケーションの手段となるシグナル分子です。動物の「鼻」に相当する器官がないにもかかわらず、トマトは香り物質を通じて外部情報を受け取り、配糖化酵素の働きで植物自身の防御力を強化することができます。今回の研究成果は、配糖体を生み出す配糖化酵素やその遺伝子の発現や強さを調べることで、トマトの各品種が持つ防御力を素早く評価し、食害ストレスに強いトマト品種の開発を加速することが期待できます。また防御に有効な香り物質を農作物に人工的に与えることで害虫に強い形質を与えることが期待されます。香り物質を活用して害虫に抵抗性のある農作物栽培が可能となれば、安全安心な農業生産につながります。
【論文情報】
掲載誌名: Nature Communications
論文タイトル: Identification of a tomato UDP-arabinosyltransferase for airborne volatile reception.
著者: Koichi Sugimoto, Eiichiro Ono, Tamaki Inaba, Takehiko Tsukahara, Kenji Matsui, Manabu Horikawa, Hiromi Toyonaga, Kohki Fujikawa, Tsukiho Osawa, Shunichi Homma, Yoshikazu Kiriiwa, Ippei Ohmura, Atsushi Miyagawa, Hatsuo Yamamura, Mikio Fujii, Rika Ozawa, Bunta Watanabe, Kenji Miura, Hiroshi Ezura, Toshiyuki Ohnishi, Junji Takabayashi
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-023-36381-8
【研究助成】
大西利幸
日本学術振興会 基盤研究 (C) (17K07750, 20K05836)
静岡大学グリーン科学技術研究所 プロジェクト研究支援 (2021, 2022)
高林純示
日本学術振興会 基盤研究 (A) (18H03952, 22H00425)
筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター(T-PIRC) 形質転換植物デザイン研究拠点(#2109)
杉本貢一
日本学術振興会 特別研究員奨励費 (24·841)内藤財団 特定研究助成
【用語説明】
1:植物間コミュニケーション
植物の防御戦略の一つ。害虫の被害を受けた植物が放出する香り物質を隣接する健全な植物が受容した時に、健全な植物は予め誘導的な防御レベルを強化して、来るべき害虫に備える。
2:配糖体
糖類 (還元糖) のC-1位と非糖部分 (アグリコン) がグリコシド結合した化合物。疎水性の高い化合物の場合、配糖化により親水性が高まり、水溶性が良くなる。また不安定な化合物は安定性が増す。そのため化合物の蓄積に適した形態である。
3:配糖化酵素
天然の化合物にグルコースやキシロースなど糖を転移する酵素。糖受容体に上記の配糖体としての性質を付与することができる。
4:ハスモンヨトウ (Spodoptera litura)
チョウ目ヤガ科の昆虫。極めて広食性であり、野菜、果樹、花卉などに被害が及ぶ。食害被害は8月〜10月頃に多い。
5:青葉アルコール
(Z)-3-ヘキセノールのこと。1933年、武居三吉教授 (京都帝国大学) が緑茶の香り物質として発見した。多くの植物の青臭い香りの主成分であり、植食性生物など食害や物理的ストレスを受けたときに、植物が発散する香り物質である。
6:青葉アルコール単糖配糖体
(Z)-3-ヘキセニル β-D-グルコピラノシドのこと。
7:青葉アルコール二糖配糖体
(Z)-3-ヘキセニル β-ビシアノシドのこと。
8:Solanum lycopersicum (ソラナム リコペルシカム)
主に食用されているトマト栽培種の学名。世界中で食用として栽培されている。2012年に全ゲノムが解読されている。
9:Solanum pennellii (ソラナム ペネリ)
トマト野生種の一つの学名。南米産の野生種のトマトで、食用としては用いられていない。果実は熟しても緑色。トマト栽培種 (Solanum lycopersicum) の形質を改良するための異種交配に使われる。トマトにおいては、全ゲノムが解読された2例目 (2014年)
10:染色体断片置換系統
染色体の一部のみを他品種由来断片に置換された系統のことで、系統ごとに異なる断片が置換されている。
11:ウリジン二リン酸依存性糖転移酵素 (UGT: uridine-diphosphate dependent glycosyltransferase)
配糖化酵素の一種。糖供与体としてウリジン二リン酸-糖を利用する酵素で、植物、動物、菌類、細菌、ウイルスなど多様な種類の酵素が存在する。UGTが触媒する配糖化反応は、糖受容体の安定性、輸送、貯蔵、反応性、生理活性に影響を与える。UGT91R1はUGTファミリーに属する酵素の一つ。
12:大腸菌発現系
大腸菌発現系大腸菌を宿主として、組換えタンパク質を発現する異種発現システムのこと。
静岡大学 グリーン科学技術研究所/農学部 大西利幸教授、京都大学 生態学研究センター 高林純示名誉教授、筑波大学 生命環境系 杉本貢一助教、サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社 小埜栄一郎主任研究員、山口大学大学院 創成科学研究科 (農学系学域) 松井健二教授らの研究グループは、サントリー生命科学財団、名古屋工業大学、国際医療福祉大学と共同で、植物の防御力を強化する配糖体の生成メカニズムを解明することに成功しました。
[画像1: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-9ea0a034f7d763248d9b-0.jpg ]
昆虫に食べられた植物は香り物質を発散します。被害を受けた植物から発散された香り物質は、危険を知らせる「警戒情報」として近くの健全な植物に取り込まれます。この香り物質 (警戒情報) を取り込んだ健全な植物は、前もって防御を開始します (植物間コミュニケーション)。この受容から防御にいたる機構の一つに、健全な植物が取り込んだ香り物質を配糖体に変換することがトマト株でわかっています。しかし、健全なトマト株が、「どのように」香り物質を配糖体に変換しているかは分かっていませんでした。私たちは、植物間コミュニケーションによって植物が身を守る仕組みを解明するために、香り物質を配糖体に変換する酵素の探索に取り組みました。
本研究成果は、2023年2月8日に国際雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。
【研究のポイント】
・植物間コミュニケーションによって、植物が将来起こり得る被害から身を守る仕組みの一つを分子レベルで明らかにしました。
・植物の身を守る配糖体を香り物質から生み出す酵素 (配糖化酵素: UGT91R1) を発見しました。
【研究概要】
昆虫に食べられた植物は香り物質を発散します。被害を受けた植物から発散された香り物質は、危険を知らせる「警戒情報」として近くの健全な植物に取り込まれます。この香り物質 (警戒情報) を取り込んだ健全な植物は前もって防御を開始します (植物間コミュニケーション)※1。この受容から防御にいたる機構の一つに、健全な植物が取り込んだ香り物質を配糖体※2に変換することがトマト株でわかっています。しかし、健全なトマト株が、「どのように」香り物質を配糖体に変換しているかは分かっていませんでした。私たちは、植物間コミュニケーションによって植物が身を守る仕組みを解明するために、香り物質を配糖体に変換する酵素の探索に取り組みました。その結果、身を守る配糖体を香り物質から生み出す酵素 (配糖化酵素※3: UGT91R1) を発見しました (図1)。このことは、動物の「鼻」に相当する器官がないにもかかわらず、トマト株は香り物質を通じて外部情報を受け取り、配糖化酵素の働きで植物自身の防御力を強化することを意味しています。
今回の研究成果は、配糖体を生み出す配糖化酵素やその遺伝子の発現や強さを調べることで、植物の防御力を素早く評価し、食害ストレスに強い農作物の開発を加速することが期待できます。また防御に有効な香り物質を農作物に人工的に与えることで害虫に強い形質を与えることが期待されます。香り物質を活用して害虫に抵抗性のある農作物栽培が可能となれば、安全安心な農業生産につながります。
[画像2: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-38bd511a3bf8d5ef0b35-1.jpg ]
図1. ハスモンヨトウ※4に食害されたトマト株から青葉アルコール※5が発散します。発散された青葉アルコールを受容した健全なトマト株は、葉内で青葉アルコールを青葉アルコール単糖配糖体※6に変換した後、防御物質である青葉アルコール二糖配糖体※7に変換します。青葉アルコール二糖配糖体を生み出す配糖化酵素 (UGT91R1) を同定しました。
【研究背景】
ハスモンヨトウ (Spodoptera litura) の幼虫は、様々な作物の葉や果実を食べるため、農業における主要な害虫であり、栽培種トマト (Solanum lycopersicum: ソラナム リコペルシカム) ※8にも大きな被害を与えています。ハスモンヨトウの幼虫に食害されたトマト株 (被害を受けたトマト株) は、様々な香り物質を大気中に放出します。その成分の一つである (Z)-3-ヘキセノール(以下、青葉アルコール) を、まだ食害を受けていないトマト株 (健全なトマト株) が取り込むと、2つの糖 (二糖) が結合した (Z)-3-ヘキセニル β-ビシアノシド (以下、青葉アルコール二糖配糖体) を貯蔵します。青葉アルコール二糖配糖体は、ハスモンヨトウの幼虫の成長を抑制し、また卵から孵化したての幼虫の生存率を低下させる防御物質です。一方、青葉アルコールに1つの糖が結合した (Z)-3-ヘキセニル β-D-グルコピラノシド (以下,青葉アルコール単糖配糖体) はハスモンヨトウに対する防御効果はありません。つまり、健全なトマト株は将来被害を受ける可能性のあるハスモンヨトウの幼虫から自分を守るため、青葉アルコールを取り込み、青葉アルコール二糖配糖体に変換して、貯蔵することで前もって防御力を強めています。この仕組みは、香り物質を介した植物間コミュニケーション (plant–plant communication) の一つです。しかし、健全なトマト株が「どのようにして」青葉アルコールから青葉アルコール二糖配糖体へと変換しているかは分かっていませんでした。そこで私たちは,植物間コミュニケーションによって植物が身を守る仕組みを解明するために、香り物質である青葉アルコールを防御物質である青葉アルコール二糖配糖体に変換する酵素 (配糖化酵素) の探索に取り組みました。
【研究の成果】
私たちが主に食用しているトマト栽培種S. lycopersicumとトマト野生種17種が香り物質から青葉アルコール二糖配糖体を作るかを調査しました。その結果、トマト栽培種と多くのトマト野生種が青葉アルコール二糖配糖体を作ることがわかりました。しかし、青葉アルコール二糖配糖体をほとんど作らないトマト野生種 (Solanum pennellii: ソラナム ペネリ)※9があることがわかりました (図2a)。そこで、私たちは青葉アルコール二糖配糖体を作るトマト栽培種S. lycopersicumと作らないトマト野生種S. pennelliiの遺伝子を比較することで、青葉アルコール二糖配糖体を生む出す酵素遺伝子を同定できると考えました。トマト栽培種S. lycopersicumの遺伝的背景を持ち、染色体の一部のみがトマト野生種S. pennelliiに置換された染色体断片置換系統 (introgression lines: IL)※10が開発されており、有用遺伝子の探索や同定などに使用されています。私たちは、トマト栽培種S. lycopersicumとトマト野生種S. pennelliiの染色体断片置換系統のうち、44系統を用いて青葉アルコール二糖配糖体を測定しました。その結果、トマト栽培種S. lycopersicumの11番目の染色体の一部が、トマト野生種S. pennelliiの染色体の一部と置換したIL11-1およびIL11-2において、青葉アルコール二糖配糖体が減っていました (図2b)。
[画像3: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-c7095d0479fdf41b1814-2.jpg ]
図2. トマト株における青葉アルコール二糖配糖体の内生量
a) トマト栽培種とトマト野生種の青葉アルコール二糖配糖体内生量
b)染色体断片置換系統の青葉アルコール二糖配糖体内生量
このことから、トマト栽培種S. lycopersicumとトマト野生種S. pennelliiの染色体が置換された遺伝子領域に、青葉アルコール二糖配糖体を生み出す配糖化酵素遺伝子があると予想して、IL11-1とIL11-2の染色体が置換した遺伝子領域を調べたところ、290遺伝子が存在しており、そのなかに配糖化酵素の一つであるウリジン二リン酸依存性糖転移酵素 (UGT)※11をコードする5つUGT遺伝子 (UGT91A6, A7, R1, R2, R3) を見出しました (図3a)。トマト栽培種S. lycopersicumは、青葉アルコール二糖配糖体を葉に貯めます(図3b)。また、これら5つのUGT遺伝子のうち、葉で最も発現量が高かったのはUGT91R1でした (図3c)。そこで、UGT91R1が青葉アルコール二糖配糖体を生み出す酵素かどうかを調査しました。大腸菌発現系※12を用いてUGT91R1組換え酵素を調製して、UGT91R1組換え酵素が青葉アルコール二糖配糖体を生み出すかどうかを調べたところ、UGT91R1は青葉アルコール単糖配糖体に糖を結合させて、青葉アルコール二糖配糖体に変換する配糖化酵素であることを明らかにしました (図3d)。
[画像4: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-a27e40506daa6b433a94-3.jpg ]
図3. UGT91R1の探索と機能解析
a) IL11-1株とIL11-2株の染色体置換領域に存在するUGT91R1遺伝子
b) トマト各組織における青葉アルコール二糖配糖体内生量
c) トマト各組織におけるUGT91遺伝子の遺伝子発現量
d) UGT91R1組換え酵素は青葉アルコール単糖配糖体を青葉アルコール二糖配糖体に変換する。
UGT91R1がトマト株で働いているかを調べるために、ゲノム編集技術を用いてUGT91R1遺伝子を欠失させた遺伝子欠損変異株 (UGT91R1-ノックアウト株) と、UGT91R1遺伝子を過剰に発現させた過剰発現株 (UGT91R1-過剰発現株) を作製しました。これらUGT91R1-ノックアウト株とUGT91R1-過剰発現株に含まれる青葉アルコール二糖配糖体を測定しました。その結果、UGT91R1-ノックアウト株では青葉アルコール二糖配糖体の内生量が25%に低下し、UGT91R1-過剰発現株では青葉アルコール二糖配糖体の内生量が3倍に増加しました (図4a, 4b)。さらに青葉アルコール二糖配糖体の内生量が減少している染色体断片置換系統IL11-1株を用いてハスモンヨトウ幼虫の食害試験行った結果、食害に対する抵抗性は低下しました (図4c)。以上の結果から、トマト株においてUGT91R1が青葉アルコール二糖配糖体を生み出す酵素として働いていることを明らかにしました。以上より、健全なトマト株は、トマト被害株から発散された青葉アルコールを取り込み、配糖化酵素UGT91R1によって防御物質である青葉アルコール二糖配糖体を生み出して、予め防御力を強化しておくことで将来起こり得る病害虫の被害から身を守ることを明らかにしました。
[画像5: https://prtimes.jp/i/96787/16/resize/d96787-16-f6f485a7f94e3b709551-4.jpg ]
図4. トマト植物体におけるUGT91R1の評価試験
a) UGT91R1-ノックアウト株における青葉アルコール二糖配糖体
b) UGT91R1-過剰発現株における青葉アルコール二糖配糖体内生量
c) IL11-1株を食害したときのハスモンヨトウ幼虫の体重
【今後の展望と波及効果】
香り物質は、植物間コミュニケーションの手段となるシグナル分子です。動物の「鼻」に相当する器官がないにもかかわらず、トマトは香り物質を通じて外部情報を受け取り、配糖化酵素の働きで植物自身の防御力を強化することができます。今回の研究成果は、配糖体を生み出す配糖化酵素やその遺伝子の発現や強さを調べることで、トマトの各品種が持つ防御力を素早く評価し、食害ストレスに強いトマト品種の開発を加速することが期待できます。また防御に有効な香り物質を農作物に人工的に与えることで害虫に強い形質を与えることが期待されます。香り物質を活用して害虫に抵抗性のある農作物栽培が可能となれば、安全安心な農業生産につながります。
【論文情報】
掲載誌名: Nature Communications
論文タイトル: Identification of a tomato UDP-arabinosyltransferase for airborne volatile reception.
著者: Koichi Sugimoto, Eiichiro Ono, Tamaki Inaba, Takehiko Tsukahara, Kenji Matsui, Manabu Horikawa, Hiromi Toyonaga, Kohki Fujikawa, Tsukiho Osawa, Shunichi Homma, Yoshikazu Kiriiwa, Ippei Ohmura, Atsushi Miyagawa, Hatsuo Yamamura, Mikio Fujii, Rika Ozawa, Bunta Watanabe, Kenji Miura, Hiroshi Ezura, Toshiyuki Ohnishi, Junji Takabayashi
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-023-36381-8
【研究助成】
大西利幸
日本学術振興会 基盤研究 (C) (17K07750, 20K05836)
静岡大学グリーン科学技術研究所 プロジェクト研究支援 (2021, 2022)
高林純示
日本学術振興会 基盤研究 (A) (18H03952, 22H00425)
筑波大学つくば機能植物イノベーション研究センター(T-PIRC) 形質転換植物デザイン研究拠点(#2109)
杉本貢一
日本学術振興会 特別研究員奨励費 (24·841)内藤財団 特定研究助成
【用語説明】
1:植物間コミュニケーション
植物の防御戦略の一つ。害虫の被害を受けた植物が放出する香り物質を隣接する健全な植物が受容した時に、健全な植物は予め誘導的な防御レベルを強化して、来るべき害虫に備える。
2:配糖体
糖類 (還元糖) のC-1位と非糖部分 (アグリコン) がグリコシド結合した化合物。疎水性の高い化合物の場合、配糖化により親水性が高まり、水溶性が良くなる。また不安定な化合物は安定性が増す。そのため化合物の蓄積に適した形態である。
3:配糖化酵素
天然の化合物にグルコースやキシロースなど糖を転移する酵素。糖受容体に上記の配糖体としての性質を付与することができる。
4:ハスモンヨトウ (Spodoptera litura)
チョウ目ヤガ科の昆虫。極めて広食性であり、野菜、果樹、花卉などに被害が及ぶ。食害被害は8月〜10月頃に多い。
5:青葉アルコール
(Z)-3-ヘキセノールのこと。1933年、武居三吉教授 (京都帝国大学) が緑茶の香り物質として発見した。多くの植物の青臭い香りの主成分であり、植食性生物など食害や物理的ストレスを受けたときに、植物が発散する香り物質である。
6:青葉アルコール単糖配糖体
(Z)-3-ヘキセニル β-D-グルコピラノシドのこと。
7:青葉アルコール二糖配糖体
(Z)-3-ヘキセニル β-ビシアノシドのこと。
8:Solanum lycopersicum (ソラナム リコペルシカム)
主に食用されているトマト栽培種の学名。世界中で食用として栽培されている。2012年に全ゲノムが解読されている。
9:Solanum pennellii (ソラナム ペネリ)
トマト野生種の一つの学名。南米産の野生種のトマトで、食用としては用いられていない。果実は熟しても緑色。トマト栽培種 (Solanum lycopersicum) の形質を改良するための異種交配に使われる。トマトにおいては、全ゲノムが解読された2例目 (2014年)
10:染色体断片置換系統
染色体の一部のみを他品種由来断片に置換された系統のことで、系統ごとに異なる断片が置換されている。
11:ウリジン二リン酸依存性糖転移酵素 (UGT: uridine-diphosphate dependent glycosyltransferase)
配糖化酵素の一種。糖供与体としてウリジン二リン酸-糖を利用する酵素で、植物、動物、菌類、細菌、ウイルスなど多様な種類の酵素が存在する。UGTが触媒する配糖化反応は、糖受容体の安定性、輸送、貯蔵、反応性、生理活性に影響を与える。UGT91R1はUGTファミリーに属する酵素の一つ。
12:大腸菌発現系
大腸菌発現系大腸菌を宿主として、組換えタンパク質を発現する異種発現システムのこと。