経済性かつ機能性に優れるバイオサーファクタントをリガンドとした新しい抗体分離技術
[08/08/21]
提供元:PRTIMES
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独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
産業技術総合研究所・環境化学技術研究部門
抗ガン剤、バイオメディカル材料などの開発に欠かせない抗体
酵母を利用して大豆油から作ったバイオサーファクタント(注1)を基に
分離・精製する画期的なリガンド(注2)物質を開発
(注1)バイオサーファクタント(BS):微生物が作り出す脂質、界面活性剤の機能を持つ。
(注2)リガンド:蛋白質などの特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質。
【新規発表事項】
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、産業技術総合研究所の研究員、井村知弘氏は、医薬品開発、医療、バイオ研究などの分野で需要が高まる抗体(注3)の新たな分離技術を開発しました。
この技術はこれまで主流だったタンパク質系リガンド(注2)の短所(高価、限定的な機能、扱いの難しさ)を克服し、取って代わる可能性を持つ、大豆由来の糖脂質を用いた新しい抗体分離技術です。
タンパク質系リガンド(従来技術)のプロテインAは100万円/kgと高価でしたが、本研究で開発したBSリガンドは、数千円〜数万円/kg(1/100程度の低コスト化)とコスト面で非常に優れています。またBSリガンドは酵母を利用して大豆油から作るため、従来技術のように残留リガンドによる抗原性の心配がありません。またIgM、IgA、IgY等、従来技術で分離できなかった抗体の分離も可能です。
このBSリガンドを用いた抗体分離装置により、ヒト免疫抗体の一つであるIgGの効率的な分離(結合定数はプロテインAの約4倍)に成功しています。
(注3)抗体:ヒトの免疫グロブリン(Ig、immunoglobulin)のこと。リンパ球の一種が産生する糖タンパク分子で、特定のタンパク質などの分子(抗原を認識して結合する働きを持つ。抗体は主に血液中や体液中に存在し、例えば、体内に侵入してきた細菌・ウイルスなどの微生物や微生物に感染した細胞を抗原として認識して結合し、その抗原と抗体の複合体を、白血球等の食細胞が認識・貪食して体内から除去するように働いたり、リンパ球等の免疫細胞が結合して免疫反応(注4)を引き起こしたりする。ヒトの体内では以下、5種類のクラスの免疫グロブリンが形成される。IgG (ヒト抗体の70-75%を占め、血管内外に平均して分布する)、IgM (ヒト抗体の約10%を占め、通常血中のみに存在し、感染微生物に対して最初に産生され、初期免疫を司る)、 IgA(ヒト抗体の10-15%を占め、血清、鼻汁、唾液、母乳、腸液中に多く存在する)、IgD (ヒト抗体の1%以下)、IgE(ヒト抗体の0.001%以下と極微量しか存在せず、寄生虫に対する免疫反応に関与していると考えられるが、寄生虫の稀な先進国においては、特に気管支喘息やアレルギーに大きく関与しているとされる)の5種類。
(注4)免疫反応:一度侵入してきた異物に対して、特異的な抵抗性(応答性)を持つからだの仕組みで、その異物が原因で引き起こされる病気に対して抵抗できる機能。免疫反応を生じさせる異物のことを抗原といい、異物に反応して結合する物質のことを抗体と呼ぶ。アレルギー反応も免疫反応の一種。
1.研究成果概要
体内の免疫システムにおいて重要な役割を担っている抗体は、抗ガン剤などの医薬品や血漿交換等に用いるバイオメディカル材料、機能性食品など幅広い分野で、需要が拡大し2010年には6兆円の市場規模と予測されています。抗体の分離にはこれまでプロテインAというタンパク質系のリガンド(注2)が広く用いられていましたが、プロテインAは非常に高価であるうえ、IgAやIgM 、IgY(注5)といった抗体の分離には使えないという短所があります。私たちは、酵母を利用して大豆油から作ったバイオサーファクタント(注1)であるマンノシル・エスリトールリピッド(MEL)という糖脂質が、抗体に親和性を示すことを発見し、これを新しいコンセプトのリガンドとして利用する研究を行いました。その結果、MEL-Aという糖脂質は、プロテインAに比べて約4倍もIgGとの親和性が高いこと、さらに、プロテインAがほとんど親和性を示さないIgA、IgMの他ニワトリの抗体であるIgYとも結合することを明らかにしました。こうした成果をもとに、MEL-Aを固定したカラム(注6)を開発し、IgGをプロテインAの約1/7の効率で分離することに成功しました。現時点では効率(抗体分離性能)は約1/7と劣りますが、長い分離カラムとすることで解決可能であり、コストがプロテインAの約100分の1程度ということを考えると、現時点でも十分対抗しうる技術と考えられます。
(注5)鳥類(ニワトリ) 由来の抗体の一種。鶏卵由来の抗体を分離・精製する際も本BSリガンドが活用できる。
(注6)カラム:クロマトグラフィーに用いる物質を分離する装置。
2.競合技術への強み
(1)圧倒的な低コスト:プロテインAの価格(100万円/kg)と比べ、圧倒的に安価(数千円〜数万円/kg)なので、抗体の製造コスト引き下げに貢献できる可能性があります。
(2)多くの抗体に対応:BSリガンドは、プロテインAなどのタンパク質系リガンドとは結合部位が違います。図5は抗体の基本構造ですが、タンパク質系リガンドのプロテインAは、図のFcで抗体と結合します。それに対してBSリガンドは、F(ab’)2サイトで抗体と結合します。他クラスの抗体(IgM・IgA)は、構造上Fcを結合に使えないので、プロテインAでは分離することができませんが、BSリガンドは抗体のF(ab’)2サイトと結合するのでIgM・IgAも分離することができます。(図5.参照)
(3)扱いやすさ:BSリガンドはタンパク質系リガンドのように抗原性の懸念(精製した製品中に残留し、ヒトの体内で抗原抗体反応を起す)がないばかりでなく、有機溶媒を用いても活性を失うこともないので、扱いが大変容易です。
図5.(注7)"Y"字の上半分の "V"字の部分をFab領域 (Fragment antigen binding:抗原結合部位) 、"Y"字の下半分の縦棒部分にあたる場所をFc領域 (Fragment crystallizable:結合部位) と呼ぶ。白血球やマクロファージなどの食細胞はこのFc領域と結合できる受容体(Fc受容体)を持っており、このFc受容体を介して抗原と結合した抗体を認識して抗原を貪食する。タンパク分解酵素のペプシンはヒンジ部のジスルフィド結合のFc側で切断し、大きなFabが2個くっついたF(ab')2を1つと、多数の小さなFc断片を生成する。F(ab')2は、ジスルフィド結合部を含むため、Fabよりも構造が大きいため、Fabと区別するため ab' としている。このF(ab')2は抗原に結合するが、Fc領域を持たないためその後の免疫反応を引き起こさない。このことを利用して抗原の標識に用いられる。
3.今後の展望
BSリガンドはコスト面では優れていますが、分離の効率がプロテインAと同等のレベルに達していないので、2年以内にプロテインAと同等の性能達成を目標に引き続き研究を進めていきます。
ただ、私たちの開発したBSリガンドがどんなに優れていても、医薬品製造においては認可等の問題があり、既存のリガンドに置き換わるには時間がかかります。このような問題のない、抗体分離が必要な医薬品製造以外の用途、バイオメディカル、機能性食品、化粧品などの分野には近いうちにBSリガンドが使えるのではと考えています。一番期待しているのは、血漿交換への応用です。
リウマチや膠原病などの自己免疫疾患に対して、自己抗体を除去する血漿交換療法が有効であることが知られています。コストや扱い安さの利点から、私たちの開発したBSリガンドによる抗体分離技術は、血漿交換用のバイオメディカル材料として大きな可能性があると考えており、その実用化に向けた研究にも力を入れていきます。
産業技術総合研究所・環境化学技術研究部門
抗ガン剤、バイオメディカル材料などの開発に欠かせない抗体
酵母を利用して大豆油から作ったバイオサーファクタント(注1)を基に
分離・精製する画期的なリガンド(注2)物質を開発
(注1)バイオサーファクタント(BS):微生物が作り出す脂質、界面活性剤の機能を持つ。
(注2)リガンド:蛋白質などの特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質。
【新規発表事項】
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、産業技術総合研究所の研究員、井村知弘氏は、医薬品開発、医療、バイオ研究などの分野で需要が高まる抗体(注3)の新たな分離技術を開発しました。
この技術はこれまで主流だったタンパク質系リガンド(注2)の短所(高価、限定的な機能、扱いの難しさ)を克服し、取って代わる可能性を持つ、大豆由来の糖脂質を用いた新しい抗体分離技術です。
タンパク質系リガンド(従来技術)のプロテインAは100万円/kgと高価でしたが、本研究で開発したBSリガンドは、数千円〜数万円/kg(1/100程度の低コスト化)とコスト面で非常に優れています。またBSリガンドは酵母を利用して大豆油から作るため、従来技術のように残留リガンドによる抗原性の心配がありません。またIgM、IgA、IgY等、従来技術で分離できなかった抗体の分離も可能です。
このBSリガンドを用いた抗体分離装置により、ヒト免疫抗体の一つであるIgGの効率的な分離(結合定数はプロテインAの約4倍)に成功しています。
(注3)抗体:ヒトの免疫グロブリン(Ig、immunoglobulin)のこと。リンパ球の一種が産生する糖タンパク分子で、特定のタンパク質などの分子(抗原を認識して結合する働きを持つ。抗体は主に血液中や体液中に存在し、例えば、体内に侵入してきた細菌・ウイルスなどの微生物や微生物に感染した細胞を抗原として認識して結合し、その抗原と抗体の複合体を、白血球等の食細胞が認識・貪食して体内から除去するように働いたり、リンパ球等の免疫細胞が結合して免疫反応(注4)を引き起こしたりする。ヒトの体内では以下、5種類のクラスの免疫グロブリンが形成される。IgG (ヒト抗体の70-75%を占め、血管内外に平均して分布する)、IgM (ヒト抗体の約10%を占め、通常血中のみに存在し、感染微生物に対して最初に産生され、初期免疫を司る)、 IgA(ヒト抗体の10-15%を占め、血清、鼻汁、唾液、母乳、腸液中に多く存在する)、IgD (ヒト抗体の1%以下)、IgE(ヒト抗体の0.001%以下と極微量しか存在せず、寄生虫に対する免疫反応に関与していると考えられるが、寄生虫の稀な先進国においては、特に気管支喘息やアレルギーに大きく関与しているとされる)の5種類。
(注4)免疫反応:一度侵入してきた異物に対して、特異的な抵抗性(応答性)を持つからだの仕組みで、その異物が原因で引き起こされる病気に対して抵抗できる機能。免疫反応を生じさせる異物のことを抗原といい、異物に反応して結合する物質のことを抗体と呼ぶ。アレルギー反応も免疫反応の一種。
1.研究成果概要
体内の免疫システムにおいて重要な役割を担っている抗体は、抗ガン剤などの医薬品や血漿交換等に用いるバイオメディカル材料、機能性食品など幅広い分野で、需要が拡大し2010年には6兆円の市場規模と予測されています。抗体の分離にはこれまでプロテインAというタンパク質系のリガンド(注2)が広く用いられていましたが、プロテインAは非常に高価であるうえ、IgAやIgM 、IgY(注5)といった抗体の分離には使えないという短所があります。私たちは、酵母を利用して大豆油から作ったバイオサーファクタント(注1)であるマンノシル・エスリトールリピッド(MEL)という糖脂質が、抗体に親和性を示すことを発見し、これを新しいコンセプトのリガンドとして利用する研究を行いました。その結果、MEL-Aという糖脂質は、プロテインAに比べて約4倍もIgGとの親和性が高いこと、さらに、プロテインAがほとんど親和性を示さないIgA、IgMの他ニワトリの抗体であるIgYとも結合することを明らかにしました。こうした成果をもとに、MEL-Aを固定したカラム(注6)を開発し、IgGをプロテインAの約1/7の効率で分離することに成功しました。現時点では効率(抗体分離性能)は約1/7と劣りますが、長い分離カラムとすることで解決可能であり、コストがプロテインAの約100分の1程度ということを考えると、現時点でも十分対抗しうる技術と考えられます。
(注5)鳥類(ニワトリ) 由来の抗体の一種。鶏卵由来の抗体を分離・精製する際も本BSリガンドが活用できる。
(注6)カラム:クロマトグラフィーに用いる物質を分離する装置。
2.競合技術への強み
(1)圧倒的な低コスト:プロテインAの価格(100万円/kg)と比べ、圧倒的に安価(数千円〜数万円/kg)なので、抗体の製造コスト引き下げに貢献できる可能性があります。
(2)多くの抗体に対応:BSリガンドは、プロテインAなどのタンパク質系リガンドとは結合部位が違います。図5は抗体の基本構造ですが、タンパク質系リガンドのプロテインAは、図のFcで抗体と結合します。それに対してBSリガンドは、F(ab’)2サイトで抗体と結合します。他クラスの抗体(IgM・IgA)は、構造上Fcを結合に使えないので、プロテインAでは分離することができませんが、BSリガンドは抗体のF(ab’)2サイトと結合するのでIgM・IgAも分離することができます。(図5.参照)
(3)扱いやすさ:BSリガンドはタンパク質系リガンドのように抗原性の懸念(精製した製品中に残留し、ヒトの体内で抗原抗体反応を起す)がないばかりでなく、有機溶媒を用いても活性を失うこともないので、扱いが大変容易です。
図5.(注7)"Y"字の上半分の "V"字の部分をFab領域 (Fragment antigen binding:抗原結合部位) 、"Y"字の下半分の縦棒部分にあたる場所をFc領域 (Fragment crystallizable:結合部位) と呼ぶ。白血球やマクロファージなどの食細胞はこのFc領域と結合できる受容体(Fc受容体)を持っており、このFc受容体を介して抗原と結合した抗体を認識して抗原を貪食する。タンパク分解酵素のペプシンはヒンジ部のジスルフィド結合のFc側で切断し、大きなFabが2個くっついたF(ab')2を1つと、多数の小さなFc断片を生成する。F(ab')2は、ジスルフィド結合部を含むため、Fabよりも構造が大きいため、Fabと区別するため ab' としている。このF(ab')2は抗原に結合するが、Fc領域を持たないためその後の免疫反応を引き起こさない。このことを利用して抗原の標識に用いられる。
3.今後の展望
BSリガンドはコスト面では優れていますが、分離の効率がプロテインAと同等のレベルに達していないので、2年以内にプロテインAと同等の性能達成を目標に引き続き研究を進めていきます。
ただ、私たちの開発したBSリガンドがどんなに優れていても、医薬品製造においては認可等の問題があり、既存のリガンドに置き換わるには時間がかかります。このような問題のない、抗体分離が必要な医薬品製造以外の用途、バイオメディカル、機能性食品、化粧品などの分野には近いうちにBSリガンドが使えるのではと考えています。一番期待しているのは、血漿交換への応用です。
リウマチや膠原病などの自己免疫疾患に対して、自己抗体を除去する血漿交換療法が有効であることが知られています。コストや扱い安さの利点から、私たちの開発したBSリガンドによる抗体分離技術は、血漿交換用のバイオメディカル材料として大きな可能性があると考えており、その実用化に向けた研究にも力を入れていきます。