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社歴が長いだけの私。何歳までが「労働力」に? 働き続ける女性たちの揺れる思いに迫った

定年前後の女性たち。「誰かに必要とされたいけれど」

女性の定年という言葉のなかには様々な意味がある。自分自身の仕事の定年、夫の仕事の定年、そして隠語めいた表現としての「女の定年」。それぞれの女性たちが抱える「老い」との向き合い方について、精神科医の香山リカ氏が『女性の「定年後」』(大和書房刊)で考察し、多くの共感を呼んでいる。本書の一部をご紹介しよう。




[画像1: https://prtimes.jp/i/33602/27/resize/d33602-27-280709-pixta_20444860-0.jpg ]

■定年まで勤めたいけれど。ある女性平社員の悩み

 これはほかの精神科医も言っていることなのだが、医者と診察室に来る患者さんの年齢はなぜか似てくることが多い。
 私も20代のときは10代や20代の患者さんが、30代のときは30代の患者さんが多かった気がする。
 とくに最近は、受診を考える人はあらかじめホームページで「どんな医者がいるのだろう」とチェックし、自分とあまり年齢が離れていない医師を訪ねるからではないか。さらに性別が同じほうがより話しやすい、と考える人も多いようだ。
 そういうわけで、最近は「50代後半から60代前半の女性」に診察室で会う機会が増えた。その中には会社や役所などにずっと勤務してきた、という人も少なくない。
 就職したのは雇用機会均等法の前でも、そのあとで法律ができて、女性も本人が希望すれば定年まで勤めるのが当然、となってからの人たちだ。
 だから、制度的には定年は男性と同じ、さらに再任用もあって、ほとんどの人は「65歳までいまの職場で働ける」という権利は手にしている。ところが、50代後半になるとだんだん気持ちが重くなる、という声をよく聴くのだ。

■「社歴が長いだけの私……会社に必要?」

 そのひとり、ツバキさんは都内の四年制大学を出て、雇用機会均等法の少し前に証券会社に入社した。
 当時はまだ総合職というワクはなく、女性はすべて事務職つまり一般職扱いだったという。
 両親と実家で同居していたが、ツバキさんが20代後半で母親が難病にかかり、それからは父親と家事を分担しながら介護をする生活となった。
「おつき合いしていた人もいたにはいたのですが、私が結婚して実家を離れるわけにはいかないし、かと言ってその人に同居してくださいとも言い出せず、結局は別れてしまいました」

 そのあとも短期間、交際した男性もいたようだが、やはり病気の母親や家事もおぼつかない父親のことが気になり、結婚には踏み切れなかったという。そのあと、母親はツバキさんが40歳のときに亡くなり、父親は2年前、ツバキさんが55歳のときに亡くなった。
「ありがたいことに住む家はありますし、あとは定年までいまの会社で仕事をしつつ、美術館巡りでもしようかな、と思っていたのですが」とツバキさんは顔を曇らせた。「最近になって、私、定年までこの会社にいていいのかな、という不安が出てきたんです」。

 ツバキさんの仕事は労務管理なのだが、最近はもっぱらパソコンを使って従業員の勤怠や勤務時間をチェックしている。
 それに使うソフトも年々、更新され、「覚えるのに精いっぱい」と言う。
 さらに最近は従業員のスマホのアプリと連動して、といった新しいシステムが導入されることになり、「そうなるともうさっぱり」とツバキさんは苦笑した。

■IT化についていけず自信喪失

 そのようにIT化がどんどん進む中、ふと「私はこの部署のお荷物なのでは」とツバキさんは考えるようになったのだという。
 とくに若い社員はパソコンやスマホの使いこなしや新しい仕組みの学習能力がものすごく、ツバキさんがもたもたしていると「ここはこうですよ」などと教えてくれることもある。決して意地悪な態度ではないのだが、ツバキさんとしては「入社の年次が30年も下の人に、手取り足取り教えてもらうなんて」と恥ずかしく、情けない気持ちでいっぱいになるのだそうだ。

「はっと気づくと、同年代の一般職入社の女性はみんなやめていて、残っているのは私だけなんです。改めて、同期はどうしてやめたのか、思い出してみました。
 結婚の時点、子どもができた時点、それでも続けていた人たちは、50代になる頃、介護を理由にやめたり、だんなさんが定年退職するから自分もやめてゆっくりするんだとやめたり。私のようにシングルの同期は、55歳で退職して“いましかできないから”とシニアボランティアに志願して、カンボジアで語学学校の先生になりました。
 同期がやめていくときは、“もっと働き続ければいいのに”と心の中で思っていたのですが、いま考えると彼女たちのほうが正解だったかもしれません。新しい技術にもついていけないのに会社に居すわって給料だけもらっている私は、まさに“老害”ですよ……」

 最初はややおどけた調子で話していたツバキさんだが、だんだんその目に涙がたまってきて、ついにハンカチを取り出して両目にあてて泣き出したのだった。
 私はややあわてて声をかけた。

「ちょっと待ってください。仕事ってある特定の業務がすべてじゃないはずですよ。先ほどからお話聞いていて、“この人、とても落ち着いた雰囲気で、こういう人がいると部署は安心だろうな”と感じていました。あなたのこれまでの経験や人柄のおだやかさは、きっと部署で必要とされていると思います。
 それに、よほどミスをしたり不真面目な勤務でさえなければ、定年まで会社に在籍して仕事に従事するのは、あなたの権利でしょう。もし、そのアプリでの労務管理などあなたにはまったく不向きということになれば、より働きやすい部署への配置換えなどは、会社のほうの義務なんじゃないですか」

 これは気休めや出まかせではなく、精神科のかたわらこなしてきた産業医としての経験からの言葉でもあった。するとツバキさんは、ちょっと安心したような表情になり、言ったのだった。

「そうですよね。なんだかみんなの足手まといになっていて申し訳ない気がしたのですが、定年まで働いていいんですよね、私。早期退職制度を使ってもうやめなきゃいけないのか、と思ってました」

 私は、「もちろんです。再任用制度も使って65歳までは堂々と働いていいんですよ」と伝えた。
 おそらく会社には、ツバキさんと同年齢でツバキさんよりも実務能力が低い男性社員もいるに違いない。
 私もときどき、「ウチの病院の内科部長はいま62歳だけどITオンチでパソコンの電子カルテがまったく使えず、部下の若手医師がすべて入力している」といったウラ話を親しくしている別の医療機関の看護師などから聞くことがある。
 その医師は男性なのだが、だからといって「ああ、ボクはみんなの足手まといだ。早く引退して若手に部長職を譲るべきだ」と肩身の狭い思いをしている様子もない。
 それどころか、逆に「こんなのを使えるほうがおかしいんだ」と開き直っているようだ。
 このように男性と女性とを比べた場合、定年間近あるいは再任用の時期になり、「私、このまま勤め続けていいのだろうか」と悩むのは、圧倒的に女性なのではないか。
 たとえ新しいシステムにすぐには適応できなくても、若い社員に圧されっぱなしであっても、そこで自分が歩んできた道に疑問を感じ、「(まだ働けるけど)もうやめます」と自ら退く必要はないのである。

■普通の人が、「普通に働き続けること」が当たり前の社会に

 別に「余人をもって替えがたし」というほどの要職についていなくても、いまのIT技術やそれを駆使した業務が苦手であっても、あるいは経済的事情がさし迫っていなくても、女性だっていまいる職場で定年まで仕事をする。
 再任用制度があるならその期限まで働く。
 これは“申し訳ないこと”でも“恥ずかしいこと”でもなく、かと言って“とても立派なこと”でもなく、むしろ“あたりまえのこと”なのではないか。
 私自身は、当然のような顔をして、大学でも病院でも「もう定年ですよ」と言われるその日まで、ガッチリ自分の座席にしがみついていよう、と思うのである。

[画像2: https://prtimes.jp/i/33602/27/resize/d33602-27-231581-1.jpg ]

■書籍概要
書名:『女性の「定年後」』
仕様:四六版ソフトカバー 256頁
定価:1400円+税
発売:2018年6月24日
amazonご購入はこちら↓
https://www.amazon.co.jp/dp/4479784276/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_635FBbRWXBM

■著者プロフィール
香山リカ(かやまりか)
1960年北海道生まれ。東京医科大卒。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。精神科医・立教大学現代心理学部映像身体学科教授。神戸芸術工科大学大学院客員教授。筑波大学大学院客員教授。北海道新聞(ふわっとライフ)、毎日新聞(ココロの万華鏡)、創(「こころの時代」解体新書)など。
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