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鳥類学者の川上和人が絶海の孤島、南硫黄島を調査した冒険と研究の記録。抱腹絶倒空前絶後の科学エッセイがここに誕生!書籍『無人島、研究と冒険、半分半分。』8月29日発売。




東京書籍株式会社は、2023年8月29日に書籍『無人島、研究と冒険、半分半分。』(川上 和人/著)を発売いたしました。
[画像1: https://prtimes.jp/i/115774/40/resize/d115774-40-94471c6b73a5bc71d16c-0.jpg ]

解説


絶海の孤島、南硫黄島。本州から南に1200kmの場所にあり、その開闢以来人類が2度しか登頂したことのない、原生の生態系が残る奇跡の島である。
本書は、その島に特別なミッションを受けて挑む研究者たち(主に鳥類学者)の姿を、臨場感あふれる筆致で描く冒険小説であるとともに、進化や生態についての研究成果報告書でもある。
はじめに


 世の中には、二種類の人間がいる。
 茶柱が立つのをただ安穏と待つ人間と、自ら茶柱を立てにいく人間だ。
 確かに、待っていれば茶柱はいつか立つかもしれない。私も昔はそんな人間の一人だった。しかし、本当にそれでよいのかと自問自答を繰り返し、眠れぬ夜を過ごした。もしかしたら眠れなかったのは緑茶に含まれるカフェインのせいかもしれないが、いずれにせよ私は、茶柱を立てることを選んだ。
 それほど難しいことではない。必要なものは、茎の多い茶葉とほんの少しの勇気だけだ。まずは約80度の湯を沸かし粗めの茶こしでお茶を入れれば、湯呑みの中にはお茶の茎が浮かぶだろう。しめしめとこの茎を取り上げ、素知らぬ顔で茎の一端を軽くつぶす。あくまでも自然に、神様に気取られぬようことを運ぶ。
つぶれた茎は密度が高くなり、沈もうとする。もう一端は軽いままなので表面に浮く。これで人造茶柱の完成だ。天然物に比べると効力が弱いかもしれないが、立たないよりはマシである。
 これでひと安心。あとは、神様が願いを叶えてくれるのを待つだけだ。神だのみをしている点で受動的に見えるかもしれないが、これは能動的受動性である。茶柱を待つだけの受動的受動性に比べれば積極的である。天は自ら助くる者を助くのだ。
 この例からもわかるように、緑茶には二つの側面がある。第一に、水分補給としての実用的側面。第二に、神様に願いを叶えてもらう呪術的側面だ。これら二つの側面は、互いに矛盾するものではなく、両立するものである。わたしたちは水分で渇きを癒しながら、同時に茶柱で将来を占うことができるのだ。
 緑茶に限らず、物事が二つの側面を持つことは珍しくない。

 さて、私は鳥類学者である。
 本書では、私がゆかいな仲間たちとともに南硫黄島という無人島で行った調査と研究について紹介したい。南硫黄島は本州から南に約1200kmの位置にある絶海の孤島だ。行政的には東京都小笠原村に属している。
 この島は過去に人が定住したことがなく、人為的な撹乱(かくらん)を受けていない。このため、原生の生態系が維持されており、これを保全するため調査研究といえどもみだりに立ち入ることが制限されている。こんな場所は日本には他に存在しない。
 この島の自然が保存されてきた背景にはとても合理的な理由がある。人類はこの島の自然を守ったのではなく、どちらかというと手が出せなかったのだ。  南硫黄島は半径約1km、標高約1kmの小島である。これは平均傾斜45度の急勾配の島ということを意味する。45度は四捨五入すると50度である。50度は四捨五入すると100度である。100度といったらすでに垂直を超えており、この島の地形の厳しさを如実に示している。さらに、島の周囲は数百mの崖で囲まれた天然の要塞となっている。この圧倒的な障壁が外部からの侵入を許さなかった。
 世の中のアプローチしやすい場所では、たいがい調査が進んでいるものだ。だからこそ、近づきがたい高嶺の花的な場所には未知の要素が多く残されており、研究対象として高い価値を持っている。
 日本の島の多くは過去に人間の影響を受けており、手付かずの自然が残る場所はほとんどない。半径1000km以内に他の陸地が存在しない南鳥島でさえ、過去には海鳥の捕獲のために多くの人が入植したため、往時の生態系は破壊的影響を受けている。人為的な撹乱のない原生の生態系の姿を残す南硫黄島は、極めて貴重な調査地なのである。
 緑茶に二面性があるのと同様に、そんな南硫黄島の調査にも二つの側面がある。
 それは自然の持つ価値を解き明かす「研究的側面」と、厳しい自然環境に挑む「冒険的側面」だ。
 研究と冒険は本来別物だ。しかし、この島では両者は分かちがたく、同時に存在している。それゆえに、本書はその両面を主題としたい。

「トイレはどうするんですか?」
 貴重な自然環境を持つ場所を調査する上で、しばしばそんな質問を受ける。これはとても良い質問である。
 トイレの話題は一般に敬遠されがちである。とはいえ、生きていれば行きたくなる。調査成功祈願の茶柱を立てるため、ガブガブと緑茶を飲んだ後なら尚更だ。これは動物として自然で普通でやむを得ないことだ。それゆえに、ここに南硫黄島自然環境調査隊の調査方針が反映される。
 先に述べた通り、南硫黄島は過去に人為的影響を受けたことがなく、原生状態の生態系を維持している島だ。ひと言でいうとピュア島だ。これはすなわち、研究対象として高い価値を持つことを意味する。同時に、調査によってその価値を劣化させてはならないことも意味する。
 そこで象徴的な課題となるのが、おトイレの御作法だ。たとえばここでの懸念の一つが種子散布である。私たちは普段の生活の中でしばしば種子を含む果実を食べる。トマトもブルーベリーも遠慮なく種子ごとお皿を彩るし、南硫黄島を含む小笠原諸島ではパッションフルーツが真っ盛りだ。
 このような植物の種子が原生生態系の自然下で拡散し、外来種として野生化すれば、島の自然が持つ価値が低下してしまう。
 種子だけでなく、おトイレはさまざまな物質を生態系内に拡散する。ついでながら、原生の島はなんとなく神々しくて、なんだか無礼を働いてはいけない気がする。
 いずれにせよ、南硫黄島は可能な限り自然なままに維持するのがふさわしい。このため固形物は携帯トイレで持ち帰るのがルールとなっている。
 一方で、小用はその限りではない。こちらは天気が良ければ速やかに乾燥し、雨が降れば限りなく希釈され雲散霧消する。そもそも自然環境を撹乱する有害な成分はほぼ含まれておらず、一時的な滞在なら量もたかが知れている。
 絶対に影響がないとは言い切れないが、現実的なリスクは低いはずだ。調査隊を機能的に運用するためには許容範囲という判断だ。
 調査にともなう自然への影響は、おトイレだけではない。歩けばそこには小径ができる。動植物を採集すれば、その分だけ数が減る。
 人間不在こそ自然を自然のままに保存する最大の方策だ。とはいえ、そこには研究対象となる自然がある。これを理解したいという欲求はエゴイスティックなものだが、知的好奇心こそ人を人たらしめる要素である。
 自然を対象とする研究者は、もちろん自然を保全したいと考えている。一方で、多少なりとも自然を破壊するにもかかわらず、研究の衝動に抗うことができない。このため、人為的なインパクトを最小限に抑えながら最大限の成果を得ることが、調査における重要ミッションとなる。
 成果を最大化するためとはいえ、不可逆的な影響を与えたらミッションは失敗だ。インパクトを最小限に抑えたがために成果が得られなかったら、やはりミッションは失敗だ。
 亜熱帯の生産力の高さを考えると、踏み分け道はすぐに回復するだろう。ある程度の個体数がいれば、少数の採集は自然に死んでいく個体数の誤差の範囲に含まれるはずだ。
 ゼロでもイチでもなく、白でも黒でもない。その間にある綺麗な灰色でバランスよく成果を彩ることが野外研究の成功の姿だ。

 南硫黄島はその地形の厳しさのおかげで、山頂を含む調査はこれまでに1936年、1982年、2007年、2017年の4回しか実施されたことがない。
 私は4回の調査隊のうち2007年と2017年の2回に参加した。これらは東京都が中心となって実施された自然環境調査だ。本書ではその経験に基づき、学術論文に書かれることのない調査の実態について紹介したい。
 なお、本文では調査に参加した多くの隊員たちを無断で登場させている。ここで描写された彼らの言動は、私の印象とうろ覚えの記憶に基づいている。
 時には、他の場所で言ったことを、ちょっと脚色して別のところで言わせたりしている。誤解や恣意的な解釈、記憶違いも含め、ここに登場する全ての言動は私の責任の下にあり、本人には何の責任もない。また、イメージを優先して2017年の写真を2007年の話題に添えたところもある。大切なのは正確性よりもニュアンスとメッセージ性だと割り切って書いたので、若干の演出はご容赦いただきたい。
 また、人間関係が生々しくなるのを避けるため、隊員たちの名前は全て敬称を省略しカタカナ書きとした。そうすることで実名ではなく仮名っぽさが出ることを期待している。なお彼らは大切な仲間であり、尊敬すべきプロフェッショナルであることをここに申し添えておきたい。彼らの活躍がなければ、この本が執筆されることはなかった。
 さぁ、研究と冒険の世界の幕開けだ。
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「無人島、研究と冒険、半分半分。」発売記念トークイベント 開催決定!


日時:9月9日(土)14時〜
会場:ACADEMIA イーアスつくば店(https://www.kumabook.com/shop/iias-tsukuba/
[画像8: https://prtimes.jp/i/115774/40/resize/d115774-40-d7aabfa089325eb1e28d-7.jpg ]

著者情報


川上 和人 (かわかみ かずと)1973年生まれ。東京大学農学部林学科卒、同大学院農学生命科学研究科中退。農学博士。森林総合研究所鳥獣生態研究室長。
南硫黄島や西之島など小笠原の無人島を舞台に鳥を研究。
著書に、『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』、『そもそも島に進化あり』(ともに新潮文庫)、『鳥肉以上、鳥学未満。』(岩波書店)など。

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<概要>
『無人島、研究と冒険、半分半分。』
■川上 和人/著 
■定価1,760円(本体1,600円+税10%)
■四六判・312頁
https://www.tokyo-shoseki.co.jp/books/81714/
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