気中に漂う希薄なウイルスを検出し、「伝播リスクの見える化」に成功
[23/11/05]
提供元:PRTIMES
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畜産現場に適用できるウイルスセンシング技術の開発
・ ウイルスをハイドロキシアパタイト粒子へ吸着させ、検出阻害成分と分離し、PCRで高感度に検出
・ 複数の地点で空気を採取し、畜舎の内外のウイルスの濃度・空間分布を推定
・ 牛個体ごとの検査では把握が困難だった空気感染や飛沫感染による隣接畜舎への伝播リスクを評価
[画像1: https://prtimes.jp/i/113674/56/resize/d113674-56-ad71a9e0556fcec29c07-0.jpg ]
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター 福田 隆史 研究チーム長、安浦 雅人 主任研究員、泉對 博 元日本大学教授、堀口 諭吉 主任研究員、芦葉 裕樹 主任研究員は、茨城県 農林水産部 畜産課(以下「県畜産課」という)および茨城県 家畜保健衛生所(以下「家畜保健所」という)と共同で、県内の畜産農場でエアロゾル捕集実験を行い、空間を漂うウイルスを検出し、隣接する畜舎の付近(上図右の隣接牛舎前)まで拡散したウイルスを検出できることを実証しました。
この研究では、効果的な濃縮や検出阻害物の除去を行うサンプル前処理手法「PTAS法(Pretreatment technology for airborne specimens)」を開発することで気中ウイルス検出法を確立しました。その結果、空気中を漂うエアロゾルの高効率な捕集と、病原ウイルスの核酸の高感度な検出法との組み合わせで、検出を妨害する塵埃や動物の代謝物などを含むサンプルからも、病原ウイルスの検出を実証しました。また、畜舎内外の複数地点での同時測定で病原ウイルスの濃度や空間分布を推定できたことで、隣接畜舎へのウイルスの伝播リスクを可視化できます。本技術は畜産現場で病原ウイルスの特定や伝播経路の検証などを通じ感染症のまん延防止に貢献します。
この技術の詳細は、2023年11月6〜8日に熊本城ホール(熊本県熊本市)で開催される第40回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウムで発表予定です。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
私たちはコロナ禍を経験し、空間を漂うウイルスの存在やそれによる感染リスクについて強い関心を寄せるようになりました。その結果、人を取り巻く社会における感染症の拡大防止や感染経路特定を目的として、例えば、スーパーコンピュータを用いた飛沫拡散シミュレーションやエアロゾル採集によるウイルス検出など多くの検討がなされました。これに対して、家畜の感染症については技術の開発やその活用は十分とは言えない状況にあります。記憶にあたらしい2022〜2023年度の鳥インフルエンザや豚熱の発生など、日本国内でも畜産業に大きな打撃を与える感染症の発生が近年相次いでいます。2018年に改正された家畜伝染病予防法では、家畜の所有者の責務として「伝染病の発生予防とまん延防止のための衛生管理」が明記され、国・都道府県・市町村は伝染病予防計画や対策、体制整備を行うよう定められています。このような背景のもと、農林水産省も生産現場における感染症発生リスクの「見える化」・リスク制御対策技術の開発・実証を公募プロジェクトのテーマに据えるなど、畜産現場にも適用できる効果的なウイルス検出技術の開発とその活用による防疫対策の確立が切望されています。
研究の経緯
産総研は、2020年からコロナ禍に対応すべく、人流・行動解析などに基づく気中ウイルスの感染リスク評価に関する研究を実施しています。また、気中ウイルスを捕集・検出する技術についても開発してきました。畜産業では世界規模かつ甚大なウイルス感染症の被害が社会的問題になっています。家畜感染症の被害を食い止めるため、産総研で開発してきたウイルス検出手法を畜産現場に適用するための技術開発を行い、現場への適用性を検証しました。
研究の内容
本研究は畜舎内外の空気中に漂うウイルスを捕集して検出することに特徴があります。これまでのように検査対象の家畜を個体ごとに感染しているかどうか診断するのではなく、畜舎内外の空間に検査対象のウイルスが浮遊しているかどうかを調査します。従来の病性鑑定では、感染症罹患が疑われる家畜の集団から数頭を選び、代表として体液(血液や鼻汁など)を採取し、病原体検査を行ってきました。そのため、感染拡大の実態は、実際に周囲に感染が広がることでしか察知できず、感染が広がる前に伝播経路を予測・検証するなどの「伝播リスクの見える化」は困難です。
今回開発した「PTAS法(Pretreatment technology for airborne specimens, 図1)」を適用した気中ウイルス検出法は、1) 湿式サイクロンエアーサンプラーにより空間に漂うウイルスを液中に捕集する、2) ウイルスを吸着する微粒子を利用した標的ウイルスの濃縮と家畜由来物(糞尿など)や塵埃などのウイルスの検出阻害物の除去を行う(PTAS法)、3) ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりウイルス核酸を定量分析する、の3段階で構成されています。結果の妥当性は、別途実施された家畜保健所による鼻汁や血液の検査や気中捕集サンプルからのウイルス分離の結果との比較を通じて検証しました。
PTAS法では、サンプルを細孔径0.45 μmのシリンジフィルターでろ過することで粒径の大きい固形物を取り除いた後、ろ液にタンパク質吸着性の高いハイドロキシアパタイト粒子を加えてよく攪拌します。ウイルス粒子表面の外部タンパク質がハイドロキシアパタイト粒子に吸着するため、ウイルスを吸着した粒子の遠心分離などによって効率的な濃縮と検出阻害物の除去が可能です。さらに粒子に吸着したウイルスからウイルス核酸の抽出・精製を行うことで、PCR検査で核酸を効率よく検出できます。
[画像2: https://prtimes.jp/i/113674/56/resize/d113674-56-db8adbba49add8b3b40d-1.jpg ]
まず、牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)の持続感染の疑いがある仔牛が確認された茨城県内の農場において、当該仔牛が隔離された小屋の内部で空気を捕集し(図2.a)、感染ウイルス(BVDV)の検出の可否を確認しました。その結果、小屋内部から得たサンプルに「PTAS法」を適用することでBVDVウイルス核酸の検出に成功しました。また、当該仔牛の血液および鼻汁を用いた力価測定でBVDVの陽性が確認されました。一方、従来法のPCR検査では気中捕集サンプル中のウイルスは検出できませんでした。このことから、畜産現場でのサンプルのウイルス検出に、今回開発した「PTAS法」が有効であることを実証しました。
続いて、上記とは別の茨城県内の農場において、呼吸器症状を呈する牛が多数確認された育成牛牛舎における、牛舎内外計3地点での同時採取(n=3)を行い、牛呼吸器病症候群の原因ウイルスとなりうる7種の牛ウイルスについて、検出試験を実施しました。
[画像3: https://prtimes.jp/i/113674/56/resize/d113674-56-22ef077102398b0c49fd-2.jpg ]
初回の採取では、検査した7種の牛ウイルスのうち、インフルエンザDウイルス(IDV, 図2.bおよびc中に灰色バーとして検出頻度を表示)、および、牛アデノウイルス3型が検出されました(BAdV3, 図2.bおよびc中に青色バーとして検出頻度を表示)。また、その検出頻度(同一地点の3サンプルの陽性率)は図2.b流行期の柱状グラフに示されているように、牛舎内(有症状牛がいた区画)で最も高く、次いで牛舎風下、隣接牛舎前の順に検出頻度が低下していることが明らかになりました。また、これら2つのウイルス種(A, B)は、気中捕集サンプルと同時に採取した牛鼻汁検体(注1)からも検出されたことから、当該牛舎の育成牛が感染していたウイルス2種を検出したものと確認することができました。有症家畜が感染しているウイルスを、風向きに応じた頻度で検出するとともに隣接牛舎前でも検出していることから、同時多点測定による気中ウイルスの濃度・空間分布の推定により「伝播リスクの見える化」ができるようになりました。
(注1) 牛鼻汁検体をMDBK細胞に接種してブラインド継代し、その上清についてPCR検査を行いました。
さらに、1ヶ月を経て、同一の牛舎で同様の測定を行ったところ、図2.cに示すように、IDV・BAdV3ともに検出頻度は低下し、隣接牛舎前ではいずれも不検出となりました。この時点では、鼻汁を垂らすなどの有症状の個体数も減少しており、流行の状況が検出頻度に反映されたと考えられます。
この取り組みにより、今回開発したウイルス捕集・分析手法の畜産現場への応用性を実証するとともに、現状の検査体制では困難な、感染拡大前の伝播経路予測・リスク制御の実現につながる技術としてその有効性を示しました。
また、豚舎での豚ウイルスの気中捕集・検出の実証実験で、豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルス(PRRSV)の検出にも成功しており、本研究は牛舎のみならず豚舎や鶏舎などへの展開も期待できます。
このように、従来ほとんど試みられていなかった畜舎内外の気中捕集試料からの希薄なウイルス検出技術基盤が確立できたことから、感染症発生の早期察知・拡大防止に有効な手段として活用できる見通しがついたと言えます。
今後の予定
開発した技術をさらに発展させ、鶏舎におけるウイルス検出の実証にも取り組みます。鶏舎は牛舎や豚舎に比べても、家畜由来物や埃など空間中の夾雑物濃度が高く、ウイルスの検出はより困難になると予想されます。新しい技術の開発を通じ、甚大な被害をもたらす鳥インフルエンザなどの予防に役立つ手法とシステムの開発を目指します。また、技術開発や実証に共に取り組んで頂ける機器開発メーカーや営農家のパートナーを募集し、技術の実証を重ね、早期の社会実装を進めます。
用語解説
エアロゾル
空間に浮遊している液体の微粒子または固体の微粒子とそれを包む気体の混合体のこと。ナノメートルサイズのものから、マイクロメートルサイズのものまで大きさはさまざまである。ヒトや動物の呼気に含まれ、感染症の伝播経路となる飛沫・飛沫核もエアロゾルの一種。本研究では、畜舎内外を浮遊する0.5〜10 μmサイズのエアロゾルをターゲットとし、家畜感染症の病原ウイルスを検出した。
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査
検出対象の核酸配列のみを増幅し、微量でも検出できるようにする技術。正確な測定には、増幅反応を阻害する物質などをサンプルから除去する前処理や、検出対象とする核酸配列以外を増幅させないようにするための検出試薬(プライマー)の設計や反応温度の管理などが重要となる。一般には、夾雑物が多い環境サンプルへの適用は難しくなる。
力価測定
サンプル中のウイルスの感染する力(力価)を測定する手法。ウイルスが含まれるサンプルを段階的に希釈した上で培養細胞に接種して、サンプル中に含まれるウイルスが何倍希釈まで培養細胞に感染するかを確認する。ウイルスによって感染可能な培養細胞の種類や、培養細胞に感染した際の変化の表れ方が異なるため、さまざまな力価測定の手法が存在する。
夾雑物(きょうざつぶつ)
サンプルを採取した際に混入する、検出対象以外の物質を指す。夾雑物が混入したサンプルでは、検出試薬の反応が阻害され、夾雑物がないサンプルを測定した場合に比べて検出力が下がってしまうことが多い。環境センシングの分野では、夾雑物の影響を回避する手法が大きな課題となる。
・ ウイルスをハイドロキシアパタイト粒子へ吸着させ、検出阻害成分と分離し、PCRで高感度に検出
・ 複数の地点で空気を採取し、畜舎の内外のウイルスの濃度・空間分布を推定
・ 牛個体ごとの検査では把握が困難だった空気感染や飛沫感染による隣接畜舎への伝播リスクを評価
[画像1: https://prtimes.jp/i/113674/56/resize/d113674-56-ad71a9e0556fcec29c07-0.jpg ]
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター 福田 隆史 研究チーム長、安浦 雅人 主任研究員、泉對 博 元日本大学教授、堀口 諭吉 主任研究員、芦葉 裕樹 主任研究員は、茨城県 農林水産部 畜産課(以下「県畜産課」という)および茨城県 家畜保健衛生所(以下「家畜保健所」という)と共同で、県内の畜産農場でエアロゾル捕集実験を行い、空間を漂うウイルスを検出し、隣接する畜舎の付近(上図右の隣接牛舎前)まで拡散したウイルスを検出できることを実証しました。
この研究では、効果的な濃縮や検出阻害物の除去を行うサンプル前処理手法「PTAS法(Pretreatment technology for airborne specimens)」を開発することで気中ウイルス検出法を確立しました。その結果、空気中を漂うエアロゾルの高効率な捕集と、病原ウイルスの核酸の高感度な検出法との組み合わせで、検出を妨害する塵埃や動物の代謝物などを含むサンプルからも、病原ウイルスの検出を実証しました。また、畜舎内外の複数地点での同時測定で病原ウイルスの濃度や空間分布を推定できたことで、隣接畜舎へのウイルスの伝播リスクを可視化できます。本技術は畜産現場で病原ウイルスの特定や伝播経路の検証などを通じ感染症のまん延防止に貢献します。
この技術の詳細は、2023年11月6〜8日に熊本城ホール(熊本県熊本市)で開催される第40回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウムで発表予定です。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
私たちはコロナ禍を経験し、空間を漂うウイルスの存在やそれによる感染リスクについて強い関心を寄せるようになりました。その結果、人を取り巻く社会における感染症の拡大防止や感染経路特定を目的として、例えば、スーパーコンピュータを用いた飛沫拡散シミュレーションやエアロゾル採集によるウイルス検出など多くの検討がなされました。これに対して、家畜の感染症については技術の開発やその活用は十分とは言えない状況にあります。記憶にあたらしい2022〜2023年度の鳥インフルエンザや豚熱の発生など、日本国内でも畜産業に大きな打撃を与える感染症の発生が近年相次いでいます。2018年に改正された家畜伝染病予防法では、家畜の所有者の責務として「伝染病の発生予防とまん延防止のための衛生管理」が明記され、国・都道府県・市町村は伝染病予防計画や対策、体制整備を行うよう定められています。このような背景のもと、農林水産省も生産現場における感染症発生リスクの「見える化」・リスク制御対策技術の開発・実証を公募プロジェクトのテーマに据えるなど、畜産現場にも適用できる効果的なウイルス検出技術の開発とその活用による防疫対策の確立が切望されています。
研究の経緯
産総研は、2020年からコロナ禍に対応すべく、人流・行動解析などに基づく気中ウイルスの感染リスク評価に関する研究を実施しています。また、気中ウイルスを捕集・検出する技術についても開発してきました。畜産業では世界規模かつ甚大なウイルス感染症の被害が社会的問題になっています。家畜感染症の被害を食い止めるため、産総研で開発してきたウイルス検出手法を畜産現場に適用するための技術開発を行い、現場への適用性を検証しました。
研究の内容
本研究は畜舎内外の空気中に漂うウイルスを捕集して検出することに特徴があります。これまでのように検査対象の家畜を個体ごとに感染しているかどうか診断するのではなく、畜舎内外の空間に検査対象のウイルスが浮遊しているかどうかを調査します。従来の病性鑑定では、感染症罹患が疑われる家畜の集団から数頭を選び、代表として体液(血液や鼻汁など)を採取し、病原体検査を行ってきました。そのため、感染拡大の実態は、実際に周囲に感染が広がることでしか察知できず、感染が広がる前に伝播経路を予測・検証するなどの「伝播リスクの見える化」は困難です。
今回開発した「PTAS法(Pretreatment technology for airborne specimens, 図1)」を適用した気中ウイルス検出法は、1) 湿式サイクロンエアーサンプラーにより空間に漂うウイルスを液中に捕集する、2) ウイルスを吸着する微粒子を利用した標的ウイルスの濃縮と家畜由来物(糞尿など)や塵埃などのウイルスの検出阻害物の除去を行う(PTAS法)、3) ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりウイルス核酸を定量分析する、の3段階で構成されています。結果の妥当性は、別途実施された家畜保健所による鼻汁や血液の検査や気中捕集サンプルからのウイルス分離の結果との比較を通じて検証しました。
PTAS法では、サンプルを細孔径0.45 μmのシリンジフィルターでろ過することで粒径の大きい固形物を取り除いた後、ろ液にタンパク質吸着性の高いハイドロキシアパタイト粒子を加えてよく攪拌します。ウイルス粒子表面の外部タンパク質がハイドロキシアパタイト粒子に吸着するため、ウイルスを吸着した粒子の遠心分離などによって効率的な濃縮と検出阻害物の除去が可能です。さらに粒子に吸着したウイルスからウイルス核酸の抽出・精製を行うことで、PCR検査で核酸を効率よく検出できます。
[画像2: https://prtimes.jp/i/113674/56/resize/d113674-56-db8adbba49add8b3b40d-1.jpg ]
まず、牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)の持続感染の疑いがある仔牛が確認された茨城県内の農場において、当該仔牛が隔離された小屋の内部で空気を捕集し(図2.a)、感染ウイルス(BVDV)の検出の可否を確認しました。その結果、小屋内部から得たサンプルに「PTAS法」を適用することでBVDVウイルス核酸の検出に成功しました。また、当該仔牛の血液および鼻汁を用いた力価測定でBVDVの陽性が確認されました。一方、従来法のPCR検査では気中捕集サンプル中のウイルスは検出できませんでした。このことから、畜産現場でのサンプルのウイルス検出に、今回開発した「PTAS法」が有効であることを実証しました。
続いて、上記とは別の茨城県内の農場において、呼吸器症状を呈する牛が多数確認された育成牛牛舎における、牛舎内外計3地点での同時採取(n=3)を行い、牛呼吸器病症候群の原因ウイルスとなりうる7種の牛ウイルスについて、検出試験を実施しました。
[画像3: https://prtimes.jp/i/113674/56/resize/d113674-56-22ef077102398b0c49fd-2.jpg ]
初回の採取では、検査した7種の牛ウイルスのうち、インフルエンザDウイルス(IDV, 図2.bおよびc中に灰色バーとして検出頻度を表示)、および、牛アデノウイルス3型が検出されました(BAdV3, 図2.bおよびc中に青色バーとして検出頻度を表示)。また、その検出頻度(同一地点の3サンプルの陽性率)は図2.b流行期の柱状グラフに示されているように、牛舎内(有症状牛がいた区画)で最も高く、次いで牛舎風下、隣接牛舎前の順に検出頻度が低下していることが明らかになりました。また、これら2つのウイルス種(A, B)は、気中捕集サンプルと同時に採取した牛鼻汁検体(注1)からも検出されたことから、当該牛舎の育成牛が感染していたウイルス2種を検出したものと確認することができました。有症家畜が感染しているウイルスを、風向きに応じた頻度で検出するとともに隣接牛舎前でも検出していることから、同時多点測定による気中ウイルスの濃度・空間分布の推定により「伝播リスクの見える化」ができるようになりました。
(注1) 牛鼻汁検体をMDBK細胞に接種してブラインド継代し、その上清についてPCR検査を行いました。
さらに、1ヶ月を経て、同一の牛舎で同様の測定を行ったところ、図2.cに示すように、IDV・BAdV3ともに検出頻度は低下し、隣接牛舎前ではいずれも不検出となりました。この時点では、鼻汁を垂らすなどの有症状の個体数も減少しており、流行の状況が検出頻度に反映されたと考えられます。
この取り組みにより、今回開発したウイルス捕集・分析手法の畜産現場への応用性を実証するとともに、現状の検査体制では困難な、感染拡大前の伝播経路予測・リスク制御の実現につながる技術としてその有効性を示しました。
また、豚舎での豚ウイルスの気中捕集・検出の実証実験で、豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルス(PRRSV)の検出にも成功しており、本研究は牛舎のみならず豚舎や鶏舎などへの展開も期待できます。
このように、従来ほとんど試みられていなかった畜舎内外の気中捕集試料からの希薄なウイルス検出技術基盤が確立できたことから、感染症発生の早期察知・拡大防止に有効な手段として活用できる見通しがついたと言えます。
今後の予定
開発した技術をさらに発展させ、鶏舎におけるウイルス検出の実証にも取り組みます。鶏舎は牛舎や豚舎に比べても、家畜由来物や埃など空間中の夾雑物濃度が高く、ウイルスの検出はより困難になると予想されます。新しい技術の開発を通じ、甚大な被害をもたらす鳥インフルエンザなどの予防に役立つ手法とシステムの開発を目指します。また、技術開発や実証に共に取り組んで頂ける機器開発メーカーや営農家のパートナーを募集し、技術の実証を重ね、早期の社会実装を進めます。
用語解説
エアロゾル
空間に浮遊している液体の微粒子または固体の微粒子とそれを包む気体の混合体のこと。ナノメートルサイズのものから、マイクロメートルサイズのものまで大きさはさまざまである。ヒトや動物の呼気に含まれ、感染症の伝播経路となる飛沫・飛沫核もエアロゾルの一種。本研究では、畜舎内外を浮遊する0.5〜10 μmサイズのエアロゾルをターゲットとし、家畜感染症の病原ウイルスを検出した。
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査
検出対象の核酸配列のみを増幅し、微量でも検出できるようにする技術。正確な測定には、増幅反応を阻害する物質などをサンプルから除去する前処理や、検出対象とする核酸配列以外を増幅させないようにするための検出試薬(プライマー)の設計や反応温度の管理などが重要となる。一般には、夾雑物が多い環境サンプルへの適用は難しくなる。
力価測定
サンプル中のウイルスの感染する力(力価)を測定する手法。ウイルスが含まれるサンプルを段階的に希釈した上で培養細胞に接種して、サンプル中に含まれるウイルスが何倍希釈まで培養細胞に感染するかを確認する。ウイルスによって感染可能な培養細胞の種類や、培養細胞に感染した際の変化の表れ方が異なるため、さまざまな力価測定の手法が存在する。
夾雑物(きょうざつぶつ)
サンプルを採取した際に混入する、検出対象以外の物質を指す。夾雑物が混入したサンプルでは、検出試薬の反応が阻害され、夾雑物がないサンプルを測定した場合に比べて検出力が下がってしまうことが多い。環境センシングの分野では、夾雑物の影響を回避する手法が大きな課題となる。