本物の禅に学ぶ「究極の引き算思考」
[17/03/30]
提供元:PRTIMES
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「金閣寺・銀閣寺の住職が教える人生は引き算で豊かになる」 2017年3月31(金)発売
[画像: https://prtimes.jp/i/3336/79/resize/d3336-79-261912-0.jpg ]
【書籍情報】
書名:『金閣寺・銀閣寺の住職が教える 人生は引き算で豊かになる』
著者:有馬?底
定価:本体1,280円+税
ISBN:978-4-905073-80-2
判型:四六判並製 208ページ
発行:文響社
人の生きやすさを実現する仏教の教え
株式会社文響社から、2017年3月31日(金)に金閣寺・銀閣寺の住職を兼任している有馬?底氏が「金閣寺・銀閣寺の住職が教える 人生は引き算で豊かになる」を刊行します。着者は、仏教の教えから人が執着心や尽きない欲望などから自分自身を見失っていることを憂い、ありのままの自分でいることが“生きやすさ”につながると説きます。
「第1章 こだわらない、とらわれないー“執着心”を捨てる練習」では、人間の大きな問題である執着心について伝えています。何かに取り組むために集中することは、人間の営みとして非常に重要。しかし、心は移ろっていくもの。深く傷ついていたとしても、その辛さに集中し続けていることはできません。「応無所在」は、執着心から解き放たれた人はその場にとどまることがないという意味です。さらに、「而生其心」は、「さまざまな対象物に心を向ける」という意味です。この2つの仏教の教えからは、出来事に執着して心を止めないようにし、さらに、あらゆる物事に心を寄せることこそが人生を豊かにするということがわかるのです。
さらに、「第6章 幸せは『自分の足下』にあるー“当たり前”に気づく練習」では、人間がどうしても抱いてしまう奢りや名誉について説いています。「従容録」(中国元代の禅文献の一つ)の中に、『名歴々露堂々』という言葉があります。これは、理論武装をしたり着飾ったりすることなく、ありのままの純粋な姿を表すことの重要性を伝える言葉です。人は、自分の経歴や学歴、過去の栄光などにすがるものです。歳をとればなおのこと、「自分はそんな軽んじられる存在ではない」「私はもっと厚遇されるべきだ」などという思いが強まります。
こうした人間の性に対して、禅の真髄ともいえる「本来無一物」という言葉があります。それは、「そもそも人間とは裸で生まれ、裸で死んでいく、『無』の存在である」という教えです。生まれたばかりの「何も持たない」状態の時は、「もっとほしい」という感覚もありませんでした。しかし、大人になるにつれて、名誉やお金を持つようになると、どんどん「求める心」が強まります。執着心を捨て、素の自分で生きることで、「何も持っていない状態」が「すべてを持っている状態」へと転換できるのです。
こうした仏教の教えは、人の心をラクにする効果があります。金閣寺・銀閣寺の住職である著者が、読者にこの現代社会で生きやすくなるような心の処方箋を届ける一冊となっています。
執着心が現代人の不満へとつながっている
2016年の世論調査(http://survey.gov-online.go.jp/h28/h28-life/2-1.html)で、「現在の生活に対する満足度」を尋ねたところ、「満足」とする者の割合が70.1%(「満足している」10.7%+「まあ満足している」59.4%)で、「不満」とする者の割合が28.5%(「やや不満だ」22.6%+「不満だ」5.9%)という結果となりました。これを、性・年齢別に検証してみると、「満足」とする者の割合は男性の18〜29歳、女性の18〜29歳と、30歳代が高く、一方で、「不満」とする者の割合は男性の40歳代、50歳代がそれぞれ高くなっていることがわかりました。年齢を重ねるにつれて、生活への「不満」の度合いが高まるというのは日本の悲しい現実ですね。それも、やはり執着心や虚栄心の高まりからくるものでしょう。実際に、どういったジャンルで「不満」があるか尋ねると、「所得・収入の面(49.6%)」「資産・貯蓄の面(54.6%)」となっています。生活の物理的豊かさを追い求めることで、苦しみが増している日本人に、本著で執着心を手放し、ありのままで生きることので、肩の力を抜いて生きられることを伝えていくことは欠かせません。
内容紹介
多くの日本人が現在の生活に不満を抱き、生きにくい日々を送っています。それは、執着心にとらわれすぎているから。執着を手放すことで、ずっと生きやすくなることを仏教の教えから解説するのが本著です。著者は、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の住職を兼任している有馬?底氏。これまでも禅の教えや心穏やかに生きる術を書籍などで説いてきました。
1章では、人の執着心に迫っています。「一つを手にしたら、一つを捨てること」、「こだわりを捨てれば、違った景色が見えてくること」などを伝えます。人の執着心を軸にしながら、「足るを知る」「一日一日を丁寧に生きる」「捨てることの重要性」「気持ちの切り替え方法」「当たり前の幸せ」の順にお伝えしていきます。読者の方が、肩の力を抜き、ありのままに生きていけるような仏教の教えを凝縮した一冊となりました。
出版社からのコメント
現代日本人の心が軽くなるような一冊を作りたいと思い、本著の企画を進めました。古来より続く仏教の教えには、普遍的な人間の悩みにアプローチする心のクスリが詰まっています。誰もが知っている、歴史ある金閣寺と銀閣寺の住職の言葉には重みがあります。近年では、ヨガはもちろん禅、瞑想などへの注目度が上がり、多くの日本人が心穏やかに過ごす方法を仏教の中から見出そうとしています。そういう意味で、年齢問わず多くの方に有用な書籍に仕上がったと感じています。宗教の棚だけでなく、自己啓発、読み物の棚にも是非展開してください。
著者紹介
有馬?底 (ありま らいてい)
1933年、東京生まれ。臨済宗相国寺派第7代目管長。金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の住職を兼任。京都仏教会理事長に就任。8歳の時、大分県日田市の岳林寺で得度。1955年京都臨済宗相国寺僧堂に入門、修行。現代日本の仏教界を代表する僧侶。久留米藩主有馬家の血筋を引く。著書に、『「臨済録」を読む』(講談社現代新書)、『「雑巾がけ」から始まる禅が教えるほんものの生活力』(集英社)、『禅、捨てる生き方 心の荷物を手放せば、もっと穏やかに生きられる』(こう書房)、『やさしくわかる茶席の禅語』(世界文化社)、『力を抜いて生きる』(講談社)、『無の道を生きる 禅の辻説法』(集英社新書)など多数。
CONTENTS
第1章
こだわらない、とらわれない ー“執着心”を捨てる練習
第2章
飾らない生き方がいい ー“足るを知る”ことの練習
第3章
「今日」をていねいに生きる ーどんな日も“最高の一日”にする練習
第4章
「捨てた」分だけラクになれる ーすべての“悩み”から自由になる練習
第5章
何が起きても、大丈夫! ー気持ちをサッと切り替える練習
第6章
幸せは「自分の足下」にある ー“当たり前”に気づく練習
[画像: https://prtimes.jp/i/3336/79/resize/d3336-79-261912-0.jpg ]
【書籍情報】
書名:『金閣寺・銀閣寺の住職が教える 人生は引き算で豊かになる』
著者:有馬?底
定価:本体1,280円+税
ISBN:978-4-905073-80-2
判型:四六判並製 208ページ
発行:文響社
人の生きやすさを実現する仏教の教え
株式会社文響社から、2017年3月31日(金)に金閣寺・銀閣寺の住職を兼任している有馬?底氏が「金閣寺・銀閣寺の住職が教える 人生は引き算で豊かになる」を刊行します。着者は、仏教の教えから人が執着心や尽きない欲望などから自分自身を見失っていることを憂い、ありのままの自分でいることが“生きやすさ”につながると説きます。
「第1章 こだわらない、とらわれないー“執着心”を捨てる練習」では、人間の大きな問題である執着心について伝えています。何かに取り組むために集中することは、人間の営みとして非常に重要。しかし、心は移ろっていくもの。深く傷ついていたとしても、その辛さに集中し続けていることはできません。「応無所在」は、執着心から解き放たれた人はその場にとどまることがないという意味です。さらに、「而生其心」は、「さまざまな対象物に心を向ける」という意味です。この2つの仏教の教えからは、出来事に執着して心を止めないようにし、さらに、あらゆる物事に心を寄せることこそが人生を豊かにするということがわかるのです。
さらに、「第6章 幸せは『自分の足下』にあるー“当たり前”に気づく練習」では、人間がどうしても抱いてしまう奢りや名誉について説いています。「従容録」(中国元代の禅文献の一つ)の中に、『名歴々露堂々』という言葉があります。これは、理論武装をしたり着飾ったりすることなく、ありのままの純粋な姿を表すことの重要性を伝える言葉です。人は、自分の経歴や学歴、過去の栄光などにすがるものです。歳をとればなおのこと、「自分はそんな軽んじられる存在ではない」「私はもっと厚遇されるべきだ」などという思いが強まります。
こうした人間の性に対して、禅の真髄ともいえる「本来無一物」という言葉があります。それは、「そもそも人間とは裸で生まれ、裸で死んでいく、『無』の存在である」という教えです。生まれたばかりの「何も持たない」状態の時は、「もっとほしい」という感覚もありませんでした。しかし、大人になるにつれて、名誉やお金を持つようになると、どんどん「求める心」が強まります。執着心を捨て、素の自分で生きることで、「何も持っていない状態」が「すべてを持っている状態」へと転換できるのです。
こうした仏教の教えは、人の心をラクにする効果があります。金閣寺・銀閣寺の住職である著者が、読者にこの現代社会で生きやすくなるような心の処方箋を届ける一冊となっています。
執着心が現代人の不満へとつながっている
2016年の世論調査(http://survey.gov-online.go.jp/h28/h28-life/2-1.html)で、「現在の生活に対する満足度」を尋ねたところ、「満足」とする者の割合が70.1%(「満足している」10.7%+「まあ満足している」59.4%)で、「不満」とする者の割合が28.5%(「やや不満だ」22.6%+「不満だ」5.9%)という結果となりました。これを、性・年齢別に検証してみると、「満足」とする者の割合は男性の18〜29歳、女性の18〜29歳と、30歳代が高く、一方で、「不満」とする者の割合は男性の40歳代、50歳代がそれぞれ高くなっていることがわかりました。年齢を重ねるにつれて、生活への「不満」の度合いが高まるというのは日本の悲しい現実ですね。それも、やはり執着心や虚栄心の高まりからくるものでしょう。実際に、どういったジャンルで「不満」があるか尋ねると、「所得・収入の面(49.6%)」「資産・貯蓄の面(54.6%)」となっています。生活の物理的豊かさを追い求めることで、苦しみが増している日本人に、本著で執着心を手放し、ありのままで生きることので、肩の力を抜いて生きられることを伝えていくことは欠かせません。
内容紹介
多くの日本人が現在の生活に不満を抱き、生きにくい日々を送っています。それは、執着心にとらわれすぎているから。執着を手放すことで、ずっと生きやすくなることを仏教の教えから解説するのが本著です。著者は、金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の住職を兼任している有馬?底氏。これまでも禅の教えや心穏やかに生きる術を書籍などで説いてきました。
1章では、人の執着心に迫っています。「一つを手にしたら、一つを捨てること」、「こだわりを捨てれば、違った景色が見えてくること」などを伝えます。人の執着心を軸にしながら、「足るを知る」「一日一日を丁寧に生きる」「捨てることの重要性」「気持ちの切り替え方法」「当たり前の幸せ」の順にお伝えしていきます。読者の方が、肩の力を抜き、ありのままに生きていけるような仏教の教えを凝縮した一冊となりました。
出版社からのコメント
現代日本人の心が軽くなるような一冊を作りたいと思い、本著の企画を進めました。古来より続く仏教の教えには、普遍的な人間の悩みにアプローチする心のクスリが詰まっています。誰もが知っている、歴史ある金閣寺と銀閣寺の住職の言葉には重みがあります。近年では、ヨガはもちろん禅、瞑想などへの注目度が上がり、多くの日本人が心穏やかに過ごす方法を仏教の中から見出そうとしています。そういう意味で、年齢問わず多くの方に有用な書籍に仕上がったと感じています。宗教の棚だけでなく、自己啓発、読み物の棚にも是非展開してください。
著者紹介
有馬?底 (ありま らいてい)
1933年、東京生まれ。臨済宗相国寺派第7代目管長。金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)の住職を兼任。京都仏教会理事長に就任。8歳の時、大分県日田市の岳林寺で得度。1955年京都臨済宗相国寺僧堂に入門、修行。現代日本の仏教界を代表する僧侶。久留米藩主有馬家の血筋を引く。著書に、『「臨済録」を読む』(講談社現代新書)、『「雑巾がけ」から始まる禅が教えるほんものの生活力』(集英社)、『禅、捨てる生き方 心の荷物を手放せば、もっと穏やかに生きられる』(こう書房)、『やさしくわかる茶席の禅語』(世界文化社)、『力を抜いて生きる』(講談社)、『無の道を生きる 禅の辻説法』(集英社新書)など多数。
CONTENTS
第1章
こだわらない、とらわれない ー“執着心”を捨てる練習
第2章
飾らない生き方がいい ー“足るを知る”ことの練習
第3章
「今日」をていねいに生きる ーどんな日も“最高の一日”にする練習
第4章
「捨てた」分だけラクになれる ーすべての“悩み”から自由になる練習
第5章
何が起きても、大丈夫! ー気持ちをサッと切り替える練習
第6章
幸せは「自分の足下」にある ー“当たり前”に気づく練習