ついに大阪に誕生した日本初の民間こどもホスピス。その日々の奮闘を伝える『こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる』刊行。親が、医師が、保育士が、IT起業家が、立ち上がった!
[20/11/26]
提供元:PRTIMES
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「ホスピス」=余命わずかな人を看取る施設? いいえ、このホスピスはちょっと違います。
病気とともに生きる子どもが、やりたいことをのびのびやれる、「深く生きる」ための場所。
今、全国で高まる子供ホスピス設立の動き――子供のための終末ケアが
必要とされるのはなぜなのか? その答えを伝える一冊があります。
1980年代。医療者も家族も子供には病名をひたすら隠し、延命が至上命題とされた【白い巨塔】で、若き小児科医が小児がんの少年とその親に出会います。
「もう助からないなら、ここで治療を止めて、この子を家に連れて帰ろうと思います」
その言葉に目を開かれ、彼は動きはじめる――。
世界に先駆けて子どもの緩和ケアに取り組んだイギリスの「ヘレンハウス」に学び、多くの医師や看護師や保育士を巻き込み、病と闘う子どもたちや親たちとの対話を重ね、あまたの支援者・ボランティアたちの助けを得て、2016年春、「TSURUMIこどもホスピス」誕生。
遊べる。本が読める。勉強もできる。楽器の演奏も、ピクニックも、泊まりのキャンプも、大勢を招いてのパーティも。そこでは、子どもたちが残り少ない時間をめいっぱい楽しんで過ごせるよう、大人たちが日夜こころを砕いて、いまも試行錯誤を重ねています。
[画像1: https://prtimes.jp/i/47877/89/resize/d47877-89-591947-1.jpg ]
日本が出遅れた背景には、病院の体制や慣習など、小児医療を取り巻く数々の問題がありました。しかし、こうした現状に声を上げ、長い歳月をかけて閉ざされた小児医療の世界に風穴を開けようと立ち上がった人たちがいます。本書で取り上げる小児医療の最前線で闘っていた医師、看護師、保育士、保護者たち。応援する企業や、自ら行動を起こすIT企業家もその背景には存在します。そして、難病の子どもたち自身も、自らの人生のために声を上げ、行動を起こしました。
そんな彼らが抱いていた夢のひとつが、民間の小児ホスピスをつくること、つまり「TSURUMIこどもホスピス」の完成でした。
本書は、命に限りのある子どもたちの願いを守ろうとして闘った人たちの記録です。施設の運営は企業や個人からの寄付で賄われていますが、コロナ禍の現在、寄付を集めるためのイベント開催は難しく、クラウドファンディングなどを駆使して苦境を乗り越えようとする日々が続いています。
写真提供:公益社団法人こどものホスピスプロジェクト あそび創造広場 TSURUMI こどもホスピス
【「TSURUMIこどもホスピス(TCH)」とは?】
[画像2: https://prtimes.jp/i/47877/89/resize/d47877-89-498019-0.jpg ]
2016年に大阪に誕生した日本初のコミュニティ型子ども向けホスピス。こどもホスピスは、生命を脅かす病気(LTC)の子どもの学び、遊び、憩い、やってみたいと思うことを叶え、その子の「生きる」を支えるための「第2のわが家」です。とくに、子どもの入院生活では、きょうだい、家族との生活が著しく分断されます。
そして、環境の変化は、子どもの成長発達、心に、大きく影響を及ぼします。病気、病状とは関係なく、「家族と一緒に安心して過ごせる場所」を目指しています。LTCの子どもと家族にとって、安心で安全が保障された環境の中で心から寛げるよう、医療・教育・保育の専門家を中心とした専従スタッフやボランティアによって運営されています。
さらにTCHには、広場やハウスの一部を広く市民に開放し、地域交流の拠点であるという特徴があります。「コミュニティ型」の子どもホスピスとして、地域全体で生命を脅かす病気とともに生きる子どもと家族を支える基盤となるような取り組みを進めています。
【推薦の声】
「この本がひとりでも多くの人に読まれ、こどもホスピスの理念についての理解が広がれば、『世界に誇れるホスピス』へと確実に一歩前進するはずだ。」(――仲野徹さん『波』12月号より)
【著者の言葉】
[画像3: https://prtimes.jp/i/47877/89/resize/d47877-89-664173-2.jpg ]
「わたしは三歳から難病で苦しんできました。その間、たくさんの友達が亡くなりました。そんな友達たちが願っていたのが、一時であっても<普通の子供>として過ごせる、このホスピスのような空間だったのです」
これは、TUSURUMIこどもホスピスがオープンして間もなく、私が難病の女子中学生に言われた言葉です。その少し前、ホスピスの設立に尽力した医師の原純一から、難病の子供たちは病室で医者の言いなりになって恨むような目をして死んでいったこと、「生き延び」たとしても健康な子供の十倍近い自殺率があることなどを聞いていました。
だからこそ、女子中学生のこの言葉は胸に突き刺さったのです。難病の子供たちだって、この世に生まれた喜びを感じたいと思っている。その願いを実現させるのが、このホスピスなのだ、と。
取材はあしかけ四年に及びました。
なぜ日本にこのホスピスがなければならないのか。誰がどんな経緯で作り上げたのか。ここに来た子供たちはいかなる光景を目にしたのか。
私が取材した子供たちの多くは、今はもうこの世にいません。だからこそ、彼らが社会に向けて、あるいは家族に向けて発した言葉を本書の中で忠実に再現するよう努めました。
難病の子供たちの短い人生を輝かせようとした家族。
それを支えた医療者やホスピスの関係者。
子供たちの最期の姿。
ここに目を向けることは、今の日本を本当の意味で豊かにするために必須だと信じています。コロナ禍だからこそ、余計にそう感じています。この本は、これまで世界各国の様々な状況の子供の姿を取材してきた私の集大成だと思っています。
【著者紹介】
石井光太(いしい・こうた) 1977(昭和52)年、東京生れ。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。ノンフィクション作品に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』など多数。また、小説や児童書も手掛けている。
【タイトル】こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる
【発売日】11月26日
【造本】四六版ハードカバー
【本体定価】1550円(税別)
【URL】https://www.shinchosha.co.jp/book/305457/
病気とともに生きる子どもが、やりたいことをのびのびやれる、「深く生きる」ための場所。
今、全国で高まる子供ホスピス設立の動き――子供のための終末ケアが
必要とされるのはなぜなのか? その答えを伝える一冊があります。
1980年代。医療者も家族も子供には病名をひたすら隠し、延命が至上命題とされた【白い巨塔】で、若き小児科医が小児がんの少年とその親に出会います。
「もう助からないなら、ここで治療を止めて、この子を家に連れて帰ろうと思います」
その言葉に目を開かれ、彼は動きはじめる――。
世界に先駆けて子どもの緩和ケアに取り組んだイギリスの「ヘレンハウス」に学び、多くの医師や看護師や保育士を巻き込み、病と闘う子どもたちや親たちとの対話を重ね、あまたの支援者・ボランティアたちの助けを得て、2016年春、「TSURUMIこどもホスピス」誕生。
遊べる。本が読める。勉強もできる。楽器の演奏も、ピクニックも、泊まりのキャンプも、大勢を招いてのパーティも。そこでは、子どもたちが残り少ない時間をめいっぱい楽しんで過ごせるよう、大人たちが日夜こころを砕いて、いまも試行錯誤を重ねています。
[画像1: https://prtimes.jp/i/47877/89/resize/d47877-89-591947-1.jpg ]
日本が出遅れた背景には、病院の体制や慣習など、小児医療を取り巻く数々の問題がありました。しかし、こうした現状に声を上げ、長い歳月をかけて閉ざされた小児医療の世界に風穴を開けようと立ち上がった人たちがいます。本書で取り上げる小児医療の最前線で闘っていた医師、看護師、保育士、保護者たち。応援する企業や、自ら行動を起こすIT企業家もその背景には存在します。そして、難病の子どもたち自身も、自らの人生のために声を上げ、行動を起こしました。
そんな彼らが抱いていた夢のひとつが、民間の小児ホスピスをつくること、つまり「TSURUMIこどもホスピス」の完成でした。
本書は、命に限りのある子どもたちの願いを守ろうとして闘った人たちの記録です。施設の運営は企業や個人からの寄付で賄われていますが、コロナ禍の現在、寄付を集めるためのイベント開催は難しく、クラウドファンディングなどを駆使して苦境を乗り越えようとする日々が続いています。
写真提供:公益社団法人こどものホスピスプロジェクト あそび創造広場 TSURUMI こどもホスピス
【「TSURUMIこどもホスピス(TCH)」とは?】
[画像2: https://prtimes.jp/i/47877/89/resize/d47877-89-498019-0.jpg ]
2016年に大阪に誕生した日本初のコミュニティ型子ども向けホスピス。こどもホスピスは、生命を脅かす病気(LTC)の子どもの学び、遊び、憩い、やってみたいと思うことを叶え、その子の「生きる」を支えるための「第2のわが家」です。とくに、子どもの入院生活では、きょうだい、家族との生活が著しく分断されます。
そして、環境の変化は、子どもの成長発達、心に、大きく影響を及ぼします。病気、病状とは関係なく、「家族と一緒に安心して過ごせる場所」を目指しています。LTCの子どもと家族にとって、安心で安全が保障された環境の中で心から寛げるよう、医療・教育・保育の専門家を中心とした専従スタッフやボランティアによって運営されています。
さらにTCHには、広場やハウスの一部を広く市民に開放し、地域交流の拠点であるという特徴があります。「コミュニティ型」の子どもホスピスとして、地域全体で生命を脅かす病気とともに生きる子どもと家族を支える基盤となるような取り組みを進めています。
【推薦の声】
「この本がひとりでも多くの人に読まれ、こどもホスピスの理念についての理解が広がれば、『世界に誇れるホスピス』へと確実に一歩前進するはずだ。」(――仲野徹さん『波』12月号より)
【著者の言葉】
[画像3: https://prtimes.jp/i/47877/89/resize/d47877-89-664173-2.jpg ]
「わたしは三歳から難病で苦しんできました。その間、たくさんの友達が亡くなりました。そんな友達たちが願っていたのが、一時であっても<普通の子供>として過ごせる、このホスピスのような空間だったのです」
これは、TUSURUMIこどもホスピスがオープンして間もなく、私が難病の女子中学生に言われた言葉です。その少し前、ホスピスの設立に尽力した医師の原純一から、難病の子供たちは病室で医者の言いなりになって恨むような目をして死んでいったこと、「生き延び」たとしても健康な子供の十倍近い自殺率があることなどを聞いていました。
だからこそ、女子中学生のこの言葉は胸に突き刺さったのです。難病の子供たちだって、この世に生まれた喜びを感じたいと思っている。その願いを実現させるのが、このホスピスなのだ、と。
取材はあしかけ四年に及びました。
なぜ日本にこのホスピスがなければならないのか。誰がどんな経緯で作り上げたのか。ここに来た子供たちはいかなる光景を目にしたのか。
私が取材した子供たちの多くは、今はもうこの世にいません。だからこそ、彼らが社会に向けて、あるいは家族に向けて発した言葉を本書の中で忠実に再現するよう努めました。
難病の子供たちの短い人生を輝かせようとした家族。
それを支えた医療者やホスピスの関係者。
子供たちの最期の姿。
ここに目を向けることは、今の日本を本当の意味で豊かにするために必須だと信じています。コロナ禍だからこそ、余計にそう感じています。この本は、これまで世界各国の様々な状況の子供の姿を取材してきた私の集大成だと思っています。
【著者紹介】
石井光太(いしい・こうた) 1977(昭和52)年、東京生れ。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。ノンフィクション作品に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体』『絶対貧困』『遺体』『浮浪児1945-』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』など多数。また、小説や児童書も手掛けている。
【タイトル】こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる
【発売日】11月26日
【造本】四六版ハードカバー
【本体定価】1550円(税別)
【URL】https://www.shinchosha.co.jp/book/305457/