発がんウイルスHTLV-1はヒトへ適応できていないことで病気を引き起こす-HTLV-1の新たな発がん機構の解明と新規治療標的を発見-
[24/03/29]
提供元:PRTIMES
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【ポイント】
・本邦に感染者の多いヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、ヒトが持つ防御システムにうまく対抗できず、まだヒトに適応ができていないことが明らかとなりました。
・HTLV-1は、この防御システムを逆に利用して、感染細胞を増殖させますが、それにより発がんに寄与してしまうことが判明しました。さらに、この細胞増殖機構が新しい治療薬の標的となることを発見しました。
・HTLV-1が、サルからヒトへ伝播した後に、がんを引き起こすようになったメカニズムであると考えられ、ウイルスの進化と発がんの関係を明らかにする知見です。
【概要説明】
熊本大学大学院生命科学研究部 血液・膠原病・感染症内科学講座の七條敬文助教、安永純一朗教授及び松岡雅雄シニア教授らの研究グループは、これまでヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)※1の発がん機構について研究を進めてきました。HTLV-1は造血器腫瘍である成人T細胞白血病(ATL)※2を引き起こしますが、類縁ウイルスであるHTLV-2やHTLV-1の祖先ウイルスであるサルT細胞白血病ウイルス1型(STLV-1)は発がん性をほとんど有しません。これら3種類のウイルスと宿主の相互作用の違いに注目し、HTLV-1が高い発がん性を有する機序を明らかにすることで、ATLに対する新規治療薬開発に鍵となる分子機構の解明を目的に研究を進めました。
研究の結果、HTLV-1は宿主が有する抗レトロウイルス因子であるヒトAPOBEC3G(A3G)※3によるナンセンス変異※4の導入を許容し、ヒトA3Gに耐性を有さない一方で、HTLV-2やSTLV-1のプロウイルス※5にはほとんど変異を認めず、HTLV-2やSTLV-1はA3G耐性を有することを明らかにしました。通常レトロウイルス※6はA3G耐性を有することで宿主に適応し持続感染を確立しますが、HTLV-1は何故かヒトにいまだ適応していないと考えられました。同じレトロウイルスであるHIV-1や、SARS-CoVなどのウイルスはサルやコウモリなどの自然宿主に対して病変性を示しませんが、ヒトへの異種間伝播後※7に重大な病原性を獲得したことが知られています。同様に、HTLV-1はヒトにいまだ適応できておらず、そのために発がん性を有すると仮説を立て、研究を進めました。遺伝子発現解析で、ヒトA3G遺伝子が予後不良な急性型/リンパ腫型ATLで顕著に高発現していること、HTLV-1はヒトA3Gを利用しTGF-β/Smad経路※8の活性化を増強することで、持続感染を有利にするのみならずATL細胞増殖促進にも寄与することを明らかにしました。さらに、マウスモデルを用いた実験で、2種類のTGF-β/Smad経路阻害剤が、ATL細胞の腫瘍増殖を抑制することを示しました。
本研究により、HTLV-1の発がん機構をウイルス学的知見から解明しただけでなく、ATLに対する新規治療薬の開発に繋がることが期待できます。
本研究成果は米国東部標準時間令和6年3月19日に米国科学アカデミー(National Academy of Science:NAS)が発刊する『米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Science:PNAS)』に掲載されました。
また、本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「ヒトT細胞白血病ウイルス1型感染細胞の特性解明に基づいた診断・予防・治療法開発研究」及び「ウイルス・宿主ゲノム情報に基づいたHTLV-1関連疾患発症予測法の開発と臨床情報統合データベースの整備・活用」、同 先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業「デリバリーと安全性を融合した新世代核酸医薬プラットフォームの構築」、同 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)「免疫抑制性受容体TIGIT阻害活性を有する小分子化合物の開発研究」、独立行政法人日本学術振興会、公益信託 日本白血病研究基金及び日本新薬株式会社及び熊本大学健康長寿代謝制御研究センター研究助成から研究資金の助成を受けて行われました。
【今後の展開】
TGF-β経路阻害剤という今まで着目されていないATLの新たな治療標的を見出したことにより、難治性の疾患であるATLに対するより有効な治療法の確立に貢献できることが期待されます。TGF-β経路の活性化は、HTLV-1感染細胞の宿主免疫逃避とともに、自身の細胞増殖にも寄与することから、TGF-β経路を治療標的とした戦略は免疫逃避抑制と抗腫瘍作用の両面で効果が期待できます。さらに、全てのHTLV-1感染細胞やATL細胞を標的とする点からも、HTLV-1に対する感染制御やATL発症予防の観点からも効果的である可能性が考えられます。今後、ATLのおけるTGF-β経路の意義をさらに解明し、TGF-β経路阻害剤をHTLV-1感染症の制圧やATLに対する治療法開発への適応が期待されます。
【用語解説】
※1 ヒト T 細胞白血病ウイルス 1 型(HTLV-1)
ヒトに疾患を引き起こす病原性レトロウイルス。主にCD4陽性T細胞リンパ球に感染し、そのウイルス遺伝子が感染者のDNA内に組み込まれる。約5%の感染者が生涯の内に成人T 細胞白血病/リンパ腫(ATL)を発症する。
※2
成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)
HTLV-1に感染したCD4陽性Tリンパ球ががん化して発症する血液のがん。難治性の疾患であり、血液がんの中でも予後不良である。
※3
APOBEC3G(A3G)
宿主が有する抗レトロウイルス因子。レトロウイルスが宿主細胞に感染し、逆転写の際にウイルスの一本鎖DNAにC-to-T変異を導入し、結果的にウイルスゲノムにG-to-A変異を導入することで、ウイルス複製を阻害する。
※4
ナンセンス変異
アミノ酸のコドンを終止コドンに変える変異。ウイルスゲノムのナンセンス変異が導入されると、ウイルスタンパク生成ができなくなり、ウイルス複製が阻害される。
※5
プロウイルス
レトロウイルスの新規感染時に、宿主ゲノムに組み込まれたウイルスゲノム。
※6
レトロウイルス
逆転写酵素を有し、自らの核酸を逆転写して宿主ゲノムに組み込ませるRNAウイルス。ヒトに病原性を示すレトロウイルスとしてHIV-1やHTLV-1が知られている。
※7
異種間伝播
ウイルスが、本来の宿主から異なる種の宿主へ「種の壁」を乗り越えて感染すること。ウイルスが新たな宿主に感染するためには、新たなウイルスとして適応進化する必要がある。
※8
TGF-β/Smad経路
TGF-βは、細胞増殖抑制、アポトーシス、細胞分化、血管新生など多様な作用を持つサイトカイン。一般的に、初期がんではがん増殖を抑えることでがんの進展を阻害することが知られている。一方、悪性化したがんでは、細胞増殖抑制への感受性喪失と上皮間葉転換亢進による転移能を獲得し、がんの悪性化に寄与するとされている。
【論文情報】
論文名:Vulnerability to APOBEC3G linked to the pathogenicity of deltaretroviruses
著者:Takafumi Shichijo, Jun-ichirou Yasunaga, Kei Sato, Kisato Nosaka, Kosuke Toyoda, Miho Watanabe, Wenyi Zhang, Yoshio Koyanagi, Edward L. Murphy, Roberta L. Bruhn, Ki-Ryang Koh, Hirofumi Akari, Terumasa Ikeda, Reuben S. Harris, Patrick L. Green, and Masao Matsuoka
掲載誌:Proc Natl Acad Sci USA
doi:10.1073/pnas.2309925121
URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2309925121
▼プレスリリース全文はこちら
https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/seimei/202403027
[画像: https://prtimes.jp/i/124365/90/resize/d124365-90-f69e15d8a54892a07654-0.jpg ]
・本邦に感染者の多いヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、ヒトが持つ防御システムにうまく対抗できず、まだヒトに適応ができていないことが明らかとなりました。
・HTLV-1は、この防御システムを逆に利用して、感染細胞を増殖させますが、それにより発がんに寄与してしまうことが判明しました。さらに、この細胞増殖機構が新しい治療薬の標的となることを発見しました。
・HTLV-1が、サルからヒトへ伝播した後に、がんを引き起こすようになったメカニズムであると考えられ、ウイルスの進化と発がんの関係を明らかにする知見です。
【概要説明】
熊本大学大学院生命科学研究部 血液・膠原病・感染症内科学講座の七條敬文助教、安永純一朗教授及び松岡雅雄シニア教授らの研究グループは、これまでヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)※1の発がん機構について研究を進めてきました。HTLV-1は造血器腫瘍である成人T細胞白血病(ATL)※2を引き起こしますが、類縁ウイルスであるHTLV-2やHTLV-1の祖先ウイルスであるサルT細胞白血病ウイルス1型(STLV-1)は発がん性をほとんど有しません。これら3種類のウイルスと宿主の相互作用の違いに注目し、HTLV-1が高い発がん性を有する機序を明らかにすることで、ATLに対する新規治療薬開発に鍵となる分子機構の解明を目的に研究を進めました。
研究の結果、HTLV-1は宿主が有する抗レトロウイルス因子であるヒトAPOBEC3G(A3G)※3によるナンセンス変異※4の導入を許容し、ヒトA3Gに耐性を有さない一方で、HTLV-2やSTLV-1のプロウイルス※5にはほとんど変異を認めず、HTLV-2やSTLV-1はA3G耐性を有することを明らかにしました。通常レトロウイルス※6はA3G耐性を有することで宿主に適応し持続感染を確立しますが、HTLV-1は何故かヒトにいまだ適応していないと考えられました。同じレトロウイルスであるHIV-1や、SARS-CoVなどのウイルスはサルやコウモリなどの自然宿主に対して病変性を示しませんが、ヒトへの異種間伝播後※7に重大な病原性を獲得したことが知られています。同様に、HTLV-1はヒトにいまだ適応できておらず、そのために発がん性を有すると仮説を立て、研究を進めました。遺伝子発現解析で、ヒトA3G遺伝子が予後不良な急性型/リンパ腫型ATLで顕著に高発現していること、HTLV-1はヒトA3Gを利用しTGF-β/Smad経路※8の活性化を増強することで、持続感染を有利にするのみならずATL細胞増殖促進にも寄与することを明らかにしました。さらに、マウスモデルを用いた実験で、2種類のTGF-β/Smad経路阻害剤が、ATL細胞の腫瘍増殖を抑制することを示しました。
本研究により、HTLV-1の発がん機構をウイルス学的知見から解明しただけでなく、ATLに対する新規治療薬の開発に繋がることが期待できます。
本研究成果は米国東部標準時間令和6年3月19日に米国科学アカデミー(National Academy of Science:NAS)が発刊する『米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Science:PNAS)』に掲載されました。
また、本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「ヒトT細胞白血病ウイルス1型感染細胞の特性解明に基づいた診断・予防・治療法開発研究」及び「ウイルス・宿主ゲノム情報に基づいたHTLV-1関連疾患発症予測法の開発と臨床情報統合データベースの整備・活用」、同 先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業「デリバリーと安全性を融合した新世代核酸医薬プラットフォームの構築」、同 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)「免疫抑制性受容体TIGIT阻害活性を有する小分子化合物の開発研究」、独立行政法人日本学術振興会、公益信託 日本白血病研究基金及び日本新薬株式会社及び熊本大学健康長寿代謝制御研究センター研究助成から研究資金の助成を受けて行われました。
【今後の展開】
TGF-β経路阻害剤という今まで着目されていないATLの新たな治療標的を見出したことにより、難治性の疾患であるATLに対するより有効な治療法の確立に貢献できることが期待されます。TGF-β経路の活性化は、HTLV-1感染細胞の宿主免疫逃避とともに、自身の細胞増殖にも寄与することから、TGF-β経路を治療標的とした戦略は免疫逃避抑制と抗腫瘍作用の両面で効果が期待できます。さらに、全てのHTLV-1感染細胞やATL細胞を標的とする点からも、HTLV-1に対する感染制御やATL発症予防の観点からも効果的である可能性が考えられます。今後、ATLのおけるTGF-β経路の意義をさらに解明し、TGF-β経路阻害剤をHTLV-1感染症の制圧やATLに対する治療法開発への適応が期待されます。
【用語解説】
※1 ヒト T 細胞白血病ウイルス 1 型(HTLV-1)
ヒトに疾患を引き起こす病原性レトロウイルス。主にCD4陽性T細胞リンパ球に感染し、そのウイルス遺伝子が感染者のDNA内に組み込まれる。約5%の感染者が生涯の内に成人T 細胞白血病/リンパ腫(ATL)を発症する。
※2
成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)
HTLV-1に感染したCD4陽性Tリンパ球ががん化して発症する血液のがん。難治性の疾患であり、血液がんの中でも予後不良である。
※3
APOBEC3G(A3G)
宿主が有する抗レトロウイルス因子。レトロウイルスが宿主細胞に感染し、逆転写の際にウイルスの一本鎖DNAにC-to-T変異を導入し、結果的にウイルスゲノムにG-to-A変異を導入することで、ウイルス複製を阻害する。
※4
ナンセンス変異
アミノ酸のコドンを終止コドンに変える変異。ウイルスゲノムのナンセンス変異が導入されると、ウイルスタンパク生成ができなくなり、ウイルス複製が阻害される。
※5
プロウイルス
レトロウイルスの新規感染時に、宿主ゲノムに組み込まれたウイルスゲノム。
※6
レトロウイルス
逆転写酵素を有し、自らの核酸を逆転写して宿主ゲノムに組み込ませるRNAウイルス。ヒトに病原性を示すレトロウイルスとしてHIV-1やHTLV-1が知られている。
※7
異種間伝播
ウイルスが、本来の宿主から異なる種の宿主へ「種の壁」を乗り越えて感染すること。ウイルスが新たな宿主に感染するためには、新たなウイルスとして適応進化する必要がある。
※8
TGF-β/Smad経路
TGF-βは、細胞増殖抑制、アポトーシス、細胞分化、血管新生など多様な作用を持つサイトカイン。一般的に、初期がんではがん増殖を抑えることでがんの進展を阻害することが知られている。一方、悪性化したがんでは、細胞増殖抑制への感受性喪失と上皮間葉転換亢進による転移能を獲得し、がんの悪性化に寄与するとされている。
【論文情報】
論文名:Vulnerability to APOBEC3G linked to the pathogenicity of deltaretroviruses
著者:Takafumi Shichijo, Jun-ichirou Yasunaga, Kei Sato, Kisato Nosaka, Kosuke Toyoda, Miho Watanabe, Wenyi Zhang, Yoshio Koyanagi, Edward L. Murphy, Roberta L. Bruhn, Ki-Ryang Koh, Hirofumi Akari, Terumasa Ikeda, Reuben S. Harris, Patrick L. Green, and Masao Matsuoka
掲載誌:Proc Natl Acad Sci USA
doi:10.1073/pnas.2309925121
URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2309925121
▼プレスリリース全文はこちら
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