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新型コロナウイルス感染症の重症症例では、中和抗体の活性化がS抗体の産生よりも遅れて起こる

〜診断、治療、予防的介入の指標としてのS抗体価の利用には慎重な解釈が必要〜

順天堂大学医学部附属順天堂医院臨床検査部の高橋舞香 技師、田部陽子 教授らは、バイオリソースバンク活用研究支援講座(高橋和久 教授、内藤俊夫 教授、奥澤淳司 先任准教授)の支援のもと、新型コロナウイルス感染後に体内で産生される中和抗体(*1)の活性化の時期と、血液検査で測定されるS抗体(*2)価やN抗体(*3)価の上昇時期を比較検討しました。その結果、新型コロナウイルスの中和抗体は、血液検査で測定されるS抗体やN抗体の価が上昇するよりも遅れて活性化されることがわかりました。これは血液中に存在するS抗体がすべて中和活性をもつわけではないことを示唆しており、中和活性能力を見るうえでS抗体価を直接的な定量的マーカーとして使用することの限界を示すものです。この結果から、S抗体価を診断、治療、予防的介入の指標として利用することには、慎重な解釈が必要あると考えられます。
本研究結果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されました。





[画像1: https://prtimes.jp/i/21495/465/resize/d21495-465-280102-pixta_73658904-2.jpg ]


本研究成果のポイント


新型コロナウイルス感染者の中和抗体活性の血清動態を解析
S-IgG抗体価は中和抗体活性と最も良い相関を示す
重症症例では、中和抗体の活性化がS抗体の産生よりも遅れて起こる可能性


背景
新型コロナウイルス感染症の抗体検査は、感染後の免疫応答の解析や疫学調査、ワクチンの予防効果の判定において重要な役割を担っています。S-IgGは、ウイルスの侵入時にコロナウイルスのSタンパク質に結合し、ウイルスの細胞への侵入を阻害する中和抗体の実態であると考えられています。しかし、S-IgGの産生量が中和抗体活性とどの程度相関するのかは実際のところは十分に解明されていません。そこで本研究では、新型コロナウイルス感染者を対象として一般的な臨床検査で測定が可能なS-IgGを含む各種抗体と中和活性の血中動態を解析し、感染防御能の指標としての抗体価測定の意義について検討しました。

内容
研究グループは、順天堂大学医学部附属順天堂医院にて2020年3月から8月に新型コロナウイルス感染症と診断された68名の患者を対象に新型コロナウイルスの抗体検査及び中和抗体活性の測定を実施しました。本研究の実施に際しては、順天堂大学病院倫理委員会の承認を得て、抗体検査研究に関する情報を公開し研究参加を拒否できる機会を保障しました。抗体測定は、Anti-S SARS-CoV-2 IgG Quant assay II、Anti-S SARS-CoV-2 IgM assay、及びAnti-N SARS-CoV-2 IgG assay(アボット社)を用いて行い、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に対する抗体(S-IgG、S-IgM)及びヌクレオカプシドタンパク質に対する抗体(N-IgG)を測定しました。中和抗体活性の測定はウイルス中和試験(*4)によって行いました。患者は、WHOの重症度分類に基づいて重症群及び軽症群に分類しました。
解析の結果、S-IgG抗体価は、S-IgM、N-IgG抗体価に比べ中和抗体活性と高い相関性を認めましたが、S-IgG陽性者のうち15%には中和抗体活性が認められませんでした。
また、各種抗体価と中和抗体活性の経時的変化を重症度別に解析し、血中の抗体価や中和活性が最大となるタイミングを算出しました。その結果、中和抗体活性が最大となるタイミングは抗体価の上昇よりも遅れて起こること、さらに重症群ではより顕著に遅延することがわかりました。(図1)
[画像2: https://prtimes.jp/i/21495/465/resize/d21495-465-c1b16976dc2ba0b6c0ef-1.png ]

さらに、発症後の経過日数を4つの時間枠に区切り、各種抗体価と中和抗体活性の増加率の傾きを解析したところ、軽症群では経過中に中和抗体活性の増加が認められたのに対し、重症群では明らかな増加は認められませんでした。このことからも、重症群では中和抗体活性の上昇がS抗体やN抗体の産生よりも遅延することが裏付けられました。(図2)

[画像3: https://prtimes.jp/i/21495/465/resize/d21495-465-6bf99c3f909e11831cfa-0.png ]

現在、新型コロナウイルス抗体検査は全自動免疫測定機器によって大規模にかつ迅速に行われるようになりましたが、今回の結果から、中和抗体活性を正確に反映するものではないことが示唆されました。

今後の展開
新型コロナウイルスワクチン接種が進む中で、抗体検査には、感染既往を調べるという疫学的指標としての役割とともに、ウイルスに対する中和活性を持つ抗体獲得の指標としての役割が求められていますが、今回の結果から、S抗体価を診断、治療、予防的介入の指標として利用することには、慎重な解釈が必要あると考えられました。今後、研究グループはさらに、重症群で強く認められた中和抗体活性化の遅延をもたらす機序を明らかにするとともに、ワクチン接種後の中和抗体活性マーカーとなり得る抗体測定について検討を進めていきます。

用語解説
*1 抗体: 体内に入ってきた病原体などの排除に働く免疫グロブリンタンパク質のことで、IgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類があり、主にはIgMとIgGの2種類が抗体検査の対象となる。中和抗体は、中和作用を持つ抗体のこと。
*2 S抗体: コロナウイルスを構成するタンパク質のひとつであるスパイクタンパク質(Sタンパク質)に対する抗体。新型コロナウイルス感染後に産生される他、ワクチン接種後にも産生される。
*3 N抗体: コロナウイルスを構成するタンパク質のひとつであるヌクレオカプシドタンパク質(Nタンパク質)に対する抗体。新型コロナウイルス感染後に産生されるが、ワクチン接種によって産生されることはない。
*4 ウイルス中和試験: ウイルスが感染細胞を破壊することを利用した検査法。ウイルスと血清を細胞へ添加し、細胞破壊(=変性)が起こるかどうかを観察する。抗体の中和活性を最もよく反映すると考えられる。自動測定はできない。

原著論文
本研究は英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版(2022年8月24日付)で発表されました。
タイトル: Activation of SARS-CoV-2 neutralizing antibody is slower than elevation of spike-specific IgG, IgM, and nucleocapsid-specific IgG antibodies
タイトル(日本語訳): 新型コロナウイルス中和抗体の活性化は新型コロナウイルス抗体産生後に生じる

著者:Maika Takahashi1, Tomohiko Ai2, Konomi Sinozuka1, Yuna Baba1, Gene Igawa1, Shuko Nojiri3, Takamasa Yamamoto1, Maiko Yuri1, Satomi Takei2, Kaori Saito2, Yuki Horiuchi2, Takayuki Kanno4, Minoru Tobiume4, Abdullah Khasawneh2, Faith Jessica Paran5, Makoto Hiki6,7, Mitsuru Wakita1, Takashi Miida2, Tadaki Suzuki3, Atsushi Okuzawa5,8, Kazuhisa Takahashi5,9, Toshio Naito5,10, Yoko Tabe2,5
著者(日本語表記): 高橋 舞香1)、藍 智彦2)、篠塚 木乃実1)、馬場 優苗1)、井川 ジーン1)、野尻 宗子3)、山本 剛正1)、由利 麻衣子1)、武井 理美2)、齋藤 香里2)、堀内 裕紀2)、菅野 隆行4)、飛梅 実4)、アブドラ ハサウネ2)、フェイス ジェシカ パラン5)、比企 誠6)7)、脇田 満1)、三井田 孝2)、鈴木 忠樹4)、奥澤 淳司5)8)、高橋 和久5)9)、内藤 俊夫5)10)、田部 陽子2)5)
著者所属: 1)順天堂医院臨床検査部, 2)順天堂大学大学院医学研究科臨床病態検査医学, 3)順天堂大学革新的医療技術開発研究センター, 4)国立感染研究所 感染病理部, 5) 順天堂大学大学院医学研究科バイオリソースバンク活用研究支援講座, 6) 順天堂大学医学部附属順天堂医院 救急科 7) 順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学, 8)順天堂大学革新的医療技術開発研究センター, 9)順天堂大学大学院医学研究科呼吸器内科学, 10)順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学
DOI: 10.1038/s41598-022-19073-z

本研究は、協同研究講座バイオリソースバンク活用研究支援講座、アボットジャパン合同会社の支援のもとで実施されました。
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