有機エレクトロニクス技術の未来展望:半導体とディスプレイは研究から社会実装フェーズへ
[24/11/01]
提供元:PRTIMES
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有機エレクトロニクスとは?:主要技術の現状
有機材料は無機材料よりも軽量かつ柔軟で、製造・廃棄におけるエネルギー効率が高いため、これらを活用した有機エレクトロニクスは注目分野の1つです。電子機器産業においては、有機半導体や電極から、ディスプレイや照明、太陽電池,トランジスタなど、さまざまな電子デバイスを作製できます。シリコンや酸化物など既存の半導体と比べて、有機化合物はより低い温度での微細化が可能であり、溶液処理や塗布(印刷・塗工)でのデバイス作製ができます。また、無機材料とくらべてしなやかであるため、大きく曲がるフレキシブル基板の上にも作製できます。このような特徴から、モバイルや生体認証などのウェアラブルデバイスへ用途を広げられることも魅力です。
有機ELディスプレイに使用されているOLED(Organic Light Emitting Diode / 有機材料を利用して自ら発光するダイオード技術)は、これまでの液晶ディスプレイとは違って、1つ1つのピクセルに配置された有機材料がみずから発光して像を映すため、バックライトなどの光源を必要としない利点があります。このような特徴により、有機EL はフレキシブル化や薄型化に有利です。
フレキシブルなウェアラブルディスプレイの実用例もふえています。身近な存在となったスマートウォッチをはじめ、仮想スクリーンを搭載したスマートサングラスなどの新製品が発表されており、社会実装フェーズに進んでいます。総務省の情報通信白書によると、世界のウェアラブル端末市場規模は「情報・映像」のカテゴリーにおいて連続的に成長しており、2026年には約510億ドルに達するという予測です(注1)。
注1:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/datashu.html
OLEDの技術をベースに、有機半導体レーザー(OSLD)など次世代の発光技術への応用も進められています。有機材料をもちいた光源として、スマートグラスやヘルスケア機器などへの展開が期待されています。
有機材料をもちいた発光技術の要素として、
- 発光特性・光学的機能:発光の強さ・効率、色の表現、意匠性など
- ダイオード構造・画素:微小なピクセルにおけるダイオード素子の構築と設計
- プロセス・工程:溶液プロセスや印刷など、デバイスの作製やパターニングの手法
- 材料開発:蛍光や発光特性に優れ、長寿命で使用できる新たな有機材料の開発
- 物理的効果:発光を改善するための物理的な原理や現象(多重共鳴(MR)効果、量子収率)など
があります。照明から情報機器まで、さまざまな電子機器において小型化や集積化、高効率化、省エネルギー化が求められています(注2)。
注2: https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/kankyo/3kai/siryo3-3.pdf
有機ELにおいても、薄型化やピクセルサイズの微細化にむけたデバイス設計やプロセスの確立、消費電力を低減する材料の開拓が必要です。このように、基礎研究から実用的な製品開発まで活発に行われており、それぞれのフェーズにおける潮流を掴むことも重要です。
本レポートでは、有機EL・フレキシブルディスプレイに関する技術をとりあげます。アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、スタートアップと研究プロジェクトから対象技術の動向を分析しました。
スタートアップ企業分析による有機EL・フレキシブルディスプレイの技術動向
スタートアップ企業のデータベースから、会社概要(description)に「有機EL・フレキシブルディスプレイ」と関連のある企業を抽出しました。スタートアップ企業は、新技術で社会や既存プレイヤーにインパクトをあたえる企業であり、その資金調達額は社会の期待値を反映しているとみなせます。
ここでは、データベースの文献にふくまれる特徴的なキーワードの年次推移を抽出することで、近年伸びている技術要素を特定する「未来推定」という分析をおこなっています。この分析では、キーワードの変遷をたどることで、すでにブームが去っている技術やこれから脚光をあびると推測される要素技術を可視化して、黎明・萌芽・成長・実装といった技術ステータスの予測が可能です。
図1は2012年から2024年までに設立された、有機EL・フレキシブルディスプレイに関わるスタートアップ企業80社の会社概要に含まれているキーワードの年次推移です。
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図1:有機EL・フレキシブルディスプレイに関するスタートアップ企業の概要に含まれる特徴的なキーワードの年次推移
ここでの成長率(Growth)は各年の文献内における出現回数と、直近6年間(2019~2024年)での出現回数の割合であらわしており、数値が1にちかいほど直近で出現している頻度が高いとみなせます。
出現回数の総数は大きくないものの、近年で増加の傾向にある語は「chips」や「design」など製品に関するものや、「full-color」など光学関連のキーワードが抽出されました。これは、有機ELやフレキシブルデバイスの構造・設計に注目し、色の表現など性能に優れた製品を開発することが目的と考えられます。また、「energy」や「consumption」など、消費電力やエネルギーに関連する用語も抽出されており、省エネルギー化に向けた開発が注目されていると推察されます。成長率は減少傾向ですが、「foldable」の出現頻度も大きく、折りたたみ可能なディスプレイなどの製品化がすでに推進されていることがわかります。
次に、スタートアップ企業の全体数と資金調達額を確認します。図2は、各年で資金調達のあったスタートアップ企業の件数と調達額の推移です。
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図2:有機EL・フレキシブルディスプレイに関するスタートアップ企業の数と資金調達額の推移
資金調達企業数と調達額ともに増減を繰り返していますが、件数は2015年以降、減少から横ばいの傾向に対し、調達額は中長期的には上昇トレンドにあります。とくに、2022年は件数に対して調達額の伸びがいちじるしく、1件あたりの調達額が大きい企業が出てきています。3次元的な立体像やVR・ARなどへの展開に多額の資金調達を実施する企業が増えているためと考えられます。
米国と中国における企業数と金額の大きさが目立ち、開発をリードしていることがうかがえます。以下に、資金調達額上位のスタートアップ企業の一部を紹介します。
- Leia Inc.
- - https://www.leiainc.com
- - 所在国/創業年:米国/2014年
- - 事業概要:3次元ディスプレイのハードウェアおよびソフトウェア製品を製造する。光学系の設計とAIの技術を活用し、没入型の体験を可能とするディスプレイを提供
- Chengdu Tuomei Shuangdu
- - http://www.tomi-em.com/
- - 所在国/創業年:中国/2018年
- - 事業概要:超薄型ガラスや3D曲面ガラスなどのフレキシブルディスプレイデバイスを作製・販売 。携帯電話に向けた超薄型ガラス、折りたたみ式ガラス、3次元携帯電話ガラスカバーを提供
- 株式会社Kyulux
- - https://www.kyulux.com
- - 所在国/創業年:日本/2015年
- - 事業概要:九州大学発のスタートアップ企業。長寿命かつ高効率な発光が可能なデバイスの開発に加え、量産化に向けた生産計画やプロセス開発・品質管理を推進
有機EL・フレキシブルディスプレイ技術の関するグラントと研究プロジェクトの動向
次に、グラント(科研費など競争的研究資金)の動向を分析します。グラントのデータには、まだ論文での発表がなされていない問題や課題にむけた、あたらしいアプローチ手法や研究事例が記されているとみなせます。
図3は2012年から2024年の期間における有機EL・フレキシブルディスプレイに関するグラントにふくまれるキーワードの年次推移です。
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図3:有機EL・フレキシブルディスプレイに関するグラントに含まれる、特徴的なキーワードの年次推移
出現頻度が高く、かつ近年で頻度が増大しているキーワードとして、材料の発光効率を意味する「PLQY」や、演色性を意味する「high-CRI」など、光学的機能に関する用語が抽出されています。そのほかに出現頻度の高い用語の「coating-type」や「processable」は、材料・デバイスの構造やプロセスに関係しています。これらのキーワードは、半導体デバイスの製造プロセスにおけるコーティング加工の特性や、溶液処理の活用が注目されていると考えられます。材料の性質や作製プロセスなど、基礎的観点から高性能デバイスを開発する需要が根強いことが推察されます。
また、出現総数は少ないが継続して確認されているキーワードとして、「MR-TADF」、「multiple-resonance」、「multi-resonance」などがあります。これらは、発光効率や色の純度にすぐれたMR-TADF分子とよばれる材料に関連したキーワード群であり、次世代の有機EL技術として注目されています。これらに関連したグラントが継続していることも、新材料開発に注力した基礎研究が主流であることを示唆しています。
次に、各国におけるグラントの件数の年次推移を図4に、配賦金額の推移を図5に示します。ただし、中国はグラントデータの開示状況が年によって大きく異なり、実態を反映していない可能性が高いため除外しています。また、公開直後のグラント情報にはデータベースに格納されていないものもあるため、直近の集計値は過小評価されている可能性があります。
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図4:2012年から2023年における有機EL・フレキシブルディスプレイに関するグラントのプロジェクト件数推移(上位5か国)
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図5:2012年から2023年における有機EL・フレキシブルディスプレイに関するグラントの配賦額の推移(上位5か国)
日本のグラント件数が非常に多いですが、どの国においても近年では横ばいか減少の傾向にあり、実用化の進行により基礎研究の割合が減少しつつあると考えられます。研究配賦額においては米国と欧州がトップですが、件数と同様に横ばいか減少の傾向にあります。一方で、日本の配賦額は諸外国と比較しても減少傾向が目立たず、横ばいから増加となっており、高額プロジェクトの割合が増えています。基礎研究において、日本では新材料や素子の開発と設計にむけた大規模プロジェクトが重視されていると考えられます。冒頭でふれた有機半導体によるレーザー技術のプロジェクトも影響しています。
以下にグラント事例の一部を紹介します。
- Helical systems for chiral organic light emitting diodes
- - 機関/企業:The Chancellor Masters and Scholars of the University of Cambridge
- - グラント名/国:CORDIS/EU
- - 採択年:2020年
- - 資金賦与額:約470万米ドル
- - 概要: 有機ELの性能向上に向けた、新しい低分子などの活用の研究。効率のよい円偏光有機発光ダイオード(CP-OLED)や、立体ディスプレイ用の材料を探索している。
- 低閾値発振を目指した電流励起有機半導体レーザーの構築
- - 機関/企業:九州大学
- - グラント名/国:日本学術振興会(科研費)/日本
- - 採択年:2023年
- - 資金賦与額:約6億円
- - 概要:OLEDの構造を基調とした有機半導体レーザーダイオードのメカニズムを解明し、低電流で蛍光を示す新規の有機分子材料や素子構造の開発・設計をおこなう。
まとめ:有機EL・フレキシブルディスプレイの未来展望
本レポートでは、有機EL・フレキシブルディスプレイにおけるスタートアップ企業とグラントのデータベースを用いて、キーワードによる技術変遷の推定と各国における技術分析をおこないました。スタートアップ企業の分析においては、デザインや色の品質、消費電力にすぐれた製品の開発が中心であることがわかりました。また、3D映像や仮想空間への応用など、身近でも話題となっている製品・技術の開発が増えていることが示唆されました。ディスプレイとしての用途はモバイルや車載、サイネージをはじめ、VR・ARまで大きく広がっており(注3)、それぞれの特徴におうじた製品開発が加速していくものと考えられます。
注3:https://home.jeita.or.jp/device/committee/pdf/Display_Vision.pdf
グラントの分析では、発光特性の向上やレーザーダイオードの応用を目的とした、新材料やデバイスの開発と設計の事例や投資が見られました。次世代電子機器への応用に向けて、発光効率や色表現にすぐれた新材料や素子構造に関する、基礎研究や開発が重要視されています。
これらの傾向を総合的にふまえると、有機EL・フレキシブルディスプレイにおいては、社会のさまざまな場面で実用化のための製品開発が活発におこなわれていることがわかります。基礎研究では幅広い用途における高性能化の技術が重要とみなされています。とくに3次元映像やVR・ARなど、高度な映像技術への需要は大きく、生成AIとの融合による生体データ活用も注目され、スポーツやヘルスケア産業におけるウェアラブルディスプレイの普及が考えられます。このような人間能力の拡張を実現するスマートデバイスの拡大にむけて、有機EL・フレキシブルディスプレイの価値は魅力的であり、今後ますます発展していく分野であると期待されます。
著者:アスタミューゼ株式会社 森 竣祐 博士(工学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「有機EL・フレキシブルディスプレイ」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。
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