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白血病を含むがんの新規創薬へ前進

―エピゲノム酵素がミトコンドリアの呼吸制御に関わるメカニズムを解明―

千葉大学大学院医学研究院の星居孝之講師、医学部医学科5年の菊地創太、大学院医学研究院の金田篤志教授らの研究チームは、蛋白質の分解を誘導する技術を駆使し、急性骨髄性白血病細胞の核内にあるヒストンメチル化酵素であるSETD1A(注1)を分解すると、白血病細胞が死滅することを確認しました。またさらに詳しい解析により、SETD1Aがミトコンドリアの呼吸を制御するメカニズムを明らかにしました(下図)。
本研究成果は、科学誌「Cell Reports」にて2022年11月30日(日本時間)にオンライン公開されました。





本研究成果のポイント

1. 急性骨髄性白血病は血液がんの一種で、骨髄中の白血球に分化する途中の未熟な細胞に異常が生じて、がん化した白血病細胞が異常に増える病気です。他の白血病に比べて進行が早く、再発の可能性も高いため、革新的な分子標的薬の開発が期待されています。
2. 本研究では、SETD1Aというヒストンメチル化酵素が、遺伝子発現を介したミトコンドリアの機能制御によって、より直接的にがん細胞の増殖や生存に関わることを明らかにしました。
3. 今後は、SETD1Aの異常を示す疾患や白血病やがんなど、ミトコンドリア異常と関連が深い疾患の新たな治療法の確立につながることが期待されます。
[画像: https://prtimes.jp/i/15177/661/resize/d15177-661-4fe3e66d1c370bba2810-0.png ]



研究の背景

DNAの巻き付く核内蛋白質であるヒストンのメチル化は遺伝子の発現制御に働くとされています。ヒストンメチル化酵素であるSETD1Aは原始的な真核生物である酵母のメチル化酵素Set1と類似した構造を持つことから、ヒストンメチル化に必須であるとされてきました。一方で、研究チームは2018年に酵素活性とは独立した役割を持つことを発見しており、特有の役割が白血病細胞を生存させることを報告していました。しかしながら、SETD1A阻害薬は開発されておらず、白血病細胞の増殖が速やかに停止する仕組みは十分に解明がなされていませんでした。
本研究にて国際共同研究を行なったNabet博士らのグループ(フレッドハッチンソンがん研究センター、アメリカ)では、低分子化合物にて蛋白分解を誘導するdTAGシステムが開発されています。通常の薬では酵素活性を持たないタンパク質を標的とすることは困難とされてきましたが、dTAGシステムを含む標的タンパク質分解誘導薬化合物(PROTAC)(注2)では薬剤の標的となるタンパク質自体が分解されるため、酵素活性に依存しない機能を阻害することが可能です。

研究の成果

研究チームは、急性骨髄性白血病の細胞株にてSETD1Aタンパク質を分解するモデルシステムを構築し、研究を実施しました。本実験の中でPROTAC投与1時間後にはSETD1A蛋白の分解が確認出き、24時間後以降には明らかな細胞死の増加が観察されました。このことから、PROTACによるSETD1Aを標的とする薬剤が、白血病の治療法として有効であることが示唆されました。さらに研究チームは、24時間以内に解析を行うことによって細胞増殖停止の原因解明を試みたところ、以下のことが明らかとなりました。

1) SETD1Aはミトコンドリアのヘム生合成(注3)に関わる遺伝子の発現を制御する
2) 白血病細胞はヘム生合成関連遺伝子を必要とする
3) SETD1Aは転写の休止解除(注4)に必要である
4) SETD1A-Cyclin K経路が転写休止解除とミトコンドリアの呼吸制御に関わる

今回の研究により、ヒストンメチル化酵素SETD1Aが転写の休止解除の制御を介してミトコンドリアの機能制御を行うことが明らかとなりました。SETD1Aは統合失調症の関連遺伝子として報告されておりますが、その仕組みはまだ良く分かっていません。ミトコンドリアの機能異常はがんだけでなく、精神疾患の要因としても考えられており、SETD1Aの活性化や機能異常がもたらす細胞内代謝の異常は、新たな創薬の標的となることが考えられます。

研究者のコメント(千葉大学大学院医学研究院 星居講師)

ヒトのヒストンメチル化酵素には類似する遺伝子がいくつも存在し、白血病や先天性疾患の原因であることが報告されてきましたが、まだまだ不明なところが多く残されています。本研究により発見されたヒストンメチル化酵素とミトコンドリアの機能を繋ぐ転写制御のメカニズムはその一端を説明するもので、今後の創薬研究の基盤として貢献することを期待しています。


用語解説

(注1)ヒストンメチル化酵素SETD1A:タンパク質の1種であるヒストンにメチル基が結合した酵素。細胞核内に存在し、メチル化の誤制御によってがんなどを引き起こす。SETD1Aはヒストンメチル化酵素の遺伝子の一つで、統合失調症関連遺伝子としても注目されている。

(注2)標的タンパク質分解誘導薬化合物(PROTAC): 標的とすべきタンパク質への結合性を有する分子と、タンパク質分解酵素であるユビキチン E3 リガーゼへの結合性を有する低分子を適切な長さのリンカーで連結した、標的タンパク質の分解を誘導する低〜中分子化合物の一種。

(注3)ヘム生合成:細胞質とミトコンドリアで起こる一連の酵素反応で、最終産物としてヘムを生成する。

(注4)転写休止解除:RNA合成酵素は転写に必要なタンパク質複合体を形成した後に、転写開始点近傍にて休止状態をとる。上流からの刺激によって休止が解除されると、その後の転写反応が進行する。遺伝子発現のチェックポイントとして働き、発現量の調整や同調的な遺伝子の発現に関与している。

論文情報

・論文タイトル:” SETD1A regulates transcriptional pause release of heme biosynthesis genes in leukemia”
・著者:Takayuki Hoshii, Sarah Perlee, Sota Kikuchi, Bahityar Rahmutulla, Masaki Fukuyo, Takeshi Masuda, Sumio Ohtsuki, Tomoyoshi Soga, Behnam Nabet, Atsushi Kaneda.
・雑誌名:Cell Reports
・DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.111727

研究プロジェクトについて

本研究は、科研費(19H03690, 22H03099, 22H04684)、持田記念医学薬学振興財団研究助成、SGHがん研究助成、アステラス病態代謝研究会研究助成、MEXT卓越研究員事業、NCI K22 CA258805、千葉大学グローバルプロミナント研究基幹、千葉大学国際高等研究基幹の支援を受けて行われました。
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