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多発性硬化症の発症にはヨーネ菌が関与する可能性

 順天堂大学大学院医学研究科神経学講座の横山和正講師、Cossu Davide研究員、服部信孝教授、およびSassari大学(イタリア共和国)と東都医療大学の百溪英一教授らの研究グループは、神経難病である多発性硬化症の発病に家畜感染症の原因であるヨーネ菌死菌の経口摂取が、人種差をこえてリスクとなることを明らかにしました。この成果は、多発性硬化症の発病の一端を明かにし、今後の予防・治療法の開発に大きく道を拓く可能性があります。本研究は科学誌Scientific reportsで発表されました。


【本研究成果のポイント】
・多発性硬化症の発病にヨーネ菌死菌の経口摂取がリスクとなる
・食を介した自己免疫疾患への関与が判明、その予防・治療法の開発に大きく道を拓く
・肉や乳製品の感染因子混入物を排除することで国内の多発性硬化症の増加をくいとめる可能性


【背景】
 ヨーネ菌(MAP; Mycobacterium avium subsp. Paratuberculosis)は、欧米で広く蔓延している家畜の抗酸菌感染症の原因菌であり、牛・羊など反芻動物では、小腸を中心とした腸管の肥厚と腸管付属リンパ節の腫脹慢性下痢性の腸炎を起こします。ヒトはヨーネ菌の終宿主ではないため、慢性下痢症は起こしませんが、感染家畜の肉や乳製品などに混在する死菌を介してヒトへの感作*1が起こるとされています。ヨーネ菌の家畜感染率が高いイタリアのサルデーニャ島では、多発性硬化症患者が10万人あたり224人と発生率が非常に高く、近年の増加から、ヨーネ菌との関連が疑われていました。
 神経難病である多発性硬化症(MS; multiple sclerosis)は、ミエリン抗原に対する自己免疫疾患*2とされ、脳、脊髄、視神経などに病変が起こり、多彩な神経症状の再発と寛解を繰り返します。日本の患者数は10万人あたり15人前後ですが、40年間で20倍と急増しています。そこで、今回私たち研究グループは、イタリアのサルデーニャ島にあるSassari大学と国内獣医学者と共同で、ヨーネ菌と多発性硬化症の関連について調べました。


【内容】
 まず、日本人の健常人50人、多発性硬化症患者50人、診断基準を満たさない多発性硬化症疑い患者12人、他の脳神経疾患患者30人を対象に、血清の感染因子とヨーネ菌の抗原(合成ペプチド)に対する液性免疫*3の反応をELISA法により測定し、統計解析を行いました。その結果、ヨーネ菌の特定部分(MAP_269 4295-303.)に対して反応するIgG抗体が、多発性硬化症に特徴的であり、サルデーニャの多発性硬化症患者と同様に高い頻度(図1)であることがわかりました。
 コンピューター解析から、この特定部位MAP_2694 295-303.は菌体の表面に露出していて、B細胞から産生される抗体のみならずT細胞というリンパ球にも認識される配列を含んでいることから、T細胞の感作をきっかけとした免疫応答による病態への関与が予想されます。また、HLA遺伝子*4に関して、 共同研究をしたイタリアサルデーニャ多発性硬化症患者の解析では、DRB1/DQB1の組み合わせ*0301/*0201と *0405/*0301 をハプロタイプとして持っている場合、 MAP_2694 295-303.に対する抗体陽性率はそれぞれ75% と18.75% でした。このHLA DR/DQハプロタイプの組み合わせは日本人多発性硬化症でも多いことが報告されており、このHLA型遺伝子の背景を持っている場合は、日本人でもサルデーニャの患者と同様に、MAP抗体陽性の頻度が高いことが予想されます。
以上の結果から、神経難病である多発性硬化症の発病に家畜感染症の原因菌であるヨーネ菌死菌の経口摂取が、特定のHLAハプロタイプを持っている場合にリスクとなっていること(図2)、および国内での患者数増加への影響が示唆されることを明らかにしました。


【今後の展開】
 今まで、多発性硬化症を含む自己免疫疾患の増加には食品や衛生環境、感染が関与すると漠然と考えられてきていましたが、本研究で明らかになったヨーネ菌に対する抗体陽性の事実は、ヨーネ菌の死菌抗原による食品汚染が蔓延しており、人の消化管への暴露が多発性硬化症発病に影響することを間接的に証明しています。現在、ヨーネ菌においては実用的なワクチン療法はなく、化学治療も困難ですが、本病の防疫対策のためには、現在行われている患畜及び保菌牛の摘発・殺処分及び汚染物の徹底した消毒のみならず、感度の高い病原学的検査を獣医学者と共同で進めていくことが重要です。また家畜飼育業者への教育啓発などにより、日本における多発性硬化症発症および増加を減少させることができる可能性があります。


【用語解説】
*1.感作:
生体に特定の抗原を曝露することで、同じ抗原の再刺激に反応しやすい状態になること。

*2.自己免疫疾患:
異物を認識し排除するための役割を持つ免疫系が、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し攻撃を加えてしまうことでさまざまな症状をひき起こす、免疫寛容の破綻による疾患の総称。

*3.液性免疫:
抗体や補体を中心とした免疫系。抗体が血清中に溶解して存在するためこのように呼ばれる。

*4.HLA(ヒト白血球抗原;human leukocyte antigen)と対立遺伝子(ハプロタイプ):
ヒトの主要組織適合遺伝子複合体のことで、白血球の血液型であり自分の細胞(自己)と自分でない細胞(非自己)を区別するために重要である。第6染色体短腕にA,B,C,DR,DP,DQというHLAの遺伝子座があり、一つの座に両親由来の二つの遺伝子が対座することを対立遺伝子(ハプロタイプ)と呼ぶ。近年、DNA型で細かく表記しており、今回の報告でもDRB1/DPB1の組み合わせを*0301-*0201 や *0405-*0301と記している。


本研究成果は、科学誌Scientific reportsのonline版(日本時間2016年6月30日http://www.nature.com/articles/srep29227)で公表されました。 doi: 10.1038/srep29227.

英文タイトル:Humoral response against host-mimetic homologous epitopes of Mycobacterium avium subsp. paratuberculosis in Japanese multiple sclerosis patients

日本語訳:日本人多発性硬化症患者におけるヨーネ菌の宿主類似抗原に対する液性免疫反応に関する検討

著者:Davide Cossu, Kazumasa Yokoyama, Leonardo Antonio Sechi, Shigeru Otsubo, Yuji Tomizawa, Eiichi Momotani and Nobutaka Hattori

研究助成先:本研究は寄付講座の多発性硬化症及び神経難病治療・研究講座で実施され、水素健康医学ラボ株式会社、株式会社アビスト、メロディアン株式会社、株式会社健康家族、大和株式会社、バイオジェン・ジャパン株式会社、田辺三菱製薬株式会社、バイエル薬品株式会社、小野薬品工業株式会社、日本製薬株式会社、旭化成メディカル株式会社、一般社団法人日本血液製剤機構より研究助成を受け行われました。

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