明治大学・バイオインフォマティクス研究室が独自整備し続けているオミックス・ビッグデータ解析基盤を活用して、大規模なDNA配列情報解析を担当シロイヌナズナが自殖へと進化した仕組みを解明
[20/09/30]
提供元:@Press
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【発表のポイント】
・ 遺伝的多様性を維持する仕組みとして、植物は他殖性を発展させてきた。
・シロイヌナズナの他殖性から自殖性への進化は、自家不和合性を制御する花粉遺伝子SCRに生じた逆位と転写量低下を引き起こす変異の両方が原因。
・高等植物の自殖と他殖を自由に制御できる可能性を開いた。
・アブラナ科野菜の効率的な品種改良への応用が期待される。
【概要】
植物の生殖過程には自己・非自己の花粉を認識することで子孫を残すべき花粉を選別する「自家不和合性*1」という仕組みがあります。シロイヌナズナは進化の過程でこの自家不和合性を失い、自身の花粉で子孫を残す「自家和合性」の種(しゅ)へと変化してきましたが、その詳細な進化の道筋は不明でした。
東北大学大学院生命科学研究科の渡辺正夫教授らの研究グループは、三重大学、テキサス工科大学、明治大学、東京大学、チューリッヒ大学、横浜市立大学、大阪教育大学との共同研究により、植物研究のモデル生物であるシロイヌナズナが自身の花粉で子孫(種子)を残す「自殖」へと進化した原因が花粉で機能するたった1個のSCR*2遺伝子の2種類の変異にあり、ゲノム情報と転写の二段階による変異のシナジー効果*3で制御されていることを明らかにしました。明治大学・バイオインフォマティクス研究室では、独自に整備し続けているオミックス・ビッグデータ解析基盤を活用し、大規模なDNA配列情報解析を担当しました。
本成果は、2020年9月11日、スイス科学誌「Frontiers in Plant Science」(電子版)に掲載されました。本研究は文部科学省科学研究費補助金、日本学術振興会科学研究費、スイス科学基金の支援を受けて行われました。
【研究の背景】
自ら動いて移動することができない植物は、様々な環境に適応するために、生殖過程において遺伝的多様性を維持することが重要です。そのためには、自身の花粉で子孫を残す「自殖」ではなく、同種他個体の花粉と子孫を残す「他殖」が必要であり、それを促進するための遺伝的機構として、『自家不和合性』があります。これは、自己花粉を排除し非自己花粉で受粉・受精するという遺伝的システムで、様々な植物種が有しています。
アブラナ科植物には、キャベツ、ハクサイ、ダイコンのような多くの野菜が属し、二倍体種の多くは自家不和合性を有しています。しかしながら、同じアブラナ科に属するモデル植物であるシロイヌナズナは自身の花粉で子孫を残すことができます。なぜシロイヌナズナは自殖性(自家和合性)になったのか、自家和合性への進化にはどのようなことが起きたのかと言うことは、この研究のパイオニアであるダーウィンも着目していたものの、その原因は謎でした。
【研究の成果】
本研究グループはこれまでの研究で、シロイヌナズナが自家不和合性を失った原因が花粉で機能する遺伝子SCRの逆位に原因の一端があることを突き止めました。しかしながら、自殖性への変化の全体像が解明されたわけではなく、今回、SCR遺伝子の転写制御機構にも原因があることを発見し、ゲノム内の遺伝子情報とそれを写しとるための転写機構の二段階でのシナジー効果によって自家不和合性を失う変異が安定化していることを明らかにしました。このことから、シロイヌナズナが他殖から自殖へと進化した原因は、自家不和合性を司る鍵遺伝子(SCR)のゲノム情報だけでなく、その転写機構にも変異が生じており、2重のロック機構が機能していることを見出すとともに、新たな自殖性への進化仮説を提唱することができました(図)。
将来への展望として、今まで不可能であったモデル生物での自家不和合性研究を可能にするとともに、アブラナ科野菜の品種改良の効率を高めるための基礎研究が飛躍的に発展することが期待できます。
図. シロイヌナズナの自殖への進化モデル図
アブラナ科共通祖先種は自家不和合性を有しており、そこから分岐したハクサンハタザオ(A. halleri)は現在においてもそれを受け継ぎ維持している(図左側)。それに対して、シロイヌナズナ(A. thaliana)は、進化の過程においてSCRタンパク質をコードするエキソン領域と転写の制御領域にそれぞれ変異が生じ、自家不和合性を失い自殖性になったと考えられる(図右側)。
【用語説明】
*1自家不和合性:近親の交雑を続けることによる個体の弱体化を防ぎ、集団の均一化を避けるための機構。雌雄が正常であるにもかかわらず、自己の花粉を認識・拒絶することで、受精には至らない現象。アブラナ科植物では、自己認識を司る因子が♀側・♂側ともに明らかになっており、それぞれ、受容体型キナーゼ・リガンドタンパク質からなる。これらは、個体ごとに構造の異なる多型性を有しており、♀側因子(受容体型キナーゼ)と♂側因子(リガンドタンパク質)が同一個体由来であった場合には、互いに結合することで、めしべ細胞内に自己花粉拒絶のシグナルを伝えることができる。逆に♀側因子と♂側因子が異なる場合には、これらが結合できないために、受粉・受精が正常に行われ、種子を作ることができる。
*2 SCR:アブラナ科自家不和合性の♂側原因タンパク質。花粉表面に付着した小型のタンパク質で、受容体である♀側原因タンパク質SRKと結合する。SP11とも呼ばれる。
*3シナジー効果:自家和合性に変異する過程において、SCR遺伝子の「エキソン2領域の逆位」と「転写を司る制御領域」が、相乗的に機能することで、自家和合性形質を安定させている。このSCR遺伝子で起きた2つの変異で生じる効果をシナジー効果と呼んでいる。
【論文題目】
題目: Double-locking mechanism of self-compatibility in Arabidopsis thaliana: the synergistic effect of transcriptional depression and disruption of coding region in the male specificity gene
著者: Keita Suwabe, Kaori Nagasaka, Endang Ayu Windari, Chihiro Hoshiai, Takuma Ota, Maho Takada, Ai Kitazumi, Hiromi Masuko-Suzuki, Yasuaki Kagaya, Kentaro Yano, Takashi Tsuchimatsu, Kentaro K. Shimizu, Seiji Takayama, Go Suzuki & Masao Watanabe
筆頭著者情報:諏訪部圭太、三重大学大学院生物資源学研究科
雑誌:Journal: Frontiers in Plant Science, 11: 576140
DOI: https://doi.org/10.3389/fpls.2020.576140
・ 遺伝的多様性を維持する仕組みとして、植物は他殖性を発展させてきた。
・シロイヌナズナの他殖性から自殖性への進化は、自家不和合性を制御する花粉遺伝子SCRに生じた逆位と転写量低下を引き起こす変異の両方が原因。
・高等植物の自殖と他殖を自由に制御できる可能性を開いた。
・アブラナ科野菜の効率的な品種改良への応用が期待される。
【概要】
植物の生殖過程には自己・非自己の花粉を認識することで子孫を残すべき花粉を選別する「自家不和合性*1」という仕組みがあります。シロイヌナズナは進化の過程でこの自家不和合性を失い、自身の花粉で子孫を残す「自家和合性」の種(しゅ)へと変化してきましたが、その詳細な進化の道筋は不明でした。
東北大学大学院生命科学研究科の渡辺正夫教授らの研究グループは、三重大学、テキサス工科大学、明治大学、東京大学、チューリッヒ大学、横浜市立大学、大阪教育大学との共同研究により、植物研究のモデル生物であるシロイヌナズナが自身の花粉で子孫(種子)を残す「自殖」へと進化した原因が花粉で機能するたった1個のSCR*2遺伝子の2種類の変異にあり、ゲノム情報と転写の二段階による変異のシナジー効果*3で制御されていることを明らかにしました。明治大学・バイオインフォマティクス研究室では、独自に整備し続けているオミックス・ビッグデータ解析基盤を活用し、大規模なDNA配列情報解析を担当しました。
本成果は、2020年9月11日、スイス科学誌「Frontiers in Plant Science」(電子版)に掲載されました。本研究は文部科学省科学研究費補助金、日本学術振興会科学研究費、スイス科学基金の支援を受けて行われました。
【研究の背景】
自ら動いて移動することができない植物は、様々な環境に適応するために、生殖過程において遺伝的多様性を維持することが重要です。そのためには、自身の花粉で子孫を残す「自殖」ではなく、同種他個体の花粉と子孫を残す「他殖」が必要であり、それを促進するための遺伝的機構として、『自家不和合性』があります。これは、自己花粉を排除し非自己花粉で受粉・受精するという遺伝的システムで、様々な植物種が有しています。
アブラナ科植物には、キャベツ、ハクサイ、ダイコンのような多くの野菜が属し、二倍体種の多くは自家不和合性を有しています。しかしながら、同じアブラナ科に属するモデル植物であるシロイヌナズナは自身の花粉で子孫を残すことができます。なぜシロイヌナズナは自殖性(自家和合性)になったのか、自家和合性への進化にはどのようなことが起きたのかと言うことは、この研究のパイオニアであるダーウィンも着目していたものの、その原因は謎でした。
【研究の成果】
本研究グループはこれまでの研究で、シロイヌナズナが自家不和合性を失った原因が花粉で機能する遺伝子SCRの逆位に原因の一端があることを突き止めました。しかしながら、自殖性への変化の全体像が解明されたわけではなく、今回、SCR遺伝子の転写制御機構にも原因があることを発見し、ゲノム内の遺伝子情報とそれを写しとるための転写機構の二段階でのシナジー効果によって自家不和合性を失う変異が安定化していることを明らかにしました。このことから、シロイヌナズナが他殖から自殖へと進化した原因は、自家不和合性を司る鍵遺伝子(SCR)のゲノム情報だけでなく、その転写機構にも変異が生じており、2重のロック機構が機能していることを見出すとともに、新たな自殖性への進化仮説を提唱することができました(図)。
将来への展望として、今まで不可能であったモデル生物での自家不和合性研究を可能にするとともに、アブラナ科野菜の品種改良の効率を高めるための基礎研究が飛躍的に発展することが期待できます。
図. シロイヌナズナの自殖への進化モデル図
アブラナ科共通祖先種は自家不和合性を有しており、そこから分岐したハクサンハタザオ(A. halleri)は現在においてもそれを受け継ぎ維持している(図左側)。それに対して、シロイヌナズナ(A. thaliana)は、進化の過程においてSCRタンパク質をコードするエキソン領域と転写の制御領域にそれぞれ変異が生じ、自家不和合性を失い自殖性になったと考えられる(図右側)。
【用語説明】
*1自家不和合性:近親の交雑を続けることによる個体の弱体化を防ぎ、集団の均一化を避けるための機構。雌雄が正常であるにもかかわらず、自己の花粉を認識・拒絶することで、受精には至らない現象。アブラナ科植物では、自己認識を司る因子が♀側・♂側ともに明らかになっており、それぞれ、受容体型キナーゼ・リガンドタンパク質からなる。これらは、個体ごとに構造の異なる多型性を有しており、♀側因子(受容体型キナーゼ)と♂側因子(リガンドタンパク質)が同一個体由来であった場合には、互いに結合することで、めしべ細胞内に自己花粉拒絶のシグナルを伝えることができる。逆に♀側因子と♂側因子が異なる場合には、これらが結合できないために、受粉・受精が正常に行われ、種子を作ることができる。
*2 SCR:アブラナ科自家不和合性の♂側原因タンパク質。花粉表面に付着した小型のタンパク質で、受容体である♀側原因タンパク質SRKと結合する。SP11とも呼ばれる。
*3シナジー効果:自家和合性に変異する過程において、SCR遺伝子の「エキソン2領域の逆位」と「転写を司る制御領域」が、相乗的に機能することで、自家和合性形質を安定させている。このSCR遺伝子で起きた2つの変異で生じる効果をシナジー効果と呼んでいる。
【論文題目】
題目: Double-locking mechanism of self-compatibility in Arabidopsis thaliana: the synergistic effect of transcriptional depression and disruption of coding region in the male specificity gene
著者: Keita Suwabe, Kaori Nagasaka, Endang Ayu Windari, Chihiro Hoshiai, Takuma Ota, Maho Takada, Ai Kitazumi, Hiromi Masuko-Suzuki, Yasuaki Kagaya, Kentaro Yano, Takashi Tsuchimatsu, Kentaro K. Shimizu, Seiji Takayama, Go Suzuki & Masao Watanabe
筆頭著者情報:諏訪部圭太、三重大学大学院生物資源学研究科
雑誌:Journal: Frontiers in Plant Science, 11: 576140
DOI: https://doi.org/10.3389/fpls.2020.576140