明治大学商学部 水野誠教授らの研究グループが経済物理学から生まれた新手法をマーケティングデータに適用する方法を開発しました
[21/02/04]
提供元:@Press
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明治大学商学部 水野誠(教授)らの研究グループが、経済物理学から生まれた新手法をマーケティングデータに適用する方法を開発しました。
本研究成果のポイント
・マクロ経済分析で成果を上げている経済物理学をマーケティングに応用
・多数の時系列データから先行-遅行の基本パタンを抽出する手法
・実データの分析から、分析者が想定しなかった時系列パタンを発見
要旨
多くのブランドが多くの新たな手段を用いて激しく競争する今日、マーケティングにおいて多数の時系列データの間にある時間的な先行と遅れを伴う共動パタンを見出すことはきわめて重要です。しかし、膨大なデータが収集される一方で、その分析に用いられている手法には種々の限界があります。本研究は、経済物理学で開発された複素ヒルベルト主成分分析という多次元時系列データの分析手法を適用し、さらにホッジ分解に基づく同期ネットワークを描く手法を提案します。この手法を日本国内のビール市場のデータに適用したところ、どのような変数が購買に先行あるいは遅行するのか、企業間やブランド(銘柄)間にどのような同期関係があるのかが解明されました。
この手法はマーケティングデータに限らず、変数間の関係について確立された知識は無いが、膨大なデータの蓄積がある領域には、広範に適用可能です。
※ 本研究は、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)におけるプロジェクト「経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明」の成果の一部です。
※研究グループ
水野誠(明治大学商学部教授/専門 マーケティング・サイエンス)
青山秀明(京都大学名誉教授、理化学研究所 数理創造プログラム 客員主管研究員
経済産業研究所ファカルティフェロー/専門 経済物理学)
藤原義久(兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科教授/専門 経済物理学)
水野教授はこれまで学術・実務の両面でマーケティングデータの分析を進めてきました。青山名誉教授と藤原教授はマクロ経済・金融・外国為替・企業間取引など種々の経済データについて、国際共同研究を含む豊富な分析経験を持ちます。本研究はバックグラウンドが違う三者がコラボレーションすることで、応用可能性の広いデータ分析手法の開発と経営科学の革新を目指したものです。
1.背景
デジタル化の進展で、マーケティングに用いられる手段は従来のように値引きとテレビ広告が主体の時代から、インターネットやモバイルなどが加わった多様で複雑化な時代に移ってきました。自社の顧客がどのような手段との接触を経て購買に至っているのかはカスタマージャーニーと呼ばれ、それを把握することが現在のマーケターにとって重要な課題となっています。しかし、多くの市場で多数のブランドが競争を繰り広げている市場で、競合ブランドのマーケティング手段の影響を無視して自社ブランドの購買に至る道のりを描くことには問題があります。というのも、消費者は複数のブランドから働きかけを受け、それらを比較した上でどれかを購入すると考えられるからです。
多数のブランドが多数の手段を用いて競争する市場でおいて、どの変数がどれだけの時間的な先行や遅れを伴って他の変数に影響するかがあらかじめわかっていれば、これまでマーケティング・サイエンスで利用されてきた消費者モデルを当てはめればよいことになります。しかし、インターネットやモバイルなどの新たなマーケティング手段が購買とどのように関係するかがはっきりしない現状では、虚心にデータから何が起きているかを聴いてみるという姿勢が必要になります。そうした目的でよく使われるのが多変量時系列分析などいくつかの手法で、複数の時系列データの間の時間的遅れを伴う関係を、消費者行動に対して強い仮定を置くことなく分析できます。
しかし、そうした手法の問題は、ブランドの数やマーケティング手段の数があまりに多いときに扱えないことです。
あまりに多くの変数があるとき、それらをいくつかの次元に圧縮して理解しやすくする方法として主成分分析が有名ですが、従来型の主成分分析の手法は時間的な先行や遅れを伴う時系列データを想定していません。そこで著者たちが提案するのが、複素ヒルベルト主成分分析 (Complex Hilbert Principal Component Analysis: CHPCA)という新たに開発された手法です。
2.提案する手法の概要
複素ヒルベルト主成分分析(CHPCA)とは、時間的な先行や遅れを伴う多数の時系列データへの適用を可能にした主成分分析の拡張といえます。それによって、時間的な先行や遅れを伴って相互に関係し合う多数の変数から、低次元の有意な共動関係(comovement)を抽出することができます。この手法はすでに、共著者の青山、藤原らによって多数のマクロ経済データや外国為替データに適用されてきました。
※図1参照:同期ネットワークの例について
今回の論文では、さらにホッジ分解と呼ばれる数理的手法によって変数間の相関の背後にある時間的構造を明らかにし、それを同期ネットワークとして表現します(今回の論文で示した同期ネットワークが図1です)。このネットワークのノード(円で表示された点)は分析の対象になった変数(時系列)に対応し、基本的に上方から下方へ時間が流れます。すなわち、ネットワークを上から下にたどることで、何が先に起きて何があとに起きるかという時間的な先行と遅れの関係を把握できるのです。次の節で、具体的な事例への適用例について説明します。
3.具体的な応用事例
CHPCAやホッジ分解に基づく同期ネットワークによる分析事例を紹介します。著者たちは、株式会社インテージが提供しているi-SSPデータにこの手法を適用しました。i-SSPデータとは、同一の消費者から購買履歴とテレビ広告への接触、PCやモバイル端末からのサイトアクセスや検索を収集した大規模データベースです。今回はそのうち、2013年4月から2014年4月のビール購入者を対象にしています。18のブランドについて購買数量(Q)、購買価格(P)、テレビ広告接触(TVAd)、サイトアクセス(Visit)、検索(Search)といったマーケティング変数を用意すると全部で65の時系列データになります(一部のブランドに実施されていないマーケティング手段があります)。これらをCHPCAで分析し、それをもとに描いた同期ネットワークが上述の図1になります。
分析結果をブランドごとに整理したのが図2です。ブランドはA1からD3までの記号 (アルファベットは企業,数字はブランド) で区別されており、各列を縦に見て、上(下)にある変数ほど他の変数より先行(遅行)したことを示します。また、この図を横に見てほぼ同じ高さにある変数は、ブランドを超えて同期しているといえます。(この図のA1列のようにQの上方にPがあり、下方にTVAdがあった場合、価格は購買に先立ち変化し、広告は購買から遅れて変化することを意味します)。
※図2参照:各時系列(ブランド×マーケティング変数)の時間的推移について
図2から読み取れることをいくつか挙げてみましょう:
(1) ビールの購買は、ブランドを超えてほぼ同時に起きやすい。
(2) 価格は多くの場合購買などの他の変数に先行する(まれにそうでないことがある)。
(3) テレビ広告への接触は多くの場合購買に先行せず、むしろ遅行する。
(4) サイトアクセスや検索と購買のどちらが先かはブランドによって異なる。
(4) これらのマーケティング変数は企業内では同期しているが、企業間ではほとんど同期していない。
ビールの購買が同期しているのは季節性や気候の影響と考えられます。価格が下がると需要が増えるという動きがブランドを超えて見られますが、ここは経済理論どおりといえるでしょう。しかし、価格以外の手段と需要の関係はブランドによって異なります。また殆どの手段が企業間で同期していないことから、各企業は互いに同調するよりは独立した行動をとっているといえそうです。
マーケティングへの応用という点では、消費者をグループに分けること(セグメンテーション)に利用できることも強調しておきたい点です。図3は、CHPCAによって抽出された2次元空間に各消費者を位置づけたものです。この図の右上にいくほどCHPCAが見出したパタンにより忠実な消費者だといえますが、彼らは年齢が高く、ビールの購入頻度が多い消費者であることもわかっています。CHPCAが見出した消費者行動のパタンは、過去から現在まで累積されたビール消費量が大きい消費者のパタンが強く反映されたものといえそうです。
※図3参照:顧客間の異質性(2次元空間への配置)について
4.今後の期待
CHPCAと関連手法をマーケティングデータに適用することで、モデルに対して強い仮定を置くことなく、多数のブランドとマーケティング手段の間の先行-遅行関係をわかりやすいかたちで把握することができました。こうした分析を積み重ねることで、マーケティング戦略に関する一般化された知見を得ることができると期待されます。
この手法の適用範囲は、マーケティングやマクロ経済のデータにとどまるわけではありません。相互の関係について確立された知識が無いが、膨大な数の時系列データの蓄積がある(いわゆるビックデータが存在する)領域であれば、この手法は探索的分析として大いに役立つはずです。それを出発点に、他の分析手法も動員しながら、現象の理解を深めていくことが望まれます。
この手法を発展させる1つの方向は、変数のどれかに外生的な変化が起きたとき、他の変数にどのように変化が及ぶのかを数値化することです。応用領域がマーケティングであれマクロ経済であれ、特定の介入の効果を評価することは実践に大いに役立つでしょう。
5.論文情報
<タイトル>
Untangling the complexity of market competition in consumer goods - A complex Hilbert PCA analysis
<著者名>
Makoto Mizuno, Hideaki Aoyama, Yoshi Fujiwara
<雑誌>
PLOS ONE
<URL>
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0245531
<論文公開時刻>
2021年2月4日午前4時(日本時刻)
本研究成果のポイント
・マクロ経済分析で成果を上げている経済物理学をマーケティングに応用
・多数の時系列データから先行-遅行の基本パタンを抽出する手法
・実データの分析から、分析者が想定しなかった時系列パタンを発見
要旨
多くのブランドが多くの新たな手段を用いて激しく競争する今日、マーケティングにおいて多数の時系列データの間にある時間的な先行と遅れを伴う共動パタンを見出すことはきわめて重要です。しかし、膨大なデータが収集される一方で、その分析に用いられている手法には種々の限界があります。本研究は、経済物理学で開発された複素ヒルベルト主成分分析という多次元時系列データの分析手法を適用し、さらにホッジ分解に基づく同期ネットワークを描く手法を提案します。この手法を日本国内のビール市場のデータに適用したところ、どのような変数が購買に先行あるいは遅行するのか、企業間やブランド(銘柄)間にどのような同期関係があるのかが解明されました。
この手法はマーケティングデータに限らず、変数間の関係について確立された知識は無いが、膨大なデータの蓄積がある領域には、広範に適用可能です。
※ 本研究は、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)におけるプロジェクト「経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明」の成果の一部です。
※研究グループ
水野誠(明治大学商学部教授/専門 マーケティング・サイエンス)
青山秀明(京都大学名誉教授、理化学研究所 数理創造プログラム 客員主管研究員
経済産業研究所ファカルティフェロー/専門 経済物理学)
藤原義久(兵庫県立大学大学院シミュレーション学研究科教授/専門 経済物理学)
水野教授はこれまで学術・実務の両面でマーケティングデータの分析を進めてきました。青山名誉教授と藤原教授はマクロ経済・金融・外国為替・企業間取引など種々の経済データについて、国際共同研究を含む豊富な分析経験を持ちます。本研究はバックグラウンドが違う三者がコラボレーションすることで、応用可能性の広いデータ分析手法の開発と経営科学の革新を目指したものです。
1.背景
デジタル化の進展で、マーケティングに用いられる手段は従来のように値引きとテレビ広告が主体の時代から、インターネットやモバイルなどが加わった多様で複雑化な時代に移ってきました。自社の顧客がどのような手段との接触を経て購買に至っているのかはカスタマージャーニーと呼ばれ、それを把握することが現在のマーケターにとって重要な課題となっています。しかし、多くの市場で多数のブランドが競争を繰り広げている市場で、競合ブランドのマーケティング手段の影響を無視して自社ブランドの購買に至る道のりを描くことには問題があります。というのも、消費者は複数のブランドから働きかけを受け、それらを比較した上でどれかを購入すると考えられるからです。
多数のブランドが多数の手段を用いて競争する市場でおいて、どの変数がどれだけの時間的な先行や遅れを伴って他の変数に影響するかがあらかじめわかっていれば、これまでマーケティング・サイエンスで利用されてきた消費者モデルを当てはめればよいことになります。しかし、インターネットやモバイルなどの新たなマーケティング手段が購買とどのように関係するかがはっきりしない現状では、虚心にデータから何が起きているかを聴いてみるという姿勢が必要になります。そうした目的でよく使われるのが多変量時系列分析などいくつかの手法で、複数の時系列データの間の時間的遅れを伴う関係を、消費者行動に対して強い仮定を置くことなく分析できます。
しかし、そうした手法の問題は、ブランドの数やマーケティング手段の数があまりに多いときに扱えないことです。
あまりに多くの変数があるとき、それらをいくつかの次元に圧縮して理解しやすくする方法として主成分分析が有名ですが、従来型の主成分分析の手法は時間的な先行や遅れを伴う時系列データを想定していません。そこで著者たちが提案するのが、複素ヒルベルト主成分分析 (Complex Hilbert Principal Component Analysis: CHPCA)という新たに開発された手法です。
2.提案する手法の概要
複素ヒルベルト主成分分析(CHPCA)とは、時間的な先行や遅れを伴う多数の時系列データへの適用を可能にした主成分分析の拡張といえます。それによって、時間的な先行や遅れを伴って相互に関係し合う多数の変数から、低次元の有意な共動関係(comovement)を抽出することができます。この手法はすでに、共著者の青山、藤原らによって多数のマクロ経済データや外国為替データに適用されてきました。
※図1参照:同期ネットワークの例について
今回の論文では、さらにホッジ分解と呼ばれる数理的手法によって変数間の相関の背後にある時間的構造を明らかにし、それを同期ネットワークとして表現します(今回の論文で示した同期ネットワークが図1です)。このネットワークのノード(円で表示された点)は分析の対象になった変数(時系列)に対応し、基本的に上方から下方へ時間が流れます。すなわち、ネットワークを上から下にたどることで、何が先に起きて何があとに起きるかという時間的な先行と遅れの関係を把握できるのです。次の節で、具体的な事例への適用例について説明します。
3.具体的な応用事例
CHPCAやホッジ分解に基づく同期ネットワークによる分析事例を紹介します。著者たちは、株式会社インテージが提供しているi-SSPデータにこの手法を適用しました。i-SSPデータとは、同一の消費者から購買履歴とテレビ広告への接触、PCやモバイル端末からのサイトアクセスや検索を収集した大規模データベースです。今回はそのうち、2013年4月から2014年4月のビール購入者を対象にしています。18のブランドについて購買数量(Q)、購買価格(P)、テレビ広告接触(TVAd)、サイトアクセス(Visit)、検索(Search)といったマーケティング変数を用意すると全部で65の時系列データになります(一部のブランドに実施されていないマーケティング手段があります)。これらをCHPCAで分析し、それをもとに描いた同期ネットワークが上述の図1になります。
分析結果をブランドごとに整理したのが図2です。ブランドはA1からD3までの記号 (アルファベットは企業,数字はブランド) で区別されており、各列を縦に見て、上(下)にある変数ほど他の変数より先行(遅行)したことを示します。また、この図を横に見てほぼ同じ高さにある変数は、ブランドを超えて同期しているといえます。(この図のA1列のようにQの上方にPがあり、下方にTVAdがあった場合、価格は購買に先立ち変化し、広告は購買から遅れて変化することを意味します)。
※図2参照:各時系列(ブランド×マーケティング変数)の時間的推移について
図2から読み取れることをいくつか挙げてみましょう:
(1) ビールの購買は、ブランドを超えてほぼ同時に起きやすい。
(2) 価格は多くの場合購買などの他の変数に先行する(まれにそうでないことがある)。
(3) テレビ広告への接触は多くの場合購買に先行せず、むしろ遅行する。
(4) サイトアクセスや検索と購買のどちらが先かはブランドによって異なる。
(4) これらのマーケティング変数は企業内では同期しているが、企業間ではほとんど同期していない。
ビールの購買が同期しているのは季節性や気候の影響と考えられます。価格が下がると需要が増えるという動きがブランドを超えて見られますが、ここは経済理論どおりといえるでしょう。しかし、価格以外の手段と需要の関係はブランドによって異なります。また殆どの手段が企業間で同期していないことから、各企業は互いに同調するよりは独立した行動をとっているといえそうです。
マーケティングへの応用という点では、消費者をグループに分けること(セグメンテーション)に利用できることも強調しておきたい点です。図3は、CHPCAによって抽出された2次元空間に各消費者を位置づけたものです。この図の右上にいくほどCHPCAが見出したパタンにより忠実な消費者だといえますが、彼らは年齢が高く、ビールの購入頻度が多い消費者であることもわかっています。CHPCAが見出した消費者行動のパタンは、過去から現在まで累積されたビール消費量が大きい消費者のパタンが強く反映されたものといえそうです。
※図3参照:顧客間の異質性(2次元空間への配置)について
4.今後の期待
CHPCAと関連手法をマーケティングデータに適用することで、モデルに対して強い仮定を置くことなく、多数のブランドとマーケティング手段の間の先行-遅行関係をわかりやすいかたちで把握することができました。こうした分析を積み重ねることで、マーケティング戦略に関する一般化された知見を得ることができると期待されます。
この手法の適用範囲は、マーケティングやマクロ経済のデータにとどまるわけではありません。相互の関係について確立された知識が無いが、膨大な数の時系列データの蓄積がある(いわゆるビックデータが存在する)領域であれば、この手法は探索的分析として大いに役立つはずです。それを出発点に、他の分析手法も動員しながら、現象の理解を深めていくことが望まれます。
この手法を発展させる1つの方向は、変数のどれかに外生的な変化が起きたとき、他の変数にどのように変化が及ぶのかを数値化することです。応用領域がマーケティングであれマクロ経済であれ、特定の介入の効果を評価することは実践に大いに役立つでしょう。
5.論文情報
<タイトル>
Untangling the complexity of market competition in consumer goods - A complex Hilbert PCA analysis
<著者名>
Makoto Mizuno, Hideaki Aoyama, Yoshi Fujiwara
<雑誌>
PLOS ONE
<URL>
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0245531
<論文公開時刻>
2021年2月4日午前4時(日本時刻)