2021年度稲盛科学研究機構(InaRIS)のフェローが東京大学教授 西増氏と北海道大学教授 山口氏に決定
[21/03/19]
提供元:@Press
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公益財団法人稲盛財団(理事長:金澤 しのぶ)は、3月19日(金)、「2021年度稲盛科学研究機構(InaRIS:Inamori Research Institute for Science)のフェローを決定しましたのでお知らせいたします。2021年度InaRISフェローは、66名の応募者の中から、西増弘志氏(東京大学 先端科学技術研究センター教授)と山口良文氏(北海道大学 低温科学研究所教授)の2名が選定されました。フェローには、毎年1,000万円を10年間、総額1億円を助成します。報道関係の皆様におかれましては、記事の掲載などでお取り上げいただきますようよろしくお願いいたします。
「2021年度InaRISフェロー授与式」につきましては、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、中止することにいたしました。
※本資料は、[東京]文部科学記者会、京都大学記者クラブ、京都経済記者クラブ等に配布しています。
■西増 弘志氏(Hiroshi Nishimasu)
東京大学 先端科学技術研究センター 教授
生年月日 : 1979年7月19日生まれ(41歳)
研究テーマ: 新規RNA依存性酵素の探索
Exploration of new RNA-dependent enzymes
略歴 : 2002年 東京大学 農学部 卒業
2007年 東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士(農学)
2007年 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 特任助教
2008年 東京大学 医科学研究所 助教
2010年 東京大学 大学院理学系研究科 特任助教
2013年 東京大学 大学院理学系研究科 助教
2013年 科学技術振興機構 さきがけ「構造生命科学」 研究員(兼任)
2019年 東京大学 大学院理学系研究科 准教授
2020年 東京大学 先端科学技術研究センター 教授(現在に至る)
主な受賞歴: 2014年 文部科学大臣表彰若手科学者賞
2017年 日本医療研究開発大賞AMED理事長賞
2017年 文部科学大臣表彰科学技術賞
2018年 市村学術賞(功績賞)
2018年 島津奨励賞
2019年 日本学術振興会賞
2019年 日本学士院学術奨励賞
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/251133/LL_img_251133_2.jpg
西増 弘志氏
■研究の概要
原核生物のもつCRISPR-Cas獲得免疫機構に関与するRNA依存性DNA切断酵素Cas9は詳細に研究されており、ゲノム編集をはじめとする革新的技術に応用されている。自然界にはCas9の他にも極めて多様なCas酵素が存在しているが、その多くの機能は謎に包まれている。本研究では、未解明のCas酵素群の探索および構造機能解析を推進し、多様なCas酵素の作動機構を解明する。さらには、生命科学を一変させるような革新的技術の創出につなげる。
■InaRISフェローに選ばれた感想
昨年、研究室を立ち上げたのですが、研究よりも資金繰りに頭を悩ませる日々が続いておりました。この度InaRISに10年という長期間にわたり支援していただけることになり、感謝(と少しの安堵)の気持ちでいっぱいです。わたしの研究者人生も折返し地点となりました。残りの研究者人生、好奇心の赴くままにタンパク質や核酸のはたらく仕組みを研究していきたいと考えております。
■選考理由
CRISPR-Casは、細菌の獲得免疫を担う「したたかな」システムである。細菌がウイルス感染にさらされると、ウイルスの配列の一部が、細菌ゲノム中のCRISPR領域に取り込まれ、同じウイルスが再侵入した際、CRISPR上に記憶されたウイルスの配列を用いて、Cas酵素が侵入者のゲノムを切断するというものである。Cas酵素の一つであるCas9はRNA依存性DNA切断酵素であり、任意のRNA配列を鋳型(ガイドRNA)として用いて標的DNA配列をピンポイントで切断する。このCRISPR-Cas9を用いた「ゲノム編集」は、「生命の設計図」であるゲノム情報を自在に改変できる画期的技術として、分子生物学的な基礎研究から、創薬、遺伝子治療、農作物の品種改良など幅広い利用が進んでいる。去年のノーベル化学賞受賞テーマであることも記憶に新しい。
西増氏は、これまで、構造生物学の視点でCRISPR-Casシステムの構造・作用の理解と応用へ顕著な成果を挙げてきた。例えば、ゲノム編集に汎用されている化膿レンサ球菌Cas9-ガイドRNA‐標的DNA複合体の結晶構造を世界に先駆けて決定した。さらには、その構造をベースにCas9の立体構造を改変し、ゲノム編集技術の適用範囲を従来の4倍に拡張した。また、一分子観測の専門家との共同研究から、Cas9がDNAを切断する過程の動画撮影にも成功している。
しかしながら、Cas酵素は多様であり、Cas9以外にも多くの異なるタイプが存在する。だが多くのCas酵素の機能はよく解っていない。西増氏は、ごく最近、クライオ電子顕微鏡を用いて、知られる限り最も小さなCas酵素であるCas12fのガイドRNA-標的DNA複合体の構造を決定し、その全く新たな動作原理を明らかにしている。
西増氏の研究提案は、本人の強みであるタンパク質‐RNA複合体の構造解析と酵素学的アプローチによって、これら機能不明なCas酵素群の動作原理の解明に取り組むものである。さらには、海洋メタゲノミクスの専門家とタッグを組むことにより、深海など極限状態にて「しなやかに」かつ「したたかに」生育する微生物から、全く新しいタイプのCas酵素を探索し、その構造と機能の解明を目指す。たとえば、好熱性細菌由来のTaqポリメラーゼが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の汎用化と医学生物学の研究や診断にイノベーションをもたらしたように、高温・高圧など極限環境に適応・生育する微生物は、新たな酵素探索のフロンティアである。
西増氏は、2020年夏に独立したての新進気鋭の構造生物学者である。そのため、InaRISフェローシップの支援により、今後10年という研究期間の中で、大胆で自在な発想の下、Cas酵素研究の進展とゲノム編集ツールの発展が期待される。さらには、Cas酵素にとどまらない、全く未知な有用タンパク質‐RNA複合体酵素の発見につながり、その構造と動作の仕組みの解明を通じて生物学の新たな発展に貢献していくことが期待される。
■山口 良文氏(Yoshifumi Yamaguchi)
北海道大学 低温科学研究所 教授
生年月日 : 1975年10月9日生まれ(45歳)
研究テーマ: 哺乳類の冬眠能を構成する因子同定とその機能検証
Identification and functional analysis of factors that
enable mammalian hibernation
略歴 : 1999年 京都大学 理学部 卒業
2005年 京都大学 大学院生命科学研究科 修了 博士(生命科学)
2005年 自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター 研究員
2006年 東京大学 大学院薬学系研究科 助教
2012年 科学技術振興機構 さきがけ「恒常性」 研究員(兼任)
2016年 東京大学 大学院薬学系研究科 准教授
2018年 北海道大学 低温科学研究所 教授
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/251133/LL_img_251133_3.jpg
山口 良文氏
■研究の概要
冬眠は、エネルギー消費を抑え低体温状態で厳しい冬などの季節を乗り切る生存戦略であるが、冬眠できる哺乳類は限られている。また、冬眠状態では体温やエネルギー代謝が大きく変化することなどが知られているものの、その分子機構の多くは未解明のままである。本研究では、比較的冬眠誘導が容易なシリアンハムスターを使って、独特な生理現象である冬眠の3つの大きな謎、「低温耐性」、「季節性の体の変化」、「冬眠発動」の分子機構解明をめざす。
■InaRISフェローに選ばれた感想
InaRISの10年間という長期にわたるご支援を頂けることで、現象自体が年単位で生じる冬眠の研究を、腰を据えて行い、予期せぬ実験結果も落ち着いて考える時間が取れるようになるのが嬉しいです。一緒に研究を行う研究員・技術員のサポートが得られるのも大きいです。冬眠の謎の本質に迫るべく挑戦していきます。
■選考理由
哺乳類の冬眠は、低温・飢餓等の極限状態を全身性の代謝抑制と低体温により乗り切る生存戦略である。ヒトをはじめ多くの哺乳類は冬眠できないが、クマやリスなど一部の哺乳類は冬眠を行うことができる。これら「冬眠動物」は、ヒトなどの非冬眠動物とは異なり、長時間の低体温による傷害や、低温からの復温過程で生じうる組織損傷に対しても耐性を有する。また、冬眠に伴う長期間の不動状態で生じる筋廃用萎縮などにも、冬眠動物は耐性を有するとされる。さらに冬眠動物は、冬眠にともなう食欲・体重の季節性変動、貯蔵脂肪の効率的燃焼、季節の長さを感知する計時能力など、興味深い多くの形質を備えている。
しかし、これら冬眠に伴う一連の生理変化や形質の制御機構は、多くの技術的制約のために、未だ多くの点が不明である。こうした点を明らかにしていく冬眠研究は、生命現象に対する知識と理解を深めるだけでなく、人工冬眠や低体温下での手術など医学薬学研究への応用も大いに期待される、21世紀の生命科学に残されたフロンティアといえる。
山口氏の研究提案はこの課題に正面から取り組むものとなっている。山口氏はこれまでの10年間に、実験室での冬眠誘導が比較的容易なシリアンハムスターに近年の解析技術の進歩を導入し、冬眠実行に関わる遺伝子同定と、その個体での機能検証を目指した研究を行なってきた。現在までに、シリアンハムスターが冬眠に備えて白色脂肪組織を劇的に変化させることを明らかにした。さらに冬仕様のからだでは、脂質の異化と同化の能力を同時亢進させる何らかの内因性リガンドが生じることを示した。また食餌由来の栄養因子が低温耐性を付与することも突き止めている。冬眠時には深冬眠-中途覚醒サイクルを繰り返すが、その制御遺伝子も個体を用いた解析から同定しつつある。
このように山口氏は低体温での生存に重要な栄養因子の同定、冬眠時に大幅に発現変動する遺伝子の網羅的同定、さらに冬眠発動に重要な遺伝子の個体での機能検証に成功している。本研究は、山口氏が独自に得てきた以上の結果をもとに、冬眠の3つの大きな謎、「低温耐性」、「季節性の体の変化」、「冬眠発動」の分子機構解明を目指す壮大なものである。そして山口氏の研究提案には「しなやかさ」と「したたかさ」に満ち溢れた冬眠という未開の生命科学領域に風穴を開ける独創的な着想が濃縮されている。
山口氏は冬眠研究の新時代の旗手であり、InaRISフェローシップの支援により、今後10年という研究期間の中でこれまでにも増して次々と、斬新な発想に基づいた精緻な研究が展開され、冬眠の謎を解き明かすことが期待される。
■稲盛科学研究機構(InaRIS)フェローシッププログラムとは
『応用偏重の研究予算のあり方に一石を投じ、基礎研究を長期に亘って力強く支援することで基礎科学の社会的意義が尊重される文化の醸成に貢献したい』という考えのもと、2019年に設立したプログラムです。今回選ばれたフェローのお二人には、2030年度までの10年間、研究費として毎年1,000万円(総額1億円)を助成します。また、1,000万円の直接経費とは別に100万円を上限として間接経費を研究機関に支払います。
InaRISはキャンパスや建物を持たないネットワーク型の研究機構で、稲盛財団はフェロー同士を繋ぎ、切磋琢磨できる場を提供します。機構運営としては、運営委員会が審査方針や選考委員候補を選定すると共にフェローへのサポートを行います。フェローは自らの所属する大学・機関で研究に邁進しながら、InaRIS運営委員会のメンバーや他のフェローともオープンに交流し研究を推進します。
■InaRIS運営委員
機構長: 中西 重忠 京都大学 名誉教授
委員 : 岡田 清孝 龍谷大学 RECフェロー
小林 誠 高エネルギー加速器研究機構 特別栄誉教授
榊 裕之 学校法人トヨタ学園 常務理事
西尾 章治郎 大阪大学 総長
森 重文 京都大学 高等研究院 院長・特別教授
山中 伸弥 京都大学 iPS細胞研究所 所長・教授
■InaRISフェロー選考委員(対象領域:生命)
委員長: 田中 啓二 公益財団法人東京都医学総合研究所 理事長
委員 : 稲垣 暢也 京都大学 大学院医学研究科 教授
近藤 滋 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
鳥居 啓子 テキサス大学オースティン校 分子生物学部 教授
長谷部 光泰 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 教授
柚崎 通介 慶應義塾大学 医学部 教授
吉村 昭彦 慶應義塾大学 医学部 教授
■2022年度InaRISフェローシッププログラム募集について
稲盛財団では、下記要領で2022年度InaRISフェローシッププログラムへの募集を行います。
募集期間: 2021年5月21日(金)9:00〜2021年7月29日(木)17:00
対象分野: 「物質・材料」研究の前線開拓
採択人数: 2名
助成金額: 2031年度までの10年間、毎年1,000万円(総額1億円)
申請方法: 稲盛財団のウェブサイトから
「2021年度InaRISフェロー授与式」につきましては、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、中止することにいたしました。
※本資料は、[東京]文部科学記者会、京都大学記者クラブ、京都経済記者クラブ等に配布しています。
■西増 弘志氏(Hiroshi Nishimasu)
東京大学 先端科学技術研究センター 教授
生年月日 : 1979年7月19日生まれ(41歳)
研究テーマ: 新規RNA依存性酵素の探索
Exploration of new RNA-dependent enzymes
略歴 : 2002年 東京大学 農学部 卒業
2007年 東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士(農学)
2007年 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 特任助教
2008年 東京大学 医科学研究所 助教
2010年 東京大学 大学院理学系研究科 特任助教
2013年 東京大学 大学院理学系研究科 助教
2013年 科学技術振興機構 さきがけ「構造生命科学」 研究員(兼任)
2019年 東京大学 大学院理学系研究科 准教授
2020年 東京大学 先端科学技術研究センター 教授(現在に至る)
主な受賞歴: 2014年 文部科学大臣表彰若手科学者賞
2017年 日本医療研究開発大賞AMED理事長賞
2017年 文部科学大臣表彰科学技術賞
2018年 市村学術賞(功績賞)
2018年 島津奨励賞
2019年 日本学術振興会賞
2019年 日本学士院学術奨励賞
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/251133/LL_img_251133_2.jpg
西増 弘志氏
■研究の概要
原核生物のもつCRISPR-Cas獲得免疫機構に関与するRNA依存性DNA切断酵素Cas9は詳細に研究されており、ゲノム編集をはじめとする革新的技術に応用されている。自然界にはCas9の他にも極めて多様なCas酵素が存在しているが、その多くの機能は謎に包まれている。本研究では、未解明のCas酵素群の探索および構造機能解析を推進し、多様なCas酵素の作動機構を解明する。さらには、生命科学を一変させるような革新的技術の創出につなげる。
■InaRISフェローに選ばれた感想
昨年、研究室を立ち上げたのですが、研究よりも資金繰りに頭を悩ませる日々が続いておりました。この度InaRISに10年という長期間にわたり支援していただけることになり、感謝(と少しの安堵)の気持ちでいっぱいです。わたしの研究者人生も折返し地点となりました。残りの研究者人生、好奇心の赴くままにタンパク質や核酸のはたらく仕組みを研究していきたいと考えております。
■選考理由
CRISPR-Casは、細菌の獲得免疫を担う「したたかな」システムである。細菌がウイルス感染にさらされると、ウイルスの配列の一部が、細菌ゲノム中のCRISPR領域に取り込まれ、同じウイルスが再侵入した際、CRISPR上に記憶されたウイルスの配列を用いて、Cas酵素が侵入者のゲノムを切断するというものである。Cas酵素の一つであるCas9はRNA依存性DNA切断酵素であり、任意のRNA配列を鋳型(ガイドRNA)として用いて標的DNA配列をピンポイントで切断する。このCRISPR-Cas9を用いた「ゲノム編集」は、「生命の設計図」であるゲノム情報を自在に改変できる画期的技術として、分子生物学的な基礎研究から、創薬、遺伝子治療、農作物の品種改良など幅広い利用が進んでいる。去年のノーベル化学賞受賞テーマであることも記憶に新しい。
西増氏は、これまで、構造生物学の視点でCRISPR-Casシステムの構造・作用の理解と応用へ顕著な成果を挙げてきた。例えば、ゲノム編集に汎用されている化膿レンサ球菌Cas9-ガイドRNA‐標的DNA複合体の結晶構造を世界に先駆けて決定した。さらには、その構造をベースにCas9の立体構造を改変し、ゲノム編集技術の適用範囲を従来の4倍に拡張した。また、一分子観測の専門家との共同研究から、Cas9がDNAを切断する過程の動画撮影にも成功している。
しかしながら、Cas酵素は多様であり、Cas9以外にも多くの異なるタイプが存在する。だが多くのCas酵素の機能はよく解っていない。西増氏は、ごく最近、クライオ電子顕微鏡を用いて、知られる限り最も小さなCas酵素であるCas12fのガイドRNA-標的DNA複合体の構造を決定し、その全く新たな動作原理を明らかにしている。
西増氏の研究提案は、本人の強みであるタンパク質‐RNA複合体の構造解析と酵素学的アプローチによって、これら機能不明なCas酵素群の動作原理の解明に取り組むものである。さらには、海洋メタゲノミクスの専門家とタッグを組むことにより、深海など極限状態にて「しなやかに」かつ「したたかに」生育する微生物から、全く新しいタイプのCas酵素を探索し、その構造と機能の解明を目指す。たとえば、好熱性細菌由来のTaqポリメラーゼが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の汎用化と医学生物学の研究や診断にイノベーションをもたらしたように、高温・高圧など極限環境に適応・生育する微生物は、新たな酵素探索のフロンティアである。
西増氏は、2020年夏に独立したての新進気鋭の構造生物学者である。そのため、InaRISフェローシップの支援により、今後10年という研究期間の中で、大胆で自在な発想の下、Cas酵素研究の進展とゲノム編集ツールの発展が期待される。さらには、Cas酵素にとどまらない、全く未知な有用タンパク質‐RNA複合体酵素の発見につながり、その構造と動作の仕組みの解明を通じて生物学の新たな発展に貢献していくことが期待される。
■山口 良文氏(Yoshifumi Yamaguchi)
北海道大学 低温科学研究所 教授
生年月日 : 1975年10月9日生まれ(45歳)
研究テーマ: 哺乳類の冬眠能を構成する因子同定とその機能検証
Identification and functional analysis of factors that
enable mammalian hibernation
略歴 : 1999年 京都大学 理学部 卒業
2005年 京都大学 大学院生命科学研究科 修了 博士(生命科学)
2005年 自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター 研究員
2006年 東京大学 大学院薬学系研究科 助教
2012年 科学技術振興機構 さきがけ「恒常性」 研究員(兼任)
2016年 東京大学 大学院薬学系研究科 准教授
2018年 北海道大学 低温科学研究所 教授
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/251133/LL_img_251133_3.jpg
山口 良文氏
■研究の概要
冬眠は、エネルギー消費を抑え低体温状態で厳しい冬などの季節を乗り切る生存戦略であるが、冬眠できる哺乳類は限られている。また、冬眠状態では体温やエネルギー代謝が大きく変化することなどが知られているものの、その分子機構の多くは未解明のままである。本研究では、比較的冬眠誘導が容易なシリアンハムスターを使って、独特な生理現象である冬眠の3つの大きな謎、「低温耐性」、「季節性の体の変化」、「冬眠発動」の分子機構解明をめざす。
■InaRISフェローに選ばれた感想
InaRISの10年間という長期にわたるご支援を頂けることで、現象自体が年単位で生じる冬眠の研究を、腰を据えて行い、予期せぬ実験結果も落ち着いて考える時間が取れるようになるのが嬉しいです。一緒に研究を行う研究員・技術員のサポートが得られるのも大きいです。冬眠の謎の本質に迫るべく挑戦していきます。
■選考理由
哺乳類の冬眠は、低温・飢餓等の極限状態を全身性の代謝抑制と低体温により乗り切る生存戦略である。ヒトをはじめ多くの哺乳類は冬眠できないが、クマやリスなど一部の哺乳類は冬眠を行うことができる。これら「冬眠動物」は、ヒトなどの非冬眠動物とは異なり、長時間の低体温による傷害や、低温からの復温過程で生じうる組織損傷に対しても耐性を有する。また、冬眠に伴う長期間の不動状態で生じる筋廃用萎縮などにも、冬眠動物は耐性を有するとされる。さらに冬眠動物は、冬眠にともなう食欲・体重の季節性変動、貯蔵脂肪の効率的燃焼、季節の長さを感知する計時能力など、興味深い多くの形質を備えている。
しかし、これら冬眠に伴う一連の生理変化や形質の制御機構は、多くの技術的制約のために、未だ多くの点が不明である。こうした点を明らかにしていく冬眠研究は、生命現象に対する知識と理解を深めるだけでなく、人工冬眠や低体温下での手術など医学薬学研究への応用も大いに期待される、21世紀の生命科学に残されたフロンティアといえる。
山口氏の研究提案はこの課題に正面から取り組むものとなっている。山口氏はこれまでの10年間に、実験室での冬眠誘導が比較的容易なシリアンハムスターに近年の解析技術の進歩を導入し、冬眠実行に関わる遺伝子同定と、その個体での機能検証を目指した研究を行なってきた。現在までに、シリアンハムスターが冬眠に備えて白色脂肪組織を劇的に変化させることを明らかにした。さらに冬仕様のからだでは、脂質の異化と同化の能力を同時亢進させる何らかの内因性リガンドが生じることを示した。また食餌由来の栄養因子が低温耐性を付与することも突き止めている。冬眠時には深冬眠-中途覚醒サイクルを繰り返すが、その制御遺伝子も個体を用いた解析から同定しつつある。
このように山口氏は低体温での生存に重要な栄養因子の同定、冬眠時に大幅に発現変動する遺伝子の網羅的同定、さらに冬眠発動に重要な遺伝子の個体での機能検証に成功している。本研究は、山口氏が独自に得てきた以上の結果をもとに、冬眠の3つの大きな謎、「低温耐性」、「季節性の体の変化」、「冬眠発動」の分子機構解明を目指す壮大なものである。そして山口氏の研究提案には「しなやかさ」と「したたかさ」に満ち溢れた冬眠という未開の生命科学領域に風穴を開ける独創的な着想が濃縮されている。
山口氏は冬眠研究の新時代の旗手であり、InaRISフェローシップの支援により、今後10年という研究期間の中でこれまでにも増して次々と、斬新な発想に基づいた精緻な研究が展開され、冬眠の謎を解き明かすことが期待される。
■稲盛科学研究機構(InaRIS)フェローシッププログラムとは
『応用偏重の研究予算のあり方に一石を投じ、基礎研究を長期に亘って力強く支援することで基礎科学の社会的意義が尊重される文化の醸成に貢献したい』という考えのもと、2019年に設立したプログラムです。今回選ばれたフェローのお二人には、2030年度までの10年間、研究費として毎年1,000万円(総額1億円)を助成します。また、1,000万円の直接経費とは別に100万円を上限として間接経費を研究機関に支払います。
InaRISはキャンパスや建物を持たないネットワーク型の研究機構で、稲盛財団はフェロー同士を繋ぎ、切磋琢磨できる場を提供します。機構運営としては、運営委員会が審査方針や選考委員候補を選定すると共にフェローへのサポートを行います。フェローは自らの所属する大学・機関で研究に邁進しながら、InaRIS運営委員会のメンバーや他のフェローともオープンに交流し研究を推進します。
■InaRIS運営委員
機構長: 中西 重忠 京都大学 名誉教授
委員 : 岡田 清孝 龍谷大学 RECフェロー
小林 誠 高エネルギー加速器研究機構 特別栄誉教授
榊 裕之 学校法人トヨタ学園 常務理事
西尾 章治郎 大阪大学 総長
森 重文 京都大学 高等研究院 院長・特別教授
山中 伸弥 京都大学 iPS細胞研究所 所長・教授
■InaRISフェロー選考委員(対象領域:生命)
委員長: 田中 啓二 公益財団法人東京都医学総合研究所 理事長
委員 : 稲垣 暢也 京都大学 大学院医学研究科 教授
近藤 滋 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授
鳥居 啓子 テキサス大学オースティン校 分子生物学部 教授
長谷部 光泰 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 教授
柚崎 通介 慶應義塾大学 医学部 教授
吉村 昭彦 慶應義塾大学 医学部 教授
■2022年度InaRISフェローシッププログラム募集について
稲盛財団では、下記要領で2022年度InaRISフェローシッププログラムへの募集を行います。
募集期間: 2021年5月21日(金)9:00〜2021年7月29日(木)17:00
対象分野: 「物質・材料」研究の前線開拓
採択人数: 2名
助成金額: 2031年度までの10年間、毎年1,000万円(総額1億円)
申請方法: 稲盛財団のウェブサイトから