柔道の野村 忠宏選手がゲストで講演 東京柔道整復専門学校 創立60周年記念式典 6月24日開催
[12/06/22]
提供元:@Press
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日本で最も古い柔道整復師養成校である東京柔道整復専門学校(東京都練馬区)は、創立60周年を記念して、来る6月24日(日)にホテルメトロポリタン池袋(東京都豊島区)にて記念式典を開催します。当日は、卒業生や在校生を始め、教員・職員を合わせて約300名の参加を予定しています。
卒業生は、接骨院や整形外科等の医療機関や介護分野などで活躍しており、その多くは接骨院を独立開業しています。また、近年はアスレティック・トレーナーなどスポーツ分野にも活躍の場を増やしています。記念式典では、本校理事長 高山 精雄による講演(『柔道整復師の原点を探り、60年を振り返る』)のほか、ゲストに柔道の野村 忠宏選手をお招きし、『折れない心』と題して記念講演をしていただきます。
【開催概要】
日時 :2012年6月24日(日) 14:00〜16:00
場所 :ホテルメトロポリタン池袋 富士の間
(住所 豊島区池袋1-6-1 連絡先 03-3980-1111)
参加者:約300名(卒業生約200名、教職員・在校生代表約100名)
内容:
講演(1)『柔道整復師の原点を探り、60年を振り返る』
高山 精雄(たかやま きよお) 学校法人杏文学園 理事長(東京柔道整復専門学校)
[プロフィール]
1923年日本橋生まれ。慶應義塾大学在学中に学徒動員で招集される。敗戦後に結核で多くの人が死んでゆくのを目のあたりにし、労働衛生の事業と教育の仕事を始め今日に至る。社団法人労働保険協会理事長、北里大学衛生学部の講師を長く勤め、更に社団法人全国柔道学校協会会長をはじめ、厚生労働省の審議委員や全国市町村職員共済組合連合会指定講師、財団法人柔道整復研修試験財団の設立から運営など、公益法人の役員を多々勤める。
昭和44年に東京柔道整復専門学校の移譲を受けて以来43年間、柔道整復師の育成と業界の発展に全精力を注ぐ。
写真イメージ: http://www.atpress.ne.jp/releases/28168/A_1.jpg
講演(2)『折れない心』
野村 忠宏(のむら ただひろ)柔道家、オリンピック金メダリスト
[プロフィール]
1974年奈良県生まれ。祖父は柔道道場「豊徳館」の館長、父は天理高校柔道部元監督で柔道整復師、叔父はミュンヘンオリンピック柔道軽中量級金メダリスト、という柔道一家に育つ。天理大学、奈良教育大学大学院柔道部で活躍し、卒業後はミキハウスへ就職。
アトランタオリンピック、シドニーオリンピックで2連覇を達成後、アメリカへ留学。2年のブランクを経てアテネ五輪代表権を獲得し、2004年夏アテネオリンピックで前人未到の3連覇を達成する。
写真イメージ: http://www.atpress.ne.jp/releases/28168/B_2.jpg
【東京柔道整復専門学校 概要】
<沿革>
大正9年(1920年) :内務省令で柔道整復術公認、近代柔道整復術が誕生
第1回資格試験実施
大正11年(1922年):東京府柔道整復師会発足
昭和26年(1951年):文部厚生共同省令で学校教育による免許制度制定
社団法人東京柔道接骨院会として正式認可
昭和28年(1953年):東京都柔道整復師会付属柔道整復師養成所開校
(現在の東京柔道整復専門学校)
第1期生入学
昭和35年(1960年):東京都柔道整復師会付属東京柔道整復専門学校へ改名、
文京区富坂町に新校舎完成
昭和44年(1969年):東京都柔道接骨師会より(社)労働保健協会へ経営を委譲
昭和45年(1970年):柔道整復師(単独)法公布
昭和56年(1981年):柔道整復師単独の指導要領が定められ教育内容が整備
昭和60年(1985年):学校法人杏文学園を設立、認可
平成2年(1990年) :(4月1日)柔道整復師法 改正法施行、厚生大臣免許へ移行
平成5年(1993年) :第1回柔道整復師国家試験実施
平成6年(1994年) :練馬区氷川台に新校舎完成
平成11年(1999年):付属臨床実習施設 「杏文接骨院」を開設
平成14年(2002年):創設50周年
平成15年(2003年):昼間部開校(昼夜間体制へ)
平成24年(2012年):創設60周年
名称 : 学校法人 杏文学園 東京柔道整復専門学校
理事長 : 高山 精雄
所在地 : 〒179-0084 東京都練馬区氷川台3-31-13
電話 : 03-5920-2211(代表)
Fax : 03-5920-2210
ホームページ: http://kyobun.ac.jp/
e-mail : toju1010@kyobun.ac.jp
関連施設 : 杏文接骨院(練馬区氷川台3-29-4、03-5920-2121)
卒業生は、接骨院や整形外科等の医療機関や介護分野などで活躍しており、その多くは接骨院を独立開業しています。また、近年はアスレティック・トレーナーなどスポーツ分野にも活躍の場を増やしています。記念式典では、本校理事長 高山 精雄による講演(『柔道整復師の原点を探り、60年を振り返る』)のほか、ゲストに柔道の野村 忠宏選手をお招きし、『折れない心』と題して記念講演をしていただきます。
【開催概要】
日時 :2012年6月24日(日) 14:00〜16:00
場所 :ホテルメトロポリタン池袋 富士の間
(住所 豊島区池袋1-6-1 連絡先 03-3980-1111)
参加者:約300名(卒業生約200名、教職員・在校生代表約100名)
内容:
講演(1)『柔道整復師の原点を探り、60年を振り返る』
高山 精雄(たかやま きよお) 学校法人杏文学園 理事長(東京柔道整復専門学校)
[プロフィール]
1923年日本橋生まれ。慶應義塾大学在学中に学徒動員で招集される。敗戦後に結核で多くの人が死んでゆくのを目のあたりにし、労働衛生の事業と教育の仕事を始め今日に至る。社団法人労働保険協会理事長、北里大学衛生学部の講師を長く勤め、更に社団法人全国柔道学校協会会長をはじめ、厚生労働省の審議委員や全国市町村職員共済組合連合会指定講師、財団法人柔道整復研修試験財団の設立から運営など、公益法人の役員を多々勤める。
昭和44年に東京柔道整復専門学校の移譲を受けて以来43年間、柔道整復師の育成と業界の発展に全精力を注ぐ。
写真イメージ: http://www.atpress.ne.jp/releases/28168/A_1.jpg
講演(2)『折れない心』
野村 忠宏(のむら ただひろ)柔道家、オリンピック金メダリスト
[プロフィール]
1974年奈良県生まれ。祖父は柔道道場「豊徳館」の館長、父は天理高校柔道部元監督で柔道整復師、叔父はミュンヘンオリンピック柔道軽中量級金メダリスト、という柔道一家に育つ。天理大学、奈良教育大学大学院柔道部で活躍し、卒業後はミキハウスへ就職。
アトランタオリンピック、シドニーオリンピックで2連覇を達成後、アメリカへ留学。2年のブランクを経てアテネ五輪代表権を獲得し、2004年夏アテネオリンピックで前人未到の3連覇を達成する。
写真イメージ: http://www.atpress.ne.jp/releases/28168/B_2.jpg
【東京柔道整復専門学校 概要】
<沿革>
大正9年(1920年) :内務省令で柔道整復術公認、近代柔道整復術が誕生
第1回資格試験実施
大正11年(1922年):東京府柔道整復師会発足
昭和26年(1951年):文部厚生共同省令で学校教育による免許制度制定
社団法人東京柔道接骨院会として正式認可
昭和28年(1953年):東京都柔道整復師会付属柔道整復師養成所開校
(現在の東京柔道整復専門学校)
第1期生入学
昭和35年(1960年):東京都柔道整復師会付属東京柔道整復専門学校へ改名、
文京区富坂町に新校舎完成
昭和44年(1969年):東京都柔道接骨師会より(社)労働保健協会へ経営を委譲
昭和45年(1970年):柔道整復師(単独)法公布
昭和56年(1981年):柔道整復師単独の指導要領が定められ教育内容が整備
昭和60年(1985年):学校法人杏文学園を設立、認可
平成2年(1990年) :(4月1日)柔道整復師法 改正法施行、厚生大臣免許へ移行
平成5年(1993年) :第1回柔道整復師国家試験実施
平成6年(1994年) :練馬区氷川台に新校舎完成
平成11年(1999年):付属臨床実習施設 「杏文接骨院」を開設
平成14年(2002年):創設50周年
平成15年(2003年):昼間部開校(昼夜間体制へ)
平成24年(2012年):創設60周年
名称 : 学校法人 杏文学園 東京柔道整復専門学校
理事長 : 高山 精雄
所在地 : 〒179-0084 東京都練馬区氷川台3-31-13
電話 : 03-5920-2211(代表)
Fax : 03-5920-2210
ホームページ: http://kyobun.ac.jp/
e-mail : toju1010@kyobun.ac.jp
関連施設 : 杏文接骨院(練馬区氷川台3-29-4、03-5920-2121)