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IEEEメンバーが提言を発表 ウェアラブルセンシングシステム研究の第一人者 江口 佳那 特定助教 京都大学大学院医学研究科リアルワールドデータ研究開発講座

IEEE(アイ・トリプルイー)は世界各国の技術専門家が会員として参加しており、世界的な諸課題に関してもさまざまな提言やイベントなどを通じ科学技術の進化へ貢献しています。

IEEEメンバーである、京都大学大学院医学研究科 リアルワールドデータ研究開発講座の江口 佳那 特定助教は、疾患症状の在宅モニタリングに向けた生体データ計測デバイスに関する研究や、日常環境下で計測した生体データの品質を担保するためのデータ処理に関する研究に取り組んでいます。

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/322884/LL_img_322884_1.png
京都大学大学院医学研究科 江口 佳那 特定助教

近年、医療の高度化や質の向上などの観点から、個人の健康・医療・介護に関する情報である、パーソナルヘルスレコード(PHR)の利活用が注目されています。PHRに関する研究は幅広い学問分野にわたります。日本医療研究開発機構(AMED)の公募事業を通じて進められてきたデータ管理・基盤技術や、予防・健康分野でのエビデンス構築はもちろん、心拍数などの生体データをいつでも・どこでも・誰でも簡単に取得できるデバイスや手法の開発、日常環境下で取得したデータの質を担保する手法の検討、ヘルスケアサービスや医療判断に役立つデータへの加工などもテーマになります。これらの研究テーマは、在宅モニタリング情報の活用による医療判断の高度化や、発作をはじめとする異常検知の実現などにも必須であると考えられます。
江口特定助教は「実験室環境と比較すると、日常生活の中でのデータ計測は難しく、データの質も悪くなりやすい。ヘルスケアサービスや医療判断に役立てられるような、信頼性の高いデータを確保することが非常に重要」と強調しています。

江口特定助教によると、ウェアラブルセンシングシステムで取得したデータをPHRに活かすためには、以下四つの項目からなるサイクルを回す必要があります。四つの項目は、(1) 計測可能な条件や場面を増やすことで解析に必要なデータ量を担保する「計測」(2) 解析に必要なデータの品質を担保する「前処理」(3) 複数情報間に潜む関係性の解明を含め、判断や解釈に必要な情報を抽出する「解析」(4) 解析データを基に、対象者への適切な提示や行動変容を促す「介入」です。これらの項目を総合的に達成することで、本来の目的である、対象者(患者や健常者)自身の行動変容の促進や、医療従事者とのコミュニケーションの円滑化が可能になるといいます。

江口特定助教は学部生時代に人間とコンピューターのより良い関係を探る「ヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)」を研究していました。ソフトウェアやハードウェアを使ってインタフェースの研究を進めるうちに、ハプティック(触覚)デバイスに興味を持ち、その延長線として医学とヴァーチャルリアリティ(VR)の融合分野である医用VRシミュレーションに興味を持ったと言います。ウェアラブルセンシングシステムの研究に取り組むこととなったのはこの5年ほどですが、先に述べた四つの項目の達成には、医学・工学・情報科学など分野横断的な知識が必要で、江口特定助教が学生時代から取り組んできたHCIの思想や、医用VRシミュレーションに取り組んだことが、偶然ながら生きていると言います。

主な研究成果のひとつとして、博士課程で取り組んだ、在宅モニタリング用ウェアラブルデバイスの研究開発があります。この研究は、睡眠障害のひとつである、周期性四肢運動障害(PLMD)を対象としています。PLMDは、睡眠時に主に足趾や足首で生じる、周期性四肢運動(PLMs)と呼ばれる不随意運動による睡眠阻害を特徴とする慢性疾患です。PLMsの出現頻度は毎夜異なるため、PLMsの発生状態に基づいて投薬治療を適正化するためには、複数夜にわたってPLMsを観察する必要があります。
しかし、ゴールドスタンダードとされる終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査は、たくさんのセンサを装着しての入院検査となるため、経過観察目的で繰り返し行うことは現実的に困難です。医療現場では、加速度デバイスが在宅モニタリングに使用されることもありますが、筋活動そのものを捉えている訳ではないため、PLMsの誤検出や検出漏れが生じうると指摘されています。

そこで、江口特定助教は、非医療従事者による自宅でのPLMs計測を簡単かつ正確に可能にするデバイスを試作しました。江口特定助教が試作したデバイスは、ストッキングに電極が付いたようなデザインで、筋肉に関する専門知識を必要とせず、「履くだけ」でPSGでも計測対象となっている前脛骨(けいこつ)筋(前すねの筋肉)の上に電極を配置することを可能にしています。PLMD患者1人を対象とした実験で、医師が目視で検出するPLMsの中で、足関節の背屈を伴うPLMsを検出できることを確認しました。

企業研究者時代の主な研究成果としては、シャツ型デバイスで計測した心拍データの品質担保のための前処理があります。一般的な心電図検査で身体に貼り付けて使う電極と異なり、シャツ型デバイスの電極は衣類に固定されているため、運動などによる衣類の変形でノイズが発生します。江口特定助教は、信号処理の専門家と連携して心拍成分を検出するアルゴリズムの研究にも取り組みましたが、一部のノイズは心拍に対応する信号と周波数特性が近く、信号処理のみで誤検出を完全に抑えることはほぼ不可能であることがわかったそうです。

そこで、江口特定助教は、検出した時系列心拍データから異常値を取り除くアルゴリズム(計算手法)を研究しました。機械学習などの人工知能(AI)を活用するには、正解データなどの学習セットが必要です。しかし、心拍成分を検出するアルゴリズムごとに「間違え方」が違い、学習セットを作ることが難しかったため、デバイスが想定するユーザや利用条件から逸脱する条件を「誤検出」として検出するアプローチを取りました。シャツ型デバイスは健常者のヘルスケア目的で使用されることが多いことから、心電図の病理判断基準にのっとったルールベース検出・除外を行った結果、心拍特徴量の算出精度が向上することを確認できたとのことです。

PHRの実現に必要な研究範囲は多岐にわたるため、課題も多く残ります。これまでに例として挙げた、対象者のリテラシや計測場面によらず簡単に継続してデータを取得できる技術や日常環境下で計測したデータの品質を担保する技術に加え、得られたデータから有効・迅速に知見を見出し予防・診断・治療に活かす技術や、対象者自身の能動的な行動変容を促す仕組み作りも必要となります。特に、データの利活用を推し進めるためには、実際の利活用場面やユーザの状況を鑑みて、解析結果の提示や介入の実現方法を検討することが重要となります。例えば、診察時間などが限られている医療現場において、いたずらに提示データを増やすことは、医療従事者の仕事を却って妨げることにもなりかねません。
また、優れたウェアラブルデバイスが世に出てきても、対象者が能動的に使用したいと思える仕組みがなければ、データの蓄積自体が困難になるおそれもあります。江口特定助教は、解析結果のサマライズ(要約)技術や、行動変容につなげる介入技術も必要と考え、今後、こうした研究にも着手したいと言います。

江口特定助教によると、デバイス関連技術の高度化に伴い、国内外で同様の研究発表が増えています。一方で、ウェアラブルデバイスへの過度な期待は過ぎつつあり、日常環境下で取得したデータの品質をはじめとする、現実的な課題が国際会議で議論される機会も増えつつあるようです。江口特定助教は自身の研究について、すぐに派手な成果を出すのは難しいかもしれないが、医学の発展に貢献できる可能性があることを魅力に挙げています。


■IEEEについて
IEEEは、世界最大の技術専門家の組織であり、人類に恩恵をもたらす技術の進展に貢献しています。160カ国、40万人以上のエンジニアや技術専門会の会員を擁する非営利団体で、論文誌の発行、国際会議の開催、技術標準化などを行うとともに、諸活動を通じて世界中の工学やその他専門技術職のための信用性の高い「声」として役立っています。IEEEは、電機・電子工学およびコンピューターサイエンス分野における世界の文献の30%を出版、2000以上の現行標準を策定し、年間1800を超える国際会議を開催しています。
詳しくは http://www.ieee.org をご覧ください。
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