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植物のストレス応答を制御する化合物の開発に成功 〜 乾燥などの環境ストレスによる作物生産性低下の克服に向けた新技術 〜

 国立大学法人 静岡大学(学長:伊東 幸宏)の轟 泰司教授および博士課程の竹内 純大学院生と国立大学法人 鳥取大学(学長:豐島 良太)の岡本 昌憲助教らは、植物のストレスホルモン(※1)として知られるアブシジン酸(ABA)受容体の立体構造(※2)を緻密に解析することで、ABA受容体の機能を阻害する新奇化合物の創出に成功しました。ABAの作用を打ち消す化合物は世界初であり、これまでにない全く新しいタイプの農薬開発へと展開できる可能性があります。本研究が発展することにより、乾燥などの環境ストレスによる作物生産性低下を緩和できることが期待されます。

 本研究は、静岡大学、鳥取大学、東京農業大学および理化学研究所を中心とした国際共同研究グループ(※3)による研究成果で、米国科学雑誌「Nature Chemical Biology」の掲載に先立ち、5月5日の週にオンライン版にて発表される予定です。


【ポイント】
・植物ストレスホルモン受容体の立体構造の情報を利用した新しい農薬開発法を提唱
・単純な化学合成法により、ストレス応答を抑制する化合物の創出に成功
・遺伝子組換え技術に頼らずに、乾燥などの環境ストレスによる作物の生産性低下を解決する新技術


■背景■
 植物ホルモンとして知られるアブシジン酸(ABA)は、植物自身が生産し、乾燥ストレス時には気孔を閉鎖して葉からの水の過剰蒸散を抑制し、ストレス耐性を誘導する重要なシグナル物質として知られています。

 しかし、ABAには良い面ばかりではなく、適切な量を超えた過剰なABAは農業における様々な負の問題をもたらします。例えば、乾燥や低温などのストレスによって蓄積される過剰なABAが花粉の形成を阻害し、イネやコムギなど穀物の収量低下をもたらすことが広く知られています。また、日本の北陸地域では、低温で誘導されるABAがイネのいもち病の罹病を促進していることが報告されています。

 このようなABAの負の作用を解決する技術が世界で待ち望まれていました。遺伝子組換え技術を用いてこれらの問題を解決する試みも世界的に広く研究されていますが、日本やヨーロッパ諸国では遺伝子組換え作物の利用が制限されていることや、実用品種には遺伝子組換え作物の作製が困難なものも多数存在するために、現段階ではその利用は限定的です。そこで研究チームは、遺伝子組換え技術に頼らない方法として、ABAの作用を抑制する化合物(農薬)の創出に挑みました。


■研究手法と成果■
 ABAの生理作用は、ABAが受容体に包み込まれ、これがさらに標的酵素に結合することで引き起こされます(図1)。ABAが受容体に包み込まれた立体構造を緻密に解析したところ、ABAを包み込んだ受容体には興味深い“穴”が存在している事を発見しました(図2)。この穴を貫通する長い棒をABAにつければ、受容体と標的酵素との結合を妨害して、ABAの作用を抑制できるのではないか?という発想に至りました(図3)。

 受容体に存在する“穴”と最も近い位置に様々な長さの棒を持つABA類縁化合物(※4)をデザインして、簡便な化学合成法で作出しました(図4)。その中で、長い棒をもつAS6と名付けた化合物(図4)が、実際の植物においてABAの作用を打ち消す効果を示しました(図5)。AS6の作用メカニズムは仮説通りで、ABA受容体の穴を通って棒が突出することで、標的酵素との結合が妨害され(図6)、その結果、ABAの作用を抑制していました。ABAの受容体に作用して、ABAの働きを抑制する化合物の開発は、本研究が世界で初めてです。

 さらに、短い棒を持つAS2と名付けた化合物(図4)は、ABAよりも強力にABA生理作用を引き起こす特性を有していることが明らかとなりました(図7)。短い棒の存在によってABAよりもAS2が植物体内で代謝されにくくなって安定性が高まったために、ABAの作用が強く引き起こされたと考えています。


■今後の期待■
 植物ホルモンは農業で広く利用されています。オーキシン、エチレン、ジベレリン、サリチル酸などに比べると、ABAは農業市場での利用が進んでいません。今回開発した化合物のAS6はABAの負の側面の問題を解決する新しい農薬として利用できる可能性があります。一方、AS2はABAよりも強力に作用する事から、低濃度でABAの利点(果実の着色を促進、低濃度での植物成長促進など)を引き出す可能性があります。

 本研究で開発した化合物は、ABAの一部だけをピンポイントで改変していることから天然物に構造が似ており、天然物とは全く異なる構造をもつ人工化合物の農薬と違って、生態系や動物などへの予期せぬ毒性が起こりにくいことも期待されます。今後、より低濃度でより強力に作用する化合物を開発していくことで、実用可能な農薬の創出に繋がることが期待されます。


【原論文情報】
著者:Jun Takeuchi※, Masanori Okamoto※, Tomonori Akiyama, Takuya Muto, Shunsuke Yajima, Masayuki Sue, Mitsunori Seo, Yuri Kanno, Tsunashi Kamo, Akira Endo, Eiji, Nobuhiro Hirai, Toshiyuki Ohnishi, Sean R. Cutler & Yasushi Todoroki★

題名:Designed abscisic acid analogues as antagonists of PYL-PP2C receptor interactions

雑誌名:Nature Chemical Biology

※共同第一著者
★本研究における責任著者


【補足説明】
1.植物ホルモン
 植物自身が生体内で作り出す、微量で植物の様々な生理応答を誘導する生理活性物質。アブシジン酸(ABA)の他に、オーキシン、ジベレリン、エチレン、サイトカイニン、ブラシノステロイド、ジャスモン酸など様々なものが存在する。ABAは、乾燥や低温、塩などの環境ストレスから植物を守る役目を担っているストレスホルモンとして知られている。

2.タンパク質の立体構造
 タンパク質とはアミノ酸がペプチド結合によってつながった鎖のようなものであり、これが生体内で機能するためには適切に折り畳まれて三次元的な立体構造をとる必要がある。本研究では、アブシジン酸(ABA)を包み込んだABA受容体の立体構造を徹底的に解析することで、その機能を抑制する化合物設計のアイディアが生み出された。

3.国際共同研究チーム
静岡大学     :竹内 純、武藤 拓也、大西 利幸、轟 泰司
鳥取大学     :岡本 昌憲
東京農業大学   :秋山 智則、矢嶋 俊介、須恵 雅之
理化学研究所   :菅野 裕理、瀬尾 光範
農業環境技術研究所:加茂 綱嗣
京都大学     :平井 伸博
トロント大学   :遠藤 亮、南原 英司
カリフォルニア大学:Sean Cutler

4.類縁化合物
構造の一部が別の構造に交換された化合物で、全体の形は類似している。


【補足図】
図1.ABAのシグナル伝達メカニズム
http://www.atpress.ne.jp/releases/45794/img_45794_1.jpg

図2.ABAとABA受容体の複合体には小さな穴が存在する
http://www.atpress.ne.jp/releases/45794/img_45794_2.jpg

図3.ABA阻害剤(AS6)のデザイン戦略
http://www.atpress.ne.jp/releases/45794/img_45794_3.jpg

図4.ABA類縁化合物(AS6 or AS2)の合成
http://www.atpress.ne.jp/releases/45794/img_45794_4.jpg

図5.AS6はABAの効果を打ち消す
 ABAを投与すると、ABA応答性遺伝子の発現が青い色として簡便に観察が可能な材料を用いた。AS6の投与によって、ABAの効果が大幅に抑制された。
http://www.atpress.ne.jp/releases/45794/img_45794_5.jpg

図6.ABA受容体-AS6複合体の立体構造。
 ABA受容体に存在する穴から突出したAS6の長い棒部分が受容体と標的酵素との結合を妨害する。
http://www.atpress.ne.jp/releases/45794/img_45794_6.jpg

図7.AS2はABAよりも強く作用する。
 ABAの生理作用として種子発芽を阻害する。AS2はABAと同等の濃度で、ABAより強く種子発芽を阻害することができる。
http://www.atpress.ne.jp/releases/45794/img_45794_7.jpg
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