炎症性腸疾患の発症・進展を抑制する仕組みを解明
[15/02/13]
提供元:@Press
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順天堂大学大学院医学研究科・アトピー疾患研究センターの北浦次郎先任准教授、奥村康センター長らのグループは、炎症性腸疾患を抑える生体内の仕組みを明らかにしました。
炎症性腸疾患モデルマウスの解析から、腸管マスト細胞(*1)に発現する受容体LMIR3(*2)と脂質セラミドの結合が、アデノシン三リン酸(ATP(*3))によるマスト細胞の活性化を抑制して、炎症性腸疾患の発症・進展を抑えることを発見しました。また、セラミドリポソーム(*4)の投与により、マウスの腸炎を改善することに成功しました。この成果は、ヒトの炎症性腸疾患の病態解明に大きなヒントとなり、今後の炎症性腸疾患の予防・治療に大きく道を開く可能性を示しました。本研究成果は、英国科学誌Gut電子版の2015年2月11日付に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・受容体LMIR3と脂質セラミドの結合は、ATPによるマスト細胞の活性化を抑制し腸炎を抑える
・脂質セラミドのリポソームの投与は炎症性腸疾患の発症・進展を抑える
・抑制型受容体LMIR3を標的とした新しい予防・治療の可能性
【背景】
クローン病や潰瘍性大腸炎に代表される炎症性腸疾患の患者数は増加の一途をたどっています。しかし、未だ病気がおこる仕組みの解明が不十分なため、炎症性腸疾患の病態に則した有効な予防法や治療法の開発は遅れ、問題となっています。私たちは炎症性疾患の仕組みを明らかにすることに取り組み、免疫を担うマスト細胞に発現する受容体LMIR3が脂質セラミドに結合して、IgE受容体を介するアレルギー反応を抑えることを明らかにしてきました(Immunity 2012)。最近、損傷を受けた腸管組織から産生されるATPがマスト細胞を活性化して炎症性腸疾患を悪化させることが報告されました。そこで、私たち研究グループは受容体LMIR3とATPの関係に着目し、LMIR3がATP受容体を介するマスト細胞の活性化も抑制することで、炎症性腸疾患の発症・進展を抑えられるのではないかと仮説を立て、本研究を行いました。
【内容】
炎症性腸疾患を抑える生体内の仕組みを明らかにすることを目的として、抑制型受容体LMIR3(CD300f)の遺伝子欠損マウスの炎症性腸疾患モデルを解析しました。まず、炎症性腸疾患のモデルとして、デキストラン硫酸(DSS)誘発腸炎を利用しました。DSSを摂取したマウスは体重減少を伴う腸炎を発症し、重篤になると死亡します。腸炎の重症度は体重減少や大腸管長の短縮と比例します。それら解析の結果、興味深いことにLMIR3を欠損したマウスでは腸炎が著しく悪化しました(図1)。
さらに、マスト細胞を欠損するマウスの解析などから、マスト細胞に発現するLMIR3が腸炎の悪化を抑えることがわかりました。また、in vitro実験において、ATPの刺激によるマスト細胞の活性化はLMIR3と脂質セラミドの結合によって抑制されることもわかりました。さらに、生体内におけるLMIR3と脂質セラミドの結合に着目し、(LMIR3とセラミドの結合を阻害する)セラミド抗体または(LMIR3とセラミドの結合を促進する)セラミドリポソームの投与が DSS誘発腸炎に及ぼす影響を調べました。野生型マウスの腸炎は、セラミド抗体を投与することで悪化すること及びセラミドリポソームを投与することで有意に改善することがわかりました。これらの投与はLMIR3を欠損するマウスの病態には影響しませんでした(図2)。以上の結果より、腸管マスト細胞に発現する受容体LMIR3と脂質セラミドの結合は、ATPによるマスト細胞の活性化を抑制して、炎症性腸疾患の発症・進展を抑えることが初めて明らかになりました。
【今後の展開】
脂質セラミドはヒトLMIR3のリガンドとしても作用します。したがって、マスト細胞に発現する抑制型受容体LMIR3を標的とする薬剤の開発は、炎症性腸疾患に対する新しい予防・治療に直結する可能性があります。また、セラミドリポソームは生体内に存在する脂質成分で構成されているので、安全面における利点があります。今後、セラミドリポソームの予防的投与や炎症性腸疾患発症後の治療的投与が、どの程度有効であるかを明らかにし、新たな予防・治療法の開発につなげたいと考えています。
【用語解説】
*1:マスト細胞
肥満細胞とも呼ばれる。細胞表面受容体(高親和性IgE受容体など)を介して活性化すると、さまざまな化学伝達物質を放出して、アレルギー反応などの炎症を惹起する。
*2:ATP
ATPは細胞のエネルギー源であるが、最近、ATPは細胞外に放出されて特異的な受容体を介して細胞を活性化することが示されている。
*3:LMIR3(CD300f)
免疫細胞には受容体が存在する。その中にペア型免疫受容体と呼ばれる一群がある。ペア型免疫受容体の特徴は、細胞外のアミノ酸構造が類似することと、拮抗するシグナルを伝達する受容体、つまり、細胞を活性化する受容体(活性化型)と細胞の活性化を抑える受容体(抑制型)が対を形成していることである。LMIR(leukocyte mono-immunoglobulin-like receptor の略で、別名CD300と呼ばれる)はペア型免疫受容体ファミリーの一つである。
マウスには、少なくとも8種類のLMIR(CD300)が存在して、LMIR3(別名CD300f)は抑制型受容体である。
*4:セラミドリポソーム
リポソームとはリン脂質からなる微小なカプセルであり、細胞膜の脂質二重膜を模している。セラミドリポソームとはセラミドからなるリポソームのことである。
【原著論文】
雑誌名:Gut(http://gut.bmj.com/)
タイトル:Ceramide-CD300f binding suppresses experimental colitis by inhibiting ATP-mediated mast cell activation
日本語訳:セラミドとCD300f(LMIR3)の結合はATPを介するマスト細胞の活性化を抑制することによって、マウスの実験的腸炎の発症・進展を抑える
著者名:Toshihiro Matsukawa, Kumi Izawa, Masamichi Isobe, Mariko Takahashi, Akie Maehara, Yoshinori Yamanishi, Ayako Kaitani, Ko Okumura, Takanori Teshima, Toshio Kitamura, Jiro Kitaura
DOI:10,1136/gutjnl-2014-308900
なお本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)等の研究助成のもと、北海道大学血液内科の松川敏大日本学術振興会特別研究員、豊嶋崇徳教授、東京大学医科学研究所の北村俊雄教授と共同で行いました。
炎症性腸疾患モデルマウスの解析から、腸管マスト細胞(*1)に発現する受容体LMIR3(*2)と脂質セラミドの結合が、アデノシン三リン酸(ATP(*3))によるマスト細胞の活性化を抑制して、炎症性腸疾患の発症・進展を抑えることを発見しました。また、セラミドリポソーム(*4)の投与により、マウスの腸炎を改善することに成功しました。この成果は、ヒトの炎症性腸疾患の病態解明に大きなヒントとなり、今後の炎症性腸疾患の予防・治療に大きく道を開く可能性を示しました。本研究成果は、英国科学誌Gut電子版の2015年2月11日付に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・受容体LMIR3と脂質セラミドの結合は、ATPによるマスト細胞の活性化を抑制し腸炎を抑える
・脂質セラミドのリポソームの投与は炎症性腸疾患の発症・進展を抑える
・抑制型受容体LMIR3を標的とした新しい予防・治療の可能性
【背景】
クローン病や潰瘍性大腸炎に代表される炎症性腸疾患の患者数は増加の一途をたどっています。しかし、未だ病気がおこる仕組みの解明が不十分なため、炎症性腸疾患の病態に則した有効な予防法や治療法の開発は遅れ、問題となっています。私たちは炎症性疾患の仕組みを明らかにすることに取り組み、免疫を担うマスト細胞に発現する受容体LMIR3が脂質セラミドに結合して、IgE受容体を介するアレルギー反応を抑えることを明らかにしてきました(Immunity 2012)。最近、損傷を受けた腸管組織から産生されるATPがマスト細胞を活性化して炎症性腸疾患を悪化させることが報告されました。そこで、私たち研究グループは受容体LMIR3とATPの関係に着目し、LMIR3がATP受容体を介するマスト細胞の活性化も抑制することで、炎症性腸疾患の発症・進展を抑えられるのではないかと仮説を立て、本研究を行いました。
【内容】
炎症性腸疾患を抑える生体内の仕組みを明らかにすることを目的として、抑制型受容体LMIR3(CD300f)の遺伝子欠損マウスの炎症性腸疾患モデルを解析しました。まず、炎症性腸疾患のモデルとして、デキストラン硫酸(DSS)誘発腸炎を利用しました。DSSを摂取したマウスは体重減少を伴う腸炎を発症し、重篤になると死亡します。腸炎の重症度は体重減少や大腸管長の短縮と比例します。それら解析の結果、興味深いことにLMIR3を欠損したマウスでは腸炎が著しく悪化しました(図1)。
さらに、マスト細胞を欠損するマウスの解析などから、マスト細胞に発現するLMIR3が腸炎の悪化を抑えることがわかりました。また、in vitro実験において、ATPの刺激によるマスト細胞の活性化はLMIR3と脂質セラミドの結合によって抑制されることもわかりました。さらに、生体内におけるLMIR3と脂質セラミドの結合に着目し、(LMIR3とセラミドの結合を阻害する)セラミド抗体または(LMIR3とセラミドの結合を促進する)セラミドリポソームの投与が DSS誘発腸炎に及ぼす影響を調べました。野生型マウスの腸炎は、セラミド抗体を投与することで悪化すること及びセラミドリポソームを投与することで有意に改善することがわかりました。これらの投与はLMIR3を欠損するマウスの病態には影響しませんでした(図2)。以上の結果より、腸管マスト細胞に発現する受容体LMIR3と脂質セラミドの結合は、ATPによるマスト細胞の活性化を抑制して、炎症性腸疾患の発症・進展を抑えることが初めて明らかになりました。
【今後の展開】
脂質セラミドはヒトLMIR3のリガンドとしても作用します。したがって、マスト細胞に発現する抑制型受容体LMIR3を標的とする薬剤の開発は、炎症性腸疾患に対する新しい予防・治療に直結する可能性があります。また、セラミドリポソームは生体内に存在する脂質成分で構成されているので、安全面における利点があります。今後、セラミドリポソームの予防的投与や炎症性腸疾患発症後の治療的投与が、どの程度有効であるかを明らかにし、新たな予防・治療法の開発につなげたいと考えています。
【用語解説】
*1:マスト細胞
肥満細胞とも呼ばれる。細胞表面受容体(高親和性IgE受容体など)を介して活性化すると、さまざまな化学伝達物質を放出して、アレルギー反応などの炎症を惹起する。
*2:ATP
ATPは細胞のエネルギー源であるが、最近、ATPは細胞外に放出されて特異的な受容体を介して細胞を活性化することが示されている。
*3:LMIR3(CD300f)
免疫細胞には受容体が存在する。その中にペア型免疫受容体と呼ばれる一群がある。ペア型免疫受容体の特徴は、細胞外のアミノ酸構造が類似することと、拮抗するシグナルを伝達する受容体、つまり、細胞を活性化する受容体(活性化型)と細胞の活性化を抑える受容体(抑制型)が対を形成していることである。LMIR(leukocyte mono-immunoglobulin-like receptor の略で、別名CD300と呼ばれる)はペア型免疫受容体ファミリーの一つである。
マウスには、少なくとも8種類のLMIR(CD300)が存在して、LMIR3(別名CD300f)は抑制型受容体である。
*4:セラミドリポソーム
リポソームとはリン脂質からなる微小なカプセルであり、細胞膜の脂質二重膜を模している。セラミドリポソームとはセラミドからなるリポソームのことである。
【原著論文】
雑誌名:Gut(http://gut.bmj.com/)
タイトル:Ceramide-CD300f binding suppresses experimental colitis by inhibiting ATP-mediated mast cell activation
日本語訳:セラミドとCD300f(LMIR3)の結合はATPを介するマスト細胞の活性化を抑制することによって、マウスの実験的腸炎の発症・進展を抑える
著者名:Toshihiro Matsukawa, Kumi Izawa, Masamichi Isobe, Mariko Takahashi, Akie Maehara, Yoshinori Yamanishi, Ayako Kaitani, Ko Okumura, Takanori Teshima, Toshio Kitamura, Jiro Kitaura
DOI:10,1136/gutjnl-2014-308900
なお本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)等の研究助成のもと、北海道大学血液内科の松川敏大日本学術振興会特別研究員、豊嶋崇徳教授、東京大学医科学研究所の北村俊雄教授と共同で行いました。