自律神経障害における新たな抗体測定法を確立 〜本邦初の自律神経系疾患の新たな診断が可能に〜
[15/03/19]
提供元:@Press
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国立病院機構長崎川棚医療センター(所在地:長崎県東彼杵郡、院長:宮下 光世)の臨床研究部・神経内科の研究グループは、全国の医療施設との共同研究で、自己免疫性自律神経節障害(AAG)における抗自律神経節アセチルコリン受容体抗体「抗gAChR抗体」の新しい測定方法や、疾患に罹患する患者の臨床像を報告します。
■自己免疫性自律神経節障害(AAG)とは
AAGは、免疫系の異常によって起こる自律神経系の疾患であり、罹患者は起立性低血圧による立ちくらみや動悸・失神、口腔内の乾燥、発汗の障害や暑がり、排尿障害、便秘や下痢などの腸管運動障害、性機能障害など、多彩な自律神経症状を呈します。また、自律神経症状を部分的に呈する症例もあります。本邦におけるAAG患者数は未だ不明であり、今回の測定法樹立によるその把握が進むことが期待されます。
■新しい測定技術確立の背景
AAGは、抗自律神経節アセチルコリン受容体(gAChR)抗体などによる「自己免疫機序を基盤に発症する自律神経節の炎症」と推測されていますが、本邦におけるまとまったAAGの調査検討は十分ではありませんでした。それは「抗gAChR抗体」の測定が米国でのみ可能であり、本邦において不可能なことと無関係ではないことから新しい自己抗体測定系の確立が急務でした。また、AAGは、多様な自律神経障害を呈する疾患で、しばしば診断には難渋するものの「抗gAChR抗体」が陽性のケースでは免疫治療が奏功する場合が多く、この抗体の測定は臨床的意義が極めて高いと考えられていました。「抗gAChR抗体」は、自律神経系の交感神経系・副交感神経系の両方の神経節の伝達を阻害してそれぞれの自律神経障害をきたすことがこれまでの海外からの基礎研究で報告をされてきました(図1)。
そこで我々は高感度、簡便、安全かつ定量性を有する「抗gAChR抗体」測定系の確立を2011年より目指しました。迅速かつ正確な測定態勢を整備することで全国からの測定依頼に応え、本邦におけるAAG患者の把握・頻度調査や臨床像解析につなげていくことを目的としてこの研究が始まりました。
数年間にわたり集積された血清検体を解析した結果、当該抗体陽性のAAG患者を同定することに成功し、当該疾患の診断に「抗gAChR抗体」の測定が極めて有用であることを科学的に証明しました。
(図1)自律神経系(交感・副交感神経系)の模式図と「抗gAChR抗体」が作用する部位
http://www.atpress.ne.jp/releases/58842/img_58842_1.jpg
■『抗gAChR抗体測定法』とは
今回私たちが開発した『抗gAChR抗体測定法』では、LIPS(リップス:ルシフェラーゼ免疫沈降システム)と呼ばれるタンパク質間相互作用解析技術が利用されています。今後、本法は多くの免疫疾患における抗体や病原分子の測定への応用が期待されますが、当院ではすでにいくつかの神経疾患や膠原病を対象とした自己抗体測定業務を開始しています。またAAGについてはこれまでよく病態のわからなかった、診断に到達できなかった自律神経系疾患の診断にこの自己抗体の測定が貢献しています。また、特に本症は免疫治療により自律神経障害が改善することから治療につながる可能性が考えられます。
本研究成果は2015年2月11日(米国東部時間)に科学誌PLoS ONEオンライン版に掲載されました。
■研究の概要と成果
今回、本研究グループはこの「抗gAChR抗体」の測定系の樹立を目指しました。この自己抗体の標的となる「gAChR」は「α3サブユニット」2つと「β4サブユニット」3つの5量体からなるパターンが最も多いとされています。我々が開発に取り組んだカイアシルシフェラーゼ免疫沈降システムLIPS(リップス:luciferase immunoprecipitation systems)法は米国で2005年に開発された測定法であり、それをより高感度にα3・β4サブユニットごとの測定が可能になるように応用・改良したもので、これにより「抗gAChR抗体」の測定が可能となりました(図2)。この測定法では測定値自体はルシフェラーゼ活性を示しており、これが間接的に抗体量を反映するものとなります。当院にて設定したカットオフのごく近傍の値を示すことが既に確認されている任意のAAG患者血清(「陽性コントロール」と称しています)を同時に測定し、陽性コントロール測定値を上回る場合にのみ「陽性」と判定しています。抗体価を経時的に評価する場合には我々はantibody index(A.I.)としてサンプル測定値を陽性コントロール測定値で除したものを推奨しております(抗体陽性であれば数値が1.000以上となります)。測定に必要な血清は1mLで十分です。この測定系は既製品の抗gAChRα3・β4抗体を用いて測定系としての正確さを確認しました。
(図2)抗体測定系LIPSの模式図
http://www.atpress.ne.jp/releases/58842/img_58842_2.jpg
実際にこの測定系を用いて日本全国より送付された血清検体(原因のわからない、AAGが疑われる一次性自律神経ニューロパチーの50症例より採取)における「抗gAChR抗体」の有無を調べました。結果、この自己抗体は、疾患対照34例(他の神経疾患に罹患されている患者から採取した血清検体)、健常対照73例に比べて有意に多く陽性という結果が出ました(図3)。一次性自律神経ニューロパチーの50症例では24症例(48%)が抗体陽性でしたが、疾患対照では34例分の1、健常対照では73例分の0という結果でした。そして抗体の測定値自体もAAG症例群では疾患対照群と健常対照群に比べて有意に高いという結果でした(図3)。表示単位としては上述のA.I.を用いています。
(図3)AAG症例群・疾患対照群・健常対照群の抗gAChRα3・β4抗体測定結果
http://www.atpress.ne.jp/releases/58842/img_58842_3.jpg
本抗体陽性AAG症例では広範な自律神経症状(起立性低血圧による立ちくらみや動悸・失神、口腔内の乾燥、発汗の障害や暑がり、排尿障害、便秘や下痢などの腸管運動障害、性機能障害など)を呈しやすいものの、一部には頑固な便秘や起立性低血圧のみを呈した症例もありました。また膠原病などの自己免疫疾患の合併を有しやすいほか、中枢神経症状(物忘れ、精神症状など)や内分泌障害(無月経など)を併発していた症例もあり、その臨床症状は多彩であると言えます。しかし本症はまだ本邦における罹患者数は把握できておらず、全国調査による実態解明が急がれます。
今回のこの研究により陽性と診断された症例では免疫治療(ステロイドやガンマグロブリン、血液浄化治療など)の導入で寛解に至ったところまで追跡できたものもあります。臨床症状の改善だけではなく抗体レベルの低下も確認しており、病状と本抗体の測定値はパラレルな推移をすると考えています。
<論文名>
Clinical features of autoimmune autonomic ganglionopathy and the detection of subunit-specific autoantibodies to the ganglionic acetylcholine receptor in Japanese patients
(日本における自己免疫性自律神経節障害患者の臨床像と抗自律神経節アセチルコリン受容体抗体の新規測定系確立)
Shunya Nakane, Osamu Higuchi, Michiaki Koga, Takashi Kanda, Kenya Murata, Takashi Suzuki, Hiroko Kurono, Masanari Kunimoto, Ken-ichi Kaida, Akihiro Mukaino, Waka Sakai, Yasuhiro Maeda, and Hidenori Matsuo
<共同研究者>
山口大学医学部神経内科(古賀 道明講師・神田 隆教授)、和歌山県立医科大学神経内科(村田 顕也准教授)、JA新潟県厚生連上越総合病院神経内科(鈴木 隆部長)、済生会神奈川県病院神経内科(黒野 裕子医長・國本 雅也部長(当時))、防衛医大内科3・神経内科(海田 賢一准教授)、長崎大学病院脳神経内科(向野 晃弘医師)、国立病院機構長崎川棚医療センター神経内科(酒井 和香医師(当時)・前田 泰宏医師)
<本研究への支援>
本共同研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
厚生労働省「免疫性神経疾患に関する調査研究班」、科学研究費「基盤研究C」
■研究の意義・今後の展開
本邦で「抗gAChR抗体」を測定できる施設が誕生し、また全国の医療施設からの測定依頼に応える態勢が初めて確立されました。すでに述べましたようにこの抗体が陽性の症例では免疫治療による症状改善につながることもあるので、この抗体の測定は、臨床的意義の高い治療へとつなげることのできる測定系であると言えます。今回の報告により本邦における免疫異常が介在する自律神経障害の研究はスタートラインに立ったと言えます。神経疾患や膠原病のなかで自律神経障害をきたす疾患は非常に多く、それらのなかでこの抗体の陽性頻度をまずは調べることや、病態に関与しているのか、いないのかを見極める作業に取り組みたいと考えています。
今回、「抗gAChR抗体」陽性AAG症例のなかには上述の多彩な臨床症状の他に食道アカラシアを呈したものが3例ありました。原因のいまだわからない食道機能異常のひとつですが、このように病因解明が待たれる自律神経障害に本抗体が関与している可能性もあります。
現在の測定対象となっていない自律神経系の受容体はまだたくさん残されており、それらに対する自己抗体産生を確認するための測定系樹立を今後も行っていく計画を立てています。
■自己免疫性自律神経節障害(AAG)とは
AAGは、免疫系の異常によって起こる自律神経系の疾患であり、罹患者は起立性低血圧による立ちくらみや動悸・失神、口腔内の乾燥、発汗の障害や暑がり、排尿障害、便秘や下痢などの腸管運動障害、性機能障害など、多彩な自律神経症状を呈します。また、自律神経症状を部分的に呈する症例もあります。本邦におけるAAG患者数は未だ不明であり、今回の測定法樹立によるその把握が進むことが期待されます。
■新しい測定技術確立の背景
AAGは、抗自律神経節アセチルコリン受容体(gAChR)抗体などによる「自己免疫機序を基盤に発症する自律神経節の炎症」と推測されていますが、本邦におけるまとまったAAGの調査検討は十分ではありませんでした。それは「抗gAChR抗体」の測定が米国でのみ可能であり、本邦において不可能なことと無関係ではないことから新しい自己抗体測定系の確立が急務でした。また、AAGは、多様な自律神経障害を呈する疾患で、しばしば診断には難渋するものの「抗gAChR抗体」が陽性のケースでは免疫治療が奏功する場合が多く、この抗体の測定は臨床的意義が極めて高いと考えられていました。「抗gAChR抗体」は、自律神経系の交感神経系・副交感神経系の両方の神経節の伝達を阻害してそれぞれの自律神経障害をきたすことがこれまでの海外からの基礎研究で報告をされてきました(図1)。
そこで我々は高感度、簡便、安全かつ定量性を有する「抗gAChR抗体」測定系の確立を2011年より目指しました。迅速かつ正確な測定態勢を整備することで全国からの測定依頼に応え、本邦におけるAAG患者の把握・頻度調査や臨床像解析につなげていくことを目的としてこの研究が始まりました。
数年間にわたり集積された血清検体を解析した結果、当該抗体陽性のAAG患者を同定することに成功し、当該疾患の診断に「抗gAChR抗体」の測定が極めて有用であることを科学的に証明しました。
(図1)自律神経系(交感・副交感神経系)の模式図と「抗gAChR抗体」が作用する部位
http://www.atpress.ne.jp/releases/58842/img_58842_1.jpg
■『抗gAChR抗体測定法』とは
今回私たちが開発した『抗gAChR抗体測定法』では、LIPS(リップス:ルシフェラーゼ免疫沈降システム)と呼ばれるタンパク質間相互作用解析技術が利用されています。今後、本法は多くの免疫疾患における抗体や病原分子の測定への応用が期待されますが、当院ではすでにいくつかの神経疾患や膠原病を対象とした自己抗体測定業務を開始しています。またAAGについてはこれまでよく病態のわからなかった、診断に到達できなかった自律神経系疾患の診断にこの自己抗体の測定が貢献しています。また、特に本症は免疫治療により自律神経障害が改善することから治療につながる可能性が考えられます。
本研究成果は2015年2月11日(米国東部時間)に科学誌PLoS ONEオンライン版に掲載されました。
■研究の概要と成果
今回、本研究グループはこの「抗gAChR抗体」の測定系の樹立を目指しました。この自己抗体の標的となる「gAChR」は「α3サブユニット」2つと「β4サブユニット」3つの5量体からなるパターンが最も多いとされています。我々が開発に取り組んだカイアシルシフェラーゼ免疫沈降システムLIPS(リップス:luciferase immunoprecipitation systems)法は米国で2005年に開発された測定法であり、それをより高感度にα3・β4サブユニットごとの測定が可能になるように応用・改良したもので、これにより「抗gAChR抗体」の測定が可能となりました(図2)。この測定法では測定値自体はルシフェラーゼ活性を示しており、これが間接的に抗体量を反映するものとなります。当院にて設定したカットオフのごく近傍の値を示すことが既に確認されている任意のAAG患者血清(「陽性コントロール」と称しています)を同時に測定し、陽性コントロール測定値を上回る場合にのみ「陽性」と判定しています。抗体価を経時的に評価する場合には我々はantibody index(A.I.)としてサンプル測定値を陽性コントロール測定値で除したものを推奨しております(抗体陽性であれば数値が1.000以上となります)。測定に必要な血清は1mLで十分です。この測定系は既製品の抗gAChRα3・β4抗体を用いて測定系としての正確さを確認しました。
(図2)抗体測定系LIPSの模式図
http://www.atpress.ne.jp/releases/58842/img_58842_2.jpg
実際にこの測定系を用いて日本全国より送付された血清検体(原因のわからない、AAGが疑われる一次性自律神経ニューロパチーの50症例より採取)における「抗gAChR抗体」の有無を調べました。結果、この自己抗体は、疾患対照34例(他の神経疾患に罹患されている患者から採取した血清検体)、健常対照73例に比べて有意に多く陽性という結果が出ました(図3)。一次性自律神経ニューロパチーの50症例では24症例(48%)が抗体陽性でしたが、疾患対照では34例分の1、健常対照では73例分の0という結果でした。そして抗体の測定値自体もAAG症例群では疾患対照群と健常対照群に比べて有意に高いという結果でした(図3)。表示単位としては上述のA.I.を用いています。
(図3)AAG症例群・疾患対照群・健常対照群の抗gAChRα3・β4抗体測定結果
http://www.atpress.ne.jp/releases/58842/img_58842_3.jpg
本抗体陽性AAG症例では広範な自律神経症状(起立性低血圧による立ちくらみや動悸・失神、口腔内の乾燥、発汗の障害や暑がり、排尿障害、便秘や下痢などの腸管運動障害、性機能障害など)を呈しやすいものの、一部には頑固な便秘や起立性低血圧のみを呈した症例もありました。また膠原病などの自己免疫疾患の合併を有しやすいほか、中枢神経症状(物忘れ、精神症状など)や内分泌障害(無月経など)を併発していた症例もあり、その臨床症状は多彩であると言えます。しかし本症はまだ本邦における罹患者数は把握できておらず、全国調査による実態解明が急がれます。
今回のこの研究により陽性と診断された症例では免疫治療(ステロイドやガンマグロブリン、血液浄化治療など)の導入で寛解に至ったところまで追跡できたものもあります。臨床症状の改善だけではなく抗体レベルの低下も確認しており、病状と本抗体の測定値はパラレルな推移をすると考えています。
<論文名>
Clinical features of autoimmune autonomic ganglionopathy and the detection of subunit-specific autoantibodies to the ganglionic acetylcholine receptor in Japanese patients
(日本における自己免疫性自律神経節障害患者の臨床像と抗自律神経節アセチルコリン受容体抗体の新規測定系確立)
Shunya Nakane, Osamu Higuchi, Michiaki Koga, Takashi Kanda, Kenya Murata, Takashi Suzuki, Hiroko Kurono, Masanari Kunimoto, Ken-ichi Kaida, Akihiro Mukaino, Waka Sakai, Yasuhiro Maeda, and Hidenori Matsuo
<共同研究者>
山口大学医学部神経内科(古賀 道明講師・神田 隆教授)、和歌山県立医科大学神経内科(村田 顕也准教授)、JA新潟県厚生連上越総合病院神経内科(鈴木 隆部長)、済生会神奈川県病院神経内科(黒野 裕子医長・國本 雅也部長(当時))、防衛医大内科3・神経内科(海田 賢一准教授)、長崎大学病院脳神経内科(向野 晃弘医師)、国立病院機構長崎川棚医療センター神経内科(酒井 和香医師(当時)・前田 泰宏医師)
<本研究への支援>
本共同研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
厚生労働省「免疫性神経疾患に関する調査研究班」、科学研究費「基盤研究C」
■研究の意義・今後の展開
本邦で「抗gAChR抗体」を測定できる施設が誕生し、また全国の医療施設からの測定依頼に応える態勢が初めて確立されました。すでに述べましたようにこの抗体が陽性の症例では免疫治療による症状改善につながることもあるので、この抗体の測定は、臨床的意義の高い治療へとつなげることのできる測定系であると言えます。今回の報告により本邦における免疫異常が介在する自律神経障害の研究はスタートラインに立ったと言えます。神経疾患や膠原病のなかで自律神経障害をきたす疾患は非常に多く、それらのなかでこの抗体の陽性頻度をまずは調べることや、病態に関与しているのか、いないのかを見極める作業に取り組みたいと考えています。
今回、「抗gAChR抗体」陽性AAG症例のなかには上述の多彩な臨床症状の他に食道アカラシアを呈したものが3例ありました。原因のいまだわからない食道機能異常のひとつですが、このように病因解明が待たれる自律神経障害に本抗体が関与している可能性もあります。
現在の測定対象となっていない自律神経系の受容体はまだたくさん残されており、それらに対する自己抗体産生を確認するための測定系樹立を今後も行っていく計画を立てています。