資本戦争ー破滅兵器のボタン(1)【中国問題グローバル研究所】
[19/09/09]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信しているフレイザー・ハウイー氏の考察を2回に分けてお送りする。
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中国と米国の間で直近の追加関税が発効したが、現下の両国の対立は貿易よりも重要な戦線に拡大している。 貿易交渉担当者が7月下旬に上海での短い協議を終えた段階では、8月は市場も平穏な休戦月になりそうに思えた。 しかし現実は違った。この1カ月間は市場と政治に劇的な変動があった。 貿易交渉は9月にも予定されているが、世界の2大経済国である両国間の問題は拡大を続けており、早期の全面決着は見込めない状況だ。 トランプ大統領がもし2020年の選挙前に完全で包括的な合意を望んでいるとしたら、失望を味わうことになるだろう。
8月には貿易戦争が資本戦争へと拡大した。 これは驚くべきことではない。 マルコ・ルビオ上院議員は6月、「EQUITABLE Act(米国取引所における上場外国企業の信用形成と透明性の確保のための法案)」を提出した。 法案は10ページと短いが、海外企業、特に中国企業に対し、米国企業に求められているのと同じ水準の情報開示と透明性の提供を行わせるのが狙いだ。 法案では、香港と中国に拠点を置く企業の監査について、米国の公開会社会計監視委員会(PCAOB)の監督を受け、定期的に検査を受けることを求めている。 証券取引委員会とPCAOBはともに2018年の段階で、中国企業に関する監査は信頼できない可能性があると警告していた。 米国の通常の開示基準がこれらの企業には適用できなかったからだ。 当法案はさらに、株式発行企業に対して、政府の持分比率と取締役会に名を連ねる共産党員の氏名を開示することも求めている。
中国企業に対するPCAOBの監督欠如を巡る問題は周知の事実で、何年も前から指摘されていたが、中国への投資ラッシュの下で、ビジネスを急ぐすべての人々によってこうした本来の懸念事項が軽視されてきたのが現実だ。 PCAOBは2019年2月時点で米国の3大証券取引所に上場している中国企業は156社としているが、中国国内の情報提供企業ウィンド・インフォメーション(WIND Information)は230社だとしている。 これら企業の時価総額は1兆米ドルを超える。アリババ(阿里巴巴)を筆頭に、チャイナ・モバイル(中国移動通信)、ペトロチャイナ(中国石油天然気)、チャイナ・ライフ・インシュアランス(中国人寿保険)、そして中国インターネット産業の雄であるJDドットコム(京東商城)、バイドゥ(百度)、テンセント・ミュージック(騰訊音楽)といった著名な企業が並ぶ。 ルビオ氏の法案はその後の事態の前触れにすぎなかった。
市場は、上海での交渉で結論が出なかった後も、少なくとも双方が再び協議を進めることに安堵していた。 この安心感は8月2日、トランプ大統領がさらなる関税を発表したことで打ち砕かれ、中国が週明け8月5日の月曜日に反撃する事態を招いた。 この日は、香港で逃亡犯条例改正案への抗議が続く中でゼネストが行われたが、より大きな意味があったのは、中国人民元の対ドル相場が1ドル=7元を超えて下落するのを、中国人民銀行が容認したことだった。 人民元の取引許容レンジはすでに数カ月にわたり1ドル=7元を超えていたものの、中国人民銀行は心理的に重要なこの一線を超えた取引を実際にはそれまで認めていなかった。 過去何年もの間考えられないと思われていたことが、8月末までに当たり前になった。 人民元は現在1ドル=7.15元前後で取引されている。 前月より3.8%の下落だ。
この通貨安は人民元の武器化であり、米国による貿易関税の相殺を目的としているとの見方もある。 ただ中国政府は難しい立場に立たされている。米国に対して報復する力があることを示したい中国にとって、通貨切り下げはその容易な方法である。しかし、元安は中国からの大幅な資本流出を招くリスクがあり、それは避けたい。 米国との争いで道義的な優位性を見せ、人民元が安全通貨になれることを示すというのが中国の望みだ。 しかし現実にはそうはならず、人民元の切り下げは続くだろう。 これに対し米財務省は、為替操作国に関する従来の自らの判断基準を差し置いて、中国を為替操作国と認定した。1ドル=7元を超える元の下落は、それだけで決定を十分正当化できるとの見解を取った。
香港での抗議活動は8月いっぱい続き、さらに拡大した。米政府が言論の自由と民主主義への支持について、時折混乱したメッセージを送る一方で、中国側は企業の所有及びそれが中国政府に果たす役割について、明確な見解を明らかにした。 中国政府が、キャセイパシフィック 航空やその他の香港企業に対して、抗議活動に関する政府の政治方針に従うよう強く締め付けたことによって、中国政府の関心が企業の所有や支配ではないことが示された。 中国政府は、中国とビジネスをしたいのであれば、民間であろうが国営であろうが、中国人であろうがなかろうが、中国政府の政治的立場に従うよう要求しているのだ。 では中国政府はなぜ、貿易戦争の渦中にあるファーウェイ・テクノロジー(華為技術)について、政府から独立した民間企業にすぎないという主張を試みるのだろうか。 この点は重要である。ルビオ上院議員は資本戦争の戦線を再び拡大しているが、その焦点が中国企業による米国資本市場からの資金調達にあるからだ。
中国企業の米国取引所での上場廃止は、香港に利益をもたらすとの見方がある。中国企業はもろ手を挙げて歓迎する香港取引所に上場先を移せばいいだけだからだ。 しかし、それは決して確かなことではない。 ひとつには、香港の不安定な情勢が続いていることだ。香港情勢はアリババが香港でのセカンダリー上場を延期する理由の一つにもなっているが、沈静化の兆候は見えない。逃亡犯条例改正案を巡る当面の問題が解決されたとしても、政治における民意の代表や、中国政府の香港社会への過度の介入といった大きな問題が残り、香港の街では今後何年にもわたって抗議活動が続くだろう。 しかし、ルビオ氏の攻撃の2つ目の狙いは、その上場の場所にかかわらず、中国企業による米国資金の調達を断つことにある。 連邦退職貯蓄投資理事会は資金の一部をMSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスに連動したパッシブ投資戦略に配分するとしているが、ルビオ氏はその運用方針の決定撤回を求める書簡を、他の議員と連名で同理事会に送った。 ルビオ氏はフィナンシャル・タイムズ紙に次のように語っている。
「連邦退職貯蓄投資理事会は、目先にとらわれた愚かな決定を下した。米軍やその他の連邦政府職員の退職積立金を、米国の経済と安全保障を弱体化させようとする中国政府や共産党の企みのための資金として実質的に提供しようというのだ。」 ルビオ氏が指摘する通り、このインデックスに連動した資金運用をするためには、指数構成銘柄に選ばれている中国株を買う必要がある。 ルビオ上院議員らは、中国政府との関係を理由に懸念される3社を名指ししている。 最も有名なのはモバイル・ネットワーク事業者であるチャイナ・モバイルで、セキュリティー上の懸念から米国市場から締め出されているが、連邦退職貯蓄投資理事会の連邦資金はまさにこの会社に投資されている。 広範な経済や安全保障の問題で中国と対決する一方で、まさに制裁や規制の対象となっているその企業に、米連邦政府や民間の資金を提供することを認めるのは、まったく意味をなさないことだ。
〜「資本戦争ー破滅兵器のボタン(2)【中国問題グローバル研究所】」へ続く〜
※1:中国問題グローバル研究所
https://grici.or.jp/
(この評論は9月1日に執筆)
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◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信しているフレイザー・ハウイー氏の考察を2回に分けてお送りする。
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中国と米国の間で直近の追加関税が発効したが、現下の両国の対立は貿易よりも重要な戦線に拡大している。 貿易交渉担当者が7月下旬に上海での短い協議を終えた段階では、8月は市場も平穏な休戦月になりそうに思えた。 しかし現実は違った。この1カ月間は市場と政治に劇的な変動があった。 貿易交渉は9月にも予定されているが、世界の2大経済国である両国間の問題は拡大を続けており、早期の全面決着は見込めない状況だ。 トランプ大統領がもし2020年の選挙前に完全で包括的な合意を望んでいるとしたら、失望を味わうことになるだろう。
8月には貿易戦争が資本戦争へと拡大した。 これは驚くべきことではない。 マルコ・ルビオ上院議員は6月、「EQUITABLE Act(米国取引所における上場外国企業の信用形成と透明性の確保のための法案)」を提出した。 法案は10ページと短いが、海外企業、特に中国企業に対し、米国企業に求められているのと同じ水準の情報開示と透明性の提供を行わせるのが狙いだ。 法案では、香港と中国に拠点を置く企業の監査について、米国の公開会社会計監視委員会(PCAOB)の監督を受け、定期的に検査を受けることを求めている。 証券取引委員会とPCAOBはともに2018年の段階で、中国企業に関する監査は信頼できない可能性があると警告していた。 米国の通常の開示基準がこれらの企業には適用できなかったからだ。 当法案はさらに、株式発行企業に対して、政府の持分比率と取締役会に名を連ねる共産党員の氏名を開示することも求めている。
中国企業に対するPCAOBの監督欠如を巡る問題は周知の事実で、何年も前から指摘されていたが、中国への投資ラッシュの下で、ビジネスを急ぐすべての人々によってこうした本来の懸念事項が軽視されてきたのが現実だ。 PCAOBは2019年2月時点で米国の3大証券取引所に上場している中国企業は156社としているが、中国国内の情報提供企業ウィンド・インフォメーション(WIND Information)は230社だとしている。 これら企業の時価総額は1兆米ドルを超える。アリババ(阿里巴巴)を筆頭に、チャイナ・モバイル(中国移動通信)、ペトロチャイナ(中国石油天然気)、チャイナ・ライフ・インシュアランス(中国人寿保険)、そして中国インターネット産業の雄であるJDドットコム(京東商城)、バイドゥ(百度)、テンセント・ミュージック(騰訊音楽)といった著名な企業が並ぶ。 ルビオ氏の法案はその後の事態の前触れにすぎなかった。
市場は、上海での交渉で結論が出なかった後も、少なくとも双方が再び協議を進めることに安堵していた。 この安心感は8月2日、トランプ大統領がさらなる関税を発表したことで打ち砕かれ、中国が週明け8月5日の月曜日に反撃する事態を招いた。 この日は、香港で逃亡犯条例改正案への抗議が続く中でゼネストが行われたが、より大きな意味があったのは、中国人民元の対ドル相場が1ドル=7元を超えて下落するのを、中国人民銀行が容認したことだった。 人民元の取引許容レンジはすでに数カ月にわたり1ドル=7元を超えていたものの、中国人民銀行は心理的に重要なこの一線を超えた取引を実際にはそれまで認めていなかった。 過去何年もの間考えられないと思われていたことが、8月末までに当たり前になった。 人民元は現在1ドル=7.15元前後で取引されている。 前月より3.8%の下落だ。
この通貨安は人民元の武器化であり、米国による貿易関税の相殺を目的としているとの見方もある。 ただ中国政府は難しい立場に立たされている。米国に対して報復する力があることを示したい中国にとって、通貨切り下げはその容易な方法である。しかし、元安は中国からの大幅な資本流出を招くリスクがあり、それは避けたい。 米国との争いで道義的な優位性を見せ、人民元が安全通貨になれることを示すというのが中国の望みだ。 しかし現実にはそうはならず、人民元の切り下げは続くだろう。 これに対し米財務省は、為替操作国に関する従来の自らの判断基準を差し置いて、中国を為替操作国と認定した。1ドル=7元を超える元の下落は、それだけで決定を十分正当化できるとの見解を取った。
香港での抗議活動は8月いっぱい続き、さらに拡大した。米政府が言論の自由と民主主義への支持について、時折混乱したメッセージを送る一方で、中国側は企業の所有及びそれが中国政府に果たす役割について、明確な見解を明らかにした。 中国政府が、キャセイパシフィック 航空やその他の香港企業に対して、抗議活動に関する政府の政治方針に従うよう強く締め付けたことによって、中国政府の関心が企業の所有や支配ではないことが示された。 中国政府は、中国とビジネスをしたいのであれば、民間であろうが国営であろうが、中国人であろうがなかろうが、中国政府の政治的立場に従うよう要求しているのだ。 では中国政府はなぜ、貿易戦争の渦中にあるファーウェイ・テクノロジー(華為技術)について、政府から独立した民間企業にすぎないという主張を試みるのだろうか。 この点は重要である。ルビオ上院議員は資本戦争の戦線を再び拡大しているが、その焦点が中国企業による米国資本市場からの資金調達にあるからだ。
中国企業の米国取引所での上場廃止は、香港に利益をもたらすとの見方がある。中国企業はもろ手を挙げて歓迎する香港取引所に上場先を移せばいいだけだからだ。 しかし、それは決して確かなことではない。 ひとつには、香港の不安定な情勢が続いていることだ。香港情勢はアリババが香港でのセカンダリー上場を延期する理由の一つにもなっているが、沈静化の兆候は見えない。逃亡犯条例改正案を巡る当面の問題が解決されたとしても、政治における民意の代表や、中国政府の香港社会への過度の介入といった大きな問題が残り、香港の街では今後何年にもわたって抗議活動が続くだろう。 しかし、ルビオ氏の攻撃の2つ目の狙いは、その上場の場所にかかわらず、中国企業による米国資金の調達を断つことにある。 連邦退職貯蓄投資理事会は資金の一部をMSCIオール・カントリー・ワールド・インデックスに連動したパッシブ投資戦略に配分するとしているが、ルビオ氏はその運用方針の決定撤回を求める書簡を、他の議員と連名で同理事会に送った。 ルビオ氏はフィナンシャル・タイムズ紙に次のように語っている。
「連邦退職貯蓄投資理事会は、目先にとらわれた愚かな決定を下した。米軍やその他の連邦政府職員の退職積立金を、米国の経済と安全保障を弱体化させようとする中国政府や共産党の企みのための資金として実質的に提供しようというのだ。」 ルビオ氏が指摘する通り、このインデックスに連動した資金運用をするためには、指数構成銘柄に選ばれている中国株を買う必要がある。 ルビオ上院議員らは、中国政府との関係を理由に懸念される3社を名指ししている。 最も有名なのはモバイル・ネットワーク事業者であるチャイナ・モバイルで、セキュリティー上の懸念から米国市場から締め出されているが、連邦退職貯蓄投資理事会の連邦資金はまさにこの会社に投資されている。 広範な経済や安全保障の問題で中国と対決する一方で、まさに制裁や規制の対象となっているその企業に、米連邦政府や民間の資金を提供することを認めるのは、まったく意味をなさないことだ。
〜「資本戦争ー破滅兵器のボタン(2)【中国問題グローバル研究所】」へ続く〜
※1:中国問題グローバル研究所
https://grici.or.jp/
(この評論は9月1日に執筆)
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