船橋洋一氏インタビュー 地経学、デジタル人民元 そして日本のこと vol.2【フィスコ 株・企業報】
[20/04/27]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
◇以下は、FISCO監修の投資情報誌『FISCO 株・企業報 Vol.9 新型コロナウイルスとデジタル人民元の野望 〜中国・衝撃の戦略〜』(4月21日発売)の特集「船橋洋一氏インタビュー」の一部である。全4回に分けて配信する。
文:清水 友樹/写真:大塚 成一
日本における独立系のグローバル・シンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブの船橋洋一理事長は、このほど最新刊『地経学とは何か』(文春新書)を上梓した。日本政府はこの4月から国家安全保障局の中に経済安全保障ユニットを創設し、地経学を外交政策の主要テーマとした。世界は地経学の時代に突入している。船橋氏に、日本の地経学的課題、なかでも「デジタル人民元」が世界に及ぼす影響、そして日本の今後などについて聞いた。
■従来の勝ち組があっという間にレガシーを失う
企業や国などで今までの勝ち組とされてきた者たちには、製品、サービス、競争力、人材、R&D、マーケットシェアなど、たくさんのレガシー(遺産・遺制)があるものだ。レガシーを持つ者は、その強さがあっという間に空洞化され、無効化されることを恐れる。
そのひとつは秩序やルールの変更だ。ルールの変更要素は国際貿易や国々の関係、訴訟など様々だが、企業のコントロール外にある政治や政府、あるいは外交交渉で決められてしまうことがある。
たとえば、環境意識が高くなったことで、石炭火力は「悪」となりつつある。ルールや標準が変わったということだ。それにより、石炭をエネルギーとして使う企業や、そういう企業と取引する企業は「悪」として見られ、「金融機関はそういう企業にお金を貸さないように」「投資家は投資しないように」という国際的圧力が急速に強まっている。
こうしたルールと標準の変化に対応できなければ、レピュテーション・リスクが高まり、マーケットからの退場を迫られる。化石燃料についていえば、石炭についでLNGまで「悪」になりかけている。地球環境・エネルギーは地経学の中でもメガ地経学といってもよい。
AI、ブロックチェーン、バイオ、量子コンピューティングなどの第四次産業革命の中心的技術革新も、もう一つのメガ地経学だ。
コロナウイルス・ショックでは、中国が顔認証、トラッキング、ドローン、バイオなどの技術革新をすさまじいスケールであっというまに社会実装し、感染を封じ込めようとした。国家が全国民の検温データをリアルタイムで手にする時代が到来した。監視カメラによる監視社会はバイオ(生体)監視社会へと向かっている。このようなこれまでの後進・後発国が先進・先発国を追い抜くリープフログ(カエル跳び)現象が今後さらに起こってくるだろう。
■横一線の時代に突入 日本は国際基準をともにつくり、世界のフロンティアを切り拓け
かつては欧米以外の国で、飛び抜けて近代化する日本に世界が関心を持ってくれる時代があったが、G20のような新たなグローバル・アーキテクチャーの登場で日本の存在感は相対的に低下している。
しかも、いまや英語で自分を表現しないことには世界で話題にもならない時代になった。どんなにいいものを持っていても、大切な経験や教訓を共有しようとしても、みんなに必要なルールや標準をつくろうとしても、英語で発信し、対話しないことにはままならない。こちらの価値を評価してもらえない。自分が伝えたい、自分を知ってもらいたいナラティブ(物語)を世界に知ってもらえない。この自分のナラティブを世界の共有ナラティブにするナラティブの競争が世界大で起こっている。これもまた地経学時代の特徴の一つだ。
SDGs(環境・社会・統治)やESG(持続可能な開発目標)という新しい尺度も「どれだけ女性に活躍の場を与えているのか」「グリーンに貢献しているか」といった新たな価値観をめぐるナラティブだが、それは企業価値になり、富とパワーにつながっていく。つまり、地経学の競争なのだ。
日本は明治以降、欧米を見てキャッチアップに邁進してきた。戦後はアメリカ、21世紀には行ってからはシリコンバレーを見て、それを追いかけてきた。ところが、2010年代に入って中国の深センが一気にシリコンバレーと並ぶ技術革新のメッカになった。インドも、イスラエルも、オランダも、それぞれユニークな技術革新を展開している。
いまや世界は「横一列の技術革新の時代」になっている。日本もキャッチアップだけでなく、自分自身、つまり日本の中に高齢化社会にしても地球環境にしてもデータ社会にしても災害レジリエンスにしてもイノベーションのフロンティアがあるという発想に転換し、技術革新をし、世界標準のルールをつくり、それを世界と共有するナラティブとして語りかけなければならない。
(つづく〜「船橋洋一氏インタビュー 地経学、デジタル人民元 そして日本のこと vol.3【フィスコ 株・企業報】」〜)
【船橋 洋一 Profile】
1944年、北京生まれ。ジャーナリスト、法学博士。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。英国際戦略研究所(IISS)評議員。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。
●船橋 洋一著 『地経学とは何か』 本体価格900円+税 文春新書
地理的条件、歴史、民族、宗教、資源、人口などをベースに国際情勢を分析する「地政学』では、地政学的課題を解決できなくなっている。アメリカや中国といった超大国は経済を武器として使う?それこそが「地経学」。地政学に経済という要素を加えた視点なくして、現代の世界を俯瞰できない。新たな視点を与えてくれる一冊だ。
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文:清水 友樹/写真:大塚 成一
日本における独立系のグローバル・シンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブの船橋洋一理事長は、このほど最新刊『地経学とは何か』(文春新書)を上梓した。日本政府はこの4月から国家安全保障局の中に経済安全保障ユニットを創設し、地経学を外交政策の主要テーマとした。世界は地経学の時代に突入している。船橋氏に、日本の地経学的課題、なかでも「デジタル人民元」が世界に及ぼす影響、そして日本の今後などについて聞いた。
■従来の勝ち組があっという間にレガシーを失う
企業や国などで今までの勝ち組とされてきた者たちには、製品、サービス、競争力、人材、R&D、マーケットシェアなど、たくさんのレガシー(遺産・遺制)があるものだ。レガシーを持つ者は、その強さがあっという間に空洞化され、無効化されることを恐れる。
そのひとつは秩序やルールの変更だ。ルールの変更要素は国際貿易や国々の関係、訴訟など様々だが、企業のコントロール外にある政治や政府、あるいは外交交渉で決められてしまうことがある。
たとえば、環境意識が高くなったことで、石炭火力は「悪」となりつつある。ルールや標準が変わったということだ。それにより、石炭をエネルギーとして使う企業や、そういう企業と取引する企業は「悪」として見られ、「金融機関はそういう企業にお金を貸さないように」「投資家は投資しないように」という国際的圧力が急速に強まっている。
こうしたルールと標準の変化に対応できなければ、レピュテーション・リスクが高まり、マーケットからの退場を迫られる。化石燃料についていえば、石炭についでLNGまで「悪」になりかけている。地球環境・エネルギーは地経学の中でもメガ地経学といってもよい。
AI、ブロックチェーン、バイオ、量子コンピューティングなどの第四次産業革命の中心的技術革新も、もう一つのメガ地経学だ。
コロナウイルス・ショックでは、中国が顔認証、トラッキング、ドローン、バイオなどの技術革新をすさまじいスケールであっというまに社会実装し、感染を封じ込めようとした。国家が全国民の検温データをリアルタイムで手にする時代が到来した。監視カメラによる監視社会はバイオ(生体)監視社会へと向かっている。このようなこれまでの後進・後発国が先進・先発国を追い抜くリープフログ(カエル跳び)現象が今後さらに起こってくるだろう。
■横一線の時代に突入 日本は国際基準をともにつくり、世界のフロンティアを切り拓け
かつては欧米以外の国で、飛び抜けて近代化する日本に世界が関心を持ってくれる時代があったが、G20のような新たなグローバル・アーキテクチャーの登場で日本の存在感は相対的に低下している。
しかも、いまや英語で自分を表現しないことには世界で話題にもならない時代になった。どんなにいいものを持っていても、大切な経験や教訓を共有しようとしても、みんなに必要なルールや標準をつくろうとしても、英語で発信し、対話しないことにはままならない。こちらの価値を評価してもらえない。自分が伝えたい、自分を知ってもらいたいナラティブ(物語)を世界に知ってもらえない。この自分のナラティブを世界の共有ナラティブにするナラティブの競争が世界大で起こっている。これもまた地経学時代の特徴の一つだ。
SDGs(環境・社会・統治)やESG(持続可能な開発目標)という新しい尺度も「どれだけ女性に活躍の場を与えているのか」「グリーンに貢献しているか」といった新たな価値観をめぐるナラティブだが、それは企業価値になり、富とパワーにつながっていく。つまり、地経学の競争なのだ。
日本は明治以降、欧米を見てキャッチアップに邁進してきた。戦後はアメリカ、21世紀には行ってからはシリコンバレーを見て、それを追いかけてきた。ところが、2010年代に入って中国の深センが一気にシリコンバレーと並ぶ技術革新のメッカになった。インドも、イスラエルも、オランダも、それぞれユニークな技術革新を展開している。
いまや世界は「横一列の技術革新の時代」になっている。日本もキャッチアップだけでなく、自分自身、つまり日本の中に高齢化社会にしても地球環境にしてもデータ社会にしても災害レジリエンスにしてもイノベーションのフロンティアがあるという発想に転換し、技術革新をし、世界標準のルールをつくり、それを世界と共有するナラティブとして語りかけなければならない。
(つづく〜「船橋洋一氏インタビュー 地経学、デジタル人民元 そして日本のこと vol.3【フィスコ 株・企業報】」〜)
【船橋 洋一 Profile】
1944年、北京生まれ。ジャーナリスト、法学博士。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。英国際戦略研究所(IISS)評議員。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。
●船橋 洋一著 『地経学とは何か』 本体価格900円+税 文春新書
地理的条件、歴史、民族、宗教、資源、人口などをベースに国際情勢を分析する「地政学』では、地政学的課題を解決できなくなっている。アメリカや中国といった超大国は経済を武器として使う?それこそが「地経学」。地政学に経済という要素を加えた視点なくして、現代の世界を俯瞰できない。新たな視点を与えてくれる一冊だ。
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