野口悠紀雄氏インタビュー デジタル人民元、リブラ、CBDCの未来予想図 vol.1【フィスコ 株・企業報】
[20/05/27]
提供元:株式会社フィスコ
提供元:株式会社フィスコ
注目トピックス 経済総合
◇以下は、FISCO監修の投資情報誌『FISCO 株・企業報 Vol.9 新型コロナウイルスとデジタル人民元の野望 〜中国・衝撃の戦略〜』(4月21日発売)の特集「野口悠紀雄氏インタビュー」の一部である。全3回に分けて配信する。
文:清水 友樹/撮影:渡邉 茂樹
2020年内にはデジタル人民元が発行されるとの観測もあるなか、フェイスブックのリブラは、各国政府の激しい反発にあった。今後、デジタル人民元を含めた中央銀行デジタル通貨(CBDC)には、どんな未来が待っているのか。
■2019年6月にフェイスブックが発表した「リブラ」をめぐる動き
2019年6月にフェイスブックが暗号資産(仮想通貨)「リブラ(Libra)」の計画を発表した。全世界で約25億人もいるフェイスブックのアクティブユーザーがリブラを使えば、巨大な通貨圏が誕生するが、この発表直後に各国の中央銀行や金融機関は一斉に「規制が必要だ」と批判した。同年7月17日に開かれたG7(財務大臣・中央銀行総裁会議)では、リブラに対して早急な規制の対応をとる必要があるとの認識を示し、同年10月17〜18日G20(20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議)でも「リブラには深刻なリスクがある」との合意文書をまとめた。
その結果、フェイスブックは「当局の承認を受けるまでリブラは提供しない」と言わざるを得ない状況に追い込まれ、2020年前半を目指していたリブラの発行は、事実上、頓挫した。各国がリブラ潰しに躍起になったのは、国家の既得権益を侵す、管理体制に対する本格的な挑戦と捉えられたからだ。リブラは、ドルなどに対して価値を安定化させる、いわゆる「ステイブルコイン」だ。
ビットコインは既存の金融システムとは独立の通貨圏を形成することを期待されたが、残念なことに投機によって価格が高騰したことで、決済・送金用として使いづらくなった。
リブラは、ビットコインのように投機の対象にならないため、受け取り側も、価値の下落を怖れる必要がない。ビットコインが実現できなかったことを実現できる可能性を秘めており、金融システムに革命的な変化をもたらす可能性があった。
■リブラつぶしの陰でほくそ笑む中国が加速させるデジタル人民元
「リブラ」の発表に強い危機感を持った中国政府だが、各国がリブラに否定的な姿勢をとったので安堵したはずだ。これを契機に中国政府は「デジタル人民元」の開発を加速させた。
2019年夏頃から、2020年内には実証実験を行うだろうとの報道が出るようになり、2019年11月末には、中国人民銀行の範一飛副総裁が、「中国人民銀行発行の仮想通貨(=デジタル人民元)の、設計、標準策定、機能研究は終えた。次は試験地区の選定だ」と述べた。
同年10月には「暗号法」を制定した。この法律はデジタル人民元で用いられる暗号を国家が管理するための布石ではないかとみられている。中国政府が着々と「デジタル人民元」の発行を前進させていることは間違いない。
■中国政府がデジタル人民元を発行する理由とは?
中国政府はデジタル人民元を発行して、米ドルの覇権を奪おうとまでは思っていないはずだ。現時点で国際的な取引量にあまりにも差がありすぎる。
では、なぜデジタル人民元の発行を急ぐのか。その目的として、大きく3つが考えられる。
まず、「資本流出を防ぐこと」だ。リブラが登場すれば、これまで中国政府を悩ませてきた資本流出を止められなくなる可能性がある。
中国政府といえども完全にインターネットを遮断できない。もし、先にリブラが使われるようになれば、たとえ中国国内でフェイスブックが遮断されていても、海外に資産を持ち出したい中国人はあの手この手を使って、その網を潜り抜けるだろう。ビットコインなどの仮想通貨の取引を行う取引所や銀行を規制したのと同じ理由だ。デジタル人民元であれば、個々の取引をすべて監視できるため、資本流出を食い止めることができる。
2つ目は「海外送金」だ。現在は、海外送金にコストと時間がかかる。デジタル人民元になれば、早く、安く海外に送金できるようになる。そのメリットは大きい。
そして、3つ目は、「取引に関する詳細な情報が得られること」だ。これは、とりわけ重要といえるだろう。おそらく、デジタル人民元の送金情報は、中国政府、中国人民銀行が把握できるようになる。現在でもアリペイ(支付宝)などの使用状況は把握されているが、国外への送金も把握できるようにするはずだ。
そうなると、プロファイリングに使われる可能性がある。これは大きな問題だ。送金情報によって、好みやどんな人かがわかるようになる。
すでに融資の判断に使われているアリペイの信用スコアリングとは別の仕組みで「国家信用システム」というものがあるが、そこに情報を紐づければ、反政府な考えを持っている人を炙りだし、その点数を低くして、融資が下りないようにするかもしれない。また、中国では飛行機や高速鉄道に乗るときは身分証を出さなければいけないが、反政府的な人の乗車を拒否するようになるかもしれない。
中国共産党にとってのきわめて強力な管理ツールになる可能性があるということだ。一方、中国ではすでにキャッシュレス決済が普及しているため、中国の国民の実生活に表面上で大きな変化をもたらさないだろう。
(つづく〜「野口悠紀雄氏インタビュー デジタル人民元、リブラ、CBDCの未来予想図vol.2【フィスコ 株・企業報】」〜)
【野口 悠紀雄 Profile】
1940年、東京に生まれ。 1963年、東京大学工学部卒業。1964年、大蔵省入省。1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。著書に『情報の経済理論』(東洋経済新報社)『土地の経済学』、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞出版社)など多数。近著に、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)、『経済データ分析講座』(ダイヤモンド社)、『「超」現役論』(NHK出版)、『だから古典は面白い』(幻冬舎新書)、『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社)などがある。
<HH>
文:清水 友樹/撮影:渡邉 茂樹
2020年内にはデジタル人民元が発行されるとの観測もあるなか、フェイスブックのリブラは、各国政府の激しい反発にあった。今後、デジタル人民元を含めた中央銀行デジタル通貨(CBDC)には、どんな未来が待っているのか。
■2019年6月にフェイスブックが発表した「リブラ」をめぐる動き
2019年6月にフェイスブックが暗号資産(仮想通貨)「リブラ(Libra)」の計画を発表した。全世界で約25億人もいるフェイスブックのアクティブユーザーがリブラを使えば、巨大な通貨圏が誕生するが、この発表直後に各国の中央銀行や金融機関は一斉に「規制が必要だ」と批判した。同年7月17日に開かれたG7(財務大臣・中央銀行総裁会議)では、リブラに対して早急な規制の対応をとる必要があるとの認識を示し、同年10月17〜18日G20(20カ国・地域財務相・中央銀行総裁会議)でも「リブラには深刻なリスクがある」との合意文書をまとめた。
その結果、フェイスブックは「当局の承認を受けるまでリブラは提供しない」と言わざるを得ない状況に追い込まれ、2020年前半を目指していたリブラの発行は、事実上、頓挫した。各国がリブラ潰しに躍起になったのは、国家の既得権益を侵す、管理体制に対する本格的な挑戦と捉えられたからだ。リブラは、ドルなどに対して価値を安定化させる、いわゆる「ステイブルコイン」だ。
ビットコインは既存の金融システムとは独立の通貨圏を形成することを期待されたが、残念なことに投機によって価格が高騰したことで、決済・送金用として使いづらくなった。
リブラは、ビットコインのように投機の対象にならないため、受け取り側も、価値の下落を怖れる必要がない。ビットコインが実現できなかったことを実現できる可能性を秘めており、金融システムに革命的な変化をもたらす可能性があった。
■リブラつぶしの陰でほくそ笑む中国が加速させるデジタル人民元
「リブラ」の発表に強い危機感を持った中国政府だが、各国がリブラに否定的な姿勢をとったので安堵したはずだ。これを契機に中国政府は「デジタル人民元」の開発を加速させた。
2019年夏頃から、2020年内には実証実験を行うだろうとの報道が出るようになり、2019年11月末には、中国人民銀行の範一飛副総裁が、「中国人民銀行発行の仮想通貨(=デジタル人民元)の、設計、標準策定、機能研究は終えた。次は試験地区の選定だ」と述べた。
同年10月には「暗号法」を制定した。この法律はデジタル人民元で用いられる暗号を国家が管理するための布石ではないかとみられている。中国政府が着々と「デジタル人民元」の発行を前進させていることは間違いない。
■中国政府がデジタル人民元を発行する理由とは?
中国政府はデジタル人民元を発行して、米ドルの覇権を奪おうとまでは思っていないはずだ。現時点で国際的な取引量にあまりにも差がありすぎる。
では、なぜデジタル人民元の発行を急ぐのか。その目的として、大きく3つが考えられる。
まず、「資本流出を防ぐこと」だ。リブラが登場すれば、これまで中国政府を悩ませてきた資本流出を止められなくなる可能性がある。
中国政府といえども完全にインターネットを遮断できない。もし、先にリブラが使われるようになれば、たとえ中国国内でフェイスブックが遮断されていても、海外に資産を持ち出したい中国人はあの手この手を使って、その網を潜り抜けるだろう。ビットコインなどの仮想通貨の取引を行う取引所や銀行を規制したのと同じ理由だ。デジタル人民元であれば、個々の取引をすべて監視できるため、資本流出を食い止めることができる。
2つ目は「海外送金」だ。現在は、海外送金にコストと時間がかかる。デジタル人民元になれば、早く、安く海外に送金できるようになる。そのメリットは大きい。
そして、3つ目は、「取引に関する詳細な情報が得られること」だ。これは、とりわけ重要といえるだろう。おそらく、デジタル人民元の送金情報は、中国政府、中国人民銀行が把握できるようになる。現在でもアリペイ(支付宝)などの使用状況は把握されているが、国外への送金も把握できるようにするはずだ。
そうなると、プロファイリングに使われる可能性がある。これは大きな問題だ。送金情報によって、好みやどんな人かがわかるようになる。
すでに融資の判断に使われているアリペイの信用スコアリングとは別の仕組みで「国家信用システム」というものがあるが、そこに情報を紐づければ、反政府な考えを持っている人を炙りだし、その点数を低くして、融資が下りないようにするかもしれない。また、中国では飛行機や高速鉄道に乗るときは身分証を出さなければいけないが、反政府的な人の乗車を拒否するようになるかもしれない。
中国共産党にとってのきわめて強力な管理ツールになる可能性があるということだ。一方、中国ではすでにキャッシュレス決済が普及しているため、中国の国民の実生活に表面上で大きな変化をもたらさないだろう。
(つづく〜「野口悠紀雄氏インタビュー デジタル人民元、リブラ、CBDCの未来予想図vol.2【フィスコ 株・企業報】」〜)
【野口 悠紀雄 Profile】
1940年、東京に生まれ。 1963年、東京大学工学部卒業。1964年、大蔵省入省。1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。著書に『情報の経済理論』(東洋経済新報社)『土地の経済学』、『バブルの経済学』(日本経済新聞社)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞出版社)など多数。近著に、『平成はなぜ失敗したのか』(幻冬舎)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)、『経済データ分析講座』(ダイヤモンド社)、『「超」現役論』(NHK出版)、『だから古典は面白い』(幻冬舎新書)、『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社)などがある。
<HH>