疑似同盟関係が長期化させる韓国との軋轢【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
[20/08/31]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
近年、日韓関係は確実に悪化している。2015年に従軍慰安婦問題に関する最終的な日韓合意が締結されたにもかかわらず、韓国は合意事項を履行しないばかりか、釜山の日本総領事館前の少女像の撤去にも及び腰だ。2018年10月の徴用工訴訟に関する大法院判決は、1965年の日韓請求権協定で解決済みであるにも関わらず、日本企業に対して損害賠償を命じた。2018年12月に発生した韓国海軍による自衛隊機への火器管制レーダー照射事件は、韓国が事件そのものを認めないまま協議が打ち切りとなった。2019年7月には、日本が半導体材料の輸出管理を厳格化したことに反発した韓国が、秘密軍事情報の保護協定(GSOMIA)破棄を通告する事態に至った。
日本による植民地支配の歴史もあり、両国関係が必ずしも良好ではないことは周知の事実だが、ともにアメリカを同盟国とすることから、時に協調的な行動をとることもある。ジョージタウン大学のビクター・チャ(Victor D. Cha)教授は、グレン・スナイダーの(Glenn H. Snyder)の「同盟のジレンマ」を応用した「疑似同盟(Quasi-Alliance)モデル」を用いて、日米韓3か国の安全保障関係を説明した。疑似同盟とは、共通の第三国を同盟国としながら、相互には同盟関係にない二国間の関係を表現したものである。同盟国アメリカを共有する日韓は、特定の状況で安全保障協力を強化することから、時にはある種同盟に似た状態にあることを教授は指摘した。
同盟のジレンマとは、二国間の同盟関係において、同盟国Aのコミットメントに対する信頼が損なわれると、同盟国Bが「見捨てられる(abandonment)」という懸念を抱き、Aのコミットメントが強まるとBには「巻き込まれる(entrapment)」という懸念が強く生じるというものだ。チャ教授は、基本的には歴史的な反目関係にある日韓が、それぞれアメリカとの同盟関係にどのような懸念を抱けば協調を図るのかを、1969年から1988年までの期間を4つの時期に区分し分析した。
教授の主張に従えば、アメリカとの同盟関係が日韓ともに弱体化すると「見捨てられる」という懸念が強まり、日韓間で協調への要請が強くなるという。一方、アメリカとの同盟に対する両国の懸念が一致しなかった場合、日韓に協力の必要が生じないため対立面が相対的に際立つことになる。4つの時期のうち1980年〜1988年は、日韓両国の懸念が一致しなかったにもかかわらず、軋轢の中に協調が混在したが、1969年〜1971年の協調、1972年〜1974年の軋轢、1975年〜1979年の協調は、それぞれの時期に両国が持つ懸念の状況と見事に一致している。これは、疑似同盟モデルに一定の説明力がある証左にもなっている。
このモデルを用いた場合、今日の日米韓関係はどのように評価できるのだろう。韓国の文在寅大統領は、北朝鮮との融和に重きを置いており、非核化交渉のために制裁を緩和しないトランプ大統領との間で政策の違いが浮き彫りになっている。GSOMIA破棄通告に関連しても、米韓両国政府の発表内容には相違があり、意見の対立が明らかとなった。在韓米軍の駐留経費分担問題も解決せず、国会議員からは在韓米軍撤退の可能性も指摘され、米韓関係は弱体化しているとの見方には説得力がある。韓国政府の正式なコメントはないが、「見捨てられる」という懸念が少なからず生じていると評価することはできるだろう。
一方、日米関係に大きな問題は生じていない。在日米軍の駐留経費に関する特別協定が2021年3月に期限を迎えることから予備的協議が始まっているが、アメリカの2004年版統計においてすでに駐留経費の74.5%を負担している日本にとって、増額交渉の余地はさほど大きくない。2018年から始まった米中貿易摩擦での対立に加え、相互に総領事館を閉鎖させるという外交面での対立も強まる米中関係が、日本に少なからず影響することは確かだが、これに直接巻き込まれる可能性は低いだろう。むしろ、尖閣諸島に対する中国の挑発的行動に対処するうえでは、アメリカの対中強硬姿勢は望ましいものでもある。今の日本には「見捨てられる」という懸念も、「巻き込まれる」という懸念もさほど生じていない。
日韓それぞれがアメリカとの同盟に感じる懸念は一致しておらず、両国間に生じている様々な軋轢は疑似同盟モデルが示す通りのものとなっている。このモデルが、今日の日韓関係を分析するうえで有効な1つの視座を与えてくれることは評価していいだろう。しかし、疑似同盟モデルは、あくまでも1つのモデルであり、冷戦期のみを分析対象としているため冷戦後を予測できないという指摘もある。特に、このモデルに従えば、日韓両国が問題解消に向けて協調的な関係を目指すためには、日本が「見捨てられる」という懸念を持たなければならないことになる。現状ではそれが、中国や北朝鮮の脅威に対処する際、アメリカの支援が得られないことを意味する。韓国との関係改善が重要であることは確かだが、日本の国益を考えるとその優先順位が下がる可能性は否定できず、両国間の軋轢は長期化することが予想される。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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日本による植民地支配の歴史もあり、両国関係が必ずしも良好ではないことは周知の事実だが、ともにアメリカを同盟国とすることから、時に協調的な行動をとることもある。ジョージタウン大学のビクター・チャ(Victor D. Cha)教授は、グレン・スナイダーの(Glenn H. Snyder)の「同盟のジレンマ」を応用した「疑似同盟(Quasi-Alliance)モデル」を用いて、日米韓3か国の安全保障関係を説明した。疑似同盟とは、共通の第三国を同盟国としながら、相互には同盟関係にない二国間の関係を表現したものである。同盟国アメリカを共有する日韓は、特定の状況で安全保障協力を強化することから、時にはある種同盟に似た状態にあることを教授は指摘した。
同盟のジレンマとは、二国間の同盟関係において、同盟国Aのコミットメントに対する信頼が損なわれると、同盟国Bが「見捨てられる(abandonment)」という懸念を抱き、Aのコミットメントが強まるとBには「巻き込まれる(entrapment)」という懸念が強く生じるというものだ。チャ教授は、基本的には歴史的な反目関係にある日韓が、それぞれアメリカとの同盟関係にどのような懸念を抱けば協調を図るのかを、1969年から1988年までの期間を4つの時期に区分し分析した。
教授の主張に従えば、アメリカとの同盟関係が日韓ともに弱体化すると「見捨てられる」という懸念が強まり、日韓間で協調への要請が強くなるという。一方、アメリカとの同盟に対する両国の懸念が一致しなかった場合、日韓に協力の必要が生じないため対立面が相対的に際立つことになる。4つの時期のうち1980年〜1988年は、日韓両国の懸念が一致しなかったにもかかわらず、軋轢の中に協調が混在したが、1969年〜1971年の協調、1972年〜1974年の軋轢、1975年〜1979年の協調は、それぞれの時期に両国が持つ懸念の状況と見事に一致している。これは、疑似同盟モデルに一定の説明力がある証左にもなっている。
このモデルを用いた場合、今日の日米韓関係はどのように評価できるのだろう。韓国の文在寅大統領は、北朝鮮との融和に重きを置いており、非核化交渉のために制裁を緩和しないトランプ大統領との間で政策の違いが浮き彫りになっている。GSOMIA破棄通告に関連しても、米韓両国政府の発表内容には相違があり、意見の対立が明らかとなった。在韓米軍の駐留経費分担問題も解決せず、国会議員からは在韓米軍撤退の可能性も指摘され、米韓関係は弱体化しているとの見方には説得力がある。韓国政府の正式なコメントはないが、「見捨てられる」という懸念が少なからず生じていると評価することはできるだろう。
一方、日米関係に大きな問題は生じていない。在日米軍の駐留経費に関する特別協定が2021年3月に期限を迎えることから予備的協議が始まっているが、アメリカの2004年版統計においてすでに駐留経費の74.5%を負担している日本にとって、増額交渉の余地はさほど大きくない。2018年から始まった米中貿易摩擦での対立に加え、相互に総領事館を閉鎖させるという外交面での対立も強まる米中関係が、日本に少なからず影響することは確かだが、これに直接巻き込まれる可能性は低いだろう。むしろ、尖閣諸島に対する中国の挑発的行動に対処するうえでは、アメリカの対中強硬姿勢は望ましいものでもある。今の日本には「見捨てられる」という懸念も、「巻き込まれる」という懸念もさほど生じていない。
日韓それぞれがアメリカとの同盟に感じる懸念は一致しておらず、両国間に生じている様々な軋轢は疑似同盟モデルが示す通りのものとなっている。このモデルが、今日の日韓関係を分析するうえで有効な1つの視座を与えてくれることは評価していいだろう。しかし、疑似同盟モデルは、あくまでも1つのモデルであり、冷戦期のみを分析対象としているため冷戦後を予測できないという指摘もある。特に、このモデルに従えば、日韓両国が問題解消に向けて協調的な関係を目指すためには、日本が「見捨てられる」という懸念を持たなければならないことになる。現状ではそれが、中国や北朝鮮の脅威に対処する際、アメリカの支援が得られないことを意味する。韓国との関係改善が重要であることは確かだが、日本の国益を考えるとその優先順位が下がる可能性は否定できず、両国間の軋轢は長期化することが予想される。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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