国防戦略を見直すオーストラリア、戦略環境の変化への対応【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
[20/10/30]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
オーストラリアの国防白書は、1976年に初めて発表されてから2016年2月の最新の国防白書(以下、2016DWP)まで、7回発表されてきた。これらには、国防に関する政府の将来計画やその実現を目指すための政策が示されてきたが、これとは別に初めての国家安全保障戦略として「Strong and Secure: A Strategy for Australia’s National Security」(以下、2013Strategy)が2013年1月に発表されている。
2013Strategyは、2008年12月に発表された初めての「国家安全保障声明(The First National Security Statement to the Australian Parliament)」の定期的な見直しと位置付けられるものだ。地域における急速な経済的・戦略的変化が、国家の安全保障環境や戦略に大きな影響を及ぼす新たな安全保障の時代に入ったという認識に基づき、自国民はもちろん同盟国や友好国に対して、オーストラリアが持っている安全保障環境への認識や国家安全保障上の脅威への取り組みについて、理解してもらうことを最大の目的として作成された。
2013Strategyは、変化の時代においてオーストラリアが取り組んでいる国家安全保障対策に焦点を当て、予想される戦略環境を正しく把握するための3つの優先事項を明らかにしている。1つ目は、アジアの世紀において安全と繁栄を維持するための地域への関与であり、2つ目は、デジタル時代におけるサイバー脅威に対処するために、政府のサイバー政策と対応を統合することだとされている。3つ目に挙げられているのは、効果的かつ革新的に戦略目標を達成するために、政府組織内に限定せずに産業界や国民との間に優先的な協力関係を構築することである。
2016DWPは、この2013Strategyを前提として作成され、オーストラリアが今後20年間に直面すると考えられる、戦略環境の急速な複雑化が大きく影響している。2016DWPでは、オーストラリアの領域に直接的な軍事攻撃が行われる可能性は低いという認識を示しながら、戦略環境に影響を及ぼす要因として、(1)インド太平洋地域における米中の役割と相互関係、(2)ルールに基づくグローバルな秩序の安定、(3)国内外のテロリズム、(4)政治、経済、社会、環境などによる発展速度の違いがもたらす近隣地域の不安定、(5)最先端技術を活用した軍事力の近代化、(6)サイバーなどの新しく複雑で地域的な差異がない脅威、が挙げられていた。
しかし、2016年当時は予想していなかった戦略環境の急速な変化を受けて、オーストラリア政府は今年の7月、「2020国防戦略アップデート」(以下、2020DSU)を発表した。この中では、インド太平洋地域における軍事力の近代化が想像以上に早く、新たな兵器がオーストラリアの最先端の国防力の脅威となり、サイバー活動の拡大が戦略環境をさらに複雑化させることが指摘されている。また、大国間の競争が激化し、インド太平洋地域における高強度紛争発生の蓋然性は依然低いものの、以前よりは相対的に可能性が高まったという認識を持つ一方、紛争に至らないような手段を用いて戦略目標を達成しようとする「グレーゾーン」の活動が拡大しているとされた。新型コロナウイルスの長期的な影響は不明としながら、経済活動にはすでに変化が生じたことを認めている。また、米中の戦略的な競争は、先鋭化するものの根本的には変化しないとみている。
こうした戦略環境の変化に対応するため、オーストラリア国防軍(ADF)の更なる近代化が必要とされ、オーストラリア政府は2020DSUの中で国防費の大幅な増額を発表した。2016DWPでは、2026年までの10年間に総額4,475億豪ドル(3,177億米ドル)を投入し、オーストラリア国防軍の近代化を図ることとされていたが、今回のアップデートでは、2030年までの10年間に支出される国防費を5,750億豪ドル(4,082億米ドル)まで拡大することが明らかにされた。
2020DSUの中では、2016DWPでは6つあった戦力体系を、情報とサイバー、海洋、航空、宇宙、陸上の5つの作戦ドメインに再分類し、戦力獲得に向けた支出を10年間で2,700億豪ドル(1,917億米ドル)計上している。これは2016DWPでの10年間に計上した1,950億豪ドル(1,385億米ドル)の1.4倍に上る。年度ごとの国防費は10年間を通じて前年比増であるが、その配分比率では、新戦力獲得経費が2020−21年度の34%から2029−30年度の40%に大きく増加するのに対して、戦力維持経費は30%から32%へと若干増加するものの、人件費は32%から26%へと減少している。戦略環境の変化に対応するために必要な戦力の獲得を優先する方針が、明確に示されているといえる。
2020年3月20日、オーストラリア政府は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響から、合理的な経済予測の困難性を理由に2020−21年度の連邦予算の編成を5か月延期して10月とすることを発表した。こうした状況にも拘わらず、7月に発表した2020DSUでは、国防費の増額が明示された。これは、オーストラリアが国防政策を最優先に考えていることの証であり、変化する戦略環境へ速やかに対応しようとする意志の表れでもあろう。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
<RS>
2013Strategyは、2008年12月に発表された初めての「国家安全保障声明(The First National Security Statement to the Australian Parliament)」の定期的な見直しと位置付けられるものだ。地域における急速な経済的・戦略的変化が、国家の安全保障環境や戦略に大きな影響を及ぼす新たな安全保障の時代に入ったという認識に基づき、自国民はもちろん同盟国や友好国に対して、オーストラリアが持っている安全保障環境への認識や国家安全保障上の脅威への取り組みについて、理解してもらうことを最大の目的として作成された。
2013Strategyは、変化の時代においてオーストラリアが取り組んでいる国家安全保障対策に焦点を当て、予想される戦略環境を正しく把握するための3つの優先事項を明らかにしている。1つ目は、アジアの世紀において安全と繁栄を維持するための地域への関与であり、2つ目は、デジタル時代におけるサイバー脅威に対処するために、政府のサイバー政策と対応を統合することだとされている。3つ目に挙げられているのは、効果的かつ革新的に戦略目標を達成するために、政府組織内に限定せずに産業界や国民との間に優先的な協力関係を構築することである。
2016DWPは、この2013Strategyを前提として作成され、オーストラリアが今後20年間に直面すると考えられる、戦略環境の急速な複雑化が大きく影響している。2016DWPでは、オーストラリアの領域に直接的な軍事攻撃が行われる可能性は低いという認識を示しながら、戦略環境に影響を及ぼす要因として、(1)インド太平洋地域における米中の役割と相互関係、(2)ルールに基づくグローバルな秩序の安定、(3)国内外のテロリズム、(4)政治、経済、社会、環境などによる発展速度の違いがもたらす近隣地域の不安定、(5)最先端技術を活用した軍事力の近代化、(6)サイバーなどの新しく複雑で地域的な差異がない脅威、が挙げられていた。
しかし、2016年当時は予想していなかった戦略環境の急速な変化を受けて、オーストラリア政府は今年の7月、「2020国防戦略アップデート」(以下、2020DSU)を発表した。この中では、インド太平洋地域における軍事力の近代化が想像以上に早く、新たな兵器がオーストラリアの最先端の国防力の脅威となり、サイバー活動の拡大が戦略環境をさらに複雑化させることが指摘されている。また、大国間の競争が激化し、インド太平洋地域における高強度紛争発生の蓋然性は依然低いものの、以前よりは相対的に可能性が高まったという認識を持つ一方、紛争に至らないような手段を用いて戦略目標を達成しようとする「グレーゾーン」の活動が拡大しているとされた。新型コロナウイルスの長期的な影響は不明としながら、経済活動にはすでに変化が生じたことを認めている。また、米中の戦略的な競争は、先鋭化するものの根本的には変化しないとみている。
こうした戦略環境の変化に対応するため、オーストラリア国防軍(ADF)の更なる近代化が必要とされ、オーストラリア政府は2020DSUの中で国防費の大幅な増額を発表した。2016DWPでは、2026年までの10年間に総額4,475億豪ドル(3,177億米ドル)を投入し、オーストラリア国防軍の近代化を図ることとされていたが、今回のアップデートでは、2030年までの10年間に支出される国防費を5,750億豪ドル(4,082億米ドル)まで拡大することが明らかにされた。
2020DSUの中では、2016DWPでは6つあった戦力体系を、情報とサイバー、海洋、航空、宇宙、陸上の5つの作戦ドメインに再分類し、戦力獲得に向けた支出を10年間で2,700億豪ドル(1,917億米ドル)計上している。これは2016DWPでの10年間に計上した1,950億豪ドル(1,385億米ドル)の1.4倍に上る。年度ごとの国防費は10年間を通じて前年比増であるが、その配分比率では、新戦力獲得経費が2020−21年度の34%から2029−30年度の40%に大きく増加するのに対して、戦力維持経費は30%から32%へと若干増加するものの、人件費は32%から26%へと減少している。戦略環境の変化に対応するために必要な戦力の獲得を優先する方針が、明確に示されているといえる。
2020年3月20日、オーストラリア政府は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響から、合理的な経済予測の困難性を理由に2020−21年度の連邦予算の編成を5か月延期して10月とすることを発表した。こうした状況にも拘わらず、7月に発表した2020DSUでは、国防費の増額が明示された。これは、オーストラリアが国防政策を最優先に考えていることの証であり、変化する戦略環境へ速やかに対応しようとする意志の表れでもあろう。
サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。
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