尖閣への安保5条適用で騒ぐマスコミ、元統合幕僚長の岩崎氏「条約の一般論を述べたに過ぎない」
[20/11/24]
提供元:株式会社フィスコ
提供元:株式会社フィスコ
注目トピックス 経済総合
米国の大統領選は、トランプ大統領が漸く「バイデンが勝利」したとの表現を口にしたが、「しかしそれは、彼が不正をしたからだ」と述べた。まだ、裁判で戦う様相である。
しかし、世界各国の首脳は次期米国大統領のバイデン氏との電話懇談等を行っている。この様な中、先日我が国の菅総理とバイデン次期大統領が、日本時間11月12日午前中に電話会談を行った。そして、電話会談終了後に菅総理は会見を行い、電話会談の内容を説明された。この中に尖閣事態の件が含まれていた。
この日米安全保障条約の第5条に関しては長い間、日米間で議論され、その都度、我が国のメディアが大きく取り上げている問題である。特に、2012年の尖閣諸島の国有化以来、日中の関係がぎくしゃくし、尖閣諸島付近に中国の海警局所属の船舶が頻繁に遊弋するようになった。尖閣諸島付近に4-5日滞在、最後に領海内に侵入し、帰国する行動が度々散見される事態となって以来、仮に尖閣事態が発生した場合、果たして米国が5条に基づき動いてくれるのだろうかとの不安があり、我が国としては最大の関心事となって来ていた。
私は、予てから、「○○事態には安保5条を適用」との言葉を聞く度にある種の違和感を覚えた。そして、メディア各社が「5条適応」を聞いて、小躍りしているかのごとき報道を目にし、寧ろ不安になっていた。
我が国は、米国と「日米安全保障条約」と締結している。その条約の第5条には、「条約締結国は、日本の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する様に行動する」と規定されている。また、同条約の6条には「日本国の安全に寄与し、極東の平和及び安全の維持に寄与する為、米国は、その陸軍、空軍、及び海軍が日本国に於いて施設及び区域を使用することを許される」とされている。即ち、5条で米国には我が国を守る義務があり、6条で米軍は我が国に駐留できるとされ、日米双方がそれぞれの利益を得る条約となっている。
我が国と米国とは同盟締結国である。これは国と国の約束事である。基本的には自国の憲法や法律に違反しない限り、この条約に規定されている事を遵守する義務がある。5条により、米国は日本を守る義務がある。その代わりに日本の基地・駐屯地や空域等を使用できるのである。このことからして、日本に対する何らかの侵略等があれば、米国は立ち上がらないといけない。尖閣に限らず我が国の施政権の及ぶ地域であれば、米国には守る義務がある。「尖閣事態には安保5条が適用される」事は自明の理である。殊更騒ぐことではない。もし、逆であれば問題である。私が違和感と申し上げたのは、この点である。
但し、5条には「施政下にある領域」とある。即ち、現在、日本が領有し、我が国の法律が適用できる地域のことである。我が国には長年、違法に占拠されている「北方四島」と「竹島」がある。米国は残念ながら、これらの地域が我が国の施政下にあるとは思っていない。我が国が、これらは我が国の領土であることから、仮にロシア又は韓国に出ていく事を強要したとしても、米国が我が国サイドに立ってくれるか否かは不明である(多分そうではないと考えられる)。これが日米安保条約の現状である。今回のバイデン次期米国大統領もこのことを述べただけに過ぎない。極めて当たり前のことであるが、新聞各社が第1面で取り上げていた。
米国はオバマ政権の時も、トランプ政権でも「尖閣事態は安保5条の適用範囲である」と明言しているが、これは飽く迄も現在わが国が当該地域を施政下に入れていると米国が認識しているからであり、かつ条約の一般論を述べたに過ぎない。本当に米軍が来年に来るか否かは、事が生起した以降、その都度判断されるかもしれないのである。前述の5条には「自国の憲法や手続きに従って」とある。大統領が命令を発出しても議会が許さない場合もあり得る。条約とはそのような性格のものである。私の脳裏にはドゴール首相の名言が残っている。それは「私は同盟国とともに戦うが、同盟国とともに倒れる事はない」と言う言葉である。それぞれの国にはそれぞれの事情がある。その事情に応じて他国と約束したことを実行していくのは当たり前のことであろう。
「施政下」で思い出すことがある。私は、1997年に作成された航空地図を持っている。この地図には竹島と思われるところに岩礁の様な所が記載されており、そこに(Japan)の表記がされている。竹島は我が国の領土であることは、歴史的にも明明白白である。しかし、1952年以降、韓国が竹島を実行支配している。大東亜戦争が終了後、米国が日本に駐留することになり、1945年に米GHQが極東地域に防空識別圏(ADIZ)を設定した。このADIZは日本、韓国、台湾の防空識別圏である。この際のADIZで竹島は、韓国の防空識別圏に属していた。基本的にADIZは敵性航空機の識別の為の範囲であり、各国の領域を示すものではない。現に、ADIZは他国の上空にかけられることがある。欧州の様に陸続きの国では当たり前であり。韓国のADIZは北緯39°まである。我が国のADIZは済州島の領空内にかかっている。台湾のADIZは中国大陸にかかっている。この様な中で1952年1月18日に李承晩ライン(大統領令「隣接海洋に対する主権宣言」)が宣言された。韓国側は、このライン以北が韓国の行政権(施政権)が及ぶ水域区分とし、この領域の資源と主権の保護の為の海洋境界線であると主張した。竹島は、このラインの北側、即ち韓国サイドになっていたのである。これは明らかに国際法違反である。この直後から、韓国は竹島に不法滞在している。米国の航空地図に戻る。少なくても私が知る限り、米軍が使用していた1987年の航空地図には、TAKESHIMA (JAPAN) Liancourt Rocks と表記されていた。ところが、1988年以降の米軍使用の航空地図にはRock Island(Dispute between Japan and Korea)と記載されるようになった。しかし、時々は名称がなく (Japan)と記載されていた。しかし、この記載も1996年までである。それ以降は、(Japan)の記載がない。島根県が竹島に関する行事を行おうとすれば、ネガティブな事を言う政府関係者がいる。自国の領土を蹂躙されていて文句ひとつ言えないとは、なんと嘆かわしい事か。その戦術か戦略が、しっかりした根拠に基づくものであれば許せるが、ただ単に日韓の間で波風を立てないようにとの考えであれば許容し難い。
いずれにしても、今回のバイデン次期大統領の発言は有難いものであるが、これは一般的な法理論的な観点からの言葉である。より重要な事は、この言葉に酔うことではなく、如何にして我が国の領土、領海、領空、そして主権を守るかである。そして、少なくても現在、我が国の施政下にある領域を1ミリでも浸食させない強い態度と実行力を保有することであり、その為に同盟国と如何なる作戦計画を保有するかである。今後の日米協議が益々加速化することを期待する。(令和2.11.24)
岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。
写真:ロイター/アフロ
<RS>
しかし、世界各国の首脳は次期米国大統領のバイデン氏との電話懇談等を行っている。この様な中、先日我が国の菅総理とバイデン次期大統領が、日本時間11月12日午前中に電話会談を行った。そして、電話会談終了後に菅総理は会見を行い、電話会談の内容を説明された。この中に尖閣事態の件が含まれていた。
この日米安全保障条約の第5条に関しては長い間、日米間で議論され、その都度、我が国のメディアが大きく取り上げている問題である。特に、2012年の尖閣諸島の国有化以来、日中の関係がぎくしゃくし、尖閣諸島付近に中国の海警局所属の船舶が頻繁に遊弋するようになった。尖閣諸島付近に4-5日滞在、最後に領海内に侵入し、帰国する行動が度々散見される事態となって以来、仮に尖閣事態が発生した場合、果たして米国が5条に基づき動いてくれるのだろうかとの不安があり、我が国としては最大の関心事となって来ていた。
私は、予てから、「○○事態には安保5条を適用」との言葉を聞く度にある種の違和感を覚えた。そして、メディア各社が「5条適応」を聞いて、小躍りしているかのごとき報道を目にし、寧ろ不安になっていた。
我が国は、米国と「日米安全保障条約」と締結している。その条約の第5条には、「条約締結国は、日本の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する様に行動する」と規定されている。また、同条約の6条には「日本国の安全に寄与し、極東の平和及び安全の維持に寄与する為、米国は、その陸軍、空軍、及び海軍が日本国に於いて施設及び区域を使用することを許される」とされている。即ち、5条で米国には我が国を守る義務があり、6条で米軍は我が国に駐留できるとされ、日米双方がそれぞれの利益を得る条約となっている。
我が国と米国とは同盟締結国である。これは国と国の約束事である。基本的には自国の憲法や法律に違反しない限り、この条約に規定されている事を遵守する義務がある。5条により、米国は日本を守る義務がある。その代わりに日本の基地・駐屯地や空域等を使用できるのである。このことからして、日本に対する何らかの侵略等があれば、米国は立ち上がらないといけない。尖閣に限らず我が国の施政権の及ぶ地域であれば、米国には守る義務がある。「尖閣事態には安保5条が適用される」事は自明の理である。殊更騒ぐことではない。もし、逆であれば問題である。私が違和感と申し上げたのは、この点である。
但し、5条には「施政下にある領域」とある。即ち、現在、日本が領有し、我が国の法律が適用できる地域のことである。我が国には長年、違法に占拠されている「北方四島」と「竹島」がある。米国は残念ながら、これらの地域が我が国の施政下にあるとは思っていない。我が国が、これらは我が国の領土であることから、仮にロシア又は韓国に出ていく事を強要したとしても、米国が我が国サイドに立ってくれるか否かは不明である(多分そうではないと考えられる)。これが日米安保条約の現状である。今回のバイデン次期米国大統領もこのことを述べただけに過ぎない。極めて当たり前のことであるが、新聞各社が第1面で取り上げていた。
米国はオバマ政権の時も、トランプ政権でも「尖閣事態は安保5条の適用範囲である」と明言しているが、これは飽く迄も現在わが国が当該地域を施政下に入れていると米国が認識しているからであり、かつ条約の一般論を述べたに過ぎない。本当に米軍が来年に来るか否かは、事が生起した以降、その都度判断されるかもしれないのである。前述の5条には「自国の憲法や手続きに従って」とある。大統領が命令を発出しても議会が許さない場合もあり得る。条約とはそのような性格のものである。私の脳裏にはドゴール首相の名言が残っている。それは「私は同盟国とともに戦うが、同盟国とともに倒れる事はない」と言う言葉である。それぞれの国にはそれぞれの事情がある。その事情に応じて他国と約束したことを実行していくのは当たり前のことであろう。
「施政下」で思い出すことがある。私は、1997年に作成された航空地図を持っている。この地図には竹島と思われるところに岩礁の様な所が記載されており、そこに(Japan)の表記がされている。竹島は我が国の領土であることは、歴史的にも明明白白である。しかし、1952年以降、韓国が竹島を実行支配している。大東亜戦争が終了後、米国が日本に駐留することになり、1945年に米GHQが極東地域に防空識別圏(ADIZ)を設定した。このADIZは日本、韓国、台湾の防空識別圏である。この際のADIZで竹島は、韓国の防空識別圏に属していた。基本的にADIZは敵性航空機の識別の為の範囲であり、各国の領域を示すものではない。現に、ADIZは他国の上空にかけられることがある。欧州の様に陸続きの国では当たり前であり。韓国のADIZは北緯39°まである。我が国のADIZは済州島の領空内にかかっている。台湾のADIZは中国大陸にかかっている。この様な中で1952年1月18日に李承晩ライン(大統領令「隣接海洋に対する主権宣言」)が宣言された。韓国側は、このライン以北が韓国の行政権(施政権)が及ぶ水域区分とし、この領域の資源と主権の保護の為の海洋境界線であると主張した。竹島は、このラインの北側、即ち韓国サイドになっていたのである。これは明らかに国際法違反である。この直後から、韓国は竹島に不法滞在している。米国の航空地図に戻る。少なくても私が知る限り、米軍が使用していた1987年の航空地図には、TAKESHIMA (JAPAN) Liancourt Rocks と表記されていた。ところが、1988年以降の米軍使用の航空地図にはRock Island(Dispute between Japan and Korea)と記載されるようになった。しかし、時々は名称がなく (Japan)と記載されていた。しかし、この記載も1996年までである。それ以降は、(Japan)の記載がない。島根県が竹島に関する行事を行おうとすれば、ネガティブな事を言う政府関係者がいる。自国の領土を蹂躙されていて文句ひとつ言えないとは、なんと嘆かわしい事か。その戦術か戦略が、しっかりした根拠に基づくものであれば許せるが、ただ単に日韓の間で波風を立てないようにとの考えであれば許容し難い。
いずれにしても、今回のバイデン次期大統領の発言は有難いものであるが、これは一般的な法理論的な観点からの言葉である。より重要な事は、この言葉に酔うことではなく、如何にして我が国の領土、領海、領空、そして主権を守るかである。そして、少なくても現在、我が国の施政下にある領域を1ミリでも浸食させない強い態度と実行力を保有することであり、その為に同盟国と如何なる作戦計画を保有するかである。今後の日米協議が益々加速化することを期待する。(令和2.11.24)
岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。
写真:ロイター/アフロ
<RS>