同盟の危機−米韓同盟は継続できるか【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
[21/01/28]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
米韓同盟は1950年に勃発した朝鮮戦争休戦協定後の1954年に発効した「米韓相互防衛条約」(米韓条約)を基礎としている。全部で六条の短い条約である。1951年に締結された「日米安全保障条約」(旧日米安保条約)を下敷きとして策定された。旧日米安保が日本国内における内乱や騒擾の鎮圧を米軍の任務としていることから1960年に新たな条約として制定(新安保条約)されたのに対し、米韓条約は制定以来改訂されていない。
米韓条約と旧日米安保条約点は、日韓の政府が米国に軍の駐留を依頼し、これを米国が認めるという点が共通している。新安保条約では、「米国は極東における平和及び安全の維持に寄与するために、米国軍隊を日本の施設、区域を使用することが許される」と規定されている。条文を解釈する限り、在日米軍は米国自身が必要と認め駐留しているのに対し、在韓米軍は韓国の依頼に基づき駐留しているのである。在韓米軍の撤退について、米国識者が「相手が望んでいないのにいる必要はない」と主張する根源はここにある。
日米安保との相違の二点目は、韓国軍が保有する装備に制限が加えられていることである。度重なる北朝鮮のミサイル発射に対応し、射程は180キロ、300キロそして800キロと次第に延伸されてきた。現在の米韓ミサイル協定では、弾頭重量は500キロ、最大射程は800キロとされている。米韓同盟の役割の中に、韓国の暴走を防ぐという面があることは否定できない。
在韓米軍の規模は、毎年米国の議会で審議される「国防授権法」で規定されている。トランプ前大統領は駐留経費増額交渉が進まないことに業を煮やし、在韓米軍の撤退にまで言及しているが、在韓米軍の規模の変更は議会の承認が無ければ大統領とはいえ勝手にできない。昨年12月に示された「国防授権法」では、在韓米軍は現状の2万8,500人を維持することとされている。防衛白書によると2019年9月末現在の在日米軍は約5万5千人である。在韓米軍が陸空軍中心であるのに対し、在日米軍は洋上に展開する海軍及び海兵隊の数が約4万人と、在日米軍全体の7割にも上るところに大きな違いがある。
現在、米韓同盟が危機を迎えているのは三つの理由による。第一は、駐留経費増額に伴う交渉が暗礁に乗り上げていることである。駐留経費は今年1月から発生しているが、増額率についてまだ結論が出ていない。文大統領周辺の急進的民主主義者の中には、反米を主張する者も少なからず存在する。このため、急激な駐留経費増額は韓国の国内政治上受け入れがたい。報道によれば、関係者レベルで合意に達した約13%増という案をトランプ前大統領が拒否したと伝えられている。バイデン大統領の同盟を重視する方針に従えば、妥結は近いと思われるが、次の理由が足を引っ張る可能性がある。
北朝鮮との融和を最優先する文大統領は、北朝鮮が批判する米韓連合演習に極めて消極的である。令和2年度(2020年度)防衛白書によれば、大規模な米韓連合演習は2018年3月以降実施されていない。在韓米軍に勤務する米国軍人の平均在韓期間は2年である。従って、現在在韓米軍に勤務している者は、大規模訓練を一回も経験していないこととなる。対北抑止能力は相当程度低下している。バイデン大統領が、在韓米軍の抑止機能に疑問を持ち、議会承認を受け撤退の決断をする可能性も否定できない。
もっとも大きな理由は文政権の対中姿勢である。2017年10月末、韓国康京和外相は韓国の国会で「三不政策」を発表した。三不とは、高高度迎撃ミサイル(THAAD)の追加配備はしない、米国のミサイル防衛網へは参加しない、そして日米韓の軍事同盟は結ばない、とするものである。同年12月の文大統領の訪中に合わせたものとみられている。一方、同じ月に行われた米韓協議では「北朝鮮の核、大量破壊兵器、弾道ミサイルの脅威に対応し、同盟の抑止能力を向上させ、情報の共有と相互運用性を増進させる」との共同声明を発表しており、二枚舌の極みと言わざるを得ない。このような韓国の対応は、米国から不信を持たれて当然と言えよう。
文在寅大統領の任期はあと一年余りであり、その後は保守政権が誕生し、米韓関係が良好に転じる可能性もある。しかしながら、いったん植え付けられた米国の韓国に対する不信感をぬぐうのは容易ではないであろう。米韓同盟は危機を迎えている。
2019年1月に公表された文政権初めての国防白書では、前回の2016年版にあった「北韓の政権と軍は我々の敵である」との表現が削除され、替わりに「主権と領土、国民、財産を威嚇して侵害する勢力を敵とみなす」との記述が追加されている。竹島の主権を主張する日本は、この文脈から解釈すれば「敵」に該当する。
1980年代後半、日米の貿易摩擦が激化し、日米関係が戦後最悪と言われる状態となった際にも、米海軍と海上自衛隊を中心とする軍関係者は良好な関係を保っていた。日米関係をつなぎとめているのは軍であるとまで言われた。しかしながら、現在日韓の軍事関係者の信頼も地に落ちている。自衛艦旗掲揚問題、韓国駆逐艦による射撃管制レーダー照射問題等に対する韓国軍の対応は、政治的圧力があったとはいえ、日本側の信頼を大きく損ねるものであった。
日本にとって米韓同盟が揺らぐことは安全保障上大きな痛手となる。今まで38度線にあった日本の防衛ラインが対馬海峡にまで南下する事となる。しかしながら、韓国の意思決定に日本が関与する余地はほとんどない。日本の世論も韓国に妥協するような政策は許容しないであろう。日本ができることは、米国が米韓同盟破棄に動き出さないように米国を説得する以上の方法は無いように思われる。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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米韓条約と旧日米安保条約点は、日韓の政府が米国に軍の駐留を依頼し、これを米国が認めるという点が共通している。新安保条約では、「米国は極東における平和及び安全の維持に寄与するために、米国軍隊を日本の施設、区域を使用することが許される」と規定されている。条文を解釈する限り、在日米軍は米国自身が必要と認め駐留しているのに対し、在韓米軍は韓国の依頼に基づき駐留しているのである。在韓米軍の撤退について、米国識者が「相手が望んでいないのにいる必要はない」と主張する根源はここにある。
日米安保との相違の二点目は、韓国軍が保有する装備に制限が加えられていることである。度重なる北朝鮮のミサイル発射に対応し、射程は180キロ、300キロそして800キロと次第に延伸されてきた。現在の米韓ミサイル協定では、弾頭重量は500キロ、最大射程は800キロとされている。米韓同盟の役割の中に、韓国の暴走を防ぐという面があることは否定できない。
在韓米軍の規模は、毎年米国の議会で審議される「国防授権法」で規定されている。トランプ前大統領は駐留経費増額交渉が進まないことに業を煮やし、在韓米軍の撤退にまで言及しているが、在韓米軍の規模の変更は議会の承認が無ければ大統領とはいえ勝手にできない。昨年12月に示された「国防授権法」では、在韓米軍は現状の2万8,500人を維持することとされている。防衛白書によると2019年9月末現在の在日米軍は約5万5千人である。在韓米軍が陸空軍中心であるのに対し、在日米軍は洋上に展開する海軍及び海兵隊の数が約4万人と、在日米軍全体の7割にも上るところに大きな違いがある。
現在、米韓同盟が危機を迎えているのは三つの理由による。第一は、駐留経費増額に伴う交渉が暗礁に乗り上げていることである。駐留経費は今年1月から発生しているが、増額率についてまだ結論が出ていない。文大統領周辺の急進的民主主義者の中には、反米を主張する者も少なからず存在する。このため、急激な駐留経費増額は韓国の国内政治上受け入れがたい。報道によれば、関係者レベルで合意に達した約13%増という案をトランプ前大統領が拒否したと伝えられている。バイデン大統領の同盟を重視する方針に従えば、妥結は近いと思われるが、次の理由が足を引っ張る可能性がある。
北朝鮮との融和を最優先する文大統領は、北朝鮮が批判する米韓連合演習に極めて消極的である。令和2年度(2020年度)防衛白書によれば、大規模な米韓連合演習は2018年3月以降実施されていない。在韓米軍に勤務する米国軍人の平均在韓期間は2年である。従って、現在在韓米軍に勤務している者は、大規模訓練を一回も経験していないこととなる。対北抑止能力は相当程度低下している。バイデン大統領が、在韓米軍の抑止機能に疑問を持ち、議会承認を受け撤退の決断をする可能性も否定できない。
もっとも大きな理由は文政権の対中姿勢である。2017年10月末、韓国康京和外相は韓国の国会で「三不政策」を発表した。三不とは、高高度迎撃ミサイル(THAAD)の追加配備はしない、米国のミサイル防衛網へは参加しない、そして日米韓の軍事同盟は結ばない、とするものである。同年12月の文大統領の訪中に合わせたものとみられている。一方、同じ月に行われた米韓協議では「北朝鮮の核、大量破壊兵器、弾道ミサイルの脅威に対応し、同盟の抑止能力を向上させ、情報の共有と相互運用性を増進させる」との共同声明を発表しており、二枚舌の極みと言わざるを得ない。このような韓国の対応は、米国から不信を持たれて当然と言えよう。
文在寅大統領の任期はあと一年余りであり、その後は保守政権が誕生し、米韓関係が良好に転じる可能性もある。しかしながら、いったん植え付けられた米国の韓国に対する不信感をぬぐうのは容易ではないであろう。米韓同盟は危機を迎えている。
2019年1月に公表された文政権初めての国防白書では、前回の2016年版にあった「北韓の政権と軍は我々の敵である」との表現が削除され、替わりに「主権と領土、国民、財産を威嚇して侵害する勢力を敵とみなす」との記述が追加されている。竹島の主権を主張する日本は、この文脈から解釈すれば「敵」に該当する。
1980年代後半、日米の貿易摩擦が激化し、日米関係が戦後最悪と言われる状態となった際にも、米海軍と海上自衛隊を中心とする軍関係者は良好な関係を保っていた。日米関係をつなぎとめているのは軍であるとまで言われた。しかしながら、現在日韓の軍事関係者の信頼も地に落ちている。自衛艦旗掲揚問題、韓国駆逐艦による射撃管制レーダー照射問題等に対する韓国軍の対応は、政治的圧力があったとはいえ、日本側の信頼を大きく損ねるものであった。
日本にとって米韓同盟が揺らぐことは安全保障上大きな痛手となる。今まで38度線にあった日本の防衛ラインが対馬海峡にまで南下する事となる。しかしながら、韓国の意思決定に日本が関与する余地はほとんどない。日本の世論も韓国に妥協するような政策は許容しないであろう。日本ができることは、米国が米韓同盟破棄に動き出さないように米国を説得する以上の方法は無いように思われる。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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