動き出した対中国軍事戦略−海洋圧力戦略の実現に向けて(2)【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
[21/03/19]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
本稿は、動き出した対中国軍事戦略−海洋圧力戦略の実現に向けて(1)【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】(※1)の続編となる。
米国の海洋圧力戦略の構築はすでに緒についている部分がある一方、課題も多い。第一に指摘できるのは、第一列島線を構成する、日本、台湾、フィリピンといった国々との協力が不可欠であるということである。台湾に関しては、中国海空軍の台湾周辺における活動の活発化を受け、危機意識が高まっており、米国の台湾関係法に基づく武器供与への期待は高い。
フィリピンのドゥテルテ大統領は当初反米姿勢を明確にしてきたが、トランプ前大統領とは良好な関係を築いていた。しかしながら、昨年2月に米国とフィリピンの合同演習の根拠となっていた地位協定(VFA : Visiting Force Agreement)の破棄を通告(その後保留)する等、米比関係はドゥテルテ大統領の個人的考えに大きく左右されている。バイデン大統領がどの様な対比政策を示すか未知数であるが、ドゥテルテ大統領の根深い対米不信を考えると、米国が長距離巡航ミサイルをフィリピンに持ち込むことを許容するとは考えにくい。ドゥテルテ大統領の任期は2022年までであり、交渉は次期大統領となってからと考える。
日本の課題は二つ考えられる。その一つはスタンド・オフ・ミサイルの保有が、策源地攻撃能力を保持するのかどうかという国民的議論無しに閣議決定されていることである。2018年の国会答弁資料では、スタンド・オフ・ミサイルは長距離巡航ミサイルであり、これは自衛隊が保有する武器の限度を超えるのではないかとの質問が掲載されている。政府の答弁は、「自衛隊が保有を禁止されているのは、性能上専ら他国の国土の壊滅的破壊のために用いられる兵器である。スタンド・オフ・ミサイルは自衛隊員の安全を確保しつつ、我が国を有効に防衛するために導入するものであり、専守防衛から逸脱するものではない」というものである。答弁内容に「策源地攻撃能力」は一切触れられていない。事実上、「策源地攻撃能力」を保有しながら、その保有の是非に関する議論が不十分であり、将来憲法上の問題として再燃する可能性が極めて高いものと考える。
次に、米軍が在日米軍基地に長距離巡航ミサイルを装備することが、日米安保条約上どのように整理できるかという問題がある。1969年3月の国会答弁では、政府として米国から事前協議があると了解している条件が示されている。その中には、装備における重要な変更として、中長距離ミサイルの持ち込みや我が国から行われる戦闘行動がある。長距離巡航ミサイルの配備は、政府の考える事前協議の対象であるが、米国が事前協議を行うかどうかは未知数である。また、事前協議があった場合、配備場所である沖縄がこれを了承するかという問題があり、政府は極めて厳しい立場に立たされるであろう。
2021年3月5日に北京で行われた中国全国人民代表大会(全人代)において、政府活動報告を行った李克強首相は、「両岸関係の平和的発展と祖国統一を推進する」述べている。さらに、両岸の交流、連携、融合、発展を促進し、「心を一つに民族復興の美しい未来を共に創る」としている。この発言からは、軍事的手段を使用する台湾統一の意思をくみ取ることはできない。しかしながら、昨今中国の外交は「戦狼外交官」による強硬な発言をもてはやすような傾向がある。中国人の多くが、かつて文化大革命で国内が大混乱に陥り、貧しかった中国の記憶を持たない人間が多くなってきた。経済的に豊かになり、強大な軍事力を保有するという大国意識のみが先走れば、台湾への軍事侵攻の声が高まってくる可能性がある。デービッドソン海軍大将が危惧しているのは、このような中国の雰囲気ではないかと考える。
ここで一つ指摘しておきたいことは、米軍の中国に対する軍事戦略の一貫性についてである。今年トランプ政権からバイデン政権に移行したことから、米国の対中姿勢が変化するのではないかと危惧されていた。しかしながら、対中軍事戦略はトランプ政権からバイデン政権まで一貫しており、そこに揺るぎはない。米国軍関係者の対中認識は極めて厳しいということができる。2021年3月16日に東京で開催されたバイデン政権で初となる日米2プラス2において中国に「深刻な懸念」を表明し、中国をけん制する共同声明を発表した。
台湾を巡り、米中が干戈を交えた場合、日本の態度が問われる。2015年に成立した平和安全法制によれば、台湾を巡り米中が軍事衝突を起こした場合の事態認定として、「重要影響事態」又は「存立危機事態」が該当する。重要影響事態は、我が国の平和と安全に重要な影響がある事態であり、自衛隊は、活動する米軍の後方支援が主たる任務となる。一方、「存立危機事態」は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる事態であり、防衛出動が下令され、武力の行使が可能となる。台湾を巡り米中の武力衝突が生起した場合、米軍の後方支援で済むとは思えない。岸防衛大臣は、日米2+2終了後の記者会見で、「日米同盟の強化、特に抑止力・対処力の強化に向けて取り組んでいく。」と述べている。日本が果たすべき役割の拡大について合意したものと考えられる。デービッドソン海軍大将は、日本をアジア太平洋地域における重要な同盟国としている。台湾を巡る米中の戦いに、日本がどの様な法の枠組で、どのようなことをするのか、真剣に議論する時期になったと言える。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
※1:https://web.fisco.jp/platform/selected-news/fisco_scenario/0009330020210319002
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米国の海洋圧力戦略の構築はすでに緒についている部分がある一方、課題も多い。第一に指摘できるのは、第一列島線を構成する、日本、台湾、フィリピンといった国々との協力が不可欠であるということである。台湾に関しては、中国海空軍の台湾周辺における活動の活発化を受け、危機意識が高まっており、米国の台湾関係法に基づく武器供与への期待は高い。
フィリピンのドゥテルテ大統領は当初反米姿勢を明確にしてきたが、トランプ前大統領とは良好な関係を築いていた。しかしながら、昨年2月に米国とフィリピンの合同演習の根拠となっていた地位協定(VFA : Visiting Force Agreement)の破棄を通告(その後保留)する等、米比関係はドゥテルテ大統領の個人的考えに大きく左右されている。バイデン大統領がどの様な対比政策を示すか未知数であるが、ドゥテルテ大統領の根深い対米不信を考えると、米国が長距離巡航ミサイルをフィリピンに持ち込むことを許容するとは考えにくい。ドゥテルテ大統領の任期は2022年までであり、交渉は次期大統領となってからと考える。
日本の課題は二つ考えられる。その一つはスタンド・オフ・ミサイルの保有が、策源地攻撃能力を保持するのかどうかという国民的議論無しに閣議決定されていることである。2018年の国会答弁資料では、スタンド・オフ・ミサイルは長距離巡航ミサイルであり、これは自衛隊が保有する武器の限度を超えるのではないかとの質問が掲載されている。政府の答弁は、「自衛隊が保有を禁止されているのは、性能上専ら他国の国土の壊滅的破壊のために用いられる兵器である。スタンド・オフ・ミサイルは自衛隊員の安全を確保しつつ、我が国を有効に防衛するために導入するものであり、専守防衛から逸脱するものではない」というものである。答弁内容に「策源地攻撃能力」は一切触れられていない。事実上、「策源地攻撃能力」を保有しながら、その保有の是非に関する議論が不十分であり、将来憲法上の問題として再燃する可能性が極めて高いものと考える。
次に、米軍が在日米軍基地に長距離巡航ミサイルを装備することが、日米安保条約上どのように整理できるかという問題がある。1969年3月の国会答弁では、政府として米国から事前協議があると了解している条件が示されている。その中には、装備における重要な変更として、中長距離ミサイルの持ち込みや我が国から行われる戦闘行動がある。長距離巡航ミサイルの配備は、政府の考える事前協議の対象であるが、米国が事前協議を行うかどうかは未知数である。また、事前協議があった場合、配備場所である沖縄がこれを了承するかという問題があり、政府は極めて厳しい立場に立たされるであろう。
2021年3月5日に北京で行われた中国全国人民代表大会(全人代)において、政府活動報告を行った李克強首相は、「両岸関係の平和的発展と祖国統一を推進する」述べている。さらに、両岸の交流、連携、融合、発展を促進し、「心を一つに民族復興の美しい未来を共に創る」としている。この発言からは、軍事的手段を使用する台湾統一の意思をくみ取ることはできない。しかしながら、昨今中国の外交は「戦狼外交官」による強硬な発言をもてはやすような傾向がある。中国人の多くが、かつて文化大革命で国内が大混乱に陥り、貧しかった中国の記憶を持たない人間が多くなってきた。経済的に豊かになり、強大な軍事力を保有するという大国意識のみが先走れば、台湾への軍事侵攻の声が高まってくる可能性がある。デービッドソン海軍大将が危惧しているのは、このような中国の雰囲気ではないかと考える。
ここで一つ指摘しておきたいことは、米軍の中国に対する軍事戦略の一貫性についてである。今年トランプ政権からバイデン政権に移行したことから、米国の対中姿勢が変化するのではないかと危惧されていた。しかしながら、対中軍事戦略はトランプ政権からバイデン政権まで一貫しており、そこに揺るぎはない。米国軍関係者の対中認識は極めて厳しいということができる。2021年3月16日に東京で開催されたバイデン政権で初となる日米2プラス2において中国に「深刻な懸念」を表明し、中国をけん制する共同声明を発表した。
台湾を巡り、米中が干戈を交えた場合、日本の態度が問われる。2015年に成立した平和安全法制によれば、台湾を巡り米中が軍事衝突を起こした場合の事態認定として、「重要影響事態」又は「存立危機事態」が該当する。重要影響事態は、我が国の平和と安全に重要な影響がある事態であり、自衛隊は、活動する米軍の後方支援が主たる任務となる。一方、「存立危機事態」は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる事態であり、防衛出動が下令され、武力の行使が可能となる。台湾を巡り米中の武力衝突が生起した場合、米軍の後方支援で済むとは思えない。岸防衛大臣は、日米2+2終了後の記者会見で、「日米同盟の強化、特に抑止力・対処力の強化に向けて取り組んでいく。」と述べている。日本が果たすべき役割の拡大について合意したものと考えられる。デービッドソン海軍大将は、日本をアジア太平洋地域における重要な同盟国としている。台湾を巡る米中の戦いに、日本がどの様な法の枠組で、どのようなことをするのか、真剣に議論する時期になったと言える。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
※1:https://web.fisco.jp/platform/selected-news/fisco_scenario/0009330020210319002
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