諸刃の剣の法律戦−米中対立の新たな側面−(1)【実業之日本フォーラム】
[21/06/16]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
2021年6月11日、解放軍報は、6月10日の中国第13回全国人民代表大会常任委員会第29回会議で採択された「反外国制裁法」を掲載した。16条からなるこの法律は、中国又は中国の個人に対する差別的制裁措置に対し、中国が国家として適切な措置をとる権利を有することを規定するものである。
全人代常務委員会法務・労働委員長は、解放軍報のインタビューに答えて、この法律は「一部の西側諸国による中国に対する圧力に対する防御策である」とし、「いかなる口実やいかなる方法でも中国の内政に干渉するいかなる国にも反対する」と述べている。2021年3月にアメリカとEUが新疆ウィグル自治区の人権侵害に関し経済制裁を発動したことを念頭に置いていることは間違いなく、6月11日からイギリスで開催されたG7サミットに対し、強いメッセージを示したものと言える。
今まで中国には外国からの制裁に対抗する法律は存在せず、経済制裁に対しては「輸出管理法」の適用や、通関等の手続きを遅らせることで対応していた。経済制裁に対するものではないが、2010年に中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件の際、レアアースの日本向け輸出を法的手段ではなく、通関手続きを遅らせる形で報復している。今回「反外国制裁法」を制定したことにより、欧米諸国からの経済制裁に対し、法的裏付けを持って対処する体制を整えたということができる。
「反外国制裁法」には、中国国務院関連部門が制裁措置を講じるリストを作成するとされており、同法第5条に制裁措置の対象範囲として、本人だけではなく、配偶者、近親者、組織の上級管理者そして個人が所属する組織や関連する組織に範囲を拡大することができるとされている。しかも第6条には、入国拒否、ビザの取り消し、強制送還そして不動産又は財産の押収、凍結、取引制限という措置が規定されている。
中国で商業活動に従事している外国人は中国に経済制裁が発動された場合、逆に財産を没収され国外追放の憂き目にあいかねないリスクが生じる可能性がある。同法の今後の適用状況を注意深く見ていく必要がある。
これに対し米国は中国を名指しし、自らの競争力を強化する法律の制定を進めている。2021年6月8日に上院で採決され、今後下院での審議及び大統領承認を経て法制化される予定である。「U.S. Innovation and Competition Act」と名付けられたこの法律は、アメリカが技術開発を進めていくべき分野や競争力を強化していくための政策を定めたものであり、5つの法律を束ねたものである。
そのうち2本の法律、「Strategic Competition Act」及び「Meeting the China Challenge Act」は明確に中国との戦略的競争を視野に入れたものである。中国の反応は極めて速く、6月9日には全人代外交委員会報道官は、同法を「冷戦思考とイデオロギー上の偏見に満ち、中国内政への干渉、そして中国発展の封じ込めを図るものである」と批判している。中国の素早い反応は、本法律に対する警戒感の高さを示していると言えるであろう。
特に注目すべきは「Strategic Competition Act」である。同法には、中国の有害な影響力拡大を阻止すると明白に規定されている。同法で規定されている項目は多岐にわたるが、軍事的に注目されるのは、同盟国及び友好国と協力して中国に対処するとしている点である。
特に、アメリカ、日本、オーストラリア及びインドによるQUADの重要性が指摘され、常設機関を目指す管理組織を立ち上げるための予算が計上されている。QUADが依然として緩やかな連携とされているのは、常設の管理組織を持たないこともその一因である。常設機関設立までは紆余曲折が予想されるが、アメリカが常設機関設置にリーダーシップをとることを明言したことは大きな一歩である。
次に注目されるのは、台湾政策である。同法の「米台パートナーシップの強化(Enhancing the United States-Taiwan Partnership)」と題するセクションでは、アメリカのインド太平洋戦略にとって台湾は中心的存在であるとし、台湾の平和及び民主主義を維持することがインド太平洋の平和と安定及び米国の重要な国益保護の鍵であるとしている。具体的施策として、台湾の自主国防力を向上させるために、沿岸防備、防空、対潜戦、先端かつ抗堪性のある指揮統制システム等の構築について協力するとともに、世界保健機関(WTO)、民間航空機関(ICAO)及び国際警察機構等の国際機関への加入を促進するとしている。
今回の包括法案である「U.S. Innovation and Competition Act」には、米国の技術や科学研究及び同盟国や友好国との関係強化を図るために合わせて2,000億ドル(約21兆8,000億円)以上が投資される。法案の提案者である民主党のシューマー上院院内総務は、「米国のイノベーションを一段と後押しし、今後数世代にわたって我が国の競争優位性を維持する内容である」とその意義を強調している。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
■実業之日本フォーラムの3大特色
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1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
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2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
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3)「ほめる」メディア
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全人代常務委員会法務・労働委員長は、解放軍報のインタビューに答えて、この法律は「一部の西側諸国による中国に対する圧力に対する防御策である」とし、「いかなる口実やいかなる方法でも中国の内政に干渉するいかなる国にも反対する」と述べている。2021年3月にアメリカとEUが新疆ウィグル自治区の人権侵害に関し経済制裁を発動したことを念頭に置いていることは間違いなく、6月11日からイギリスで開催されたG7サミットに対し、強いメッセージを示したものと言える。
今まで中国には外国からの制裁に対抗する法律は存在せず、経済制裁に対しては「輸出管理法」の適用や、通関等の手続きを遅らせることで対応していた。経済制裁に対するものではないが、2010年に中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件の際、レアアースの日本向け輸出を法的手段ではなく、通関手続きを遅らせる形で報復している。今回「反外国制裁法」を制定したことにより、欧米諸国からの経済制裁に対し、法的裏付けを持って対処する体制を整えたということができる。
「反外国制裁法」には、中国国務院関連部門が制裁措置を講じるリストを作成するとされており、同法第5条に制裁措置の対象範囲として、本人だけではなく、配偶者、近親者、組織の上級管理者そして個人が所属する組織や関連する組織に範囲を拡大することができるとされている。しかも第6条には、入国拒否、ビザの取り消し、強制送還そして不動産又は財産の押収、凍結、取引制限という措置が規定されている。
中国で商業活動に従事している外国人は中国に経済制裁が発動された場合、逆に財産を没収され国外追放の憂き目にあいかねないリスクが生じる可能性がある。同法の今後の適用状況を注意深く見ていく必要がある。
これに対し米国は中国を名指しし、自らの競争力を強化する法律の制定を進めている。2021年6月8日に上院で採決され、今後下院での審議及び大統領承認を経て法制化される予定である。「U.S. Innovation and Competition Act」と名付けられたこの法律は、アメリカが技術開発を進めていくべき分野や競争力を強化していくための政策を定めたものであり、5つの法律を束ねたものである。
そのうち2本の法律、「Strategic Competition Act」及び「Meeting the China Challenge Act」は明確に中国との戦略的競争を視野に入れたものである。中国の反応は極めて速く、6月9日には全人代外交委員会報道官は、同法を「冷戦思考とイデオロギー上の偏見に満ち、中国内政への干渉、そして中国発展の封じ込めを図るものである」と批判している。中国の素早い反応は、本法律に対する警戒感の高さを示していると言えるであろう。
特に注目すべきは「Strategic Competition Act」である。同法には、中国の有害な影響力拡大を阻止すると明白に規定されている。同法で規定されている項目は多岐にわたるが、軍事的に注目されるのは、同盟国及び友好国と協力して中国に対処するとしている点である。
特に、アメリカ、日本、オーストラリア及びインドによるQUADの重要性が指摘され、常設機関を目指す管理組織を立ち上げるための予算が計上されている。QUADが依然として緩やかな連携とされているのは、常設の管理組織を持たないこともその一因である。常設機関設立までは紆余曲折が予想されるが、アメリカが常設機関設置にリーダーシップをとることを明言したことは大きな一歩である。
次に注目されるのは、台湾政策である。同法の「米台パートナーシップの強化(Enhancing the United States-Taiwan Partnership)」と題するセクションでは、アメリカのインド太平洋戦略にとって台湾は中心的存在であるとし、台湾の平和及び民主主義を維持することがインド太平洋の平和と安定及び米国の重要な国益保護の鍵であるとしている。具体的施策として、台湾の自主国防力を向上させるために、沿岸防備、防空、対潜戦、先端かつ抗堪性のある指揮統制システム等の構築について協力するとともに、世界保健機関(WTO)、民間航空機関(ICAO)及び国際警察機構等の国際機関への加入を促進するとしている。
今回の包括法案である「U.S. Innovation and Competition Act」には、米国の技術や科学研究及び同盟国や友好国との関係強化を図るために合わせて2,000億ドル(約21兆8,000億円)以上が投資される。法案の提案者である民主党のシューマー上院院内総務は、「米国のイノベーションを一段と後押しし、今後数世代にわたって我が国の競争優位性を維持する内容である」とその意義を強調している。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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