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いつか来た道−最近の北朝【実業之日本フォーラム鮮情勢−】

注目トピックス 経済総合
2021年7月30日付の北朝鮮労働新聞は、7月24日から4日間、平壌において「朝鮮人民軍第1回指揮官・政治活動家(委員)講習会」が実施されたことを伝えている。報道によると、朝鮮人民軍の連隊長以上の指揮官及び政治委員を対象とするものであり、朝鮮人民軍創設以来初めてとされている。6月に行われた朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会において、指導機関メンバーの活動と生活で重大な問題が発覚したとして、朴正天総参謀長及び李炳哲中央政治局常務委員がそれぞれ降格されたとみられている。朴総参謀長は、総参謀長の地位を保ってはいるものの、元帥から次帥に降任されている。李元帥も政治局常務委員から降格されたとみられており、軍服を着用せずに、各種行事に参加していることが確認されていることから、朝鮮人民軍元帥という階級も剥奪されたものと思われる。これらのことから、「重大問題が発覚した指導機関メンバー」とは軍関係者であると推定されている。

7月に行われた「朝鮮人民軍第1回指揮官・政治活動家(委員)講習会」は、軍高官に対する処罰を受けて、軍内が動揺することを防ぐことを目的として実施されたものとみられる。労働新聞によれば、金正恩総書記は初めて実施するこの会議の意義を次のように述べたとされている。

「本講習会は、わが革命勢力の最精鋭化、強兵化路線と課題を正確に、徹底的に貫徹する上で各級部隊の指揮官、政治活動家の役割を画期的に強めるために催すものである。」

連隊長という、現場レベルの指揮官まで招集し金正恩総書記の言葉を直接聞かせたということは、金総書記が軍上層部による部隊統率に疑問を抱いている可能性が高い。6月に明らかにされた軍内の不祥事は、党による軍へのガバナンスに対する疑念を抱かせたのであろう。DMZ(非武装地帯)沿いの軍団の連隊長まで参集を命ぜられたかについては定かではないが、もし参集を命ぜられたとすれば、相当程度即応力を低下させることもいとわないという危機感すら感じられる。

一方、朴総参謀長や李氏に対する処罰は極めて軽い。両氏に温情をかけた可能性もあるが、叔父である張成沢すら処刑した金正恩総書記が、そのような温情をかける可能性は少ない。処罰はするものの、軍の統制を保つためには、現時点では、両氏の存在が必要とみている可能性が高い。

本講習会と相前後して、北朝鮮及び韓国は「南北通信連絡線」の再稼働に合意したことを明らかにした。7月27日、朝鮮中央通信社は、「両首脳の合意に従って北南双方は7月27日10時から、全ての北南通信連絡線を再稼働する措置を取った。通信連絡線の復元は、北南関係の改善と発展に肯定的な働きをすることになるであろう」と伝えている。同通信連絡線は、昨年6月に北朝鮮がビラ配布に反発して一方的に遮断したものである。韓国大統領府は、今年4月以降複数回にわたり親書を交換し、関係回復に努めてきたことに言及したうえで、首脳会談への期待感をにじませている。

南北通信連絡線の復旧は、6月に朝鮮労働党中央委員会で、金正恩総書記が対話の可能性を示唆したこととも相まって、北朝鮮が平和攻勢に出る可能性を示すものである。

北朝鮮は平和攻勢を行うにあたり、バーターを要求するのが通例である。1994年の北朝鮮核問題の米朝枠組み合意は、黒鉛原子炉を破棄する代わりに軽水炉の建設と、毎年50万トンの重油支援を受けるというものであった。2018年には金正恩労働党委員長(当時)は、新年の辞において、平昌オリンピックに代表団を派遣する用意があると述べるとともに、米韓合同軍事演習の中止も要求している。

8月1日、北朝鮮国営の中央通信は、金与正党第一副部長が「韓国が米国との合同軍事演習を予定通り実施すれば、関係修復に向けた北南の決意がそこなわれる。我々は合同演習の規模や形式について論じたことはない」と述べたと伝えられている。規模を縮小し、図上演習という形で行うという韓国内の報道をも牽制する発言である。

韓国文在寅政権は、北朝鮮の米韓連合訓練に対する批判に過剰に反応する傾向がある。文政権で行われた地上軍による大規模米韓合同演習は2017年8月の「ウルチフリーダムガーディアン」が最後であり、もう4年実施されていない。同訓練も主にコンピューターを使って行われた図上演習であった。地上軍による大規模実動訓練は2017年3月に実施された「フォール・イーグル」までさかのぼる。8月2日、韓国国防省報道官は「時期や規模などは確定しておらず、米韓で協議中」と述べている。韓国統一省の報道官は「朝鮮半島に軍事的緊張を作るきっかけになってはならない」と合同演習実施に否定的な発言を行っている。

来年5月に任期が切れる文在寅韓国大統領にとって、レガシー作りが焦眉の急であり、南北関係の修復が最重要課題である。首脳会談、特に金正恩総書記のソウル訪問が実現できれば、歴史に名を刻むと考えているであろう。そのため、米韓合同訓練の中止を決断する可能性は極めて高い。4年以上大規模な実動訓練が行われていないことは、米韓連合軍の即応能力が大きく低下していることを意味する。さらに見逃せないのは、戦時統制権の返還問題である。文政権は、自主国防を旗印に、戦時統制権返還に積極的である。米韓合同訓練は、この戦時統制権返還後の米韓連合軍の能力を評価することも含まれる。これを十分に行わないまま、戦時統制権を韓国に返還した場合、米韓連合軍として十分に機能しない可能性が生じる。米韓連合軍の能力の低下は朝鮮半島だけではなく、日本の安全保障にも大きな影響を与える。

北朝鮮は、国連の経済制裁に加え、新型コロナウイルス蔓延防止のための国境封鎖や、昨年の自然災害のため、経済的に苦境に陥っているのではないかと見られている。更には、今回行われた軍の指揮官及び政治委員への講習会の実施は、軍の統制が緩んでいる可能性も指摘できる。金正恩総書記の対話を示唆する発言や、通信連絡線の復旧は、北朝鮮の国内体制を整備するために、経済支援に期待を寄せている兆候とも見ることが可能である。

北朝鮮の核問題を巡る関係諸国との交渉は、進展と、とん挫を繰り返し、最終的には北朝鮮に核とそれを運搬する手段である弾道ミサイルを保有することを許してしまった。国際社会として、今回北朝鮮の平和攻勢を「いつか来た道」としない新たなアプローチが必要である。そのためには、北朝鮮の国内状況を確実に把握し、どこまで妥協する余地があるのかを確実に把握することが前提条件となる。そうしなければ、従来同様に北朝鮮の強気な姿勢に言いなりとなりかねない。北朝鮮国内の状況を把握するためには、中国の協力が不可欠であるが、「米中の競争的対立」という環境下で、どのように中国を交渉に巻き込んでいくか慎重に検討しなければならないであろう。

バイデン政権は、北朝鮮核問題に、オバマともトランプとも異なるアプローチをとるとしている。その真価が問われる時期が間近に迫っている。当面、韓国が米韓合同演習の中止などという、安易な妥協をすることのないように釘をさしておく必要があるであろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

提供:KRT/ロイター/アフロ


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