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血の紐帯(2)−AUKUSが安全保障に与える影響−【実業之日本フォーラム】

注目トピックス 経済総合
本稿は「血の紐帯(1)−AUKUSが安全保障に与える影響−【実業之日本フォーラム】」の続編となる。

アメリカにとってAUKUSは、対中国包囲網の兵力補完として、イギリスにとってはBREXIT(EU離脱)を経て、「Global Britain」をめざすための太平洋における拠点確保という観点から、メリットが大きい。今回の合意に基づき、原子力潜水艦の設計、製造、訓練、核燃料の保管、使用済み核燃料の処理等の問題の検討を、今後18か月以内に終える計画である。AUKUSが乗り越えなければならない試練は、これら技術上のハードルだけではない。周辺諸国から理解を得ることを忘れてはならない。

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は、豪モリソン首相に対し、原子力潜水艦のニュージーランド領海への侵入は容認しないと伝えている。ASEANは1997年に発効した「東南アジア非核兵器地帯条約」を締結しており、原子力潜水艦の建造を進めるAUKUSを歓迎するような環境にはない。マレーシア首相は、インド太平洋地域の軍拡と核兵器の拡散を、インドネシア外相は軍拡競争と軍事力の誇示に対する懸念をそれぞれ示している。

一方、シンガポールのリー・シェンロン首相は、AUKUSが地域の平和と安定に寄与することを期待するとともに、地域の枠組みを補強する役割を果たすことを望むと述べている。周辺諸国は、AUKUSの枠組みで中国との軍事的対立が激化することを歓迎していないことは明らかである。また、インドネシアが「軍事力の誇示」を懸念するとしているのは、オーストラリアの原子力潜水艦保有は、自国にとって脅威となり得るとの認識を示すものであろう。周辺諸国から懸念を生まないように、一定程度の透明性を持った原子力潜水艦の整備及び運用が望まれる。

日本にとってAUKUSの創設には期待と懸念の双方がある。加藤官房長官は9月16日の記者会見で、「インド太平洋地域の平和と安全にとって重要だ」と歓迎している。QUADの一員であるオーストラリアの軍事力が向上することは、QUADの対中抑止力が強化されることにつながる。加藤官房長官が歓迎するとしたのはAUKUSのこの点を評価したものである。一方日本が懸念するは次の三点と考えられる。

第一に、米豪と仏の対立が激化した場合、欧州正面におけるNATOの結束が弱まることになり、ロシアの強圧的な外交姿勢への対抗に亀裂が入る。北方領土問題を抱える日本にとって、欧州方面におけるNATOを中心とする対ロ圧力の変化は、日ロ交渉におけるロシアの姿勢に大きく影響する。欧州方面におけるNATOの圧力が減少した場合、ロシアが対日交渉を強気に進めてくる可能性は否定できない。

次にインド太平洋方面におけるフランスのコミットメントの低下である。今年5月に日米豪仏4か国による共同訓練「ARC21」が実施された。日本からは、陸海及び空自が参加し、防空戦や着上陸訓練が実施されている。フランスは、太平洋方面に仏領ポリネシアをはじめ多くの域外領土を保有しており、インド太平洋方面に空母シャルル・ド・ゴールを派遣するなど積極的に関与する姿勢を示している。米豪と仏の対立はこの協力の枠組み推進に竿さすものである。QUADの枠組みに、他の国を加える「拡大QUAD」が検討されているが、フランス及びイギリスを加えた拡大QUADについて調整を進め、英仏のインド太平洋へのコミットメントをつなぎ止める必要がある。

最後は、韓国の原子力潜水艦建造に与える影響である。2020年8月に韓国国防部が公表した「2021〜2025国防中期計画」には、空母に加えて4,000トン級新型(原子力)潜水艦3隻が含まれていた。韓国が原子力潜水艦を建造するためには、米国からの技術供与が不可欠である。2017年9月に行われた米韓首脳会談で、文大統領は、トランプ前大統領に、「北朝鮮に対し圧倒的な軍事力優位を維持する一環として、原子力潜水艦建造に対する協力を求めた」と報道されている。

今年9月に潜水艦から弾道ミサイル発射試験を成功させた韓国にとって、原子力潜水艦の保有は悲願と言える。オーストラリアには原子力潜水艦の技術を供与するのに、同じ同盟国である韓国にはしないのかという問いに答えるのは難しい。オーストラリアは特別とした場合、「やはりアングロサクソンという血筋」を大事にするのかとの議論が起こり、韓国内に反米感情や米韓同盟破棄論が起こってくるであろう。日本にとっても、必ずしも意思疎通が十分実施できない韓国の原潜が日本周辺を行動することは、探知した場合の識別に時間がかかるという点も含め、自衛隊の運用に必ずしもいい影響は与えない。さらには、日韓の軍事力バランスが大きく変化し、日韓関係がさらに悪化する可能性も否定できない。

今回創設されたAUKUSの対中国牽制上の役割は大きい。アメリカはフランスの反発をある程度は織り込み済みであったと推定できるが、ここまで強烈とは見ていなかった可能性が高い。米軍のアフガニスタン撤退で生まれた、同盟国のアメリカに対する信頼低下を助長させるという点も指摘できる。すでにNATO高官から、今回のAUKUS創設は同盟国軽視、ロシアに対する警戒感不足であるとの見解が示されている。アメリカが今後とも世界のリーダーとして世界秩序をけん引していこうとするのであれば、大使召還というカードまで切ったフランスをいかになだめるかが大きなカギとなるであろう。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:UPI/アフロ


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