軍の支配強まるスーダン、エコノミック・ステイトクラフトと予防外交に活路(2)【実業之日本フォーラム】
[21/11/29]
提供元:株式会社フィスコ
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注目トピックス 経済総合
本稿は、「軍の支配強まるスーダン、エコノミック・ステイトクラフトと予防外交に活路(1)【実業之日本フォーラム】」の続きである。
3.エコノミック・ステイトクラフト
軍の影響力が強い暫定統治とあわせてスーダンで変わっていないことがある。経済の苦境が続いていることだ。1993年に米国のテロ支援国家リストに指定されたことを皮切りに、スーダンには厳しい輸出入禁止措置と金融制裁が課されていた。2016年にスーダン政府と反政府武装勢力との停戦が持続したことから、米国は、オバマ政権の末期に制裁の一部解除を暫定決定した。ただし、その前向きな動きが続くか見極めるため、最終判断はトランプ政権に持ち越された。トランプ政権は2017年10月に制裁を一部解除したが、テロ支援国家リスト指定からの解除は見送った。
制裁の一部解除が、ただちに経済発展を意味するわけではない。テロ支援国家リスト指定が続いていたため、企業にとってはスーダンにおける米ドルでの取引にリスクが残っていた。盤石と見られていたバシール政権が2019年に突如倒れたことで、制裁の全面解除が期待された。しかし、軍民共同の暫定統治が始まっても制裁解除はなかなか進展しなかった。トランプ政権は2020年12月になってようやく、約27年も続いてきたテロ支援国家リスト指定からの解除を決定した。背景にあったのは、米国が仲介して進めていたイスラエルとの国交正常化にスーダンが合意したことだった。
悲願の制裁解除を達成したスーダンだったが、そのころには新型コロナ感染症が世界を席巻していた。コロナ感染拡大という打撃を受け2020年のインフレ率は111%を記録した(世界銀行)。世界で二番目の異常な高さであった。
しかも、長年にわたる経済制裁を経験してきたスーダンのビジネス環境は厳しい。物流インフラや金融インフラにも課題が多い。欧米が制裁をかけていた1990年代、中国がアフリカで最初に石油開発を進めたのはスーダンだった。しかし異常なインフレと厳しいビジネス環境のため、スーダンを去った中国企業も多い。
南スーダンに油田を手渡したスーダンが、外貨獲得のため進めてきたのが金の採掘である。輸出品トップは金、原油、ゴマなど農産品、そして羊など家畜である。金は輸出総額の3割を占め、その輸出はアラブ首長国連邦に集中している。金の採掘はダルフールで盛んである。しかし近年は金鉱をめぐって内戦や民間人への襲撃が起きており、政府側の民兵が関与していたという疑念も晴れていない。脆弱な経済構造は変わっていない。
2019年にバシールを追い落としたのは経済的な苦境により声を上げた学生や若者だったが、制裁が解除されても、人々の生活はよくならなかった。
むしろ、バシール政権の頃のように軍が再び統治し国を安定させるべきと求めるデモも起き始めた。そうした声に勢いづけられ、今年9月には軍の一部によるクーデター未遂事件が起きていた。これに反発する民主化勢力のデモも激しくなり、首都ハルツームは緊張の度合いを強めていた。10月のクーデターは、そうした状況下で起きた。
軍が支配を強めるスーダンだが、脆弱な経済が急所であることは変わっていない。米国のバイデン政権は、そこを突いた。
10月25日のクーデター直後、アメリカ国務省は拘束された政治家の即時解放、文民主導の暫定政府を完全に回復させることを求め、予定されていた7億ドル(約800億円)の経済支援の凍結をすぐさま発表した。さらに世銀も約20億ドル(約2,300億円)規模で予定していた融資を停止した。これに協調してフランスも、5月に各国が合意した140億ドルの債務救済策を、政治交渉に進展があるまで凍結する方法を検討している。
経済を「力の資源」として利用する政策をエコノミック・ステイトクラフトという。その技法のひとつが援助停止である。スーダンに対するエコノミック・ステイトクラフトは、ブルハン議長を含め軍に一定の効果があったようである。バイデン政権は8月にもアフガニスタンにおけるタリバンのカブール制圧に際し、即座に援助停止に踏み切った。タリバンにはあまり響かなかったようだが、バシール政権の顛末を見ていたスーダンの軍は、経済が安定した統治の土台であることをよくわかっていたのだろう。ブルハン議長は「ハムドゥク首相の身の安全に危険があったため安全な場所に保護している、クーデターではない」などと主張し始めた。11月に入るとさらにトーンダウンしていった。
4.周辺国や地域機構を巻き込んだ予防外交
エコノミック・ステイトクラフトとあわせて米国が展開しているのが、軍や治安部隊の後ろ盾と見られているエジプトやサウジアラビアなどアラブ諸国への働きかけ、そしてエチオピアなど地域大国やAU、IGADなど地域機構との連携だ。ブリンケン国務長官はスーダン情勢に関し、こうした国々や地域機構とたびたび電話会談を実施している。
バイデン政権は従来から、スーダンやエチオピア、ソマリアを含むアフリカ東部の「アフリカの角」地域での予防外交を活発化させていた。その中心で活躍しているのが米国「アフリカの角」担当特使のジェフリー・フェルトマンである。フェルトマン米国特使は長年、中東と北アフリカ外交に携わりレバノン大使を経て、オバマ政権で中東担当国務次官補を務めた。その後、国連事務次長として国連政務局(当時)を率いた。国連事務次長の際には、イラク、イエメン、ソマリアなど世界の紛争における和平調停と紛争予防、西アフリカや中央アフリカで頻発していた政変時の危機管理を国連事務局で主導した。
フェルトマン米国特使が10月23日にハルツームでブルハン議長とハムドゥク首相と会談し、民政移管プロセスを進めるよう働きかけた直後、クーデターが発生した。フェルトマン特使は、ブルハン議長がスーダンの人々の民主化への願いを「裏切った」と、厳しく非難した。同時にAUやIGAD、エチオピア、現地で活動する国連スーダン統合移行支援ミッション(UNITAMS)とも連携し、巧みな外交を展開していると見られている。AUはスーダンを締め出し、国連安全保障理事会は軍に対し文民主導の暫定政府を回復させるよう求めた。
結果的に、主権評議会における軍の支配力は強まったが、ハムドゥク首相は4週間で復職した。スーダンでは2023年に総選挙が予定されており、ハムドゥク首相はそれまで暫定政権を率いる予定である。世界を見渡せば、ミャンマーではクーデター後に軍政がアウン・サン・スー・チーら文民を拘束し続けている。アフガニスタンではタリバンが国民の食料危機に真剣に取り組まず劣悪な統治を続けている。スーダンは、ミャンマーやアフガニスタンとは違う道を歩みつつある。
今後、国際社会はスーダンにどう向き合うべきか。大切なことは、スーダンがバシール前政権のような民衆への苛烈な統治と、それに対する欧米の厳しい制裁に逆戻りすることがないよう、エコノミック・ステイトクラフトと予防外交を巧みに組み合わせながら、スーダンの民政移管への歩みを支えることである。それは民主主義や人権を外交の柱に据えているバイデン外交にとっても大きな試金石である。経済制裁、なかでも金融制裁に踏み切ってしまうと、一般市民の痛みも大きい。いまのミャンマーやアフガニスタンでは、エコノミック・ステイトクラフトも、外交も、なかなか成果をあげられていない。スーダンでは、それらが効いている兆しがある。
人権や民主主義を外交のスローガンとして掲げるだけでは、自らの命を顧みずデモを続ける若者たちを失望させるだけだ。スーダンの厳しい現状に、希望を見出していきたい。外交は、そのために具体的な役割を果たしていくべきだろう。
提供:Sudan Transitional Sovereign Council/AP/アフロ
執筆者プロフィール
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。国連・外務省・IT企業で国際政治や危機管理の実務に携わり、2020年から現職。研究分野は国際公共政策、国際紛争、新型コロナ対策やワクチン外交など健康安全保障、経済安全保障、制裁、サイバー、新興技術。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。ツイッター:https://twitter.com/Yoshi_Sagara
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・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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3.エコノミック・ステイトクラフト
軍の影響力が強い暫定統治とあわせてスーダンで変わっていないことがある。経済の苦境が続いていることだ。1993年に米国のテロ支援国家リストに指定されたことを皮切りに、スーダンには厳しい輸出入禁止措置と金融制裁が課されていた。2016年にスーダン政府と反政府武装勢力との停戦が持続したことから、米国は、オバマ政権の末期に制裁の一部解除を暫定決定した。ただし、その前向きな動きが続くか見極めるため、最終判断はトランプ政権に持ち越された。トランプ政権は2017年10月に制裁を一部解除したが、テロ支援国家リスト指定からの解除は見送った。
制裁の一部解除が、ただちに経済発展を意味するわけではない。テロ支援国家リスト指定が続いていたため、企業にとってはスーダンにおける米ドルでの取引にリスクが残っていた。盤石と見られていたバシール政権が2019年に突如倒れたことで、制裁の全面解除が期待された。しかし、軍民共同の暫定統治が始まっても制裁解除はなかなか進展しなかった。トランプ政権は2020年12月になってようやく、約27年も続いてきたテロ支援国家リスト指定からの解除を決定した。背景にあったのは、米国が仲介して進めていたイスラエルとの国交正常化にスーダンが合意したことだった。
悲願の制裁解除を達成したスーダンだったが、そのころには新型コロナ感染症が世界を席巻していた。コロナ感染拡大という打撃を受け2020年のインフレ率は111%を記録した(世界銀行)。世界で二番目の異常な高さであった。
しかも、長年にわたる経済制裁を経験してきたスーダンのビジネス環境は厳しい。物流インフラや金融インフラにも課題が多い。欧米が制裁をかけていた1990年代、中国がアフリカで最初に石油開発を進めたのはスーダンだった。しかし異常なインフレと厳しいビジネス環境のため、スーダンを去った中国企業も多い。
南スーダンに油田を手渡したスーダンが、外貨獲得のため進めてきたのが金の採掘である。輸出品トップは金、原油、ゴマなど農産品、そして羊など家畜である。金は輸出総額の3割を占め、その輸出はアラブ首長国連邦に集中している。金の採掘はダルフールで盛んである。しかし近年は金鉱をめぐって内戦や民間人への襲撃が起きており、政府側の民兵が関与していたという疑念も晴れていない。脆弱な経済構造は変わっていない。
2019年にバシールを追い落としたのは経済的な苦境により声を上げた学生や若者だったが、制裁が解除されても、人々の生活はよくならなかった。
むしろ、バシール政権の頃のように軍が再び統治し国を安定させるべきと求めるデモも起き始めた。そうした声に勢いづけられ、今年9月には軍の一部によるクーデター未遂事件が起きていた。これに反発する民主化勢力のデモも激しくなり、首都ハルツームは緊張の度合いを強めていた。10月のクーデターは、そうした状況下で起きた。
軍が支配を強めるスーダンだが、脆弱な経済が急所であることは変わっていない。米国のバイデン政権は、そこを突いた。
10月25日のクーデター直後、アメリカ国務省は拘束された政治家の即時解放、文民主導の暫定政府を完全に回復させることを求め、予定されていた7億ドル(約800億円)の経済支援の凍結をすぐさま発表した。さらに世銀も約20億ドル(約2,300億円)規模で予定していた融資を停止した。これに協調してフランスも、5月に各国が合意した140億ドルの債務救済策を、政治交渉に進展があるまで凍結する方法を検討している。
経済を「力の資源」として利用する政策をエコノミック・ステイトクラフトという。その技法のひとつが援助停止である。スーダンに対するエコノミック・ステイトクラフトは、ブルハン議長を含め軍に一定の効果があったようである。バイデン政権は8月にもアフガニスタンにおけるタリバンのカブール制圧に際し、即座に援助停止に踏み切った。タリバンにはあまり響かなかったようだが、バシール政権の顛末を見ていたスーダンの軍は、経済が安定した統治の土台であることをよくわかっていたのだろう。ブルハン議長は「ハムドゥク首相の身の安全に危険があったため安全な場所に保護している、クーデターではない」などと主張し始めた。11月に入るとさらにトーンダウンしていった。
4.周辺国や地域機構を巻き込んだ予防外交
エコノミック・ステイトクラフトとあわせて米国が展開しているのが、軍や治安部隊の後ろ盾と見られているエジプトやサウジアラビアなどアラブ諸国への働きかけ、そしてエチオピアなど地域大国やAU、IGADなど地域機構との連携だ。ブリンケン国務長官はスーダン情勢に関し、こうした国々や地域機構とたびたび電話会談を実施している。
バイデン政権は従来から、スーダンやエチオピア、ソマリアを含むアフリカ東部の「アフリカの角」地域での予防外交を活発化させていた。その中心で活躍しているのが米国「アフリカの角」担当特使のジェフリー・フェルトマンである。フェルトマン米国特使は長年、中東と北アフリカ外交に携わりレバノン大使を経て、オバマ政権で中東担当国務次官補を務めた。その後、国連事務次長として国連政務局(当時)を率いた。国連事務次長の際には、イラク、イエメン、ソマリアなど世界の紛争における和平調停と紛争予防、西アフリカや中央アフリカで頻発していた政変時の危機管理を国連事務局で主導した。
フェルトマン米国特使が10月23日にハルツームでブルハン議長とハムドゥク首相と会談し、民政移管プロセスを進めるよう働きかけた直後、クーデターが発生した。フェルトマン特使は、ブルハン議長がスーダンの人々の民主化への願いを「裏切った」と、厳しく非難した。同時にAUやIGAD、エチオピア、現地で活動する国連スーダン統合移行支援ミッション(UNITAMS)とも連携し、巧みな外交を展開していると見られている。AUはスーダンを締め出し、国連安全保障理事会は軍に対し文民主導の暫定政府を回復させるよう求めた。
結果的に、主権評議会における軍の支配力は強まったが、ハムドゥク首相は4週間で復職した。スーダンでは2023年に総選挙が予定されており、ハムドゥク首相はそれまで暫定政権を率いる予定である。世界を見渡せば、ミャンマーではクーデター後に軍政がアウン・サン・スー・チーら文民を拘束し続けている。アフガニスタンではタリバンが国民の食料危機に真剣に取り組まず劣悪な統治を続けている。スーダンは、ミャンマーやアフガニスタンとは違う道を歩みつつある。
今後、国際社会はスーダンにどう向き合うべきか。大切なことは、スーダンがバシール前政権のような民衆への苛烈な統治と、それに対する欧米の厳しい制裁に逆戻りすることがないよう、エコノミック・ステイトクラフトと予防外交を巧みに組み合わせながら、スーダンの民政移管への歩みを支えることである。それは民主主義や人権を外交の柱に据えているバイデン外交にとっても大きな試金石である。経済制裁、なかでも金融制裁に踏み切ってしまうと、一般市民の痛みも大きい。いまのミャンマーやアフガニスタンでは、エコノミック・ステイトクラフトも、外交も、なかなか成果をあげられていない。スーダンでは、それらが効いている兆しがある。
人権や民主主義を外交のスローガンとして掲げるだけでは、自らの命を顧みずデモを続ける若者たちを失望させるだけだ。スーダンの厳しい現状に、希望を見出していきたい。外交は、そのために具体的な役割を果たしていくべきだろう。
提供:Sudan Transitional Sovereign Council/AP/アフロ
執筆者プロフィール
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。国連・外務省・IT企業で国際政治や危機管理の実務に携わり、2020年から現職。研究分野は国際公共政策、国際紛争、新型コロナ対策やワクチン外交など健康安全保障、経済安全保障、制裁、サイバー、新興技術。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。ツイッター:https://twitter.com/Yoshi_Sagara
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実業之日本フォーラム( https://jitsunichi-forum.jp/ )では、以下の編集方針でサイト運営を進めてまいります。
(1)「国益」を考える言論・研究プラットフォーム
・時代を動かすのは「志」、メディア企業の原点に回帰する
・国力・国富・国益という用語の基本的な定義づけを行う
(2)地政学・地経学をバックボーンにしたメディア
・米中が織りなす新しい世界をストーリーとファクトで描く
・地政学・地経学の視点から日本を俯瞰的に捉える
(3)「ほめる」メディア
・実業之日本社の創業者・増田義一の精神を受け継ぎ、事を成した人や新たな才能を世に紹介し、バックアップする
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