イギリスのCPTPP加盟申請は中国に痛手か?(1)【中国問題グローバル研究所】
[21/02/24]
提供元:株式会社フィスコ
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GRICI
【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。中国研究の第一人者である筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している遠藤 誉所長の考察を2回に渡ってお届けする。
???
イギリスが正式にCPTPPへの加盟申請をしたことを、中国では「脱欧入亜」と皮肉っている。イギリスが先に加盟することによって中国の加盟を阻止することができるのだろうか?中国の受け止めを中心に考察する。
◆一羽の鶏がアジア太平洋に地殻変動をもたらすのか?
2月1日、イギリスはCPTPP(=TPP11)(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)加盟に正式に申請をした。
なぜ近くのEUから離脱し、遠くのアジア太平洋地域に入っていくのか。中国ではイギリスのこの行動を「脱欧入亜」と皮肉っている。かつて日本をはじめ多くの発展途上国が「脱亜入欧」を掲げて近代国家建設を目指したのをもじったものだ。
それにしてもイギリスは本当は「脱欧入米」をしたかったのではないのかと、中国のネットでは冷ややかだ。ネットでは、英米自由貿易協定を結べなかったイギリスを憐れむ形で「脱欧入亜」と「脱欧入米」という言葉を並べて論評している。中国語では「米国」は「美国」と書くので、中国のネットで交わされているフレーズは正確には「脱欧入美」である。
この理由がまた、やや嘲笑気味に書かれているのでご紹介しておこう。
すなわち、ブレグジッドに躍起になったイギリスのジョンソン首相は、最初はアメリカと手を結ぼうと、当時のトランプ大統領に近づいてみたのだが、結局のところ「鶏肉」などの問題でトランプの譲歩を得ることができず決裂したとのこと。その「鶏肉」、実は「ネズミの毛やウジ虫が混入していても、塩素消毒さえすれば大丈夫」というレベルのアメリカの食品安全基準に、イギリスの紳士淑女たちが我慢できなかったという説明が付いている。
中にはこのような映像(※2)や、このような環球時報(※3)の報道あるいは人民日報海外網の報道(※4)もある。いずれも主人公は「鶏」だ。
もしアメリカと自由貿易協定を結べば、常にアメリカからの脅しに反応しなければならない。さまざまな譲歩を迫られる。だから誇り高き「元大英帝国」は、かつての植民地とイギリス連邦(コモンウェルス)が点在するインド太平洋や東南アジアに「威風堂々」と戻ろうとしていると、やや冷やかし気味だ。
残っているイギリス領の島嶼はインド洋にある「チャゴス島」(※5)なのだが、この小さな小さな島を、中国のテレビでは拡大して見せた。だからイギリスには「アジア太平洋」に戻って行く資格があると、イギリスのために「面白おかしく」弁解してあげている。
しかし、一羽の鶏が、もしかしたらアジア太平洋情勢に地殻変動をもたらすとしたら、これは笑い事では済まされない。
◆イギリスが加盟した場合の米中の動き
アメリカがダメなら、ブレグジットによって「グローバル・ブリテン」を掲げてきたイギリスとしては、CPTPPに加入する以外に選択肢はなかっただろう。中国とはキャメロン政権時代に中英黄金時代を築いたが、それも今は儚い夢。トランプが「俺と仲良くしたいのなら、まずファーウェイを排除してみせろ」と迫ったものだから、ボリス・ジョンソン首相は今年9月からファーウェイの5G製品を新規購入しないと約束し、2027年までには全てのファーウェイ製品をイギリスから締め出すと誓いを立ててしまっている。だから中国との仲が険悪だ。パートナーとして中国を選ぶ可能性も一時期は推測されたが、その道も断たれた。
となるとイギリスにはCPTPPを選ぶ道しか残されてないのである。
実は何も「チャゴス島」を虫メガネで拡大して見せなくとも、CPTPPにはニュージーランドとオーストラリアおよびカナダという、かつての大英帝国の傘下にあったイギリス連邦の国が3ヵ国も入っている。イギリスがCPTPPに加盟すれば、アメリカを除くファイブアイズの4ヵ国がCPTPPにいることになる。
ここにアメリカが戻ってくれば、ファイブアイズが揃うのである。
ファイブアイズという、暗号による秘密情報を共有する組織をイギリスが提起した時の敵は日本であり、ドイツ(特にエニグマ)、イタリアだった。その日本が現在のCPTPPの中ではGDP規模が最も大きいので、日本が「日本を倒すために設立された組織」であるファイブアイズに入るという、皮肉な可能性も出てくる。
となれば、イギリスを入れたCPTPPは、ファイブアイズ設立時の味方国であった中国を、今度は敵に回して「対中包囲網」を形成する可能性も出てくるわけだ。
そのとき肝心なのはアメリカの出方と、アメリカに対するイギリスの反応だろう。その考察にはいくつかのケース・スタディを試みなければならない。
まず、アメリカがCPTPPに戻る意思を表明した時のことを考えてみよう。
バイデン政権は、今は内政問題(コロナ、経済、国内分裂)を解決しなければならず、外交どころではないだろう。しかし何年かのち、アメリカが戻る意思を表明した時に、そこには確実にメンバー国としてイギリスがいる。
さて、このときイギリスは、アメリカに対してどのような態度をとるだろうか?
「お前は私を、かつては鶏肉を使って侮蔑した。CPTPPに入りたいなら、鶏肉に関して謝罪し、譲歩せよ」と迫って、「足蹴にした(トランプ政権だった)アメリカ」に恨みを晴らすだろうか?
要するにイギリスの紳士淑女が嫌った「塩素消毒したネズミの毛入りの鶏肉」に関して、アメリカが譲歩するか否かということである。たかが鶏肉、されど鶏肉だ。
イギリスは、今度はアメリカに跪(ひざまず)く必要はなくて、アメリカに跪かせる側に立つことができる。その点は、誇り高きイギリスにとっては悪い気分ではないだろう。
結果、アメリカが折れて、仮に他のメンバー国もアメリカを認めて、アメリカがCPTPPに戻ったとすれば、中国を除いて大きな経済圏ができるので、米英ともに得をしたことになる。この場合、中国は完全に締め出されることになるだろう。
しかし逆にアメリカが、「そんな屈辱的な譲歩はしない」としてCPTPPに戻ろうとしなかった場合、あるいはアメリカ国内の白人貧困労働者層の反対を受けて戻ってこなかった場合を考えてみよう。となると現状でCPTPPの経済規模は約10 兆ドルで世界シェアの約13%に過ぎないので、米・中という大きな経済体の前では影が薄い。中国がもし、「俺を入れないようにしようというのなら、入ってやらないよ」と逆方向を向くかもしれない。となると、中国を入れてでもCPTPPの存在を強化させたいという願望が、もしかしたらメンバー国から出てくるかもしれない。
「イギリスのCPTPP加盟申請は中国に痛手か?(2)【中国問題グローバル研究所】」へ続く。
写真:代表撮影/ロイター/アフロ
※1:https://grici.or.jp/
※2:https://www.bilibili.com/video/av61592542/
※3:http://finance.sina.com.cn/roll/2019-07-31/doc-ihytcerm7610119.shtml
※4:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1640564149554574923&wfr=spider&for=pc
※5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%B4%E3%82%B9%E8%AB%B8%E5%B3%B6
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◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している遠藤 誉所長の考察を2回に渡ってお届けする。
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イギリスが正式にCPTPPへの加盟申請をしたことを、中国では「脱欧入亜」と皮肉っている。イギリスが先に加盟することによって中国の加盟を阻止することができるのだろうか?中国の受け止めを中心に考察する。
◆一羽の鶏がアジア太平洋に地殻変動をもたらすのか?
2月1日、イギリスはCPTPP(=TPP11)(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)加盟に正式に申請をした。
なぜ近くのEUから離脱し、遠くのアジア太平洋地域に入っていくのか。中国ではイギリスのこの行動を「脱欧入亜」と皮肉っている。かつて日本をはじめ多くの発展途上国が「脱亜入欧」を掲げて近代国家建設を目指したのをもじったものだ。
それにしてもイギリスは本当は「脱欧入米」をしたかったのではないのかと、中国のネットでは冷ややかだ。ネットでは、英米自由貿易協定を結べなかったイギリスを憐れむ形で「脱欧入亜」と「脱欧入米」という言葉を並べて論評している。中国語では「米国」は「美国」と書くので、中国のネットで交わされているフレーズは正確には「脱欧入美」である。
この理由がまた、やや嘲笑気味に書かれているのでご紹介しておこう。
すなわち、ブレグジッドに躍起になったイギリスのジョンソン首相は、最初はアメリカと手を結ぼうと、当時のトランプ大統領に近づいてみたのだが、結局のところ「鶏肉」などの問題でトランプの譲歩を得ることができず決裂したとのこと。その「鶏肉」、実は「ネズミの毛やウジ虫が混入していても、塩素消毒さえすれば大丈夫」というレベルのアメリカの食品安全基準に、イギリスの紳士淑女たちが我慢できなかったという説明が付いている。
中にはこのような映像(※2)や、このような環球時報(※3)の報道あるいは人民日報海外網の報道(※4)もある。いずれも主人公は「鶏」だ。
もしアメリカと自由貿易協定を結べば、常にアメリカからの脅しに反応しなければならない。さまざまな譲歩を迫られる。だから誇り高き「元大英帝国」は、かつての植民地とイギリス連邦(コモンウェルス)が点在するインド太平洋や東南アジアに「威風堂々」と戻ろうとしていると、やや冷やかし気味だ。
残っているイギリス領の島嶼はインド洋にある「チャゴス島」(※5)なのだが、この小さな小さな島を、中国のテレビでは拡大して見せた。だからイギリスには「アジア太平洋」に戻って行く資格があると、イギリスのために「面白おかしく」弁解してあげている。
しかし、一羽の鶏が、もしかしたらアジア太平洋情勢に地殻変動をもたらすとしたら、これは笑い事では済まされない。
◆イギリスが加盟した場合の米中の動き
アメリカがダメなら、ブレグジットによって「グローバル・ブリテン」を掲げてきたイギリスとしては、CPTPPに加入する以外に選択肢はなかっただろう。中国とはキャメロン政権時代に中英黄金時代を築いたが、それも今は儚い夢。トランプが「俺と仲良くしたいのなら、まずファーウェイを排除してみせろ」と迫ったものだから、ボリス・ジョンソン首相は今年9月からファーウェイの5G製品を新規購入しないと約束し、2027年までには全てのファーウェイ製品をイギリスから締め出すと誓いを立ててしまっている。だから中国との仲が険悪だ。パートナーとして中国を選ぶ可能性も一時期は推測されたが、その道も断たれた。
となるとイギリスにはCPTPPを選ぶ道しか残されてないのである。
実は何も「チャゴス島」を虫メガネで拡大して見せなくとも、CPTPPにはニュージーランドとオーストラリアおよびカナダという、かつての大英帝国の傘下にあったイギリス連邦の国が3ヵ国も入っている。イギリスがCPTPPに加盟すれば、アメリカを除くファイブアイズの4ヵ国がCPTPPにいることになる。
ここにアメリカが戻ってくれば、ファイブアイズが揃うのである。
ファイブアイズという、暗号による秘密情報を共有する組織をイギリスが提起した時の敵は日本であり、ドイツ(特にエニグマ)、イタリアだった。その日本が現在のCPTPPの中ではGDP規模が最も大きいので、日本が「日本を倒すために設立された組織」であるファイブアイズに入るという、皮肉な可能性も出てくる。
となれば、イギリスを入れたCPTPPは、ファイブアイズ設立時の味方国であった中国を、今度は敵に回して「対中包囲網」を形成する可能性も出てくるわけだ。
そのとき肝心なのはアメリカの出方と、アメリカに対するイギリスの反応だろう。その考察にはいくつかのケース・スタディを試みなければならない。
まず、アメリカがCPTPPに戻る意思を表明した時のことを考えてみよう。
バイデン政権は、今は内政問題(コロナ、経済、国内分裂)を解決しなければならず、外交どころではないだろう。しかし何年かのち、アメリカが戻る意思を表明した時に、そこには確実にメンバー国としてイギリスがいる。
さて、このときイギリスは、アメリカに対してどのような態度をとるだろうか?
「お前は私を、かつては鶏肉を使って侮蔑した。CPTPPに入りたいなら、鶏肉に関して謝罪し、譲歩せよ」と迫って、「足蹴にした(トランプ政権だった)アメリカ」に恨みを晴らすだろうか?
要するにイギリスの紳士淑女が嫌った「塩素消毒したネズミの毛入りの鶏肉」に関して、アメリカが譲歩するか否かということである。たかが鶏肉、されど鶏肉だ。
イギリスは、今度はアメリカに跪(ひざまず)く必要はなくて、アメリカに跪かせる側に立つことができる。その点は、誇り高きイギリスにとっては悪い気分ではないだろう。
結果、アメリカが折れて、仮に他のメンバー国もアメリカを認めて、アメリカがCPTPPに戻ったとすれば、中国を除いて大きな経済圏ができるので、米英ともに得をしたことになる。この場合、中国は完全に締め出されることになるだろう。
しかし逆にアメリカが、「そんな屈辱的な譲歩はしない」としてCPTPPに戻ろうとしなかった場合、あるいはアメリカ国内の白人貧困労働者層の反対を受けて戻ってこなかった場合を考えてみよう。となると現状でCPTPPの経済規模は約10 兆ドルで世界シェアの約13%に過ぎないので、米・中という大きな経済体の前では影が薄い。中国がもし、「俺を入れないようにしようというのなら、入ってやらないよ」と逆方向を向くかもしれない。となると、中国を入れてでもCPTPPの存在を強化させたいという願望が、もしかしたらメンバー国から出てくるかもしれない。
「イギリスのCPTPP加盟申請は中国に痛手か?(2)【中国問題グローバル研究所】」へ続く。
写真:代表撮影/ロイター/アフロ
※1:https://grici.or.jp/
※2:https://www.bilibili.com/video/av61592542/
※3:http://finance.sina.com.cn/roll/2019-07-31/doc-ihytcerm7610119.shtml
※4:https://baijiahao.baidu.com/s?id=1640564149554574923&wfr=spider&for=pc
※5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%B4%E3%82%B9%E8%AB%B8%E5%B3%B6
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