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3分30秒の軽運動で子どもの認知機能や気分が向上

2025年12月11日
早稲田大学

発表のポイント

●3分30秒の低強度運動を1回行った後に、子どもの認知機能が向上することが明らかになりました。さらに、運動後は快適度が向上するとともに、覚醒度の低下が抑えられることが示されました。5分以下の低強度運動で認知機能の向上を示した世界初の研究です。学校や塾で軽運動を行うことで、学習効率やメンタルヘルスの向上につながる可能性があります。

●本研究では、小学5年生から中学2年生の計31名を対象に実験を行いました。実験では、(1)安静条件(15分間を安静な座位で過ごす)と(2)運動条件(15分間の座位の途中に3.5分間の軽運動を行う)の2つの条件を、すべての対象者が実施しました。

●実験で用いた3分30秒の低強度運動プログラムは、ストレッチ・片足バランス・手指の運動など、誰もが取り組みやすい種目で構成され、特別な道具や準備は不要で、その場でできる内容でした。この運動プログラムは、同研究グループが前頭前野(大脳の前方にある“脳の司令塔”と呼ばれる領域)の血流を増加させやすい低強度運動種目として、以前の研究(Naito et al., Scientific Reports, 2024)で特定した内容を元に作成しました。

●近年では、子どもの運動不足と座位時間の増加、メンタルヘルス不調の増加や学習意欲の低下が社会的な問題になっています。学校や塾での授業開始時や授業の合間など、教室で簡単にできる軽運動を実施することで、子どもの心身の健康と学習効率が高まることが期待されます。

 

世界の80%以上の子どもは身体活動が不足している上、近年では1日の中で座って過ごす時間が1時間以上増加していることが報告されています。日本も例外ではありません。このような不活発な生活による心身の健康や認知機能への悪影響が懸念され、少しでも多く体を動かすことが大切です。

早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の内藤 隆(ないとう たかし)氏、早稲田大学スポーツ科学学術院の石井 香織(いしい かおり)教授、岡 浩一朗(おか こういちろう)教授らの研究グループは、1回の実施で子どもの認知機能と気分を一時的に高める短時間(3分30秒)の運動プログラムを開発しました。このプログラムは、簡単なストレッチや片足バランス、手指の運動で構成されており、学校や塾の教室でも簡単にでき、運動量アップや座りっぱなしの解消につながるだけでなく、学習効率や気分を高めたり、眠気を防いだりする効果が期待できます。

本研究成果は、2025年12月5日(金)に『Scientific Reports』に掲載されました。

 

キーワード:

子ども、小中学生、短時間、軽運動、低強度、認知機能、実行機能、気分、快適度、覚醒度

 

これまでの研究で分かっていたこと

運動が認知機能を高めることは20年以上前から研究で示されており、現在まで数多くの研究が蓄積されています。さまざまな研究結果をまとめて検証する「メタ解析」という方法でも、1回の運動および習慣的な運動とも認知機能に良い影響を与えることが示されています。

しかし、これまでの研究の多くは、ランニングやスポーツなどの中強度・高強度の運動や、20~60分程度の比較的長時間の運動が中心でした。一方で、より取り組みやすい短時間かつ低強度の運動を扱った研究は十分ではありませんでした。

これまでの研究では、10分間の1回の自転車こぎ運動によって認知機能が向上することが、若年成人と高齢者で示されていました。また、子どもを対象とした研究では、5分間のその場のランニングやジャンプ運動、縄跳び運動などの比較的強度が高い短時間の運動でも認知機能の向上が確認されています。さらに、別の研究では、運動によってネガティブな気分が減少し、ポジティブな気分が高まることも明らかになっています。

学校は体育の授業や休み時間の外遊び、部活動など身体活動を促す環境である一方、学校で過ごす時間の70%以上が座位(座っている状態)で占められており、長時間座り続けることを助長しているという指摘があります。生徒の健康保持ならびに学習時の集中力向上のため、世界保健機関や国際的な研究者団体は、授業中や休憩時間に身体活動プログラムを取り入れることを推奨しています。

学校長・教員・生徒への調査では、授業中や休憩時間に取り入れやすい運動プログラムの条件として、(1)数分(1〜5分以内)でできること、(2)特別な道具や準備が必要ないこと、(3)生徒が無理なくできる内容であること、(4)学習活動に対する利益が期待できることなどが挙げられていました。

しかし、5分以下の運動、あるいは誰もが無理なくできる低強度の運動を用いた研究は非常に限られており、さらに5分以下の低強度運動で認知機能が向上したという報告は、本研究グループが調べる限り全世代で存在していませんでした。

 

(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究グループは、子どもたちが少しでも体を動かし、座りすぎを軽減するとともに、認知機能と気分の向上にも効果がある、短時間の低強度運動プログラムの開発を目指しました。運動プログラムは、学校や塾で実施しやすいよう、5分以内ででき、特別な道具や準備が必要なく、教室環境でできる内容としました。

 小学5年生から中学2年生の計31名を対象に実験を行いました。実験では、(1)安静条件(15分間を安静な座位で過ごす)と(2)運動条件(座位での休憩の合間に3.5分間の軽運動を行う)という2つの条件を、すべての対象者が実施しました。安静条件および運動条件の各前後に、認知機能と気分(快適度・覚醒度)の測定を行いました(図1)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202512090650-O3-Y186hx5g

図1:安静条件と運動条件の手順(実験プロトコル)

 

認知機能の一種である「実行機能」※1に含まれる「抑制制御」※2は、注意・行動・感情のコントロールに関わる能力です。衝動や外からの刺激に流されずに状況に合った適切な行動を選べる力で、学習や日常生活においてとても重要です。本研究では、カラーワード・ストループ課題 ※3という認知課題を行い、その反応時間などで抑制制御を評価しました。また、気分の測定は、二次元気分尺度(TDMS)という質問紙を用い、快適度および覚醒度を評価しました。

運動条件で用いた3分30秒の低強度運動プログラムは、ストレッチ・片足バランス・手指の運動など、誰もが取り組みやすい種目で構成されました。特別な道具や準備は不要で、その場でできる内容でした。この運動プログラムは、同研究グループが前頭前野(大脳の前方にある“脳の司令塔”と呼ばれる領域)の血流を増加させやすい低強度運動種目として、以前の研究(Naito et al., Scientific Reports, 2024)で特定した内容を元に作成されました(図2)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202512090650-O4-081tWNAE

図 2:本実験で用いた3分30秒の低強度運動プログラム

 

実験の結果、運動条件では、運動後に認知課題(不一致課題)の反応時間が有意に短縮しました。一方、安静条件では有意な変化はみられませんでした。また、運動条件では、運動後に快適度が有意に上昇しました。一方、安静条件では有意な変化はみられませんでした。さらに、安静条件では、15分の座位の後に覚醒度が有意に低下したのに対し、運動条件では覚醒度が維持されました(図3)。

 これらの結果は、3.5分の低強度運動プログラムを行うことで、抑制制御が高まるとともに、快適度が向上し、さらに座位安静による覚醒度の低下を防止したことを示しています。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202512090650-O5-54n2Ou8q

図3:反応時間・快適度・覚醒度の前後比較(安静条件・運動条件)

 

近年では、子どもの運動不足と座位時間の増加、メンタルヘルス不調の増加や学習意欲の低下が社会的な問題になっています。学校や塾での授業開始時や授業の合間など、教室で簡単にできる軽運動(動きの少ない単調なストレッチ主体ではなく、本プログラムのような動きのあるストレッチや手指の運動、バランス運動で構成された、低強度だが一定の身体的/認知的負荷が伴う運動)を実施することで、子どもの心身の健康と学習効率が高まることが期待されます。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

学校や塾の授業開始時や合間に、短時間の低強度運動プログラムを取り入れることで抑制制御と気分が高まり、学習効率が上がる可能性があります。

また、子どもたちが少しでも体を動かし、長時間の座りっぱなしを防ぐことで、心と体の健康づくりにもつながると考えられます。

 

(4)今後の課題、展望

本研究が対象とした小学5年生から中学2年生以外の子どもにおいても同様の結果が得られるかについて、対象年齢を広げて検証することが必要です。

本研究は1回の軽運動実施による効果を検証しました。今後、このような軽運動を習慣的に行った場合(例えば3ヶ月間など)に認知機能や気分に及ぼす影響を検証することが必要です。

今後、学校や塾における軽運動プログラムの実践を広めるため、教育現場で実践しやすいツール(動画、ウェブサイトなど)を開発することが必要です。

低強度で安全・簡単な運動といった特性を活かし、加齢による認知機能の低下が起こりやすい高齢者、長時間の中断されない座位を行いがちなオフィスワーカーへの応用も視野に入れ、研究を進めていきます。

 

(5)研究者のコメント

少しでも体を動かすことが、私たちの心や脳にとって大切であることを示した研究だと思います。学校や塾で、このようなちょっとした運動が日常的に実践される環境づくりを目指し、今後、さらなる研究を進めます。子どもに限らず、運動不足や長時間座りがちな大人の方も、ぜひ自宅や職場で実践していただけると幸いです。

 

(6)用語解説

※1 実行機能:

「特定の目標を達成するために適切な行動を選択する能力」(Miyake et al., 2000)と定義され、[1]抑制制御(行動の衝動性を抑え,注意を維持する力)、[2]作業記憶(必要な情報を一時的に保持および処理する力)、[3]認知的柔軟性(状況に応じて考え方や行動を切り替える力)、の3つの中核的機能で構成されます(Diamond, 2013)。

 

※2 抑制制御:

「行動の衝動性を抑え、注意を維持する力」で、学習場面や日常生活全般において重要な役割を果たします。抑制制御は実行機能全体や知能の発達の基盤と考えられています(Harnishfeger & Bjorklund, 1994;Anderson, 2001)。

 

※3 カラーワード・ストループ課題:

「抑制制御」を評価する代表的な心理学的ツールです。中立課題(簡単な問題)と不一致課題(難しい問題)の2種類で構成されます。中立課題では、画面に赤・青・緑・黄のいずれかの色の四角がタブレットの画面に表示され、対象者はその色に対応するボタンをできるだけ素早く押します。不一致課題では、単語とインクの色が一致しない刺激(例:「青」という単語が黄色のインクで表示されている)が表示され、対象者は単語の意味ではなくインクの色に対応するボタンをできるだけ素早く押します。不一致課題では、単語の意味が色の判断を邪魔するため、反応が遅れたり、誤答率が増えたりしやすく、抑制制御の力が必要となります。本実験では、安静条件・運動条件のそれぞれで介入前後に中立課題と不一致課題を各60試行ずつ行い、反応時間とエラー率を記録しました。

 

(7)論文情報

雑誌名:Scientific Reports

論文名:Acute 3.5-minute light-intensity exercise enhances executive function and psychological mood in children.

執筆者名(所属機関名):Takashi Naito* (Graduate School of Sport Sciences, Waseda University), Koichiro Oka (Faculty of Sport Sciences, Waseda University), Kaori Ishii(Faculty of Sport Sciences, Waseda University)*責任著者

掲載日時:2025年12月5日(金)

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-025-27358-2

掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-27358-2

 

(8)論文情報

本研究は、JP 21K11507(内藤 隆)、JP 23K10770(石井 香織、岡 浩一朗)の助成を受けて行われました。

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