制御因子を用いたラン藻の代謝改変に成功
[15/08/27]
提供元:@Press
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明治大学農学部農芸化学科の小山内崇専任講師、飯嶋寛子共同研究員らの研究グループは、理化学研究所の平井優美チームリーダー、近藤昭彦チームリーダーらの研究グループと共同で、ラン藻の遺伝子改変による代謝の改変に成功しました。RpaAという制御因子を改変した結果、リシンやグリシンなどの有用なアミノ酸が増加することを発見しました。
ラン藻は、光エネルギーと二酸化炭素を利用できる光合成細菌です。この性質を利用して、ラン藻を使った二酸化炭素からのものづくりに期待が集まっています。研究グループは、世界で広く研究されているモデルラン藻である「シネコシスティス[1]」を用いて、遺伝子改変を行い、代謝への影響を調べました。
研究グループは、改変する遺伝子を選ぶ中で、レスポンスレギュレーター[2]に着目しました。レスポンスレギュレーターは、細胞内のシグナル伝達を担い、遺伝子の転写[3]に直接働くことが知られています。研究グループはこれまでの研究において、転写に関与するタンパク質を改変することで、ラン藻の代謝を改変できることを見出してきました。
RpaAは、サーカディアンリズムや光応答に関与するレスポンスレギュレーターです。細胞内のRpaAタンパク質量を増加させた「RpaA過剰発現株」を作製したところ、糖や有機酸、アミノ酸の量が変動するなど、代謝が大きく変化することが分かりました。特に、RpaA過剰発現株を暗闇で1日間培養すると、対照株の通常培養条件時に比べて、グリシンが2倍、リシンが4倍に増加することが分かりました。
今回の成果は、ラン藻を用いた有用物質生産という実用化プロセスに向けて、代謝の基礎メカニズムの解明につながると期待できます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAの一環として行われ、スイスの科学雑誌『Frontiers in Microbiology』のオンライン版(8月14日付け)に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
共同研究員 飯嶋 寛子(いいじま ひろこ)
理化学研究所 環境資源科学研究センター
細胞生産研究チーム
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)
副チームリーダー 白井 智量(しらい ともかず)
テクニカルスタッフ 岡本 真実(おかもと まみ)
代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
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1.背景
光合成は、地球上の生命を支える最も重要な化学反応の1つです。光合成を行うことで光エネルギーと二酸化炭素を利用できることから、光合成研究は、環境バイオテクノロジーの分野における最も重要な研究課題であると言えます。
ラン藻は、光合成を行う細菌であり、増殖が速く、遺伝子改変も容易であるという特徴を持ちます。古くからラン藻は光合成や代謝の基礎研究に利用されてきましたが、近年では、ラン藻を用いたバイオエネルギー・バイオマテリアル生産への応用が期待されています。
「シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)」は、遺伝子改変が可能であり、培養も簡単であることから、世界中で広く研究されているラン藻です。シネコシスティスの光合成と代謝を研究することで、基礎研究・応用研究の両面での発展が期待されます。
これまで研究グループは、遺伝子を改変することで代謝を変化させる「代謝工学」により、ラン藻のバイオプラスチックや水素、アミノ酸の量を増やすことに成功してきました。特に、一見代謝に関係のない遺伝子を改変することによって、代謝や目的物質の量を変化させるというユニークな方法を開発してきました。
2.研究手法と成果
今回、ラン藻の転写を制御するレスポンスレギュレーターであるRpaAに着目しました。RpaAは、サーカディアンリズムや光のシグナル伝達を行うことが知られています。ラン藻の代謝は、サーカディアンリズムや光と密接な関係があることから、研究グループは、このRpaAの遺伝子の改変によって代謝が変化すると予測しました。今回の研究では特に、ラン藻の光条件を変えるという培養条件の変化を与えて実験を行いました(図1)。
研究グループが、遺伝子改変によりRpaA過剰発現(転写を促進してタンパク質の量を増やすこと)させたシネコシスティスを開発したところ、細胞内の糖やアミノ酸、有機酸の量が変化することを明らかになりました。研究グループは、細胞内の代謝産物を一斉に測定する「メタボローム解析」という手法を用いて、光を照射して培養した時(明条件)と、暗闇で培養した時(暗条件)の代謝産物量の変化を包括的に解析しました。その結果、RpaA過剰発現株では、糖リン酸やクエン酸回路の有機酸の量が変化することが明らかになりました。また、細胞内のアミノ酸を測定したところ、暗条件で1日間培養したRpaA過剰発現株は、明条件での対照株(野生株)に比べ、グリシンが約2倍、リシンが約4倍に増加することが明らかになりました(図2)。
また、RpaA過剰発現により、ラン藻の時計タンパク質として知られるKaiABCの遺伝子の発現や、糖代謝をグローバルに制御する因子であるRNAポリメラーゼシグマ因子SigEのタンパク質量が変化することも分かりました。この結果は、RpaAが代謝酵素を制御するだけでなく、制御因子を制御する「司令塔」の役割を果たしていることを示唆します(図3)。
3.今後の期待
今回の研究では、RpaAという転写制御因子を利用することで、ラン藻の代謝を変化させ、リシンなどの有用アミノ酸を増加させることが可能であることが明らかになりました。このように、ラン藻の代謝のメカニズムが明らかになっていくことで、二酸化炭素を炭素源とした微細藻類によるものづくりにつながる期待されます。今後は、詳細な代謝の制御メカニズムの解明といった基礎研究の進展や、大規模なラン藻の培養系の確立といった応用研究への発展が期待されます。
4.論文情報
<タイトル>
Changes in primary metabolism under light and dark conditions in response to overproduction of a response regulator RpaA in the unicellular cyanobacterium
<著者名>
Hiroko Iijima*, Tomokazu Shirai*, Mami Okamoto, Akihiko Kondo, Masami Yokota Hirai, Takashi Osanai *同等貢献
<雑誌>
Frontiers in Microbiology
<DOI>
doi: 10.3389/fmicb.2015.00888
5.補足説明
[1] シネコシスティス
最も広く利用されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。
[2] レスポンスレギュレーター
二成分制御系とよばれるファミリーに属し、主に転写を制御するタンパク質。上流のヒスチジンキナーゼからリン酸基が転移することで、細胞内の様々なシグナルを伝達する役割も担う。
[3] 転写
遺伝子であるDNAからRNAを合成すること。RNAポリメラーゼがRNA合成の反応を触媒する。
ラン藻は、光エネルギーと二酸化炭素を利用できる光合成細菌です。この性質を利用して、ラン藻を使った二酸化炭素からのものづくりに期待が集まっています。研究グループは、世界で広く研究されているモデルラン藻である「シネコシスティス[1]」を用いて、遺伝子改変を行い、代謝への影響を調べました。
研究グループは、改変する遺伝子を選ぶ中で、レスポンスレギュレーター[2]に着目しました。レスポンスレギュレーターは、細胞内のシグナル伝達を担い、遺伝子の転写[3]に直接働くことが知られています。研究グループはこれまでの研究において、転写に関与するタンパク質を改変することで、ラン藻の代謝を改変できることを見出してきました。
RpaAは、サーカディアンリズムや光応答に関与するレスポンスレギュレーターです。細胞内のRpaAタンパク質量を増加させた「RpaA過剰発現株」を作製したところ、糖や有機酸、アミノ酸の量が変動するなど、代謝が大きく変化することが分かりました。特に、RpaA過剰発現株を暗闇で1日間培養すると、対照株の通常培養条件時に比べて、グリシンが2倍、リシンが4倍に増加することが分かりました。
今回の成果は、ラン藻を用いた有用物質生産という実用化プロセスに向けて、代謝の基礎メカニズムの解明につながると期待できます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAの一環として行われ、スイスの科学雑誌『Frontiers in Microbiology』のオンライン版(8月14日付け)に掲載されました。
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
共同研究員 飯嶋 寛子(いいじま ひろこ)
理化学研究所 環境資源科学研究センター
細胞生産研究チーム
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)
副チームリーダー 白井 智量(しらい ともかず)
テクニカルスタッフ 岡本 真実(おかもと まみ)
代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
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1.背景
光合成は、地球上の生命を支える最も重要な化学反応の1つです。光合成を行うことで光エネルギーと二酸化炭素を利用できることから、光合成研究は、環境バイオテクノロジーの分野における最も重要な研究課題であると言えます。
ラン藻は、光合成を行う細菌であり、増殖が速く、遺伝子改変も容易であるという特徴を持ちます。古くからラン藻は光合成や代謝の基礎研究に利用されてきましたが、近年では、ラン藻を用いたバイオエネルギー・バイオマテリアル生産への応用が期待されています。
「シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)」は、遺伝子改変が可能であり、培養も簡単であることから、世界中で広く研究されているラン藻です。シネコシスティスの光合成と代謝を研究することで、基礎研究・応用研究の両面での発展が期待されます。
これまで研究グループは、遺伝子を改変することで代謝を変化させる「代謝工学」により、ラン藻のバイオプラスチックや水素、アミノ酸の量を増やすことに成功してきました。特に、一見代謝に関係のない遺伝子を改変することによって、代謝や目的物質の量を変化させるというユニークな方法を開発してきました。
2.研究手法と成果
今回、ラン藻の転写を制御するレスポンスレギュレーターであるRpaAに着目しました。RpaAは、サーカディアンリズムや光のシグナル伝達を行うことが知られています。ラン藻の代謝は、サーカディアンリズムや光と密接な関係があることから、研究グループは、このRpaAの遺伝子の改変によって代謝が変化すると予測しました。今回の研究では特に、ラン藻の光条件を変えるという培養条件の変化を与えて実験を行いました(図1)。
研究グループが、遺伝子改変によりRpaA過剰発現(転写を促進してタンパク質の量を増やすこと)させたシネコシスティスを開発したところ、細胞内の糖やアミノ酸、有機酸の量が変化することを明らかになりました。研究グループは、細胞内の代謝産物を一斉に測定する「メタボローム解析」という手法を用いて、光を照射して培養した時(明条件)と、暗闇で培養した時(暗条件)の代謝産物量の変化を包括的に解析しました。その結果、RpaA過剰発現株では、糖リン酸やクエン酸回路の有機酸の量が変化することが明らかになりました。また、細胞内のアミノ酸を測定したところ、暗条件で1日間培養したRpaA過剰発現株は、明条件での対照株(野生株)に比べ、グリシンが約2倍、リシンが約4倍に増加することが明らかになりました(図2)。
また、RpaA過剰発現により、ラン藻の時計タンパク質として知られるKaiABCの遺伝子の発現や、糖代謝をグローバルに制御する因子であるRNAポリメラーゼシグマ因子SigEのタンパク質量が変化することも分かりました。この結果は、RpaAが代謝酵素を制御するだけでなく、制御因子を制御する「司令塔」の役割を果たしていることを示唆します(図3)。
3.今後の期待
今回の研究では、RpaAという転写制御因子を利用することで、ラン藻の代謝を変化させ、リシンなどの有用アミノ酸を増加させることが可能であることが明らかになりました。このように、ラン藻の代謝のメカニズムが明らかになっていくことで、二酸化炭素を炭素源とした微細藻類によるものづくりにつながる期待されます。今後は、詳細な代謝の制御メカニズムの解明といった基礎研究の進展や、大規模なラン藻の培養系の確立といった応用研究への発展が期待されます。
4.論文情報
<タイトル>
Changes in primary metabolism under light and dark conditions in response to overproduction of a response regulator RpaA in the unicellular cyanobacterium
<著者名>
Hiroko Iijima*, Tomokazu Shirai*, Mami Okamoto, Akihiko Kondo, Masami Yokota Hirai, Takashi Osanai *同等貢献
<雑誌>
Frontiers in Microbiology
<DOI>
doi: 10.3389/fmicb.2015.00888
5.補足説明
[1] シネコシスティス
最も広く利用されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。
[2] レスポンスレギュレーター
二成分制御系とよばれるファミリーに属し、主に転写を制御するタンパク質。上流のヒスチジンキナーゼからリン酸基が転移することで、細胞内の様々なシグナルを伝達する役割も担う。
[3] 転写
遺伝子であるDNAからRNAを合成すること。RNAポリメラーゼがRNA合成の反応を触媒する。