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韓国SLBMが破壊するのは何か【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】

注目トピックス 経済総合
1月14日付朝鮮日報は、韓国軍当局が潜水艦から発射する弾道ミサイル(SLBM : Submarine Launched Ballistic Missile)の陸上における発射試験を終了し、年内に海上からの発射試験を実施する計画であると報じている。昨年8月に韓国軍当局が公表した「2021〜2025国防中期計画」の中では、4,000トン級原子力潜水艦3隻の建造計画が明らかにされている。SLBMを搭載した原子力潜水艦は、戦略原潜(SSBN)に分類される。SSBNを保有する米ロ中英仏及びインドの6か国は、SSBNを核抑止戦略として位置付けているが、韓国のSSBNの戦略的役割は何であり、何を狙っているのであろうか。

SSBNは、大陸間弾道弾、戦略爆撃機とともに国家の核抑止戦略の三本柱の一つである。潜水艦は一旦洋上に出てしまえば、大部分の期間を海中で行動することから、その位置を把握することは容易ではない。原子力機関を装備すれば、長期間の潜没航行が可能である。そのため、大陸間弾道弾や戦略爆撃機が相手の先制攻撃で無力化されても、SSBNによる第2撃能力を保有することで、先制攻撃を抑止するというのが大枠の構図である。従って、核弾頭を装備しないSLBMに戦略的意味合いはない。韓国が開発しているSLBMには核を搭載する計画はない。そもそも米国は朝鮮半島の非核化に躍起となっている。韓国のSLBMに核を搭載することは米国が許容するところではない。

海中から弾道ミサイルを発射できる体制をとることにより、北朝鮮に対し戦術的柔軟性が増すとの主張がある。確かに原子力潜水艦の高速かつ長大な航続距離、さらには長期間潜没航行できる能力は無視できない。しかしながら、韓国最大脅威である北朝鮮に対する兵器としては疑問がある。韓国SLBMの元とされている弾道ミサイル「玄武-2B」の射程は最大で500kmであり、しかも移動式装輪車に搭載されている。相手の先制攻撃から逃れること目的として、発射位置を自由に変えることができる。北朝鮮の偵察能力を考慮すると、これを完全に無力化するためには、核攻撃により韓国全体を焦土化しなければ不可能であろう。「玄武-2B」を、わざわざ海中から発射する軍事的合理性は低い。

次に指摘できることは、費用の問題である。韓国国防省が昨年発表した「2021〜2025国防中期計画」で示されている予算は、300兆7千億ウォン(約30兆円)である。日本の令和元年度(2019年度)から5年間の防衛力整備計画(01中期防衛力整備計画)の総額は「概ね27兆円」とされている。国家予算が日本のほぼ半分程度である韓国が、日本を超える国防予算を充当するという極めて野心的な計画である。

韓国の中期計画には、韓国型防空迎撃システム、軍事用偵察衛星等に加え、軽空母の導入も想定されている。米海軍の次期戦略原子力潜水艦コロンビア級1隻の建造費は94兆7千万ドル(約1兆円)である。韓国がSLBM搭載3隻の原子力潜水艦を建造するとすれば、その研究開発費を加えると、空母建造を含む他の計画に甚大な影響を及ぼす可能性がある。

更なる問題は、韓国が原子力機関の燃料となる「濃縮ウラン」を保有していないことである。韓国文大統領は大統領候補であった2017年4月の討論会において原子力潜水艦保有の必要性を強調し、核燃料購入に必要な原子力協定の改正を米国と議論すると語っている。朝鮮半島の非核化を推進したい米国が、韓国に「濃縮ウラン」を提供する可能性はほとんどない。韓国が原子力潜水艦の建造を推進し、中国やロシアから購入の決断を下した途端に、米韓同盟は終焉するであろう。

北朝鮮は1月行われた第8回労働党大会において、米国を最大の敵とし、引き続き核戦力の強化を図るとしている。1月14日に行われた軍事パレードで目を引いたのは「北極星5号」と記載されたSLBMと思われるミサイルであった。更に金正恩総書記は原子力潜水艦を保有することにも強い意志を示している。実際に建造できるかどうかという問題はあるが、対米核抑止を目的とする、北朝鮮のSLBM搭載原子力潜水艦の狙っている目標は米本土や日韓の米軍基地であることは明白である。

翻って、韓国のSLBM搭載原子力潜水艦については、核抑止力にもならず、戦術的にも保有する軍事的合理性は低い。しかも高額な調達費は他の国防関連予算を圧迫することは確実であり、相対的に対北抑止力が低下する。加えて、米韓同盟を危機に陥らせる可能性も高い。

韓国SLBMが破壊するのは、韓国自身の国防や経済という韓国国家そのものと言えそうだ。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:AP/アフロ



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