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【研究成果発表】英語学習における脳活動に男女差〜小学生約500人を対象に英語習熟度と脳活動の関係を調査

20150817

公立大学法人首都大学東京

【研究成果発表】英語学習における脳活動に男女差〜小学生約500人を対象に英語習熟度と脳活動の関係を調査 首都大学東京大学院人文科学研究科/言語の脳遺伝学研究センターの萩原裕子教授と杉浦理砂特任准教授らの研究グループ〜

 外国語の習得において音声による復唱は重要な行為であり、復唱の正確さと学習における語彙獲得能力との間には関係があると言われています。今回、小学生約500人を対象に光による脳機能イメージング法、光トポグラフィを用いて英語復唱時の脳活動について調べたところ、学習初期には男女差は認められませんでしたが、学習が進んで習熟度が向上するにつれて男女間で脳活動に顕著な違いがあることが明らかになりました。

 この男女差は、英語学習における方略(ストラテジー)の違いを反映している可能性を示しており、将来的には小学校における効果的な英語学習法の開発につながることが期待されます。

【研究の背景と経緯】
 言語習得研究の領域では、外国語学習に関する研究が古くから行われています。そのような研究では、アメリカにおける移民の英語習得に代表される第二言語環境における知見が多く、日本のような外国語学習環境の子どもの英語学習については科学的なデータが多くはありません。また、大学生を含む大人の英語学習に関する研究はありますが、小学生の英語学習に関する脳科学的な研究は殆どありませんでした。そこで、小学生が英単語を復唱しているときの脳活動を計測し、英語処理時の脳活動の性差や、習熟度の高さと脳活動の大きさとの関係などを調べました。

【研究の内容】
 首都大学東京大学院人文科学研究科/言語の脳遺伝学研究センターの萩原裕子教授と杉浦理砂特任准教授らの研究グループは、安全で計測時の負担が少ない光トポグラフィを用いて、484人の小学生(年齢:6〜10歳)について、母語(日本語)および外国語(英語)の単語復唱時の脳活動(脳表面の血流における酸素化状態の変化)を調べる過去最大規模の言語脳機能研究を実施しました。本研究では、特に小学生の英語学習による習熟度(英語テストにより点数化)と脳活動のパターンとの関係に焦点を絞りました。具体的には、日本語と英語のそれぞれにつき、出現頻度の異なる2種類の単語(高頻度語と低頻度語)のリストを用意し、合計4種類の復唱課題を実施しました。高頻度語は100万語中50回以上の使用頻度、低頻度語は100万語中5回以下の使用頻度の単語としました。
 
 聴覚野や前頭葉のブローカ野では、母語と英語処理時の脳活動には統計的な有意差はありませんでしたが、側頭葉の後部に位置するウェルニッケ野や頭頂葉の角回・縁上回では、英語処理時の脳活動が、母語処理時に比べ有意に低いことが示されました。このことから、脳の前方に位置する領域よりも後方に位置するこれらの領域が音声言語情報の知覚に感度の高い領域であることが確認され、また、これは男女に共通した特徴であることが分りました(図1)。

 一方で、音韻処理に深く関わると考えられている頭頂葉の角回・縁上回の活動には顕著な性差があることが明らかになりました(図1)。男子は英語復唱時に角回・縁上回を含む言語に関わる広範な脳領域を活動させたのに対し、女子においては角回・縁上回の活動は殆ど見られず、言語に関わる限局的な脳部位を使用していることが分りました。本研究において脳計測時に行っていただいた課題が復唱という比較的簡単な課題であったためか、パフォーマンス(復唱の正確さ)には性差は見られませんでしたが、女子に比べて男子は、同等のパフォーマンスを得るために頭頂葉の領域に大きな活動を促すような処理の負荷を掛けている可能性があることが分りました(図1)。
 
 さらに、英語の学習時間に強く相関する習熟度と、脳活動の大きさとの関係を調べた結果、習熟度が低い学習初期には脳活動のパターンや活動の大きさに性差が見られなかったのに対して、習熟度が向上するのに伴って性差が現れることが明らかになりました(図2,3)。男子は、習熟度の向上と共に復唱のパフォーマンスが上がり、言語に関わる広範な脳部位の活動を高めたのに対し、女子は習熟度の向上に伴って男子と同様にパフォーマンスを上げましたが、脳活動としては学習初期と殆ど変わらず、言語に関わる限局的な脳部位を使用していることが明らかになりました(図2)。特に顕著な違いは、角回・縁上回で観察されました(図3)。この結果から、本研究で観察された脳活動の性差は、器質的な差ではなく、学習に伴って現れたと考えられます。

 本研究により、英語課題のパフォーマンスは同等でも、英語の処理を司る脳活動の大きさや活動のパターンに男女差があることが明らかになりました。この結果は、英語テストの点数や行動観察のみからでは知ることのできない脳における処理の差を解明した新たな知見です。なお、性差は使用頻度や親密度の高い語彙(ごい)を復唱する時にのみ見られ、語彙の使用頻度や親密度が低い場合、つまり語彙知識がない単語の復唱時には現れませんでした。本結果は、男女が同程度の学習成果を得ている場合であっても、学習の方略に性差があることを示唆しています。

 成人を対象とした従来の行動研究において、男性と女性は外国語学習時に異なる方略を用いる傾向があることが報告されています。例えば新しい英単語を学ぶ際に、女性は実際に声に出して覚える方法を多く用いるなど、音を軸とする聴覚的な方略を利用する傾向があるのに対し、男性は暗記したい言葉を空間(場所)に配置して覚えるなど、視覚的な方略を利用する傾向があることが報告されています。このような従来の結果と本研究の結果とを合わせて考えると、本研究で観察された男子と女子の脳活動の大きさやパターンの差は、外国語学習方略の違いを反映している可能性があります。
 
 一方、長期記憶の一部である宣言的記憶に関する研究の結果では、男性に比べて女性の方が課題の成績がよいという報告が多数あります。長期記憶の違いが男女間にあるとすれば、本研究で観察された英語復唱時の脳活動に見られた性差は、特に音韻に関する長期記憶の違いによる可能性があります。男子と女子のそれぞれが外国語学習に有利な方略を活かした学習スタイルを身につけて、その学習スタイルの違いにより、習熟度と共に英語処理時の脳活動の大きさやパターンの性差が顕在化した可能性があります。

 小学生の外国語(英語)処理時の脳活動を可視化し、特に親密度の高い語彙についての音韻的な処理を行っている時に見られる男女の脳活動の違いや、習熟度による脳活動の大きさやパターンの違いを明らかにしたのは本研究が初めてです。しかしながら、英語の学習全般において性差があるか否かは本研究の結果からは明らかではなく、今後のさらなる研究が必要です。

【本研究の社会的意義】
本研究の結果から、日本の小学生の英語学習において、英語テストの点数や発音の正確さが同等であっても、脳における言語処理には男女差がある可能性が示唆されました。本研究は、学齢期初期における外国語習得の基礎資料となるもので、小学校における効果的な英語学習や、脳科学的な根拠に基づく英語学習法の開発へ道を開くものと期待されます。

■本研究成果は、2015年7月3日(米国 現地時間)に、米国科学誌「Human Brain Mapping
(ヒューマン・ブレイン・マッピング)」のオンライン版で公開されました。

●論文発表の概要
題名:“Effects of Sex and Proficiency in Second Language Processing as Revealed by a Large-Scale fNIRS Study of School-Aged Children”
(第二言語の習熟度と処理時の脳活動との間に見られる性別の影響:小学生を対象にした大規模研究)
著者:Lisa Sugiura*, Shiro Ojima*, Hiroko Matsuba-Kurita, Ippeita Dan, Daisuke Tsuzuki,
Takusige Katura, and Hiroko Hagiwara ( * は同等の貢献をした筆頭著者)
雑誌名: Human Brain Mapping (ヒューマン・ブレイン・マッピング)
公表日:2015年7月3日(オンライン版)

●研究費・協力者
 本研究は、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発事業「脳科学と社会」研究開発領域(領域総括 小泉英明 株式会社日立製作所フェロー) 研究開発プログラム「脳科学と教育」(タイプII)の研究開発プロジェクト「言語の発達・脳の成長・言語教育に関する統合的研究」(平成16年12月〜平成21年11月)、および首都大学東京 言語の脳遺伝学研究センターにおける研究(研究代表者 萩原裕子)の一環として行われたもので、株式会社日立製作所中央研究所および中央大学の檀一平太教授らの研究グループの協力を得ております。

※本研究の代表者でありました萩原裕子教授(人文科学研究科言語科学教室/言語の脳遺伝学研究センター長)が、7月10日享年59歳にて永眠いたしましたことをお知らせ申し上げますとともに、言語科学教室ならびに研究センターの今後の継続発展を展望した新たな体制整備を進めていることを申し添えます。
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