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【イベントレポート】2025年度「国際交流基金賞」授賞式




 2025年度「国際交流基金賞」授賞式が10月22日に東京都内で開催され、受賞者のマーティ・グロス氏と鄭起永(ジョン・ギヨン)氏が賞を受けた。

 同賞は国際交流基金(JF)設立の翌年の1973年にはじまり、これまでに、黒澤明、宮崎駿、是枝裕和、小澤征爾、千宗室、村上春樹、谷川俊太郎、小川洋子、J・ウィリアム・フルブライト、エドウィン・O・ライシャワー、講道館、山海塾などが受賞しており、今回で52回目。「文化芸術交流」「日本語教育」「日本研究・国際対話」の3分野において、内外各界の有識者と一般公募により推薦のあった106件から、有識者による審査を経て決定した。
 会場には、国際交流、文化芸術、日本語教育関係者をはじめ約180名が来場。外務省からは来賓として鈴木秀生・特命全権大使(広報外交担当政府代表)が出席し、両受賞者への祝意を表するとともに、その長年にわたる活動と国際交流への貢献に謝意を述べた。
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受賞者プロフィール

[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/170720/8/170720-8-48702c768a17a62cdfc34bf50a88eb53-468x468.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
photo by Grant Delin
 マーティ・グロス氏(77)は、日本の伝統芸能や民藝活動を世界に紹介してきたカナダの映画監督、アーキビスト、コンサルティング・プロデューサー。
 名匠たちによる上演を記録した映像作品『文楽 冥途の飛脚』(1980年)を監督し、文楽の海外への紹介に大きな役割を果たした。北米における日本の古典的名作映画の販売や公開にあたってはコンサルタントとして尽力し、多数の関係者へのインタビューも実現した。
 現在進行中の大きな業績としては「民藝フィルムアーカイブ」である。1930年代から70年代に撮影された「民藝運動」の記録映像を発掘・修復して公開する活動であり、職人が作り出す日常の生活用品に美を見出した民藝運動の姿を現代に蘇らせることに大きな貢献を果たしている。



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 鄭起永(ジョン・ギヨン)氏(62)は、韓国の日本語教育を30年以上にわたり牽引してきた第一人者である。
 釜山外国語大学校では日本語融合学部を創設し、学部内に三つの専門専攻を設置、1000名を超える学生が学ぶ韓国最大の日本語教育拠点を築いた。また、ICTの活用やCan-do評価など、日本語教育において先駆的な取り組みを先導してきた。さらに、対馬での漂着ごみ清掃活動、日本企業への就職支援、釜山日本村の設立による継承語教育の実践、日韓文化交流団体の運営など、言語教育を超えて国際相互理解と友好親善に寄与している。



 授賞式では、黒澤信也・国際交流基金(JF)理事長の開会挨拶、鈴木秀生・特命全権大使(広報外交担当政府代表)からの来賓祝辞、選考委員の紹介、平野信行・選考委員長による授賞理由の説明に続き、黒澤理事長から各受賞者に賞状の授与が行われた。
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鈴木秀生・特命全権大使(広報外交担当政府代表)

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平野信行・選考委員長

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左=黒澤理事長、右=マーティ・グロス氏

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左=黒澤理事長、右=鄭起永(ジョン・ギヨン)氏

 続いて、各受賞者からスピーチが行われた。

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 マーティ・グロス氏は、JFとの半世紀にわたる関わりについて、追憶を交えながら語った。

 「1975年に自身の作品『陶器をつくる人たち』の企画制作に際して、イギリスまで陶芸家のバーナード・リーチ氏に会いに行ったのがきっかけだった。リーチ氏が1930年代に日本で撮影した陶工たちの映像があり、これに強く興味をひかれた為だ。これらの映像を修復・編集する試みが、現在も手掛けているプロジェクト「民藝フィルムアーカイブ」の核となっている。リーチ氏はこの前年、1974年度「国際交流基金賞」を受賞しており、そういった経緯からも今回の受賞を非常に光栄だと思う。
 リーチ氏との対話を経て、熱心な支援を受けることとなり、日本の知人を紹介してもらえることとなった。その中の一人が、今日出海・国際交流基金(JF)初代理事長の秘書だった岡村美穂子氏だった。岡村氏は鈴木大拙(仏教哲学者)の秘書を13年間務めた後、国際交流基金の職員となっていた。この出会いをきっかけに岡村氏とは生涯にわたる交友を結ぶこととなる。
 JFとの様々な関わりは、限られた時間ではすべて挙げきれないほどだが、特筆すべき最初のプロジェクトは、国際文化振興会(JFの前身)が1930年代に制作した映像の修復だった。リーチ氏に会った際に国際文化振興会が制作した益子の古い映像のコピーを数点託されており、今理事長に会った際、他にも制作した映像があるか尋ねた。その後、1930年代の16mmフィルムがぎっしり詰まった箱が発見されたのだが、このフィルムはカビだらけで臭いも強く、非常に脆い状態だった。数年後、このフィルムを修復するため、JFに支援を働き掛け、その支援を得た。デジタル時代の到来よりはるか以前のことで、かなりの時間と費用を要する非常に困難な仕事だったが、新たな16mm映像のコピーを完成させることが出来た。」
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 「1970年代後半、ドキュメンタリー映画『文楽 冥途の飛脚』の制作では、当時、設立して間もないJFの「特定寄付金制度」を通じて、資金獲得の協力を得て、完成にこぎ着けた。1980年代には、初期の映像作品『陶器をつくる人たち』をアメリカの公共放送ネットワークであるPBSで放映する際にもサポートを受けることが出来た。JFニューヨーク日本文化センターの協力のもと、ニューヨークとワシントンで開催された映画の発表会に仲代達矢と野上照代の両氏を招き、カナダではトロントとバンクーバーでシネマ歌舞伎を上映したり、国際交流基金が主催して『文楽 冥途の飛脚』をロンドン、マドリードで上映したりということもあった。
 日本映画に関する仕事にも携わってきた。国際交流基金賞の受賞者であるドナルド・リチー氏(作家、映像史家)の紹介により、米国のクライテリオン社の日本映画担当アドバイザーを25年にわたって務め、これまで、俳優や監督、脚本家へのインタビューを60本以上制作した。特に印象的だったのは、仲代達矢、野上照代、市川崑、鈴木清順、宮本信子、そして、2010年度の国際交流基金賞の受賞者でもある佐藤忠男といった各氏へのインタビューだ。
 そして、現在まで10年以上にわたり取り組んでいる「民藝フィルムアーカイブ」は、日本各地の職人にインタビューするという活動を通じて、喜びと挑戦をもたらしている。これまでに、山形、益子、長野、岐阜、丹波、九州、そして沖縄と、その他にも多くの場所を訪れており、この活動もJFトロント日本文化センターのサポートを得ている。」

 最後にグロス氏は、これまでの業績に対する顕彰を大変光栄に思うとともに、現在進行中のプロジェクトである「民藝フィルムアーカイブ」への変わらぬ支援を呼び掛け、これからも精力的な活動を続けたいと結んだ。
 鄭起永氏は国際交流基金賞の受賞の喜び、選考委員をはじめ同賞に関わったすべての人々に謝辞を述べ、自身の来歴について語った。
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 「日本語に初めて接したのは1982年、18歳の時だった。釜山外国語大学校の第1期生として入学し、日本語という言語に出会い、人生で初めて具体的な夢を抱くようになった。それは「韓国で日本語の一番上手な人になりたい」という目標だった。隣国の言葉が一番上手な人になれば、いつかは社会に役立つ人になるだろうと考えたからだ。その後、日本語を学ぶうちに日本と日本語にますます魅了され、日本語教育の研究者を目指すこととなった。
 人生の幸運はこの日本語との出会いによって始まり、これは間違いなく、言葉の神様が自身を日本語に導いてくれたと思う。その後、様々な出会いを経験したが、日本語を懸命に学んでいた大学3年生、20歳の頃、人生を変えてくれた二人の恩人に出会うことになる。一人は実業家の諸田幸徳会長で、学生時代から日韓のビジネスの世界で通訳として様々な経験を積ませてもらい、経営者としてのマインドと視野を培う機会を与えてくれた。同氏は今でも精神的なロール・モデルである。もう一人は、当時、東海大学留学生センター長を務めていた柴田俊造氏で、日本に留学し、研究者になりたいという夢を実現させてくれた。その協力は物心両面にわたり、東海大学に招待し、学業に専念できるように奨学金を紹介してくれるなど、親のように面倒を見てくれた。報恩謝徳の念に堪えない。
 続けて、大学院時代の指導教員だった柏原司郎氏、元東京学芸大学の加藤清方氏、元国立国語研究所の柳澤好昭氏に対しては、各氏との出会いがなければ自身がこの場にいられなかった。世界の日本語教育に導いてくれた韓国同徳女子大学の故・李徳奉氏、米国プリンストン大学名誉教授の牧野誠一氏、元日本語教育学会会長の尾崎明人氏、カリフォルニア大学サンディエゴ校の名誉教授の當作靖彦氏にも深い感謝の念を伝えたい。
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 「合理的な日韓関係構築のための人材育成」という教育理念を実現する為に、普段から自身が出来ること、自身の使命は、たくさんの日本語人材を育成し、韓国国内や日本に派遣することだと考えている。日韓関係は時に合理的かどうかよりも感情に左右されることが多いといい、戦後の日韓交流は、民間の努力で築かれた絆が、感情という台風によって壊される、その繰り返しだったと振り返った。この現実を乗り越える為には、政治とマスコミに左右されない人材を育て、日韓関係の底辺を広げることが必要であり、その思いが自身の教育理念の根底にある。
 最近では、韓国における日本語継承語教育と日韓の職業人材交流に関心持っており、今後、日韓の若者が力を合わせ、EUのようなアジア共同体の市民として活躍してくれることを期待している。
 最後に、自身を支え、歩みを共にしてきた釜山外国語大学日本語融合学部の同僚、韓国の日本語教育の仲間たち、釜山韓日文化交流協会へ感謝の気持ちを示すとともに、大学院時代の先輩・後輩・友人にも謝意を伝える。」

 鄭氏は日韓国交正常化60周年という記念すべき年に同賞を受賞し、一人の教育者・研究者として無上の喜びを感じるとともに、これを励みにこれからも釜山から日本語教育の発信を続けていきたいと抱負を語った。
 閉会後、受賞者・関係者によるフォトセッションが行われ、受賞者両氏は来場者に囲まれながら、にこやかな面持ちでレセプション会場へ向かった。
[画像14: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/170720/8/170720-8-15825501da8f8443a6fe1892b3d3a90d-916x611.jpg?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]


【国際交流基金について】
独立行政法人国際交流基金(The Japan Foundation、JF)は、総合的に国際文化交流を実施する日本で唯一の専門機関です。
JFは、1972年に外務省所管の特殊法人として設立され、2003年10月1日に独立行政法人となりました。
日本の友人をふやし、世界との絆をはぐくむため、「文化」と「言語」と「対話」を通じて日本と世界をつなぐ場をつくり、人々の間に共感や信頼、好意を育んでいきます。
https://www.jpf.go.jp/
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