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アラキドン酸は脳にどう働く? 神経細胞のシナプス形成を促進するアラキドン酸

 脳の神経細胞は、互いに手をつなぐようにして回路をつくり、細胞間で情報を伝達している。このつなぎ目の部分を「シナプス」というが、先ごろシナプスの形成に、不飽和脂肪酸のアラキドン酸※1が関与していることを、独立行政法人理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索技術開発チームの研究グループ(チームリーダー・宮脇敦史氏)が突きとめ、日本神経科学大会・Neuroscience 2008(2008年7月9日〜11日/東京)のシンポジウム「多価不飽和脂肪酸とニューロン機能」で発表した。脳の健康によいとされるアラキドン酸だが、実際に脳内でどう働くかについてはまだ不明な点も多く、今回の研究はアラキドン酸の作用メカニズムの一端を解明するものとして、注目を集めている。同研究グループの濱裕研究員に話を聞いた。


■ 神経細胞に密着し、シナプス形成を促すグリア細胞

 脳を構成する細胞には、神経細胞とグリア細胞という2種類の細胞がある。神経細胞は脳の機能そのものを担っている細胞で、周りの神経細胞とシナプスをつくり、情報伝達のためのネットワークを形成している。これに対しグリア細胞は、神経細胞に栄養を供給したり、神経細胞が働きやすい環境を整えるなど、神経細胞のそばで“乳母”のような役割を果たしている。
 濱氏によると、研究グループが最初に着目したのは、グリア細胞の一種でその中で最も多く存在する「アストロサイト」という細胞。この細胞がどのような仕組みで、神経細胞の“世話”をしているのかを追究するなかで、後述するアラキドン酸の関与を見出した。
 これまでアストロサイトは、図1のように特定の物質(液性因子、コレステロールが候補物質)を細胞の外に分泌し、それが細胞の間を漂いながら、神経細胞に間接的に作用していると考えられてきた。しかし実際に脳の細胞の様子を見ると、1つの神経細胞に対し、3〜4個のアストロサイトが絡まるように密着して存在していることから、「神経細胞との接着部分でも、アストロサイトは神経細胞に対して、何か作用しているはず」との仮説を立て、検証を行った。
 その結果、ラットの海馬から取り出した未成熟な神経細胞を用いた実験では、液性因子の影響しか受けないようにした神経細胞と、液性因子に加え、アストロサイトの接着もある神経細胞とでは、後者のシナプスの形成が4〜4.5倍多いことがわかった(図2)。

■ アラキドン酸がシナプス形成の最初の“スイッチ”に

 アストロサイトと神経細胞の接着部では、何が起こっているのか。今回の研究で、接着時の刺激によって、神経細胞の膜の成分であるアラキドン酸が、細胞内に切り出されることが明らかになった(図3)。切り出されたアラキドン酸は、プロテインキナーゼC(PKC)と呼ばれる酵素と結びついてこれを活性化し、ここからシナプスをつくる反応が始まる。つまりアラキドン酸は、神経細胞の中で最初にオンになる“シナプス形成のスイッチ”というわけだ。
 なお、今回は確かめられていないが、神経細胞の膜にはアラキドン酸のほかに、同じく不飽和脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)も多く含まれる。研究グループでは「このDHAも、PKCを活性化させるスイッチとなる可能性はある」と見ている。
 さらに、アストロサイトの影響を排除して、神経細胞に直接アラキドン酸を添加した場合でも、シナプスの形成が促されることも分かった(未発表データ)。アストロサイトの助けを借りなくても、添加したアラキドン酸の一部が細胞内に取り込まれ、図3と同じメカニズムが再現されるためと考えられる。
 一連の結果について濱氏は、「現状では、けがや病気で脳の一部を損傷した人に移植を行っても、新しい神経細胞が十分にシナプスを形成するところまで、なかなか育たない。今後さらに検証を重ねる必要はあるが、アラキドン酸のような、もともと体の中に存在する成分を摂取することで、神経細胞の成長を後押しすることができれば、再生医療分野における応用の可能性も考えられる」と期待を込める。

■ 多面的に脳に作用するアラキドン酸

 神経細胞の大部分は胎児期につくられるが、海馬など脳の一部では、大人になっても新しい神経細胞が産生されている(神経新生)。今回の研究は、ラットの海馬で新生した未成熟な神経細胞を用いて、そのシナプス形成の様子を追っているが、濱氏らの研究グループは脳の老化予防の観点から、「大部分の、すでに出来あがったシナプスの回路を維持、強化するのにも、アラキドン酸は同様の効果を発揮するのではないか」と推察。検証の準備を進めている。
 このほか、アラキドン酸の脳の神経細胞に対する作用としては、アラキドン酸は神経新生そのものにも関与し、神経細胞の増加を促すこと(東北大学/大隅典子氏)や、アラキドン酸により、膜のしなやかさや流動性が改善され、神経細胞の機能が向上すること(東海大学/榊原学氏)などが報告されている。「おそらくアラキドン酸は、いくつかのメカニズムで脳に働きかけている。さらに解明が進めば、これらのメカニズム間の関係性を含め、全体像が見えてくるだろう」と濱氏は話している。

※1 アラキドン酸(ARA)
n-6系の不飽和脂肪酸。体の組織のいたるところに存在するが、特に記憶との関係が深い海馬を中心に脳に多く含まれ、そのため脳の機能そのものに大きく関わっているとされる。食品では肉や卵、魚などに豊富で、食事からの摂取が必要な「必須脂肪酸」の一つとして注目されている。
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