アルツハイマー病の早期診断を可能にする老人斑アミロイドの分子イメージング技術【産技助成Vol.28】
[08/09/04]
提供元:PRTIMES
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独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
京都大学大学院薬学研究科
アルツハイマー病の原因物質である老人斑(注1)アミロイドを体外から画像化
これまで困難だった早期診断・早期治療につながる技術として注目される
(注1)アルツハイマー型認知症の発症に20年〜30年前から先だって見られるもの。老人斑アミロイドの沈着によるもので、脳内にこの老人斑(老人斑アミロイド)や神経原線維変化が多量にできると認知症を発症するとされる。
【新規発表事項】
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、京都大学大学院薬学研究科の准教授、小野正博氏は、アルツハイマー病における初期段階の脳の病変として知られる老人斑の主要な構成成分、アミロイド(注2)に選択的な結合性を発揮し、老人斑アミロイドの体外からの画像化を可能とする放射性薬剤(注3)を開発しました。
本技術は、SPECT(注4)あるいはPET(ポジトロン断層法)を用いて生体の老人斑を体外から高感度に画像化し、初期診断を実現するものです。
80歳でアルツハイマー病と診断される患者でも、発症過程のもっとも初期段階とされる50歳ごろから老人斑の沈着が始まることが確認されています。しかしアルツハイマー病の確定診断は、患者の死後、脳の解剖による病理学的変化の確認に委ねられているのが現状です。
本技術の開発により、アルツハイマー病の生前・早期の診断が可能になるだけでなく、老人斑をターゲットにしたアルツハイマー病治療薬の開発、病状の進行評価や治療薬の効果判定にも役立つと考えられます。
実用化が実現すると、アルツハイマー病患者とその家族の精神的・経済的負担の軽減にも大きく寄与することが見込まれています。
(注2)アミロイドβペプチドともいい、体内のタンパク質の1種。アミロイドβペプチドは約40のアミノ酸から成る凝集性の高いペプチドであり、アルツハイマー病の神経病理学的変化のひとつである老人斑の主要な構成成分。
(注3)微量の放射能を混ぜたブドウ糖を造影剤として使うPET等と同様、非常に低いレベルの放射性であり人体への影響は殆ど無い。
(注4)単一光子放射断層撮影(Single photon emission computed tomography)のこと。体内に投与した放射性同位体から放出されるガンマ線を検出し、その分布を断層画像にするものであり、PETと同じく脳血管障害、心臓病、癌の早期発見に有効とされる。PETに比べると感度は劣るが、PETより安価かつ取り扱いが容易。
1.研究成果概要
フラボン、スチリルクロモン、カルコン、フェニルクマリン、オーロンを基本骨格とする新規アミロイドイメージングプローブ(アミロイド造影剤)の候補化合物を約100種類合成しました。 合成した新規化合物でアミロイド凝集体を用いた生体外(In vitro)結合実験を行い、アミロイドへの高い結合性を示す26種類の化合物を見出しました。
アミロイドへの高い結合性を示した化合物に関して、正常マウスを用いた体内放射能分布実験を行い、投与後早期の高い脳移行性と速やかなクリアランス(浄化性能)を示すフラボン誘導体11種類(スチリルクロモン、カルコン、フェニルクマリン、オーロン等)の化合物を選出しました。これらの化合物は、いずれもアルツハイマー病モデルマウス脳およびアルツハイマー病患者のアミロイド斑への結合性を示し、新規アミロイドイメージングプローブ(老人斑アミロイドのイメージング剤)として期待されます。
2.競合技術への強み
アルツハイマー病の早期診断に対する社会的ニーズは高く、その技術開発が強く望まれています。現在、脳内のアミロイドの蓄積を可視化するアミロイドイメージングプローブの研究は、ピッツバーグ大学、ペンシルバニア大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校などをはじめとする世界中の研究グループで鋭意進められています。現在までに、アミロイドの蛍光染色試薬であるコンゴーレッドおよびチオフラビンTの化学構造をもとに分子設計された化合物による臨床研究が行われ、アミロイドイメージングプローブの有用性が報告されています。しかし、これらのプローブには血液脳関門(注5)の透過性が低いこと、脳内での老人斑アミロイドへの特異的結合性が低いなどの問題が指摘されています。
本研究ではコンゴーレッド、チオフラビンTとは異なる分子骨格を探索し、開発した新規アミロイドイメージングプローブである「フラボン誘導体」は、阻害定数(注6)10 nMという低い値を示し、アミロイド凝集体への高い結合親和性、4〜5%injected dose/gの移行性(注7)と速やかな浄化率(注8)老人斑アミロイドへの特異的結合性を示しました。さらに高性能なプローブとして、スチリルクロモン、カルコン、フェニルクマリン、オーロン等の各種フラボン誘導体(11種類)を開発しました。
(注5)血液と脳中枢神経系の組織液(脳脊髄液)との間の物質交換を制限する機構のこと。
(注6)この阻害定数が小さい値程、アミロイドβ凝集体への結合性が高いということを表す。既知放射性化合物と試験化合物をアミロイドβ凝集体の存在下で共存させ、試験化合物の濃度を変化させることによって、放射性化合物のアミロイドβ凝集体への結合阻害定数を評価する。
(注7)injected dose/gとは、投与した放射性プローブ(造影剤)全体に対する、脳1グラムあたりに集積した放射能の割合を示す。これが高いほど、鮮明な脳内のアミロイド蓄積の可視化が可能となる。
(注8)脳内へ移行した放射能の80-90%の放射能が脳から消失することを意味する。
3.今後の展望
今後は共同研究・ライセンス契約を交渉中の連携企業とともに、本研究で開発した化合物群の最適化および安全性の評価を経て、アルツハイマー病の早期診断を可能とする老人斑アミロイドイメージングプローブの開発を推進していく予定です。
また、「アミロイド」が全身の臓器の細胞外に沈着する、アミロイド病にはアルツハイマー病以外にもパーキンソン病、プリオン病、2型糖尿病などがあります。今回、開発に成功したアミロイド凝集体を認識するプローブは、上記疾病の原因物質にあたる他のタンパク凝集体を検出する可能性もあり、実際プリオン病に関する研究は進めているところです。
現在、わが国でPET施設がある病院は150余りですが、本格的な高齢化社会の到来とともにアルツハイマー病患者が増えれば、診断はそれらの病院だけではとても対応しきれないと考えられます。したがって当面の間は、より汎用性が高く、全国に2,000以上あるSPECT施設でも使用できるような診断薬(老人斑を画像化する造影剤)をつくりたいと考えています。今後、実用化に向け、共同開発パートナーと技術開発を進めていく予定です。
京都大学大学院薬学研究科
アルツハイマー病の原因物質である老人斑(注1)アミロイドを体外から画像化
これまで困難だった早期診断・早期治療につながる技術として注目される
(注1)アルツハイマー型認知症の発症に20年〜30年前から先だって見られるもの。老人斑アミロイドの沈着によるもので、脳内にこの老人斑(老人斑アミロイド)や神経原線維変化が多量にできると認知症を発症するとされる。
【新規発表事項】
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、京都大学大学院薬学研究科の准教授、小野正博氏は、アルツハイマー病における初期段階の脳の病変として知られる老人斑の主要な構成成分、アミロイド(注2)に選択的な結合性を発揮し、老人斑アミロイドの体外からの画像化を可能とする放射性薬剤(注3)を開発しました。
本技術は、SPECT(注4)あるいはPET(ポジトロン断層法)を用いて生体の老人斑を体外から高感度に画像化し、初期診断を実現するものです。
80歳でアルツハイマー病と診断される患者でも、発症過程のもっとも初期段階とされる50歳ごろから老人斑の沈着が始まることが確認されています。しかしアルツハイマー病の確定診断は、患者の死後、脳の解剖による病理学的変化の確認に委ねられているのが現状です。
本技術の開発により、アルツハイマー病の生前・早期の診断が可能になるだけでなく、老人斑をターゲットにしたアルツハイマー病治療薬の開発、病状の進行評価や治療薬の効果判定にも役立つと考えられます。
実用化が実現すると、アルツハイマー病患者とその家族の精神的・経済的負担の軽減にも大きく寄与することが見込まれています。
(注2)アミロイドβペプチドともいい、体内のタンパク質の1種。アミロイドβペプチドは約40のアミノ酸から成る凝集性の高いペプチドであり、アルツハイマー病の神経病理学的変化のひとつである老人斑の主要な構成成分。
(注3)微量の放射能を混ぜたブドウ糖を造影剤として使うPET等と同様、非常に低いレベルの放射性であり人体への影響は殆ど無い。
(注4)単一光子放射断層撮影(Single photon emission computed tomography)のこと。体内に投与した放射性同位体から放出されるガンマ線を検出し、その分布を断層画像にするものであり、PETと同じく脳血管障害、心臓病、癌の早期発見に有効とされる。PETに比べると感度は劣るが、PETより安価かつ取り扱いが容易。
1.研究成果概要
フラボン、スチリルクロモン、カルコン、フェニルクマリン、オーロンを基本骨格とする新規アミロイドイメージングプローブ(アミロイド造影剤)の候補化合物を約100種類合成しました。 合成した新規化合物でアミロイド凝集体を用いた生体外(In vitro)結合実験を行い、アミロイドへの高い結合性を示す26種類の化合物を見出しました。
アミロイドへの高い結合性を示した化合物に関して、正常マウスを用いた体内放射能分布実験を行い、投与後早期の高い脳移行性と速やかなクリアランス(浄化性能)を示すフラボン誘導体11種類(スチリルクロモン、カルコン、フェニルクマリン、オーロン等)の化合物を選出しました。これらの化合物は、いずれもアルツハイマー病モデルマウス脳およびアルツハイマー病患者のアミロイド斑への結合性を示し、新規アミロイドイメージングプローブ(老人斑アミロイドのイメージング剤)として期待されます。
2.競合技術への強み
アルツハイマー病の早期診断に対する社会的ニーズは高く、その技術開発が強く望まれています。現在、脳内のアミロイドの蓄積を可視化するアミロイドイメージングプローブの研究は、ピッツバーグ大学、ペンシルバニア大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校などをはじめとする世界中の研究グループで鋭意進められています。現在までに、アミロイドの蛍光染色試薬であるコンゴーレッドおよびチオフラビンTの化学構造をもとに分子設計された化合物による臨床研究が行われ、アミロイドイメージングプローブの有用性が報告されています。しかし、これらのプローブには血液脳関門(注5)の透過性が低いこと、脳内での老人斑アミロイドへの特異的結合性が低いなどの問題が指摘されています。
本研究ではコンゴーレッド、チオフラビンTとは異なる分子骨格を探索し、開発した新規アミロイドイメージングプローブである「フラボン誘導体」は、阻害定数(注6)10 nMという低い値を示し、アミロイド凝集体への高い結合親和性、4〜5%injected dose/gの移行性(注7)と速やかな浄化率(注8)老人斑アミロイドへの特異的結合性を示しました。さらに高性能なプローブとして、スチリルクロモン、カルコン、フェニルクマリン、オーロン等の各種フラボン誘導体(11種類)を開発しました。
(注5)血液と脳中枢神経系の組織液(脳脊髄液)との間の物質交換を制限する機構のこと。
(注6)この阻害定数が小さい値程、アミロイドβ凝集体への結合性が高いということを表す。既知放射性化合物と試験化合物をアミロイドβ凝集体の存在下で共存させ、試験化合物の濃度を変化させることによって、放射性化合物のアミロイドβ凝集体への結合阻害定数を評価する。
(注7)injected dose/gとは、投与した放射性プローブ(造影剤)全体に対する、脳1グラムあたりに集積した放射能の割合を示す。これが高いほど、鮮明な脳内のアミロイド蓄積の可視化が可能となる。
(注8)脳内へ移行した放射能の80-90%の放射能が脳から消失することを意味する。
3.今後の展望
今後は共同研究・ライセンス契約を交渉中の連携企業とともに、本研究で開発した化合物群の最適化および安全性の評価を経て、アルツハイマー病の早期診断を可能とする老人斑アミロイドイメージングプローブの開発を推進していく予定です。
また、「アミロイド」が全身の臓器の細胞外に沈着する、アミロイド病にはアルツハイマー病以外にもパーキンソン病、プリオン病、2型糖尿病などがあります。今回、開発に成功したアミロイド凝集体を認識するプローブは、上記疾病の原因物質にあたる他のタンパク凝集体を検出する可能性もあり、実際プリオン病に関する研究は進めているところです。
現在、わが国でPET施設がある病院は150余りですが、本格的な高齢化社会の到来とともにアルツハイマー病患者が増えれば、診断はそれらの病院だけではとても対応しきれないと考えられます。したがって当面の間は、より汎用性が高く、全国に2,000以上あるSPECT施設でも使用できるような診断薬(老人斑を画像化する造影剤)をつくりたいと考えています。今後、実用化に向け、共同開発パートナーと技術開発を進めていく予定です。