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生殖細胞の異種間移植による代理親魚生殖技術の確立

独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
東京海洋大学海洋科学部

クロマグロ等、これまで養殖が困難だった大型魚種について、大型魚種の始原生殖細胞(注1)や
精原細胞(注2)を小型魚種の免疫機能が未熟な孵化稚魚期の生殖腺に移植することで
飼育が容易なサバ等に代理出産させるという世界初の代理親魚養殖技術を確立



【新規発表事項】 
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、東京海洋大学海洋科学部の准教授 吉崎悟朗氏は、生殖細胞の異種間移植による代理親魚生殖技術を確立しました。
クロマグロをはじめとする大型回遊魚は、資源量が世界的に減少しているにもかかわらず、親魚は魚種によっては最大で600kgを超えるため、卵の採取には多くの困難があり、養殖には広い海面上の生け簀(イケス)を必要とし、成熟するまでに長期間を要することや技術的に産卵回数を増やせないという問題もあります。
本技術により大型魚種のクロマグロの卵を、同属のマサバのような小型魚を代理親として産ませることができれば養殖の効率を大きく改善できる可能性があります。具体的には大型親魚からの採卵がマサバ等の小型魚種が入る程度の小型水槽でできるのでスペースや労力、コストの低減となり、世界的に水産資源の枯渇が問題となる中、水産資源の増大にもつながります。小型水槽の水温、照明等を調節することにより人為的に採卵期を作り出し、一年を通じた周年採卵も可能となります。
また凍結した始原生殖細胞あるいは精原細胞を代理親魚に移植することで生きた個体が生産できるので、商品的に価値のある希少魚種の増産や絶滅危惧種の遺伝子資源の保存を図れることもできます。

(注1)始原生殖細胞:受精卵から胚発生(多細胞生物が成体になる過程)の初期に分化(注3)する生殖細胞で、胚が分化している際にも増殖するが、体細胞性の生殖巣の分化が進むとその中に移動し、精巣内では精原細胞を経て精子に、卵巣内では卵原細胞を経て卵に分化する。
(注2) 精原細胞:精子の元となる細胞で、従来は精巣で精子にしかならないと考えられてきたが、本研究で全動物種を通じて世界で初めて雌の稚魚の腹腔に移植すると卵になることが発見された。本研究成果2006年2月9日発行の米国科学アカデミー紀要に掲載された。
(注3)多細胞生物に於いて個々の細胞が構造機能的に変化すること。


1.研究成果概要
クロマグロのように大型の魚種の種苗(卵)を確保して成魚を育てる(養殖する)ことは容易ではありません。その解決策としては、小型の魚種を代理親魚として大型魚種の種苗を生産させる技術が考えられます。本研究では、同属であるヤマメからニジマスの個体を産ませることを通じて、大型魚種(クロマグロ)への応用技術へ適用することを検討しました。孵化したばかりのヤマメの稚魚は、免疫系が十分に確立されていないため、異種の始原生殖細胞を移植されても拒絶反応を起こしません。
この事実を手がかりにして、孵化したばかりのヤマメの稚魚の腹腔にニジマスの始原生殖細胞を移植します。移植された始原生殖細胞は、宿主(ヤマメ)の生殖腺の位置を探り出して自力で移動していきます。移動したニジマスの始原生殖細胞は、ヤマメの生殖腺に取り込まれてニジマスの始原生殖細胞として増殖し、機能的な精子か卵に分化します。しかし、この手法では宿主は、自分自身の配偶子ももっていますので、ヤマメも産む可能性があります。そこで、不妊の性質をもつ3倍体(注4)のヤマメの稚魚に2倍体(通常体)のニジマスの精原細胞を移植しました。その結果、3倍体のヤマメの両親からニジマスだけを生産させることに成功しました。3倍体ヤマメの作出は、ヤマメの受精卵を10℃で培養し、受精から15分後に27℃で15分間処理して行われます。
またマウス以外の動物では世界で初めて遺伝子導入技術を使ってニジマスの始原生殖細胞をGFPで標識させることに成功しました。これにより、始原生殖細胞の移動の確認が容易となり、また親魚から生産された稚魚が育つのを待たなくても実験の結果がわかり、研究の迅速化が可能となりました。しかし、GFP遺伝子を遺伝子組み換え技術によって導入することは、食品としての安全性、商品性を損なう可能性があること、さらに海洋への放流により生態系を乱しかねないという課題が残ります。
そこで、精原細胞の細胞膜上にだけあるタンパク質を同定した上で、このタンパク質分子の細胞外ドメインに対する抗体を作成して、蛍光抗体や磁気抗体を使って精原細胞を特定して抽出し濃縮する方法を考え、その研究を開始しました。この方法は、まず生殖腺の体細胞では発現せず精原細胞のみで発現している遺伝子を特定します。次にこの遺伝子により精原細胞のみで産生されているタンパク質に免疫反応を起こす抗体を作成します。そこで精巣組織に免疫反応を起こしている細胞だけを着色する色素を作用させて精原細胞を着色して、識別できるようにします。このような精原細胞のみで発現している遺伝子および産生されるタンパク質の同定は、魚類では、この研究が初めての報告になりました。
従来は、精原細胞は成魚の精巣内に存在していて、精子の元になる細胞と考えられていました。ところが、本研究では精原細胞を雄の宿主に移植すると機能的な精子を生産しますが、雌の宿主に移植すると機能的な卵を生産することが明らかになりました。この発見は、希少な数少ない始原生殖細胞ではなく、精巣に大量に存在している精原細胞を「始原生殖細胞」の替わりとして利用できることを意味し、有用な魚種を大規模に増産する上で大きな意味をもっています。
(注4) 3倍体:通常の染色体は2セットで1対となっていて、動物では配偶子を形成する際に1セットずつに減数分裂し、減数分裂で染色体数が分裂前の細胞の半分の娘細胞をつくる。精子と卵(それぞれ1セットの染色体を有する)が受精して再び2セットの対になるが、何らかの原因で3セットになったものを3倍体という。


2.競合技術への強み
1) スペース、労力、コストの削減: 体長3m、体重100〜600kg(最大種のタイセイヨウクロマグロは全長450cm、体重680kgを超える)もあるクロマグロの親魚からの採卵が、サバからできれば、必要なスペース、労力、コストが大幅に削減できます。
2) 周年採卵が可能:自然の海域では採卵できる時期が限られますが、小型水槽であれば水温、照明を調節することで、年間を通じての採卵が可能になります。
3) 技術の習得が容易:2週間程度の研修で、技術を習得できると予想されるますので、容易に技術の普及がはかれます。

3.今後の展望
サバにクロマグロの種苗を生産させるためには、まず、クロマグロの精原細胞を濃縮する技術の確立が必要です。クロマグロの精巣は大部分が筋様細胞(注5)で精原細胞が少ないため、本研究で作出した特異抗体を用いて、精巣から精原細胞のみを濃縮し、得られた細胞をシャーレ内で増殖させた上で宿主であるサバに移植する研究を進めています。絶滅危惧種の保存への利用も考えています。サケマス類は、水系ごとに適応した特異な遺伝子をもっている可能性がありますので、各水系それぞれのサケマス類を保全するためにも異種間移植の技術を役立てたいと考えています。

(注5)精巣内に存在する筋繊維様の細胞のこと。


4.参考
成果プレスダイジェスト: 東京海洋大学准教授 吉崎 悟朗氏
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