福岡伸一さんが明快解説!「ミツバチ問題」の核心をつくベストセラー小説『蜜蜂』
[18/08/30]
提供元:PRTIMES
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NHK出版
世界的ベストセラー小説『蜜蜂』の日本出版を記念して行われた生物学者・福岡伸一さんと翻訳の池田真紀子さんによるトークショー(7月29日、銀座・蔦屋書店)から、ハイライトをお届けします。「巣箱」と「受粉」と「大量失踪」。小説の核でもあるミツバチと人間をめぐる過去、現在、未来の問題とは―。
[画像1: https://prtimes.jp/i/18219/113/resize/d18219-113-731996-0.jpg ]
「巣箱」という人類の大発明
福岡 この小説は、3つの時間軸が同時に進行していきますね。1つは1850年代。
池田 はい、19世紀のイギリス。主人公のウイリアムさんは生物の研究者を志しながら業績があがらず焦っていて、そんなとき、ミツバチの巣箱を改良することで自分の名前を後世に残せるのではないかと考え始める…。そこから始まるお話です。
福岡 ミツバチの巣を改良するというのは、人類が成し遂げた大発明の1つですね。ミツバチがとってくる甘い蜜を「横取り」すればよい糖分がとれるということは、ずっとずっと昔から人間は気づいていました。
でも、そのためには自然界にある巣を見つけてくるしかなかった。そこで、人間が巣箱を作ってその中にミツバチの巣を作らせるわけですね。ミツバチの巣は、ミツバチ自身が作り出す一種のロウの成分で作られていまして、巣箱の中のはめ板を抜いて遠心機でブーンと回すと蜜がとれるというわけです。そこで、ミツバチが出入する穴の幅をどうするかとか、板の大きさをどのくらいにするとか、いろんな工夫がなされてきたんですね。
ウイリアムさんは、巣箱のサイズとか間隔とかをいろいろ工夫しながら、よりよい箱を作ろうとするんですが、突如ライバルが現れる…。
池田 はい、それがロングストロスさん。実在のアメリカ人で、いま私たちが想像する上から板が刺さっている方式の巣箱を発明した人物です。
巣箱の発明には重要なポイントがあって、それは「ミツバチを殺さなくてすむ」「巣を破壊しなくてすむ」という点です。自然の巣から蜂蜜を取ろうとすると、巣を潰すので中のミツバチも一緒に潰れてしまい、外のミツバチは帰る巣を失ってしまう…。巣箱はその被害を最低限にしようというのがそもそもの開発のきっかけになんです。
蜂蜜は「腐らない」完全栄養
福岡 ミツバチは巣を作るためにものすごくたくさんの分泌物を出していますので、巣を人間に破壊されるたびに、毎回、毎回、一から作るとなると、ミツバチも大変。それを待つ人間も大変。巣箱なら、蜜だけをうまく回収できるんですね。
ちなみに蜂蜜というのは素晴らしい栄養物で、絶対に腐らないんですよ。それは、ミツバチは単に植物の蜜を集めてきているだけではなくて、一度、植物の蜜を体の中に取り入れて、消化酵素で分解して糖に変えるので、濃度が倍になります。さらに羽ばたくことによって蜜の水分をとばすので、蜜はさらに濃縮する。ハチの作る蜂蜜はすごく濃い溶液なんですね。それだけ濃いと微生物は絶対にそこで生息できないので「腐らない」という完全食品になる。栄養素のほとんどが含まれていて、蜂が卵から成虫になっていくだけのすべての栄養が含まれている。美味しいし、香りもいいし、人間にも素晴らしいものですね。
池田 私も、蜂蜜好きで、うちにはいつも何キロ単位で蜂蜜を…(笑)。
福岡 本当に?(笑)ミツバチみたいな人なんですね、池田さんは(笑)。
ちなみに、蜂の巣は六角形が連続した形をしていますが、どうしてかわかりますか?
[画像2: https://prtimes.jp/i/18219/113/resize/d18219-113-747923-2.jpg ]
池田 知らないです。どうして?
福岡 「なぜ格子状、つまり四角形ではないのか?」「三角のほうが単純なのでは?」って思いますよね。でも、実は「六角形は、幾何学的には一番シンプルな形」なんです。というのは、四角形を作ろうとすると「一点から四方向」に、三角形にしようとすると「一点から六方向」に板を作らなければならない。六角形の場合は「一点から三方向」でよいので、ハチはいちばん効率のよい方法で巣を作り、その結果が六角形なのですね。これが強度もあって、便利でもある。
池田 なるほど、そうだったのですね!
ミツバチの「大量失踪」
福岡 さて、『蜜蜂』の第二の物語は2007年。だいたい現代ですね。
池田 2007年は蜜蜂の大量失踪が表に出始めた年代です。この時代の主人公は代々養蜂家のジョージさん。蜜蜂をトラックに積んで受粉のために果樹園に連れて行くというビジネスが出てきて、同じ町にその事業で大成功している同級生がいて、これをやるべきかどうか悩んでいる。そんななか、ジョージの養蜂場でも、ハチの失踪が始まってしまう…。果たして、どうなるか!?という展開です。
福岡 うん、そうですね。この小説の下地となっていると思われるのが、ローワン・ジェイコブセンが書いた『蜂はなぜ大量死したのか』というノンフィクション。原題は『Fruitless Fall(実りなき秋)』と言います。
この『Fruitless Fall』は、実はさらに前の非常に重要な本のタイトルをもじっていて、その本が1960年代にアメリカの環境運動家レイチェル・カーソンが書いた『Silent Spring(沈黙の春)』です。「農薬を使うことによって、害虫は死ぬけれども、役に立つ虫も死に、その虫を食べていた鳥も農薬を体の中に摂取してしまうことになって、それが食物連鎖的に環境に広がっていくと、春なのに、鳴く鳥もないし、羽ばたく蝶々もいない――。サイレントなスプリングが来る」という環境問題にもっとも早く警鐘鳴らした書物です。
レイチェル・カーソンがこの書物を発表したとき、大変な攻撃を受けましたが、彼女はひるまなかった。やがて政府を動かして、DDTという非常に毒性の強い農薬の規制につながっていった非常に重要な本です。
これを下敷きにして、同じようなことが秋にも起きると警鐘を鳴らしたのが『Fruitless Fall』です。ハチが謎の大量死を遂げる事件が1990年代頃から起きてきて、2000年代に入るとさらにたくさんのハチが失踪する「ハチの群れが崩壊してしまう謎の事件」が多発してきた。当時はいったい何が起きているかわからなかったんですね。
現在では、ネオニコチノイドという殺虫剤の農薬がハチの神経系に影響を及ぼして帰巣本能を壊してしまっているらしいということがわかってきて、重大な課題となっています。
「受粉の道具」としてのミツバチ
福岡 それから、ミツバチは「受粉の道具」としても使われていて、日本でも生き物というよりはもう農薬とか農機具と同じような「ツール」として使われている。「ハチ」を注文すると、通販と同様に段ボールが届きます。その中にハチがたくさんいて女王蜂もいる。その段ボールをビニールハウスの中に設置して、一部をバリッと剥がすと穴が開いて、そこからハチが出てくる。そのハチが花から花に移るときに花粉を一緒に運んで受粉をしてくれるわけです。一週間ほど花粉を運んでくれたら、その箱ごと燃やして捨ててしまう…。このような「農機具としてのハチ」を養殖している業者もたくさんいて、実はそちらの方が蜂蜜より儲かるそうで、蜂蜜業の方はそちらに移ろうかというような悩みもあるんですね…。
で、物語のジョージさんは、養蜂を継がない息子に悩んでいる父親でもあるのですが、この息子トムくんがこの後、非常に大事な役割を未来に向けて果たすという伏線があるんですね。その未来の物語が2098年。
池田 はい、2098年の物語は中国が舞台です。
すでにハチは全滅していて、主人公の女性・タオは、手で受粉する労働に従事しています。ここが面白いところで、中国は環境悪化で早くにハチが絶滅していて、世界一、人の手による受粉が発達している設定なんです。
タオは三歳の息子を育てながら、毎日果樹に登ってせっせと受粉をしているのですが、ある日親子三人で果樹園にピクニックに行ったとき、目を離したすきに息子に何かが起きて倒れてしまうんですね。慌てて病院に連れて行くと、なぜか息子の行方がわからなくなって…。
福岡 それがミステリーの最初のつかみですね。病院側が何らかの理由で息子をタオから引き離す…。
1850年代の養蜂の巣箱を開発する時代、2007年のハチがどんどん行方不明になって崩壊していく時代、そして2098年、蜂が全滅して受粉に人力がまた使われるような時代…。全く別の3つの時代の時間軸が、少しずつ交差していくのが、このミステリーの非常に面白いところで、その息子の失踪も実はハチと関係しているという…。これは、もう、ネタバレすれすれなんですけれども(笑)。
地球から人間が退場すると…?
池田 実は私、人間が絶滅した後の世界もとても気になっていて…(笑)。どうなるんでしょうか?
福岡 環境のことを考えれば、地球から人間が退場すれば、他の生物は大喜びです(笑)。
あらゆるところにまた草が生えて、追いやられていた生物たちが旧都市を新しい住処にするでしょう。ゴキブリだって蚊だって、人間がこの地球に現れる前、3億年前からそこにいたわけで、人間がたまたま彼らの住まいを奪って家を建てたので、しかたなくそこをチョロチョロしているわけです。
ミツバチが絶滅したら受粉ができなくなるように、もしこの世界からゴキブリが絶滅したら環境が回っていかないんです。ゴキブリは台所をチョロチョロされたらうるさいですけれども、世界中の大半のゴキブリは熱帯雨林の樹木の下にいて、落ち葉とか枯草とか動物の遺骸とかを掃除してくれている。そういうゴキブリの作用がなくなると、分解がうまく進まないので、地球の動的平衡というか、回転がたちまち途絶えてしまいます。どの生物も、いなくなったほうがいい生物っていうのはいないんですよ、人間以外は(笑)。
人間って、勝手なことをやっているわりには、絶滅していく生物のことを心配したりしていますけれども、他の生物から見たら余計なお世話なんですね(笑)。
池田 自分のことを心配しなくちゃ?(笑)
福岡 そうそう(笑)。ハチも蚊もゴキブリも、天変地異があっても、恐竜が滅びるくらいの惑星の衝突があっても、生き延びてきたので少々のことでは絶対に死なない。
この小説でも絶滅したはずのミツバチが実はまた再生されうる、というのが大きなテーマになっていますね。生命のある種のたくましさというか、進化のプロセスでさまざまな環境変化を生き延びてきたハチが「最後は勝つ」というところに、この小説の素晴らしい読みどころだと思うんです。これ以上は言いませんけれども(笑)。
池田 この小説を読むとミツバチの問題に興味が出てきてきますし、「人間が自然やミツバチを支配することが正しいのか」という問いかけがなされているので、考えるよいきっかけにもなると思います。(了)
[画像3: https://prtimes.jp/i/18219/113/resize/d18219-113-333512-4.jpg ]
『蜜蜂』
著:マヤ・ルンデ
訳:池田真紀子
仕様:四六判、並製、488ページ
発行:2018年6月28日
定価:2,160円(税込)
ISBN:978-4-14-005696-7
出版社:NHK出版
https://www.nhk-book.co.jp
世界的ベストセラー小説『蜜蜂』の日本出版を記念して行われた生物学者・福岡伸一さんと翻訳の池田真紀子さんによるトークショー(7月29日、銀座・蔦屋書店)から、ハイライトをお届けします。「巣箱」と「受粉」と「大量失踪」。小説の核でもあるミツバチと人間をめぐる過去、現在、未来の問題とは―。
[画像1: https://prtimes.jp/i/18219/113/resize/d18219-113-731996-0.jpg ]
「巣箱」という人類の大発明
福岡 この小説は、3つの時間軸が同時に進行していきますね。1つは1850年代。
池田 はい、19世紀のイギリス。主人公のウイリアムさんは生物の研究者を志しながら業績があがらず焦っていて、そんなとき、ミツバチの巣箱を改良することで自分の名前を後世に残せるのではないかと考え始める…。そこから始まるお話です。
福岡 ミツバチの巣を改良するというのは、人類が成し遂げた大発明の1つですね。ミツバチがとってくる甘い蜜を「横取り」すればよい糖分がとれるということは、ずっとずっと昔から人間は気づいていました。
でも、そのためには自然界にある巣を見つけてくるしかなかった。そこで、人間が巣箱を作ってその中にミツバチの巣を作らせるわけですね。ミツバチの巣は、ミツバチ自身が作り出す一種のロウの成分で作られていまして、巣箱の中のはめ板を抜いて遠心機でブーンと回すと蜜がとれるというわけです。そこで、ミツバチが出入する穴の幅をどうするかとか、板の大きさをどのくらいにするとか、いろんな工夫がなされてきたんですね。
ウイリアムさんは、巣箱のサイズとか間隔とかをいろいろ工夫しながら、よりよい箱を作ろうとするんですが、突如ライバルが現れる…。
池田 はい、それがロングストロスさん。実在のアメリカ人で、いま私たちが想像する上から板が刺さっている方式の巣箱を発明した人物です。
巣箱の発明には重要なポイントがあって、それは「ミツバチを殺さなくてすむ」「巣を破壊しなくてすむ」という点です。自然の巣から蜂蜜を取ろうとすると、巣を潰すので中のミツバチも一緒に潰れてしまい、外のミツバチは帰る巣を失ってしまう…。巣箱はその被害を最低限にしようというのがそもそもの開発のきっかけになんです。
蜂蜜は「腐らない」完全栄養
福岡 ミツバチは巣を作るためにものすごくたくさんの分泌物を出していますので、巣を人間に破壊されるたびに、毎回、毎回、一から作るとなると、ミツバチも大変。それを待つ人間も大変。巣箱なら、蜜だけをうまく回収できるんですね。
ちなみに蜂蜜というのは素晴らしい栄養物で、絶対に腐らないんですよ。それは、ミツバチは単に植物の蜜を集めてきているだけではなくて、一度、植物の蜜を体の中に取り入れて、消化酵素で分解して糖に変えるので、濃度が倍になります。さらに羽ばたくことによって蜜の水分をとばすので、蜜はさらに濃縮する。ハチの作る蜂蜜はすごく濃い溶液なんですね。それだけ濃いと微生物は絶対にそこで生息できないので「腐らない」という完全食品になる。栄養素のほとんどが含まれていて、蜂が卵から成虫になっていくだけのすべての栄養が含まれている。美味しいし、香りもいいし、人間にも素晴らしいものですね。
池田 私も、蜂蜜好きで、うちにはいつも何キロ単位で蜂蜜を…(笑)。
福岡 本当に?(笑)ミツバチみたいな人なんですね、池田さんは(笑)。
ちなみに、蜂の巣は六角形が連続した形をしていますが、どうしてかわかりますか?
[画像2: https://prtimes.jp/i/18219/113/resize/d18219-113-747923-2.jpg ]
池田 知らないです。どうして?
福岡 「なぜ格子状、つまり四角形ではないのか?」「三角のほうが単純なのでは?」って思いますよね。でも、実は「六角形は、幾何学的には一番シンプルな形」なんです。というのは、四角形を作ろうとすると「一点から四方向」に、三角形にしようとすると「一点から六方向」に板を作らなければならない。六角形の場合は「一点から三方向」でよいので、ハチはいちばん効率のよい方法で巣を作り、その結果が六角形なのですね。これが強度もあって、便利でもある。
池田 なるほど、そうだったのですね!
ミツバチの「大量失踪」
福岡 さて、『蜜蜂』の第二の物語は2007年。だいたい現代ですね。
池田 2007年は蜜蜂の大量失踪が表に出始めた年代です。この時代の主人公は代々養蜂家のジョージさん。蜜蜂をトラックに積んで受粉のために果樹園に連れて行くというビジネスが出てきて、同じ町にその事業で大成功している同級生がいて、これをやるべきかどうか悩んでいる。そんななか、ジョージの養蜂場でも、ハチの失踪が始まってしまう…。果たして、どうなるか!?という展開です。
福岡 うん、そうですね。この小説の下地となっていると思われるのが、ローワン・ジェイコブセンが書いた『蜂はなぜ大量死したのか』というノンフィクション。原題は『Fruitless Fall(実りなき秋)』と言います。
この『Fruitless Fall』は、実はさらに前の非常に重要な本のタイトルをもじっていて、その本が1960年代にアメリカの環境運動家レイチェル・カーソンが書いた『Silent Spring(沈黙の春)』です。「農薬を使うことによって、害虫は死ぬけれども、役に立つ虫も死に、その虫を食べていた鳥も農薬を体の中に摂取してしまうことになって、それが食物連鎖的に環境に広がっていくと、春なのに、鳴く鳥もないし、羽ばたく蝶々もいない――。サイレントなスプリングが来る」という環境問題にもっとも早く警鐘鳴らした書物です。
レイチェル・カーソンがこの書物を発表したとき、大変な攻撃を受けましたが、彼女はひるまなかった。やがて政府を動かして、DDTという非常に毒性の強い農薬の規制につながっていった非常に重要な本です。
これを下敷きにして、同じようなことが秋にも起きると警鐘を鳴らしたのが『Fruitless Fall』です。ハチが謎の大量死を遂げる事件が1990年代頃から起きてきて、2000年代に入るとさらにたくさんのハチが失踪する「ハチの群れが崩壊してしまう謎の事件」が多発してきた。当時はいったい何が起きているかわからなかったんですね。
現在では、ネオニコチノイドという殺虫剤の農薬がハチの神経系に影響を及ぼして帰巣本能を壊してしまっているらしいということがわかってきて、重大な課題となっています。
「受粉の道具」としてのミツバチ
福岡 それから、ミツバチは「受粉の道具」としても使われていて、日本でも生き物というよりはもう農薬とか農機具と同じような「ツール」として使われている。「ハチ」を注文すると、通販と同様に段ボールが届きます。その中にハチがたくさんいて女王蜂もいる。その段ボールをビニールハウスの中に設置して、一部をバリッと剥がすと穴が開いて、そこからハチが出てくる。そのハチが花から花に移るときに花粉を一緒に運んで受粉をしてくれるわけです。一週間ほど花粉を運んでくれたら、その箱ごと燃やして捨ててしまう…。このような「農機具としてのハチ」を養殖している業者もたくさんいて、実はそちらの方が蜂蜜より儲かるそうで、蜂蜜業の方はそちらに移ろうかというような悩みもあるんですね…。
で、物語のジョージさんは、養蜂を継がない息子に悩んでいる父親でもあるのですが、この息子トムくんがこの後、非常に大事な役割を未来に向けて果たすという伏線があるんですね。その未来の物語が2098年。
池田 はい、2098年の物語は中国が舞台です。
すでにハチは全滅していて、主人公の女性・タオは、手で受粉する労働に従事しています。ここが面白いところで、中国は環境悪化で早くにハチが絶滅していて、世界一、人の手による受粉が発達している設定なんです。
タオは三歳の息子を育てながら、毎日果樹に登ってせっせと受粉をしているのですが、ある日親子三人で果樹園にピクニックに行ったとき、目を離したすきに息子に何かが起きて倒れてしまうんですね。慌てて病院に連れて行くと、なぜか息子の行方がわからなくなって…。
福岡 それがミステリーの最初のつかみですね。病院側が何らかの理由で息子をタオから引き離す…。
1850年代の養蜂の巣箱を開発する時代、2007年のハチがどんどん行方不明になって崩壊していく時代、そして2098年、蜂が全滅して受粉に人力がまた使われるような時代…。全く別の3つの時代の時間軸が、少しずつ交差していくのが、このミステリーの非常に面白いところで、その息子の失踪も実はハチと関係しているという…。これは、もう、ネタバレすれすれなんですけれども(笑)。
地球から人間が退場すると…?
池田 実は私、人間が絶滅した後の世界もとても気になっていて…(笑)。どうなるんでしょうか?
福岡 環境のことを考えれば、地球から人間が退場すれば、他の生物は大喜びです(笑)。
あらゆるところにまた草が生えて、追いやられていた生物たちが旧都市を新しい住処にするでしょう。ゴキブリだって蚊だって、人間がこの地球に現れる前、3億年前からそこにいたわけで、人間がたまたま彼らの住まいを奪って家を建てたので、しかたなくそこをチョロチョロしているわけです。
ミツバチが絶滅したら受粉ができなくなるように、もしこの世界からゴキブリが絶滅したら環境が回っていかないんです。ゴキブリは台所をチョロチョロされたらうるさいですけれども、世界中の大半のゴキブリは熱帯雨林の樹木の下にいて、落ち葉とか枯草とか動物の遺骸とかを掃除してくれている。そういうゴキブリの作用がなくなると、分解がうまく進まないので、地球の動的平衡というか、回転がたちまち途絶えてしまいます。どの生物も、いなくなったほうがいい生物っていうのはいないんですよ、人間以外は(笑)。
人間って、勝手なことをやっているわりには、絶滅していく生物のことを心配したりしていますけれども、他の生物から見たら余計なお世話なんですね(笑)。
池田 自分のことを心配しなくちゃ?(笑)
福岡 そうそう(笑)。ハチも蚊もゴキブリも、天変地異があっても、恐竜が滅びるくらいの惑星の衝突があっても、生き延びてきたので少々のことでは絶対に死なない。
この小説でも絶滅したはずのミツバチが実はまた再生されうる、というのが大きなテーマになっていますね。生命のある種のたくましさというか、進化のプロセスでさまざまな環境変化を生き延びてきたハチが「最後は勝つ」というところに、この小説の素晴らしい読みどころだと思うんです。これ以上は言いませんけれども(笑)。
池田 この小説を読むとミツバチの問題に興味が出てきてきますし、「人間が自然やミツバチを支配することが正しいのか」という問いかけがなされているので、考えるよいきっかけにもなると思います。(了)
[画像3: https://prtimes.jp/i/18219/113/resize/d18219-113-333512-4.jpg ]
『蜜蜂』
著:マヤ・ルンデ
訳:池田真紀子
仕様:四六判、並製、488ページ
発行:2018年6月28日
定価:2,160円(税込)
ISBN:978-4-14-005696-7
出版社:NHK出版
https://www.nhk-book.co.jp