植物の枝分かれを制御する新しいホルモンを発見
[08/08/11]
提供元:PRTIMES
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- 作物の実りを確かにし、根寄生雑草の防除への応用も期待 -
◇ポイント◇
・菌根菌の誘引など根の周りで働く「ストリゴラクトン」が新しい植物ホルモンと判明
・このホルモンが植物の枝分かれをストップ
・ストリゴラクトンを作れない植物の周辺で、根寄生雑草の種子の発芽が鈍る
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物の根の周りで働く微生物などほかの生物とのコミュニケーション物質として知られていた「ストリゴラクトン」が、植物体内では「枝分かれ抑制ホルモン」として機能することを世界で初めて明らかにしました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)促進制御研究チームの山口信次郎チームリーダーと梅原三貴久基礎科学特別研究員を中心とする日本国内の共同研究グループ※1による成果です。
植物の枝分かれのパターンや度合いは、地上部の形を決め、最終的に花や種子の数と質に影響を与えることから、農業や園芸分野で重要な形質です。例えば、枝分かれが多すぎると、個々の果実の品質低下を引き起こします。逆に少なすぎると、収量の低下となります。枝分かれを増やすことは植物の繁栄につながりますが、枝数を増やして多くの種子を実らせるにはそれだけ養分が必要です。したがって、枝分かれ数を適度に調節することは、自然界における植物の生存戦略や作物の質・収量を維持するための鍵となります。この植物の枝分かれには、オーキシンとサイトカイニンという2つの植物ホルモンの作用が重要なことは古くから知られています。一方、1990年代半ば以降の「枝分かれ過剰突然変異体」の研究から、枝分かれを抑制する別のホルモンの存在が示唆されていましたが、その実体は長い間不明でした。今回研究チームは、イネの分げつ(枝分かれ)が異常に多くなり、背丈が小さくなる、分げつ矮性変異体の解析から、「ストリゴラクトン」と呼ばれる化合物群が、枝分かれを制御するホルモンであることを明らかにしました。ストリゴラクトンは、植物の根から分泌され、根寄生植物※2のストライガなどの種子発芽を誘導する物質の1つとして、40年ほど前から知られていました。さらに、植物の栄養吸収などを助ける共生菌(アーバスキュラー菌根菌※3)との相互作用にも、重要な役割を果たすことが最近わかってきました。研究チームは、ストリゴラクトン生合成遺伝子を欠損した枝分かれ過剰突然変異体が、今回、確かにストライガに感染しにくくなることを証明しました。根寄生植物は、農作物の根に寄生して養分や水分を奪い、生長を妨げます。この被害は世界各地で広がっており、特にアフリカにおける被害地域は、日本の農地面積約500万ヘクタールをはるかに超える、数千万ヘクタールに及ぶと推計されています。(Crop Prot. 23, 661-689 (2004))今回の発見を起点にストリゴラクトンの研究が進むと、作物の収穫などに直接影響をおよぼす植物の枝分かれの制御技術と生長を横取りする寄生植物の防除法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』オンライン版(8月10日付け:日本時間8月11日)に掲載されます。
1. 背景
植物の枝分かれは、まず腋芽(側芽)が作られ、次にそれが生長して形成されます。腋芽は、形成されても常に生長するとは限らず、通常、茎の先端(頂芽)が生長しているときは、休眠状態にあります。この現象は「頂芽優勢※4」と呼ばれます。頂芽優勢の維持には、オーキシン、サイトカイニンという2つの植物ホルモンが関与することが知られています。腋芽が伸びて枝分かれを形成するかどうかは、これらのホルモンのバランスによって決定すると古くから考えられていました。一方、1990年代半ば以降の「枝分かれ過剰突然変異体」の研究から、枝分かれを抑制する別のホルモンの存在が示唆されていました。エンドウ、シロイヌナズナ、イネ、ペチュニアで見つかったこれらの変異体の一部は、カロテノイド酸化開裂酵素(carotenoid cleavage dioxygenase: CCD)※5をコードする遺伝子の変異に原因があることから、このホルモンはカロテノイドに由来する低分子化合物であることが予想されていました。しかし、その実体はこの仮説が提唱されて以来ずっと不明でした。
ストリゴラクトンは、そもそも根寄生植物の種子発芽を誘導する物質として植物の根の滲出液から発見されました。根寄生植物であるストライガやオロバンキの仲間は、宿主植物に寄生しないと生きていけません。そのため、これらの寄生植物の種子は、地中で宿主の存在を待ち続け、宿主の根が出すストリゴラクトンを感知して発芽します。寄生を受けた宿主植物は、栄養や水分が奪われ、生長が妨げられます。それではなぜ、宿主は自分に都合が悪い根寄生雑草の発芽刺激物質を作るのでしょうか?最近、ストリゴラクトンが、植物の根の近傍で、アーバスキュラー菌根菌を呼び寄せるシグナルとして働くことがわかりました。アーバスキュラー菌根菌は、植物と共生関係を築き、養分であるリンや水分を植物が吸収するのを助けます。つまり、ストリゴラクトンは、そもそもアーバスキュラー菌根菌との共生を築くために宿主が根から分泌する物質であり、根寄生雑草種子はこれを悪用して宿主を見つけるのに利用していると考えられます。
ストリゴラクトンの研究は、40年ほど前から続いていますが、生産量がごく微量であることなどからその分析や同定は困難で、植物体内でこの物質がどのように作られるのかほとんど知見がありませんでした。しかし、最近の研究から、カロテノイドに由来する物質であることが示唆されていました。また、ストリゴラクトンの役割を詳しく調べるには、「ストリゴラクトン欠損突然変異体」の解析が有効ですが、そのような変異体は見つかっていませんでした。
2. 研究手法
枝分かれ抑制ホルモンは、枝分かれ過剰突然変異体の解析からその存在が示唆されていながら、どのような物質であるか不明でした。一方、ストリゴラクトンは、根の周りで働くシグナル物質として知られていましたが、その合成にかかわる遺伝子はわかっていませんでした。研究グループは「枝分かれ抑制ホルモン」と「ストリゴラクトン」が、いずれもカロテノイドの酸化的開裂によって生合成される点に着目しました。カロテノイドを酸化的に開裂する酵素(CCD)は、シロイヌナズナやイネのゲノム解析から、大きく6種類の遺伝子に分類されることが知られていました。つまり、これらの遺伝子のいずれかが、ストリゴラクトンの生産に関与すると考えられましたが、6種類の遺伝子のうち、枝分かれ抑制ホルモンの合成に関わるCCD7、CCD8とストリゴラクトンとの関係はこれまでに調べられていませんでした。そこで、研究チームは、CCD7やCCD8が欠損しているイネの枝分かれ過剰突然変異体(分げつ矮性変異体)におけるストリゴラクトンの分析を行いました。この実験には、理研植物科学研究センターが保有する高感度かつ高分解能な質量分析計※6が活躍しました。
3. 研究成果
研究チームは、CCD7やCCD8が欠損したイネの枝分かれ過剰突然変異体(d10, d17)が、ストリゴラクトンをほとんど生産しないことを見いだしました。さらに、これらの変異体にストリゴラクトンを投与すると、枝分かれが正常に戻ることを見いだしました。このことから、根の周りで菌根菌や根寄生植物種子とのコミュニケーション物質として働くことがわかっていたストリゴラクトンが、植物体内では枝分かれを抑制するホルモン、あるいはその生合成前駆体として機能することを突き止めました。同様の結果は、シロイヌナズナの枝分かれ過剰突然変異体max4を用いた実験でも確認できました。さらに、イネのd10変異体を用いた実験から、ストリゴラクトンを生産しない植物の根の周りではストライガの種子が発芽できず、結果としてストライガに対して寄生されにくくなることを証明できました。
これまで、根の周りで働くストリゴラクトンと地上部の枝分かれ抑制ホルモンは、その作用の違いから別々のシグナル物質と考えられ、それぞれ別々に研究が進められてきました。「枝分かれ抑制ホルモン=ストリゴラクトン」であることが、長い間解明されなかった1つの理由は、根の周りで働くストリゴラクトンと地上部の枝分かれの制御が関連性のない事象と考えられていたことによると思われます。
それでは、この2つを結びつける因子はいったい何なのでしょうか?最近の研究により、ストリゴラクトンの生産量がリンをはじめとする無機栄養分の欠乏によって劇的に増加することがわかってきました。これは、養分が十分でないときに、養分吸収を助けてくれるアーバスキュラー菌根菌を呼び寄せるための宿主植物の戦略であると考えられます。一方、枝を伸ばすことは、より多くの花や種子をつけることにつながるため、養分が十分でない環境下では、枝分かれを無駄に増やすことは植物にとって有利ではありません。ストリゴラクトンは、根の周辺の養分が十分であるかどうかを地上部に伝えて、枝を伸ばすかどうかを決める役割を果たしていると考えられます。一方、リンなどの栄養の乏しい地域では、ストライガなどの根寄生雑草による被害が拡大しやすいことが知られています。つまり、根寄生雑草は、宿主となる植物の戦略を逆手にとって、寄生する相手の存在を巧みにモニターしていることがわかります。
4. 今後の期待
枝分かれの数は、最終的に花や種子の数を決める重要な因子です。したがって、枝分かれの度合いやパターンは、作物の生産性、栽培作業の効率化、園芸植物の鑑賞価値と深くかかわります。今回の研究では、ストリゴラクトンを与え続けることによって、正常種イネの分げつ(枝分かれ)が選択的に抑制できることを示しました。これまで腋芽の生長を制御する植物ホルモンとして知られていたオーキシンやサイトカイニンは、枝分かれの制御以外にも多様なホルモン作用を示すことから、これらのホルモンを外部投与すると奇形を引き起こす場合があります。それに対して、ストリゴラクトンは枝分かれの制御に、より選択的に働きます。今後、ストリゴラクトン関連化合物や遺伝子を利用することにより、植物の枝分かれをコントロールするための新技術の開発が期待できます。これまでの研究から、ストリゴラクトンには多様な分子種が存在することがわかっています。今後、枝分かれ抑制ホルモンとしてのストリゴラクトンの役割を詳しく理解するためには、どのストリゴラクトン分子種が「活性型」ホルモンなのか、あるいはストリゴラクトンがさらに植物体内で「活性型」に変換されて機能しているか、を明らかにすることが重要な課題です。また、枝分かれを制御する他のホルモン(オーキシン、サイトカイニン)とストリゴラクトンとの関係を明らかにすることも重要です。
今回の研究のもう1つの重要な点は、これまでに長い間探し求められていたストリゴラクトン生合成遺伝子とストリゴラクトンを作らない突然変異体(ストリゴラクトン欠損突然変異体)を明らかにしたことです。ストライガなどの根寄生雑草による農作物の被害は、アフリカをはじめとして地球規模で拡大しており、食糧生産に深刻な影響を与えています。アフリカにおける被害地域は、日本の農地面積約500万ヘクタールをはるかに超える数千万ヘクタールに及ぶと推計されています。(Crop Prot. 23, 661-689 (2004))今回の研究で、ストリゴラクトンの生産量が低下したイネは、ストライガに寄生されにくいことが実験室レベルで証明されました。この結果は、ストリゴラクトン生産量の制御が、ストライガ防除法の開発に有効であることを示しています。一方で、ストリゴラクトンはアーバスキュラー菌根菌との共生や枝分かれの制御にもかかわることから、実際の場面では農作物の収量を維持したまま選択的にストライガの被害のみを抑えるための工夫が必要になります。今後、今回の成果を基盤として、ストリゴラクトンの生合成や受容メカニズムの研究を進め、宿主植物・アーバスキュラー菌根菌・寄生雑草種子という3者によるストリゴラクトンの受容・伝達機構を解明することが栄養分の乏しい土地での作物の生産性向上と寄生植物の防除法開発の鍵となると考えています。
=====<補足説明>=================================================
※1 国内共同研究グループ
東京大学大学院・農学生命科学研究科(経塚淳子准教授)、理研植物科学研究センター・植物免疫研究グループ(白須賢グループディレクター、吉田聡子研究員)、大阪府立大学大学院・生命環境科学研究科(秋山康紀准教授)、宇都宮大学・雑草科学研究センター(米山弘一教授)ほかとの共同研究による。
※2 根寄生植物
別名「ウィッチウィード」(魔女草)とも呼ばれる根寄生性雑草。植物から分泌されるストリゴラクトンを認識して発芽して、近くの植物の根に寄生し、宿主植物から栄養を吸収する。ストリゴラクトンがなければ発芽できず、種子の状態で何年も休眠したまま生存し続ける。ストライガに寄生された植物は著しく生育が抑制される。特にアフリカでは、ソルガムやトウモロコシなどの農作物における被害が大きく、ストライガの撃退は食糧生産上、重要な課題となっている。ストライガは主に単子葉植物に寄生するが、双子葉植物に対する寄生雑草としてはオロバンキ(ヤセウツボ)が知られている。
※3 アーバスキュラー菌根菌
菌根とは、菌類が植物の根に侵入して形成する共生体を指し、菌根を作る菌類を菌根菌という。アーバスキュラー菌根菌は、根の細胞内に侵入し樹枝状体(アーバスキュル)と呼ばれる構造を形成するとともに、根の外部に菌糸を伸ばす。陸生植物の大多数(80%以上)がアーバスキュラー菌根菌の宿主であるといわれている。アーバスキュラー菌根の機能としては、リンなどの無機栄養の吸収促進、水分吸収の促進などが挙げられる。このため、アーバスキュラー菌根が作られると作物は乾燥に強くなり、栄養分の乏しい土地でも育ちが改善される。
※4 頂芽優勢
頂芽が生長しているときは、腋芽の生長は抑制される。これを頂芽優勢という。頂芽を切除すると腋芽は生長抑制から解放されて生長を開始する。オーキシンという植物ホルモンが頂芽で合成されて下方に移動して腋芽の生長を抑制し、反対にサイトカイニンという植物ホルモンは腋芽の生長を促進する。従来、頂芽優勢はこれら2種類の植物ホルモンによる作用で説明されてきた。
※5 カロテノイド酸化開裂酵素(carotenoid cleavage dioxygenase: CCD)
カロテノイドは炭素数40のテルペノイドの1種で、植物では色素体(葉緑体)中で生合成される。トマトのリコペンやニンジンに多く含まれるβ-カロテンはカロテノイドの1種である。2重結合を多く含むため抗酸化作用が強く、動物では食餌から吸収されてビタミンAとなる。カロテノイド酸化開裂酵素(CCD)は、カロテノイドの特定の二重結合を酸化的に開裂してアルデヒドまたはケトンを生成する酵素である。高等植物のCCDにはいくつかのグループがあり、大きく分類すると、揮発性香気成分の合成に関わるCCD1、植物ホルモンの1つアブシジン酸の生合成にかかわる9-cis-エポキシカロテノイド開裂酵素(NCED)、今回報告した枝分かれ抑制ホルモン(ストリゴラクトン)の生合成に関わるCCD7とCCD8などがある。
※6 質量分析計
試料をイオン化し、化合物の質量電荷比(質量を電荷数で割った値)を求める分析装置。既知物質の同定や定量に利用される。高感度な検出が可能であるため、ホルモンのような生体中の微量物質の分析に有用な方法である。
◇ポイント◇
・菌根菌の誘引など根の周りで働く「ストリゴラクトン」が新しい植物ホルモンと判明
・このホルモンが植物の枝分かれをストップ
・ストリゴラクトンを作れない植物の周辺で、根寄生雑草の種子の発芽が鈍る
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物の根の周りで働く微生物などほかの生物とのコミュニケーション物質として知られていた「ストリゴラクトン」が、植物体内では「枝分かれ抑制ホルモン」として機能することを世界で初めて明らかにしました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)促進制御研究チームの山口信次郎チームリーダーと梅原三貴久基礎科学特別研究員を中心とする日本国内の共同研究グループ※1による成果です。
植物の枝分かれのパターンや度合いは、地上部の形を決め、最終的に花や種子の数と質に影響を与えることから、農業や園芸分野で重要な形質です。例えば、枝分かれが多すぎると、個々の果実の品質低下を引き起こします。逆に少なすぎると、収量の低下となります。枝分かれを増やすことは植物の繁栄につながりますが、枝数を増やして多くの種子を実らせるにはそれだけ養分が必要です。したがって、枝分かれ数を適度に調節することは、自然界における植物の生存戦略や作物の質・収量を維持するための鍵となります。この植物の枝分かれには、オーキシンとサイトカイニンという2つの植物ホルモンの作用が重要なことは古くから知られています。一方、1990年代半ば以降の「枝分かれ過剰突然変異体」の研究から、枝分かれを抑制する別のホルモンの存在が示唆されていましたが、その実体は長い間不明でした。今回研究チームは、イネの分げつ(枝分かれ)が異常に多くなり、背丈が小さくなる、分げつ矮性変異体の解析から、「ストリゴラクトン」と呼ばれる化合物群が、枝分かれを制御するホルモンであることを明らかにしました。ストリゴラクトンは、植物の根から分泌され、根寄生植物※2のストライガなどの種子発芽を誘導する物質の1つとして、40年ほど前から知られていました。さらに、植物の栄養吸収などを助ける共生菌(アーバスキュラー菌根菌※3)との相互作用にも、重要な役割を果たすことが最近わかってきました。研究チームは、ストリゴラクトン生合成遺伝子を欠損した枝分かれ過剰突然変異体が、今回、確かにストライガに感染しにくくなることを証明しました。根寄生植物は、農作物の根に寄生して養分や水分を奪い、生長を妨げます。この被害は世界各地で広がっており、特にアフリカにおける被害地域は、日本の農地面積約500万ヘクタールをはるかに超える、数千万ヘクタールに及ぶと推計されています。(Crop Prot. 23, 661-689 (2004))今回の発見を起点にストリゴラクトンの研究が進むと、作物の収穫などに直接影響をおよぼす植物の枝分かれの制御技術と生長を横取りする寄生植物の防除法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』オンライン版(8月10日付け:日本時間8月11日)に掲載されます。
1. 背景
植物の枝分かれは、まず腋芽(側芽)が作られ、次にそれが生長して形成されます。腋芽は、形成されても常に生長するとは限らず、通常、茎の先端(頂芽)が生長しているときは、休眠状態にあります。この現象は「頂芽優勢※4」と呼ばれます。頂芽優勢の維持には、オーキシン、サイトカイニンという2つの植物ホルモンが関与することが知られています。腋芽が伸びて枝分かれを形成するかどうかは、これらのホルモンのバランスによって決定すると古くから考えられていました。一方、1990年代半ば以降の「枝分かれ過剰突然変異体」の研究から、枝分かれを抑制する別のホルモンの存在が示唆されていました。エンドウ、シロイヌナズナ、イネ、ペチュニアで見つかったこれらの変異体の一部は、カロテノイド酸化開裂酵素(carotenoid cleavage dioxygenase: CCD)※5をコードする遺伝子の変異に原因があることから、このホルモンはカロテノイドに由来する低分子化合物であることが予想されていました。しかし、その実体はこの仮説が提唱されて以来ずっと不明でした。
ストリゴラクトンは、そもそも根寄生植物の種子発芽を誘導する物質として植物の根の滲出液から発見されました。根寄生植物であるストライガやオロバンキの仲間は、宿主植物に寄生しないと生きていけません。そのため、これらの寄生植物の種子は、地中で宿主の存在を待ち続け、宿主の根が出すストリゴラクトンを感知して発芽します。寄生を受けた宿主植物は、栄養や水分が奪われ、生長が妨げられます。それではなぜ、宿主は自分に都合が悪い根寄生雑草の発芽刺激物質を作るのでしょうか?最近、ストリゴラクトンが、植物の根の近傍で、アーバスキュラー菌根菌を呼び寄せるシグナルとして働くことがわかりました。アーバスキュラー菌根菌は、植物と共生関係を築き、養分であるリンや水分を植物が吸収するのを助けます。つまり、ストリゴラクトンは、そもそもアーバスキュラー菌根菌との共生を築くために宿主が根から分泌する物質であり、根寄生雑草種子はこれを悪用して宿主を見つけるのに利用していると考えられます。
ストリゴラクトンの研究は、40年ほど前から続いていますが、生産量がごく微量であることなどからその分析や同定は困難で、植物体内でこの物質がどのように作られるのかほとんど知見がありませんでした。しかし、最近の研究から、カロテノイドに由来する物質であることが示唆されていました。また、ストリゴラクトンの役割を詳しく調べるには、「ストリゴラクトン欠損突然変異体」の解析が有効ですが、そのような変異体は見つかっていませんでした。
2. 研究手法
枝分かれ抑制ホルモンは、枝分かれ過剰突然変異体の解析からその存在が示唆されていながら、どのような物質であるか不明でした。一方、ストリゴラクトンは、根の周りで働くシグナル物質として知られていましたが、その合成にかかわる遺伝子はわかっていませんでした。研究グループは「枝分かれ抑制ホルモン」と「ストリゴラクトン」が、いずれもカロテノイドの酸化的開裂によって生合成される点に着目しました。カロテノイドを酸化的に開裂する酵素(CCD)は、シロイヌナズナやイネのゲノム解析から、大きく6種類の遺伝子に分類されることが知られていました。つまり、これらの遺伝子のいずれかが、ストリゴラクトンの生産に関与すると考えられましたが、6種類の遺伝子のうち、枝分かれ抑制ホルモンの合成に関わるCCD7、CCD8とストリゴラクトンとの関係はこれまでに調べられていませんでした。そこで、研究チームは、CCD7やCCD8が欠損しているイネの枝分かれ過剰突然変異体(分げつ矮性変異体)におけるストリゴラクトンの分析を行いました。この実験には、理研植物科学研究センターが保有する高感度かつ高分解能な質量分析計※6が活躍しました。
3. 研究成果
研究チームは、CCD7やCCD8が欠損したイネの枝分かれ過剰突然変異体(d10, d17)が、ストリゴラクトンをほとんど生産しないことを見いだしました。さらに、これらの変異体にストリゴラクトンを投与すると、枝分かれが正常に戻ることを見いだしました。このことから、根の周りで菌根菌や根寄生植物種子とのコミュニケーション物質として働くことがわかっていたストリゴラクトンが、植物体内では枝分かれを抑制するホルモン、あるいはその生合成前駆体として機能することを突き止めました。同様の結果は、シロイヌナズナの枝分かれ過剰突然変異体max4を用いた実験でも確認できました。さらに、イネのd10変異体を用いた実験から、ストリゴラクトンを生産しない植物の根の周りではストライガの種子が発芽できず、結果としてストライガに対して寄生されにくくなることを証明できました。
これまで、根の周りで働くストリゴラクトンと地上部の枝分かれ抑制ホルモンは、その作用の違いから別々のシグナル物質と考えられ、それぞれ別々に研究が進められてきました。「枝分かれ抑制ホルモン=ストリゴラクトン」であることが、長い間解明されなかった1つの理由は、根の周りで働くストリゴラクトンと地上部の枝分かれの制御が関連性のない事象と考えられていたことによると思われます。
それでは、この2つを結びつける因子はいったい何なのでしょうか?最近の研究により、ストリゴラクトンの生産量がリンをはじめとする無機栄養分の欠乏によって劇的に増加することがわかってきました。これは、養分が十分でないときに、養分吸収を助けてくれるアーバスキュラー菌根菌を呼び寄せるための宿主植物の戦略であると考えられます。一方、枝を伸ばすことは、より多くの花や種子をつけることにつながるため、養分が十分でない環境下では、枝分かれを無駄に増やすことは植物にとって有利ではありません。ストリゴラクトンは、根の周辺の養分が十分であるかどうかを地上部に伝えて、枝を伸ばすかどうかを決める役割を果たしていると考えられます。一方、リンなどの栄養の乏しい地域では、ストライガなどの根寄生雑草による被害が拡大しやすいことが知られています。つまり、根寄生雑草は、宿主となる植物の戦略を逆手にとって、寄生する相手の存在を巧みにモニターしていることがわかります。
4. 今後の期待
枝分かれの数は、最終的に花や種子の数を決める重要な因子です。したがって、枝分かれの度合いやパターンは、作物の生産性、栽培作業の効率化、園芸植物の鑑賞価値と深くかかわります。今回の研究では、ストリゴラクトンを与え続けることによって、正常種イネの分げつ(枝分かれ)が選択的に抑制できることを示しました。これまで腋芽の生長を制御する植物ホルモンとして知られていたオーキシンやサイトカイニンは、枝分かれの制御以外にも多様なホルモン作用を示すことから、これらのホルモンを外部投与すると奇形を引き起こす場合があります。それに対して、ストリゴラクトンは枝分かれの制御に、より選択的に働きます。今後、ストリゴラクトン関連化合物や遺伝子を利用することにより、植物の枝分かれをコントロールするための新技術の開発が期待できます。これまでの研究から、ストリゴラクトンには多様な分子種が存在することがわかっています。今後、枝分かれ抑制ホルモンとしてのストリゴラクトンの役割を詳しく理解するためには、どのストリゴラクトン分子種が「活性型」ホルモンなのか、あるいはストリゴラクトンがさらに植物体内で「活性型」に変換されて機能しているか、を明らかにすることが重要な課題です。また、枝分かれを制御する他のホルモン(オーキシン、サイトカイニン)とストリゴラクトンとの関係を明らかにすることも重要です。
今回の研究のもう1つの重要な点は、これまでに長い間探し求められていたストリゴラクトン生合成遺伝子とストリゴラクトンを作らない突然変異体(ストリゴラクトン欠損突然変異体)を明らかにしたことです。ストライガなどの根寄生雑草による農作物の被害は、アフリカをはじめとして地球規模で拡大しており、食糧生産に深刻な影響を与えています。アフリカにおける被害地域は、日本の農地面積約500万ヘクタールをはるかに超える数千万ヘクタールに及ぶと推計されています。(Crop Prot. 23, 661-689 (2004))今回の研究で、ストリゴラクトンの生産量が低下したイネは、ストライガに寄生されにくいことが実験室レベルで証明されました。この結果は、ストリゴラクトン生産量の制御が、ストライガ防除法の開発に有効であることを示しています。一方で、ストリゴラクトンはアーバスキュラー菌根菌との共生や枝分かれの制御にもかかわることから、実際の場面では農作物の収量を維持したまま選択的にストライガの被害のみを抑えるための工夫が必要になります。今後、今回の成果を基盤として、ストリゴラクトンの生合成や受容メカニズムの研究を進め、宿主植物・アーバスキュラー菌根菌・寄生雑草種子という3者によるストリゴラクトンの受容・伝達機構を解明することが栄養分の乏しい土地での作物の生産性向上と寄生植物の防除法開発の鍵となると考えています。
=====<補足説明>=================================================
※1 国内共同研究グループ
東京大学大学院・農学生命科学研究科(経塚淳子准教授)、理研植物科学研究センター・植物免疫研究グループ(白須賢グループディレクター、吉田聡子研究員)、大阪府立大学大学院・生命環境科学研究科(秋山康紀准教授)、宇都宮大学・雑草科学研究センター(米山弘一教授)ほかとの共同研究による。
※2 根寄生植物
別名「ウィッチウィード」(魔女草)とも呼ばれる根寄生性雑草。植物から分泌されるストリゴラクトンを認識して発芽して、近くの植物の根に寄生し、宿主植物から栄養を吸収する。ストリゴラクトンがなければ発芽できず、種子の状態で何年も休眠したまま生存し続ける。ストライガに寄生された植物は著しく生育が抑制される。特にアフリカでは、ソルガムやトウモロコシなどの農作物における被害が大きく、ストライガの撃退は食糧生産上、重要な課題となっている。ストライガは主に単子葉植物に寄生するが、双子葉植物に対する寄生雑草としてはオロバンキ(ヤセウツボ)が知られている。
※3 アーバスキュラー菌根菌
菌根とは、菌類が植物の根に侵入して形成する共生体を指し、菌根を作る菌類を菌根菌という。アーバスキュラー菌根菌は、根の細胞内に侵入し樹枝状体(アーバスキュル)と呼ばれる構造を形成するとともに、根の外部に菌糸を伸ばす。陸生植物の大多数(80%以上)がアーバスキュラー菌根菌の宿主であるといわれている。アーバスキュラー菌根の機能としては、リンなどの無機栄養の吸収促進、水分吸収の促進などが挙げられる。このため、アーバスキュラー菌根が作られると作物は乾燥に強くなり、栄養分の乏しい土地でも育ちが改善される。
※4 頂芽優勢
頂芽が生長しているときは、腋芽の生長は抑制される。これを頂芽優勢という。頂芽を切除すると腋芽は生長抑制から解放されて生長を開始する。オーキシンという植物ホルモンが頂芽で合成されて下方に移動して腋芽の生長を抑制し、反対にサイトカイニンという植物ホルモンは腋芽の生長を促進する。従来、頂芽優勢はこれら2種類の植物ホルモンによる作用で説明されてきた。
※5 カロテノイド酸化開裂酵素(carotenoid cleavage dioxygenase: CCD)
カロテノイドは炭素数40のテルペノイドの1種で、植物では色素体(葉緑体)中で生合成される。トマトのリコペンやニンジンに多く含まれるβ-カロテンはカロテノイドの1種である。2重結合を多く含むため抗酸化作用が強く、動物では食餌から吸収されてビタミンAとなる。カロテノイド酸化開裂酵素(CCD)は、カロテノイドの特定の二重結合を酸化的に開裂してアルデヒドまたはケトンを生成する酵素である。高等植物のCCDにはいくつかのグループがあり、大きく分類すると、揮発性香気成分の合成に関わるCCD1、植物ホルモンの1つアブシジン酸の生合成にかかわる9-cis-エポキシカロテノイド開裂酵素(NCED)、今回報告した枝分かれ抑制ホルモン(ストリゴラクトン)の生合成に関わるCCD7とCCD8などがある。
※6 質量分析計
試料をイオン化し、化合物の質量電荷比(質量を電荷数で割った値)を求める分析装置。既知物質の同定や定量に利用される。高感度な検出が可能であるため、ホルモンのような生体中の微量物質の分析に有用な方法である。