脳の中の運動情報地図 〜階層的かつフラットな脳内情報を可視化〜
[19/08/28]
提供元:共同通信PRワイヤー
提供元:共同通信PRワイヤー
2019年8月28日
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
脳の中の運動情報地図
〜階層的かつフラットな脳内情報を可視化〜
【ポイント】
■ 複雑な運動を行う際の脳内の階層的な運動情報表現を可視化することに世界で初めて成功
■ 従来の説と異なり、運動前野・頭頂連合野では複数の階層の運動情報が重なって表現されていた
■ 運動を再現するBMI技術において、より効率的な運動推定手法の開発などへの応用に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)脳情報通信融合研究センター(CiNet)とウェスタンオンタリオ大学は共同で、ヒトがピアノ演奏のような複雑な指運動をする際の脳活動を、fMRIを用いて測定し、広い脳部位において運動情報が階層的に表現されている様子を示しました。従来の説では、表現の階層が異なれば対応する脳部位も異なるとされていましたが、今回、研究チームは、大脳皮質領域の運動前野や頭頂連合野などでは、異なる階層の運動が同時に表現されていることを明らかにしました。
この成果は、事故などで身体を動かすことのできない方々の意図を読み取ってロボットなどで運動を再現するためのBMI技術において、どの脳部位からの信号が有効かという問題への手掛かりや、階層の異なる運動情報を同時に利用した効率的な運動推定手法の開発に役立つと考えられます。なお、本研究成果は、2019年7月23日(火)に米国科学雑誌『Neuron』にオンライン掲載されました。誌面は9月25日(水)に発行予定です。
【背景】
一流の音楽家の演奏を聴くたびに、「どうしてあんなに長くて難しい曲を間違えずに演奏できるのだろう?」と不思議に思うことは、誰しも経験のあることでしょう。このようなことを可能にしている脳の情報処理の仕組みの一つが、階層的情報表現です。長くて複雑な運動でも、単純な部分の組合せに分割することを繰り返すことで、効率良く覚えたり実行できたりするようになります(もちろん練習も必要ですが)。このような階層的な運動の情報が、我々ヒトの脳でどのように表現されているのかは、これまで明らかではありませんでした。
【今回の成果】
今回、NICTの横井惇研究員とウェスタンオンタリオ大学のJörn Diedrichsen教授(当時、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)らの研究チームは、fMRIを用いて、複雑な運動を行う際の脳内の階層的な運動情報表現を可視化することに世界で初めて成功しました。本成果の鍵は、綿密にデザインされた行動実験によって、まず、運動の階層的情報表現の証拠を得て、それに基づいて最新の手法を用いた脳活動データ解析を行うという全体の研究デザインにあります。
【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201908199770-O2-7wS333Ve 】
図1 脳は階層的に系列運動を表現・実行する
実験では、健康な成人被験者に5日間かけて、11けたの数字(1〜5: 各指に対応)から成る8種類の異なるキー押しの系列を暗記・練習してもらいました。11けたの数字を8種類暗記することはかなり困難な課題であるため、被験者は階層的運動情報表現を行う必要があります。
被験者は、まず、11けたの数字を4つのチャンク(2〜3けたのキー押しのまとまり)に分けて、個別に練習します。次に、これらのチャンクを4個つなげたセットとして11けたの数字を練習・暗記しました(補足資料中図5参照)。このようにして、11けたの数字のキー押しを階層的に学習した後、MRI装置の中で、暗記した8種類の11けたの数字のキー押しの系列を実行している際の脳活動を測定しました。
この脳活動データに、多変量fMRI解析の一種であるRSA法と呼ばれる機械学習手法を用いて解析することで、被験者の各脳部位の微細な活動パターンを、?個々の指運動、?連続した2〜3個の指運動のまとまり(チャンク)、及び?4個のチャンクのまとまり(系列全体)という階層ごとの表現に分類し、“脳内運動情報地図”として可視化しました(図1、2参照)。
その結果、個々の指運動の表現(?)は一次運動野付近に集中しているのに対し、チャンク(?)や系列全体(?)といった、個々の運動と比べて階層の高い運動の表現は、一次運動野以外の脳領域(運動前野・頭頂連合野)に空間的に重なって表現されていることを明らかにしました。従来の説では、「機能的階層性(運動の表現のされ方)と解剖学的階層性(脳での表現のされ方)は対応する」という考え方が主流でしたが、本研究の結果は、むしろ、「機能的階層性と解剖学的階層性は必ずしも対応しない」、つまり、「脳は部分的に階層的(?とそれ以外の関係)でもあり、かつ、フラット(?と?の関係)でもある」という見方を示唆しており、従来説の再考を促すものといえます。
【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201908199770-O3-o6iYaM90 】
図2 系列運動の脳内運動情報地図
A: 8種類の系列それぞれに対応する局所脳活動パターンの間の「平均距離」(非類似度)を脳表面に図示した(下側は脳表面を平面に展開した表示法)。距離が大きい(より黄色に近い)領域では、異なる系列同士が異なる活動パターンとして表現されている(=その脳領域では系列同士が何らかの意味で区別されて表現されている)ことを意味する。白の点線は、主要な脳溝(脳のシワ)の一部(CS: 中心溝、PoCS: 中心後溝、IPS: 頭頂間溝、SFS: 上前頭溝、CinS: 帯状溝)を表し、黒の破線で囲った領域は、各脳部位(M1: 一次運動野、S1: 一次体性感覚野、PM: 運動前野、PC: 頭頂連合野)を表す。
B: Aの図で、一定閾値以上の距離を示した領域内で、RSA法を用いた詳細な解析を行い、それぞれの領域でどの階層の情報が強く表現されているかを図示した。脳領域は白の破線で表示した。表示領域は、Aの赤色破線で囲まれた領域に対応している。
シアン: 個々の指運動(?)、マゼンタ: チャンク(?)、山吹色: 系列全体(?)
【今後の展望】
階層的運動情報表現は、運動エキスパートだけのものではなく、文章を書いたりコーヒーを入れたりといった私達の日常動作も支えています。本研究で得られた結果は、事故や病気などで身体が麻痺してしまった患者の方々の意図を読み取って、ロボットなどで運動を再構成するためのBMI技術の開発において、効率的に運動情報の信号を得るための脳部位の同定や、異なる階層の運動情報を統合した効果的な運動推定アルゴリズムの開発などにも貢献すると期待されます。
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
脳の中の運動情報地図
〜階層的かつフラットな脳内情報を可視化〜
【ポイント】
■ 複雑な運動を行う際の脳内の階層的な運動情報表現を可視化することに世界で初めて成功
■ 従来の説と異なり、運動前野・頭頂連合野では複数の階層の運動情報が重なって表現されていた
■ 運動を再現するBMI技術において、より効率的な運動推定手法の開発などへの応用に期待
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)脳情報通信融合研究センター(CiNet)とウェスタンオンタリオ大学は共同で、ヒトがピアノ演奏のような複雑な指運動をする際の脳活動を、fMRIを用いて測定し、広い脳部位において運動情報が階層的に表現されている様子を示しました。従来の説では、表現の階層が異なれば対応する脳部位も異なるとされていましたが、今回、研究チームは、大脳皮質領域の運動前野や頭頂連合野などでは、異なる階層の運動が同時に表現されていることを明らかにしました。
この成果は、事故などで身体を動かすことのできない方々の意図を読み取ってロボットなどで運動を再現するためのBMI技術において、どの脳部位からの信号が有効かという問題への手掛かりや、階層の異なる運動情報を同時に利用した効率的な運動推定手法の開発に役立つと考えられます。なお、本研究成果は、2019年7月23日(火)に米国科学雑誌『Neuron』にオンライン掲載されました。誌面は9月25日(水)に発行予定です。
【背景】
一流の音楽家の演奏を聴くたびに、「どうしてあんなに長くて難しい曲を間違えずに演奏できるのだろう?」と不思議に思うことは、誰しも経験のあることでしょう。このようなことを可能にしている脳の情報処理の仕組みの一つが、階層的情報表現です。長くて複雑な運動でも、単純な部分の組合せに分割することを繰り返すことで、効率良く覚えたり実行できたりするようになります(もちろん練習も必要ですが)。このような階層的な運動の情報が、我々ヒトの脳でどのように表現されているのかは、これまで明らかではありませんでした。
【今回の成果】
今回、NICTの横井惇研究員とウェスタンオンタリオ大学のJörn Diedrichsen教授(当時、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)らの研究チームは、fMRIを用いて、複雑な運動を行う際の脳内の階層的な運動情報表現を可視化することに世界で初めて成功しました。本成果の鍵は、綿密にデザインされた行動実験によって、まず、運動の階層的情報表現の証拠を得て、それに基づいて最新の手法を用いた脳活動データ解析を行うという全体の研究デザインにあります。
【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201908199770-O2-7wS333Ve 】
図1 脳は階層的に系列運動を表現・実行する
実験では、健康な成人被験者に5日間かけて、11けたの数字(1〜5: 各指に対応)から成る8種類の異なるキー押しの系列を暗記・練習してもらいました。11けたの数字を8種類暗記することはかなり困難な課題であるため、被験者は階層的運動情報表現を行う必要があります。
被験者は、まず、11けたの数字を4つのチャンク(2〜3けたのキー押しのまとまり)に分けて、個別に練習します。次に、これらのチャンクを4個つなげたセットとして11けたの数字を練習・暗記しました(補足資料中図5参照)。このようにして、11けたの数字のキー押しを階層的に学習した後、MRI装置の中で、暗記した8種類の11けたの数字のキー押しの系列を実行している際の脳活動を測定しました。
この脳活動データに、多変量fMRI解析の一種であるRSA法と呼ばれる機械学習手法を用いて解析することで、被験者の各脳部位の微細な活動パターンを、?個々の指運動、?連続した2〜3個の指運動のまとまり(チャンク)、及び?4個のチャンクのまとまり(系列全体)という階層ごとの表現に分類し、“脳内運動情報地図”として可視化しました(図1、2参照)。
その結果、個々の指運動の表現(?)は一次運動野付近に集中しているのに対し、チャンク(?)や系列全体(?)といった、個々の運動と比べて階層の高い運動の表現は、一次運動野以外の脳領域(運動前野・頭頂連合野)に空間的に重なって表現されていることを明らかにしました。従来の説では、「機能的階層性(運動の表現のされ方)と解剖学的階層性(脳での表現のされ方)は対応する」という考え方が主流でしたが、本研究の結果は、むしろ、「機能的階層性と解剖学的階層性は必ずしも対応しない」、つまり、「脳は部分的に階層的(?とそれ以外の関係)でもあり、かつ、フラット(?と?の関係)でもある」という見方を示唆しており、従来説の再考を促すものといえます。
【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/201908199770-O3-o6iYaM90 】
図2 系列運動の脳内運動情報地図
A: 8種類の系列それぞれに対応する局所脳活動パターンの間の「平均距離」(非類似度)を脳表面に図示した(下側は脳表面を平面に展開した表示法)。距離が大きい(より黄色に近い)領域では、異なる系列同士が異なる活動パターンとして表現されている(=その脳領域では系列同士が何らかの意味で区別されて表現されている)ことを意味する。白の点線は、主要な脳溝(脳のシワ)の一部(CS: 中心溝、PoCS: 中心後溝、IPS: 頭頂間溝、SFS: 上前頭溝、CinS: 帯状溝)を表し、黒の破線で囲った領域は、各脳部位(M1: 一次運動野、S1: 一次体性感覚野、PM: 運動前野、PC: 頭頂連合野)を表す。
B: Aの図で、一定閾値以上の距離を示した領域内で、RSA法を用いた詳細な解析を行い、それぞれの領域でどの階層の情報が強く表現されているかを図示した。脳領域は白の破線で表示した。表示領域は、Aの赤色破線で囲まれた領域に対応している。
シアン: 個々の指運動(?)、マゼンタ: チャンク(?)、山吹色: 系列全体(?)
【今後の展望】
階層的運動情報表現は、運動エキスパートだけのものではなく、文章を書いたりコーヒーを入れたりといった私達の日常動作も支えています。本研究で得られた結果は、事故や病気などで身体が麻痺してしまった患者の方々の意図を読み取って、ロボットなどで運動を再構成するためのBMI技術の開発において、効率的に運動情報の信号を得るための脳部位の同定や、異なる階層の運動情報を統合した効果的な運動推定アルゴリズムの開発などにも貢献すると期待されます。