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【首都大学東京・研究発表】もと湿地の水田が洪水の発生を抑制する

〜生態系を利用した防災・減災を考慮した土地利用の実現に貢献〜

2020年3月23日(月)

 
 近年、台風や豪雨、さらにはそれに伴う洪水や土砂災害といった大規模な自然災害が毎年のように発生し、我々の生活を脅かしています。しかし、防災ダムや堤防をはじめとする防災インフラの多くは老朽化し、人口減少社会に突入した日本では、近い将来に既存防災インフラの維持管理すら困難になることが予想されています。生態系を利用した防災・減災(Ecosystem Based Disaster Risk Reduction:Eco-DRR)という考え方は、増大する自然災害への対応策として期待されています。
 首都大学東京大学院 都市環境科学研究科の大澤剛士准教授、京都産業大学 生命科学部の西田貴明准教授、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの遠香尚史主任研究員の研究チームは、日本全国に存在する生態系:半自然環境である水田に注目し、長期的な洪水災害の発生データと、水田の立地条件の関係を検討することで、表層水を受け入れやすい地形条件下に水田が存在する、すなわちもともと湿地であったと考えられる場所に水田が存在すると、陸水由来の洪水が発生しにくい傾向があることを明らかにしました。このことは、水田が食料生産の場としてだけでなく、Eco-DRRを実現する防災インフラ、すなわちグリーンインフラとしても利用できる可能性を示しています。このように、半自然環境が持つ防災機能を明らかにすることは、自然災害に強い土地利用計画に繋がることが期待できます。
 
ポイント
(1)自然環境を利用した防災、減災という考えは、近年増加している自然災害に対抗できるアイディアです。
(2)もともと自然湿地だった場所に立地する水田は、洪水発生を抑制する機能が高いことが示唆されました。
(3)本研究の結果は、水田という半自然環境を防災インフラとして利用できる可能性を示しています。

■本研究成果は、3月18日付で、Elsevierが発行する英文誌Ecological Indicatorsに発表されました。本研究は、環境研究総合推進費4-1805「グリーンインフラと既存インフラの相補的役割−防災・環境・社会経済面からの評価」の助成を受けて実施されました。

研究の背景
 近年、台風や豪雨、さらにはそれに伴う洪水や土砂災害といった大規模な自然災害が毎年のように発生し、我々の生活を脅かしています。昨年10月に発生した令和元年台風19号、一昨年7月の平成30年7月豪雨が甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しいところです。しかし、堤防やダムをはじめとする防災インフラの多くは現在では老朽化し、増大する自然災害に対応しきれていません。人口減少社会に突入した日本では、これまで通り防災インフラの維持管理、更新、さらには増設していくことは困難と考えられます。この状況に対する対応策として期待されているのが、生態系を利用した防災・減災(Ecosystem Based Disaster Risk Reduction:Eco-DRR)という考え方です。ダムや堤防を始めとした人工物は定期的なメンテナンスが必要ですが、生態系、すなわち自然環境は自立して維持できるシステムです。これを防災インフラとして利用することができれば、維持管理コストを大幅に低減することが期待できます。Eco-DRRの考え方はグリーンインフラストラクチャー注1) の一部と捉えられ、平成27年に閣議決定した国土計画:第二次国土形成計画(全国計画)にも明記されるなど、人口減少社会における新しい防災インフラ整備の考え方として注目が集まっています。

研究の詳細
 農地は食料生産以外にも様々な形で人間社会へ利益をもたらす機能:多面的機能注2) を有することが知られています。そこで本研究では、多面的機能の一つと考えられている、水田が持つ防災機能に注目しました。
 栃木県、群馬県、埼玉県という関東の内陸に位置する3県の市町村を対象に、統計情報から取得した2006年から2017年までの間の洪水被害の発生回数と、水田の立地の関係を検討しました。すなわち、洪水が頻発している市町村とそうでない市町村で、水田の立地条件に違いがあるかどうかを比較しました。内陸に位置する3県に注目した理由は、津波や高潮といった海由来の災害の影響を排除し、検討対象を豪雨による河川氾濫等、陸水由来の洪水に絞るためです。さらには洪水に付随して発生すると考えられる土石流、地すべりの2006年から2009年の間における発生の有無についても同様の検討を行いました。水田の立地条件には、累積流量: Flow Accumulation(FA)という地形パラメータを利用しました(図1)。この値は、地表面における水の流れをシミュレートして算出するもので、理論的には流域内でこの値が最も高くなる場所が河川流路となるものです。この値が高く、河川流路になっていない場所は水分が潤沢な湿地環境になると考えられます。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202003198244-O5-x1v5U45O】  図1. 累積流量:Flow accumulationの概念図

 その結果、FAが高い地表を流れる水を貯めやすい地形条件下に水田が立地している市町村では、洪水の発生頻度、土石流、地すべりの発生が少ないことが示されました。地表を流れる水を貯めやすい場所は、過去には氾濫原湿地をはじめとする自然湿地であった可能性が高い場所です。ここに水田が立地しているということは、水田という半自然環境に変化したとはいえ、過去から現在にわたり長期的に湿地環境が維持されてきた場所であることを示唆します。この結果は、生態系は、人間が開発する前に近い状態で利用することで、その生態系がもともと持っている機能:生態系機能が強く発揮されることを示唆します。

 
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202003198244-O6-6E554t2N】 図2. 地表水を貯められる水田の立地と、洪水および関連被害の関係

 図2は、栃木、群馬、埼玉県の各市町村における(a)地表水を貯めやすい水田の比率、(b)洪水の発生頻度、(c)地すべりの発生、(d)土石流の発生それぞれを図示したものです。マルで囲まれている市町村(栃木県芳賀町、埼玉県深谷市)に注目すると、地表水を多く貯められる水田を多く持つ場所では、洪水の発生頻度、地すべり、土石流が全て少ない傾向が読み取れます。この2市町はあくまで例で、この傾向は3県における共通傾向であることが統計的に示されました。

研究の意義と波及効果
 これまでも、水田を含む農地は食料生産以外に様々な機能:多面的機能を持つことは知られており、自然災害を抑制する機能もこれに含まれていました。しかしながら、この検証の多くは小規模なケーススタディに留まっており、広域的に評価した例は限られていました。本研究によって水田が自然災害の抑制機能を持つこと、その機能が発揮される条件が定量的に示されたため、実際に水田を防災インフラとして土地利用計画に反映させる根拠として活用できる可能性があります。

用語解説
注1)グリーンインフラストラクチャー
 自然の有する機能をインフラと捉え、それを利用して社会資本整備等を進めるという考え方。日本ではグリーンインフラ研究会によって「自然が持つ多様な機能を賢く利用することで、持続可能な社会と経済の発展に寄与するインフラや土地利用計画のこと」と定義された。
注2)多面的機能
 農業地域において農業活動が行われることによって人間社会にもたらされる、食料生産以外の「めぐみ」のこと。災害を減らす機能のほかにも、様々な生物に生息場を提供する機能、農村風景を維持し、我々の心をなごませてくれる機能等が挙げられている。

(参考)農林水産省「農地・農村の多面的機能」 https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/nougyo_kinou/#01

発表論文
“High tolerance land use against flood disasters: How paddy fields as previously natural wetland inhibit the occurrence of floods”
Takeshi Osawa, Takaaki Nishida, Takashi Oka
Ecological Indicators (in press)  DOI: 10.1016/j.ecolind.2020.106306

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