世界初・ナノシート電極を用いた植物電位のライブモニタリングに成功
[20/06/05]
提供元:共同通信PRワイヤー
提供元:共同通信PRワイヤー
高大連携による研究成果 農業や学習キットへの応用に期待
2020年6月5日
早稲田大学
東京工業大学
高大連携による研究成果 世界初・ナノシート電極を用いた植物電位のライブモニタリングに成功 農業や学習キットへの応用に期待
発表のポイント
■植物葉で電位を測定できる極薄電極(ナノシート電極、厚さ 約300ナノメートル)を開発した。
■明暗切り替え測定に対応し、約340時間(約14日)以上の貼付でも変色を引き起こさない低侵襲性を実現した。
■SDGsに絡む研究であり、農業をはじめとする一次産業や学習キットへの応用が期待される。
■著者の谷口広晃氏は、研究開始当時早稲田大学高等学院の高校生で、大学進学後に同研究内容を論文投稿。高大連携モデルとしての活用も期待される。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O1-4t6Y6R28】
植物の生体電位を低侵襲に計測可能なナノシート電極
シート型電極の開発を行っている東京工業大学生命理工学院の藤枝俊宣(ふじえとしのり)講師(兼 早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構・研究院客員准教授)、早稲田大学高等学院の谷口広晃(たにぐちひろあき)氏(現 早稲田大学先進理工学部生命医科学科2年)、秋山和広(あきやまかずひろ)教諭の研究チームは、植物葉で電位を測定できる極薄な導電性ナノシート電極(ナノシート電極、厚さ 約300ナノメートル ※1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)を開発し、導電性高分子を用いた植物生体電位のライブモニタリングに世界で初めて成功しました。
本研究成果は、2020年6月5日午前10時(日本時間)に日本化学会が刊行する国際誌「Bulletin of the Chemical Society of Japan」のオンライン速報版で公開されました。
<研究の概要>
本研究では従来の植物生体電位測定の課題点を克服するため、高分子ナノシートからなる生体電極を用いることでより低侵襲な植物生体電位(注1)の測定を実現しました。測定システムの構築にあたり、導電性高分子(注2)を用いて皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」(https://www.waseda.jp/top/news/67688)を基盤技術とした、導電性ナノ薄膜電極(以下、ナノシート電極)を用いて、葉面上での設置位置などを検討しました。ナノシート電極は特徴的な物理接着性と柔軟性から、接着剤などを使用せずに葉面への貼付が可能で、微細な凹凸に密着していることを確認しました。比較対照のゲル電極では貼付して14日程度で葉面に変色がみられたのに対し、ナノシート電極の場合では変色は見られず、侵襲度の低さを顕著に示しました。また、光照射時に生じる植物葉の電位パターンの変化を本測定法によって確認しました。得られた電位パターンは従来の測定法によって報告されている電位変化と類似しており、ナノシート電極が植物用の生体電極として使用できることを見出しました。
本研究で提案したナノシート電極は直接果実等の可食部へ貼付が可能で生体電位測定の幅を大きく広げることができます。この技術は無人栽培や植物工場での人工栽培など農業をはじめとする一次産業での応用が可能で、これらはSDGsにおける貧困、気候変動、飢餓などの項目の解決に貢献することが期待されます。また、簡易的な電位測定システムとして中高生向けに生体電位や測定システムの学習をサポートするキットへの応用も期待されます。
第一著者の谷口氏は研究開始当時早稲田大学高等学院に在籍する高校生であり、大学進学後も研究を続け今回の論文投稿へ至りました。本研究は早稲田大学高等学院と母体の早稲田大学との連携を活かした好例であり、今後の教育活動のモデルとしても参考になると期待されます。
本研究は埼玉大学理工学研究科の長谷川有貴准教授、早稲田大学理工学術院の武岡真司研究室の協力のもと行われました。
<研究の背景と経緯>
2015年9月に国連本部で行われた「国連持続可能な開発サミット」にてその成果文書で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)では貧困や気候変動、平和的社会といった世界的な問題に対し17の目標と169のターゲットを掲げ国連加盟国すべてがそれを2030年までに達成することに同意しました。日本は国連加盟国として、また先進国としてもその目標を積極的に達成しなければなりません。特に気候変動や貧困、飢餓といった問題は早急な対策が世界中で求められています。植物工場と呼ばれる完全人工環境内で植物を管理、栽培する施設は外界の環境に左右されることなく安定した栽培が可能であることから近年注目されています。しかし、それには依然として課題が残されており、完全無人管理に向けては植物の生育状況をリアルタイムで確認、制御できる技術が必要になります。植物のライブ状況を把握する指標として個体の活動により発生する生体電位を測定する手法が存在します。生体電位は個体の活動状況を反映することから、その一種である筋電などは筋活動を観察するため人間工学的分野(医学研究やリハビリテーション)で広く使用されています。生体電位は植物にも存在することが知られ、その測定技術についていくつか研究がなされており、ゲル電極や針電極を使用したものが報告されています。しかし栽培を想定した長期間の測定では電極接着部に使用されたゲルや導電性ペーストによって葉面が変色するなど衛生面、安全面で、また電極の重さによる茎への物理的な負荷などの懸念がありこれらの改善が求められていました。本研究では、本研究チームの有するナノシート技術を用いてそれらを克服し、社会課題へ貢献する技術の開発を目指してきました。
<研究の内容>
今回の研究では導電性ナノシートを用いることで、低侵襲で長期間可能なリアルタイム植物生体電位測定を可能にし、植物生体電位測定における新たな測定方法を開発しました。この導電性ナノシート電極(以下、ナノシート電極)は皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」(https://www.waseda.jp/top/news/67688)を基盤としたもので、数百ナノメートルの厚さに対し数平方センチメートル〜数十平方センチメートルの面積があることから柔軟性と物理接着性を有し、葉脈など微細な凹凸のある葉面にナノレベルで密着、追従します(図1)。ナノシート電極は、剥離基材となるポリエチレンテレフタレート (PET)フィルム、導電性高分子ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)+スチレン-ブタジエン-スチレン共重合体(SBS)からなるナノシート層、水溶性ポリビニルアルコール(PVA)からなる支持層の3層で構成されたフィルムで製造されるため、測定対象に合わせて自由に大きさを変更でき、様々な植物を測定できるようになります(図2)。PETフィルムから剥離したナノシート電極は、その軽さ(ナノシート本体約 150 マイクログラム+導線部約 150 ミリグラム)から、植物本体に負荷をかけることなく測定することが可能です。また、ゲル電極では粘着性ゲルを使用するため長期間貼付し続けると葉面が変色するのに対し、ナノシート電極は貼付時に接着剤を使用しないことから14日以上の長期間的な測定において葉面に変色等は認められず、従来の測定法と比べ低侵襲性を維持することを確認しました(図3)。
本研究では測定対象にAngelica keiskei Koidzumi(アシタバ)を採用し、測定環境中でLEDライトの明暗条件をコントロールすることで光照射時と非照射時における生体電位の差異について確認しました。これは光合成などを行う際に通常と違う電位パターンを発生することを示し、生体電位が植物の活動を反映させるということを支持する1つの根拠となります。これまでにも同様の計測は、ヒトの筋電位を計測するためのゲル電極を用いて行われており、本研究でもゲル電極と比較したところ、ナノシート電極とゲル電極では遜色ない結果が得られ、ナノシート電極が植物用の生体電極として使用できることを見出しました(図4)。
<今後の展開>
ヒトの皮膚にも貼付可能なナノシート電極は、電極サイズを自在に変更できるため、植物葉だけでなく果実本体などへ直接貼付することも理論上可能であると考えられ、生体電位測定の幅を大きく広げることができます。農業などの一次産業への応用に向けて、ナノシートの構成分子を変更した環境にやさしいナノシート電極を開発することにより、幅広い分野への活用が期待されます。また、本研究の測定システムを簡易的に再現するキットにより、理数系科目や情報科目といった分野で中高生の学習をサポートする教材としての応用も見込まれます。
また早稲田大学高等学院に在籍する高校生であった谷口氏が本研究の実施に至った経緯として、大学正規授業を履修できる特別聴講制度や卒業論文の執筆、大学施設の利用など母体の早稲田大学との高大接続を活かしたプログラムを利用したことが挙げられます。本研究は研究内容とともに、近年注目を集める大学附属校における大学との連携を活かした好例として今後の教育活動のモデルとしても参考になると期待されます。
<参考図>
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O2-51BI89SD】
図1 植物葉面上にナノレベルで追従したナノシート電極(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1dを改変の上転載)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O3-qdd4589V】
図2 基材となるPETフィルムからナノシート電極を剥離する前の3層構造(上)と、ナノシート層に用いられたPEDOT:PSSとSBSの2層構造を示した膜厚プロファイルデータ(右下)、および、より小さな植物葉に貼付した状態(左下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1a,3a,4dを改変の上転載)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O4-2D45F1tD】
図3 ゲル電極とナノシート電極の葉面貼付状況の比較(上)及び貼付14日後の各電極による植物葉への影響の比較(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 4a-cを改変の上転載)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O5-4mlK225V】
図4 構築した測定システムの模式図(上)とLEDライトによって30分おきに光条件を変更した際の植物生体電位図(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 2b,5cを改変の上転載)
<用語解説>
(注1)生体電位
生体信号の一種であり、一般には動植物の生命活動によって発生する電位を示す。植物においてもその発生は膜輸送などイオンの出入りに起因するもので、直接的に植物の活動を反映している。周辺温度や光照射、ガスによって電位が変化することが従来の研究により既に確認されている。また植物生体電位は大きく表面電位と細胞電位に分類され、本研究では表面電位を測定する機器に関するため、表面電位を植物生体電位として扱っている。
(注2)導電性高分子
共役系高分子から構成される電気伝導性を有する高分子の総称。インク状にすることでPETフィルム上に塗布や印刷が可能である。力学的性質はプラスチックフィルムと同等に柔らかく、金属に替わる導電材料として注目されている。PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸)、ポリアニリン、ポリピロールが代表的な導電性高分子であり、タッチスクリーンや太陽電池の構成材料として実社会で利用されている。
<論文情報>
掲載誌: Bulletin of the Chemical Society of Japan
論文名: “Biopotential Measurement of Plant Leaves with Ultra-light and Flexible Conductive Polymer Nanosheets” (超軽量・柔軟な導電性高分子ナノシートを利用した植物葉の生体電位測定)
著者:Hiroaki Taniguchi, Kazuhiro Akiyama, Toshinori Fujie
DOI:10.1246/bcsj.20200064
<研究助成情報>
研究費名: 文部科学省科研費新学術領域研究(研究領域提案型)「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」(研究総括:鈴森康一(東京工業大学工学院))
研究課題名: 「弾性グラディエントナノ薄膜を利用した自由変形可能な太陽電池の創成」
研究者名(所属機関名): 藤枝俊宣(東京工業大学生命理工学院)
研究費名: 文部科学省卓越研究員事業
研究課題名: 「次元制御に基づくナノバイオデバイスの創製と革新的診断・治療技術の開発」
研究代表者名(所属機関名): 藤枝俊宣(東京工業大学生命理工学院)
研究費名:2018年度早稲田大学高等学院同窓会学術研究奨励金
研究課題名:「超軽量・柔軟な導電性高分子ナノシートを用いた植物葉の生体電位の測定」
研究者名(所属機関名):谷口広晃(早稲田大学高等学院)
2020年6月5日
早稲田大学
東京工業大学
高大連携による研究成果 世界初・ナノシート電極を用いた植物電位のライブモニタリングに成功 農業や学習キットへの応用に期待
発表のポイント
■植物葉で電位を測定できる極薄電極(ナノシート電極、厚さ 約300ナノメートル)を開発した。
■明暗切り替え測定に対応し、約340時間(約14日)以上の貼付でも変色を引き起こさない低侵襲性を実現した。
■SDGsに絡む研究であり、農業をはじめとする一次産業や学習キットへの応用が期待される。
■著者の谷口広晃氏は、研究開始当時早稲田大学高等学院の高校生で、大学進学後に同研究内容を論文投稿。高大連携モデルとしての活用も期待される。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O1-4t6Y6R28】
植物の生体電位を低侵襲に計測可能なナノシート電極
シート型電極の開発を行っている東京工業大学生命理工学院の藤枝俊宣(ふじえとしのり)講師(兼 早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構・研究院客員准教授)、早稲田大学高等学院の谷口広晃(たにぐちひろあき)氏(現 早稲田大学先進理工学部生命医科学科2年)、秋山和広(あきやまかずひろ)教諭の研究チームは、植物葉で電位を測定できる極薄な導電性ナノシート電極(ナノシート電極、厚さ 約300ナノメートル ※1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)を開発し、導電性高分子を用いた植物生体電位のライブモニタリングに世界で初めて成功しました。
本研究成果は、2020年6月5日午前10時(日本時間)に日本化学会が刊行する国際誌「Bulletin of the Chemical Society of Japan」のオンライン速報版で公開されました。
<研究の概要>
本研究では従来の植物生体電位測定の課題点を克服するため、高分子ナノシートからなる生体電極を用いることでより低侵襲な植物生体電位(注1)の測定を実現しました。測定システムの構築にあたり、導電性高分子(注2)を用いて皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」(https://www.waseda.jp/top/news/67688)を基盤技術とした、導電性ナノ薄膜電極(以下、ナノシート電極)を用いて、葉面上での設置位置などを検討しました。ナノシート電極は特徴的な物理接着性と柔軟性から、接着剤などを使用せずに葉面への貼付が可能で、微細な凹凸に密着していることを確認しました。比較対照のゲル電極では貼付して14日程度で葉面に変色がみられたのに対し、ナノシート電極の場合では変色は見られず、侵襲度の低さを顕著に示しました。また、光照射時に生じる植物葉の電位パターンの変化を本測定法によって確認しました。得られた電位パターンは従来の測定法によって報告されている電位変化と類似しており、ナノシート電極が植物用の生体電極として使用できることを見出しました。
本研究で提案したナノシート電極は直接果実等の可食部へ貼付が可能で生体電位測定の幅を大きく広げることができます。この技術は無人栽培や植物工場での人工栽培など農業をはじめとする一次産業での応用が可能で、これらはSDGsにおける貧困、気候変動、飢餓などの項目の解決に貢献することが期待されます。また、簡易的な電位測定システムとして中高生向けに生体電位や測定システムの学習をサポートするキットへの応用も期待されます。
第一著者の谷口氏は研究開始当時早稲田大学高等学院に在籍する高校生であり、大学進学後も研究を続け今回の論文投稿へ至りました。本研究は早稲田大学高等学院と母体の早稲田大学との連携を活かした好例であり、今後の教育活動のモデルとしても参考になると期待されます。
本研究は埼玉大学理工学研究科の長谷川有貴准教授、早稲田大学理工学術院の武岡真司研究室の協力のもと行われました。
<研究の背景と経緯>
2015年9月に国連本部で行われた「国連持続可能な開発サミット」にてその成果文書で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)では貧困や気候変動、平和的社会といった世界的な問題に対し17の目標と169のターゲットを掲げ国連加盟国すべてがそれを2030年までに達成することに同意しました。日本は国連加盟国として、また先進国としてもその目標を積極的に達成しなければなりません。特に気候変動や貧困、飢餓といった問題は早急な対策が世界中で求められています。植物工場と呼ばれる完全人工環境内で植物を管理、栽培する施設は外界の環境に左右されることなく安定した栽培が可能であることから近年注目されています。しかし、それには依然として課題が残されており、完全無人管理に向けては植物の生育状況をリアルタイムで確認、制御できる技術が必要になります。植物のライブ状況を把握する指標として個体の活動により発生する生体電位を測定する手法が存在します。生体電位は個体の活動状況を反映することから、その一種である筋電などは筋活動を観察するため人間工学的分野(医学研究やリハビリテーション)で広く使用されています。生体電位は植物にも存在することが知られ、その測定技術についていくつか研究がなされており、ゲル電極や針電極を使用したものが報告されています。しかし栽培を想定した長期間の測定では電極接着部に使用されたゲルや導電性ペーストによって葉面が変色するなど衛生面、安全面で、また電極の重さによる茎への物理的な負荷などの懸念がありこれらの改善が求められていました。本研究では、本研究チームの有するナノシート技術を用いてそれらを克服し、社会課題へ貢献する技術の開発を目指してきました。
<研究の内容>
今回の研究では導電性ナノシートを用いることで、低侵襲で長期間可能なリアルタイム植物生体電位測定を可能にし、植物生体電位測定における新たな測定方法を開発しました。この導電性ナノシート電極(以下、ナノシート電極)は皮膚に貼り付けるだけで表面筋電図を計測できる極薄電極「電子ナノ絆創膏」(https://www.waseda.jp/top/news/67688)を基盤としたもので、数百ナノメートルの厚さに対し数平方センチメートル〜数十平方センチメートルの面積があることから柔軟性と物理接着性を有し、葉脈など微細な凹凸のある葉面にナノレベルで密着、追従します(図1)。ナノシート電極は、剥離基材となるポリエチレンテレフタレート (PET)フィルム、導電性高分子ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)+スチレン-ブタジエン-スチレン共重合体(SBS)からなるナノシート層、水溶性ポリビニルアルコール(PVA)からなる支持層の3層で構成されたフィルムで製造されるため、測定対象に合わせて自由に大きさを変更でき、様々な植物を測定できるようになります(図2)。PETフィルムから剥離したナノシート電極は、その軽さ(ナノシート本体約 150 マイクログラム+導線部約 150 ミリグラム)から、植物本体に負荷をかけることなく測定することが可能です。また、ゲル電極では粘着性ゲルを使用するため長期間貼付し続けると葉面が変色するのに対し、ナノシート電極は貼付時に接着剤を使用しないことから14日以上の長期間的な測定において葉面に変色等は認められず、従来の測定法と比べ低侵襲性を維持することを確認しました(図3)。
本研究では測定対象にAngelica keiskei Koidzumi(アシタバ)を採用し、測定環境中でLEDライトの明暗条件をコントロールすることで光照射時と非照射時における生体電位の差異について確認しました。これは光合成などを行う際に通常と違う電位パターンを発生することを示し、生体電位が植物の活動を反映させるということを支持する1つの根拠となります。これまでにも同様の計測は、ヒトの筋電位を計測するためのゲル電極を用いて行われており、本研究でもゲル電極と比較したところ、ナノシート電極とゲル電極では遜色ない結果が得られ、ナノシート電極が植物用の生体電極として使用できることを見出しました(図4)。
<今後の展開>
ヒトの皮膚にも貼付可能なナノシート電極は、電極サイズを自在に変更できるため、植物葉だけでなく果実本体などへ直接貼付することも理論上可能であると考えられ、生体電位測定の幅を大きく広げることができます。農業などの一次産業への応用に向けて、ナノシートの構成分子を変更した環境にやさしいナノシート電極を開発することにより、幅広い分野への活用が期待されます。また、本研究の測定システムを簡易的に再現するキットにより、理数系科目や情報科目といった分野で中高生の学習をサポートする教材としての応用も見込まれます。
また早稲田大学高等学院に在籍する高校生であった谷口氏が本研究の実施に至った経緯として、大学正規授業を履修できる特別聴講制度や卒業論文の執筆、大学施設の利用など母体の早稲田大学との高大接続を活かしたプログラムを利用したことが挙げられます。本研究は研究内容とともに、近年注目を集める大学附属校における大学との連携を活かした好例として今後の教育活動のモデルとしても参考になると期待されます。
<参考図>
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O2-51BI89SD】
図1 植物葉面上にナノレベルで追従したナノシート電極(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1dを改変の上転載)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O3-qdd4589V】
図2 基材となるPETフィルムからナノシート電極を剥離する前の3層構造(上)と、ナノシート層に用いられたPEDOT:PSSとSBSの2層構造を示した膜厚プロファイルデータ(右下)、および、より小さな植物葉に貼付した状態(左下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 1a,3a,4dを改変の上転載)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O4-2D45F1tD】
図3 ゲル電極とナノシート電極の葉面貼付状況の比較(上)及び貼付14日後の各電極による植物葉への影響の比較(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 4a-cを改変の上転載)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202006030506-O5-4mlK225V】
図4 構築した測定システムの模式図(上)とLEDライトによって30分おきに光条件を変更した際の植物生体電位図(下)(Bulletin of the Chemical Society of Japan. の論文中のFigure 2b,5cを改変の上転載)
<用語解説>
(注1)生体電位
生体信号の一種であり、一般には動植物の生命活動によって発生する電位を示す。植物においてもその発生は膜輸送などイオンの出入りに起因するもので、直接的に植物の活動を反映している。周辺温度や光照射、ガスによって電位が変化することが従来の研究により既に確認されている。また植物生体電位は大きく表面電位と細胞電位に分類され、本研究では表面電位を測定する機器に関するため、表面電位を植物生体電位として扱っている。
(注2)導電性高分子
共役系高分子から構成される電気伝導性を有する高分子の総称。インク状にすることでPETフィルム上に塗布や印刷が可能である。力学的性質はプラスチックフィルムと同等に柔らかく、金属に替わる導電材料として注目されている。PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸)、ポリアニリン、ポリピロールが代表的な導電性高分子であり、タッチスクリーンや太陽電池の構成材料として実社会で利用されている。
<論文情報>
掲載誌: Bulletin of the Chemical Society of Japan
論文名: “Biopotential Measurement of Plant Leaves with Ultra-light and Flexible Conductive Polymer Nanosheets” (超軽量・柔軟な導電性高分子ナノシートを利用した植物葉の生体電位測定)
著者:Hiroaki Taniguchi, Kazuhiro Akiyama, Toshinori Fujie
DOI:10.1246/bcsj.20200064
<研究助成情報>
研究費名: 文部科学省科研費新学術領域研究(研究領域提案型)「ソフトロボット学の創成:機電・物質・生体情報の有機的融合」(研究総括:鈴森康一(東京工業大学工学院))
研究課題名: 「弾性グラディエントナノ薄膜を利用した自由変形可能な太陽電池の創成」
研究者名(所属機関名): 藤枝俊宣(東京工業大学生命理工学院)
研究費名: 文部科学省卓越研究員事業
研究課題名: 「次元制御に基づくナノバイオデバイスの創製と革新的診断・治療技術の開発」
研究代表者名(所属機関名): 藤枝俊宣(東京工業大学生命理工学院)
研究費名:2018年度早稲田大学高等学院同窓会学術研究奨励金
研究課題名:「超軽量・柔軟な導電性高分子ナノシートを用いた植物葉の生体電位の測定」
研究者名(所属機関名):谷口広晃(早稲田大学高等学院)